4.
一階へ降りた面々は、建物の影で自己修復していたつるりん、同じく物陰にいたオフェイラとも合流して一路まどかの家へ退却する。「なんだよ、お前さぼってたのかよ」
家につくなり、つるりんに文句を言われても、オフェイラは素知らぬ顔でやり過ごす。
「私の力は……何度も使えるものじゃないわ」
「けぇー、調子いいなぁ」
まだ癇癪の収まらない彼の肩を軽く叩いて、アグネスは労ってやった。
「いいじゃないの、オフェイラは元々白兵戦向きじゃないんだし。それよりも、お疲れ様。あなたってやる時はやる人だったのね!」
「ホントにな!なんだよ、あの重装備。最新型は伊達じゃねぇってか?」
手荒くヴォルフに背中を叩かれながら、つるりんもやり返す。
「そ~ゆ~お前さんこそ、すっげぇ変形見せてくれたじゃないの。本当にサイボーグなのかぁ?」
「あ~、あれか。いや、よく言われるんだがね」と答えるヴォルフは、もう狼の姿ではない。
キャットも同様、人の姿に戻っていた。
「ボクらはね、ノロケイドを組み込まれているんだ」との説明に、つるりんが腰を浮かしかける。
「ノロケイドだぁ!?お前、そりゃカンパニーが発売直前で設計を打ち切ったっつぅ幻の形状変体チップじゃねーかっ」
「うん、そ。カンパニーに盗まれそうになったから、偽の設計図を掴ませてやったの」
嬉しそうに笑うキャットと、それから驚愕のつるりんを見比べて、斗鹿はアグネスに尋ねた。
「えーと?それって何?」
答えたのはミストだ。
「俺達の中に組み込まれているパーツの一つだと思っといてくれ」
それよりも、と話題を変えたのは、まどかだ。
「グレンジールの手紙にあったスパイってなぁ、誰のこった?」
単刀直入な問いには、誰もが呆気にとられて次の句が出てこない。
「いやぁ……スパイなんていないんじゃないか?ありゃあ、向こうさんの罠だろ。俺達に仲違いをさせようっつぅ」
ややあって、つるりんが歯切れ悪く推測を口にした。
オフェイラは、まどかを見据えて「あなたは……誰が怪しいと思っているの?私たち……かしら」と強気に問い返す。
部屋の空気が険悪になったと気づいたか、キャットが「えっ、えっ?」と狼狽える。
アグネスも「やめましょうよ!つるりんの言う通り向こうの罠だわ、こんなの」と止めに入った。
腕組みをした天善が言う。
「一番怪しいっつったら、そりゃあ……一番最後に入ったやつが一番怪しいけどよ」
視線の先にいるのは斗鹿だ。
「え……お、俺ぇ?」
本人は心外だと言いたげに声を裏返す。
だが、天善の言葉には続きがあった。
「けど、お前は桜のダチなんだろ。桜がダチと認めている以上、お前は除外していい」
「サクラだって俺達の友人だ。そして君もそうだろ、天善」と締めて、ミストが全員の顔を見渡す。
「この手紙は、グレンジールの罠だと俺も思う」
「なら、たまげワールドにいるってのも?」と問いたのはヴォルフだが、それにもミストは首を振った。
「いや……この場所指定には意味があると考えるべきだ。何の関係もなかったら、出す必要がないんじゃないか」
「そもそも、アミューズメントパークって何だよ?」とは、天善の質問だ。
「遊園地だよ!」とキャットは答え、ベッドに腰掛ける。
たまげワールドは建設途中のまま、工事が止まっていた遊園地である。
何故工事が止まっていたかなんてのは、言うまでもない。SSAの暴動が原因だ。
立入禁止のロープで入口を締め切られているが、警備員が立っているでもなく、入るの自体は簡単だろう。
「ここからなら近いしさ、罠かどうか確かめるだけでも行ってみない?」
キャットの提案に、「しかし……」とヴォルフが懸念を示す。
「何度も行き来していたら、ここもバレやしねぇか?」
「奥の部屋に入るには俺の手形が必要なんだが」とした上で、まどかはキャットを見た。
「ここがバレるのも時間の問題だろ。だったら罠だとしても、パークを偵察する案に賛成だ」
「よし……なら、行くとするか」
全員が頷きあい、表へ出る。
真っ暗な夜道に斗鹿が身体を震わせた。
「結構寒っ……あ、あのさ、上着なんて、誰も持って」
いないよねと言い終える前に、分厚いジャケットを頭から引っ被らされて「おわっ!?」とよろける。
「兄貴のお下がりで悪いんだが、そいつを羽織っておけ。内側に鉄板を縫い付けてあるから防弾にもなるだろ」
「う、うん。サンキュ」
ジャケットへ袖を通しつつ、まどかと一緒に先をゆく仲間を追いかけた。
アミューズメントパーク『たまげワールド』――
テロ騒ぎさえなければ、機械都市の一大観光スポットとなるはずだった遊園地だ。
「油断するなよ、皆」とミストが仲間へ囁いた直後。
突然、中央に設置されたメリーゴーランドが回り始めた。
園内に響き渡るのは軽快な音楽で、あちこちから色とりどりな風船が空へ飛んでゆく。
「な、なんだッ!?」
気のせいだろうか。子どもたちの笑い声まで聴こえてきたのは。
「ようこそ!たまげワールドへ」
頭上からの大声に見上げてみると、赤テントのてっぺんにピエロが立っている。
「ショーを堪能していってもらいましょう!最後まで、ごゆっくり」
七色の爆煙を残して、ピエロの姿は掻き消えた。
周辺には赤テントの他に、ホラーハウスと書かれた建物と空高くそびえる鋼鉄の乗り物がある。
奥にもアトラクションと思わしき建物が二、三、見えた。
「手分けして探す?それとも……」とのオフェイラの問いを遮り、ミストが号令をかける。
「散開するのはまずい、赤テントから調べるぞ!」
テント内部は意外や広く、しかし客席には誰もいない。
ステージではスポットライトを浴び、両手を広げたピエロが叫んだ。
「まずは火の輪くぐりか、火だるまショーか?どっちも派手なショータイム!」
ステージの左右から走り出た軍人たちが銃を構えるよりも先に、大きな影が飛躍する。
爪の一振りで薙ぎ払い、ふりまわした尻尾が軍人の銃を叩き落とす。
「ヴォルフ!いいぞ、その調子だ!」と叫んだミストは、客席を盾に背後からの迫りくる炎を防いだ。
「チィッ!」
背後の奇襲者は、火炎放射器を手にした軍人たちであった。
接近されるまで足音一つ聴こえなかったが、それも当然、奴らが出てきたのは床下だ。
軍人は斗鹿のほうにも放射器を向けてきて、噴き荒れる炎を「ひえぇぇっ!」としゃがんで躱す。
「斗鹿、こっちだ!」
腕を引っ張って自分のほうへ引き寄せると、まどかが無造作に銃を撃つ。
狙いは軍人ではなく放射器だ。
カァン!と弾かれた弾が別の機人の顔面に当たり、一瞬ではあるが気を逸らされる。
その隙に懐へ飛び込んだまどかが「はぁっ!」と掌底で吹っ飛ばす。
「こ、こいつっ」とたじろぐ軍人は、横手からのアグネスの蹴りで放射器を取り落とした。
すかさず放射器を拾い上げたのは、キャットだ。
「火だるまになるのは、そっちだよ!」
テントの布や客席、ステージにも火を点ける。
「何を考えてやがるんだ!?」と慌てる軍人は、すっかり解放軍を見失う。
燻る匂いや弾ける炎、こうも熱と煙に巻かれていては内蔵レーダーも役立たず、音でしか状況を判断できない。
おまけに、あちこちで「がはっ!」だの「ぶぇっ!」だのと悲鳴が聴こえてきて、テント内部は阿鼻叫喚の戦場と化した。
「撤退だ、撤退、ぐぇっ」
上へ首をねじりあげられて、機人の身体が横倒しになる。
こちらには見えないのに、解放軍には何故こちらの場所がわかるのか――
それも判らず軍人たちは戦慄した。
なんということはない。
客席を片っ端からぶん投げて、大体の位置確認をするのがヴォルフの役目だ。
大体の位置さえ判れば、まどかが駆けつけて気を当てるのも造作ない。
斗鹿と天善は、とっくにテントの外へ出てきている。
乱闘になる直前で気づいたのだ。オフェイラが、彼女がテントの何処にもいないことに。
「いたか?」
「いや……どこにも」
建物を手当たり次第に覗いてみたが、オフェイラの姿は何処にもない。
あの短時間で遊園地の外まで出たとは考えづらい。
だが建物の奥に隠れているとしたら、何故そんな真似をしなければいけないのか。
もう一度念入りに探そうかと踵を返した天善の耳が、微かな振動音を感じ取る。
音は高く、そして低く鳴り続けており、そっと足音を忍ばせてホラーハウスの中へ一歩踏み入れた瞬間。
勢いよく向かってきた巨大な何かに跳ね飛ばされた!
「ぐおぁっ!」
「えっ!?」と振り返った斗鹿の目に映ったのは、二本の足で仁王立ちする鋼鉄の塊であった。
「な、なんだこりゃぁ……っ」
後ずさる彼の耳に、威風堂々とした名乗りが響き渡る。
「SSAの科学力は機械都市随一ッ!吾輩は、くらいん57!そして、この機体こそはァーッ、SSAが誇る戦闘試作機サイバーノーツであるッ!」
見たことも聞いたこともない。
ミストだって、こんなものがSSAにあるとは教えてくれなかったじゃないか。
狼狽える斗鹿の正面で、むくりと起き上がる人影がある。
「……ってぇ。やってくれんじゃねぇか」
天善だ。
受け身も満足に取れなかったのか、左足はびっこを引いていたし、右腕を押さえていた。
「ほぅ。なかなかに頑丈。さすがは暗殺練気団のリーダーよ」と、くらいん57が笑う。
「俺を誰だか知った上で轢いたってのかよ。よっぽどガラクタにされたいらしいな」
殺気立った眼で睨み返し、天善が構えを取る。
「その威勢の良さ、どこまで保つかな!?」
機銃が火を噴き、「真正面たぁナメてんのか!?当たるかよッ」と天善も真横へ飛ぶ。
その隙に逃げ出そうとした斗鹿は「逃がすと思ったか!」の声と同時に振り回されたノーツの腕に当たって、地を転がった。
「いっ……!」
首を掴まれ、持ち上げられる。
たちまち気管が圧迫され、息が苦しくなってきた。
「ガキッ!どこまで足を引っ張りゃあ気が済むんだ、テメェは!」
走り込んできた天善がノーツを蹴るも、鈍い音がしたのは天善のほうで、後方へ飛び退る。
「ちぃ……ッ」
これまでの機人とは桁違いの堅さだ。今ので足が折られるとは。
「ふははは!サイバーノーツを量産型機人と一緒くたにするんじゃないッ。我がSSA総力で生み出した最高の機体だ!」
奴が話している間も斗鹿の息の根は、じわじわと終焉に向かいつつある。
息ができない。
目が霞む。
ポケットに入れた手に、何かが触れた。
半分飛んだ意識でそいつを掴み、輪っかに指を引っ掛ける。
撃て――
そんなまどかの声が聴こえた、ような気がした。
残った力を振り絞り、斗鹿は引き金を引く。
鋭い音を立てて、目の前のガラスが砕け散る。
目の前でキラキラと飛び散る光の破片。
一拍置いて「ぐおぁぁっ!」と野太い悲鳴が響き、ノーツから軍服の男が転がり落ちてきた。
「っしゃぁっ」と飛びかかっていく天善を横目に、斗鹿はしゃがみ込む。
何度も咳き込んだ。
喉がかすれた音を吸い込む。
目の前では天善が機人の首を力任せに半回転させた挙げ句、首を掴んで放り投げていた。
落下してくる首筋に蹴りを叩き込むと、くらいんの首が弾丸のようにすっ飛んでいった。
「……はッ。これぞ暗殺練気団が技、斬蹴……ってなァ!」
片膝をついて息を切らしているってのに、天善は不敵に口の端を吊りあげる。
「おい、ガキ。生きてっか?」と斗鹿を慮る余裕つきだ。
そこへ音もなく人影が近づいてくる。
視線だけで天善が応える。
「オフェイラか。どこ行ってやがった?」
「テントの裏に。銃撃戦では……私は役に立てないもの」
「あぁん?お前が時間を止めりゃあ、テントを燃やさずに済んだだろうが」
怪訝に眉を潜めながらも、天善は歩き出す。向かうのはテントだ。
黙って抜け出してきてしまった。早く戻らないと、きっと皆は心配する。
「おら、ガキ。立てるか?戻るぞ」
「う……うん」
斗鹿は喉を押さえて、よろよろと立ち上がった。
背を向けた天善を見つめて、オフェイラがボソッと呟く。
「……止まれ」
時が――止まった。
僅かに片足を上げた天善と、よろけて不安定な体勢になった斗鹿。
この二人の時間だけが。
「この二人を使うのか」
暗がりから現れた男の言葉に、オフェイラが頷く。
「えぇ。桜まどかを止めるのに、充分なアトラクションになるわ……ね」
男は軽々と二人を持ち上げ、奥の建物へ消えていった。
テントから誰も出てきていないのを確認してから、オフェイラは時を戻す。
間髪入れず「……天善ッ、斗鹿!どこだ!?」と叫んで、まどかが飛び出してくる。
テントの中での決着がついたのだろう。
「オフェイラ?」
こちらを見つけて驚く彼に、オフェイラは頷いてみせる。
「大変よ……天善と、斗鹿がさらわれた」
「何っ」
「時を……止めたけど、効かなかった……」
「それで、二人は何処にッ!?」と尋ねてくる彼を、オフェイラは盗み見る。
これまでの落ち着いた態度は崩れ、動揺をあらわにしていた。焦っている証拠だ。
「あっち」と奥を指さしただけで、だっと走り出す。
だが、すぐに行かれては困る。
「止まれ」と再び時を止めて、オフェイラは踵を返す。
まだ時間を稼ぐ必要がある。
テントへ入り、ざっと周囲を見渡した。
焼け落ちた客席とステージ。あちこちに灰が積もり、破壊された機人が転がる。
キャットは天井の梁の上か。
ヴォルフは客席のど真ん中で狼化しており、ミストはアグネスを庇う位置で立っていた。
「ノロケイド……一つ貰っていくわね」
柱を蹴りつけてキャットを叩き落とすと、小脇に抱えてテントを出る。
奥の建物へ入りがてら、そっと振り向いて呟いた。
「……次のアトラクションも楽しんでね。桜まどか……ミストたちも」
オフェイラが立ち去って、しばらく経った後に時間が戻る。
「オフェイラ、お前も早く来い!」と振り返って、まどかは呆気にとられた。
さっきまでいたはずのオフェイラが、何処にもいない。
落ち着きなく見渡している間に、ミストも走ってくる。
ミストは「サクラ、大変だ!キャットが何処にもいない」と言い切ってから、彼の様子がおかしいのに気づく。
「どうした?あちこち見渡して」
「いや……それより急ごう!斗鹿と天善がさらわれた!」
「なんだって!?」と驚くヴォルフやアグネスも「奥に連れて行かれたと、オフェイラが言っていたんだ!」と促されて、走り出す。
走りながら、まどかは懸命に考えをまとめた。
どうしてオフェイラは姿を消した?
そして、天善と斗鹿を殺さずに拉致した奴は何が目的なのか。
広場に転がっていた乗り手のいない搭乗機、あれの説明もされなかった。
オフェイラ、あいつは本当に仲間だったのか?
誘拐された二人にしたって、何をやらせるつもりだ。
何に利用されるとしても、必ず助け出したい。
天善はともかく、斗鹿は完全に俺の巻き添えだ。
俺なんかを探しに来なければ、こんな目に遭わず済んだのに――
脳裏に浮かんでは消える悪い結末を何度も振り払うと、まどかは奥の建物へ飛び込んだ。
