3.
住宅街のはずれに、表札のない空き家がある。かつて、まどかが弟のゆきなと住んでいた家だ。
埃まみれの家具が散乱する奥の部屋で、まどかが壁に手を付ける。
すると壁の一部に切れ目が入り、新たな部屋の入口が出現した。
「君個人の生体センサーを、壁に組み込んだのか……なるほど、これなら機人には見つからないな」
感心するミストへ「だろ」と得意げに頷き、まどかはクローゼットから簡易ベッドと毛布を取り出す。
ベッドに斗鹿を寝かせて毛布もかけてやった。
「じゃ、行ってくる。斗鹿は此処にいろ」
「え……」
斗鹿は泣きそうな表情を浮かべて、まどかを見上げてきた。
いくら機人に見つけられないといっても、たった一人での留守番は心細かろう。
仲間も励ましの言葉をかけた。
「大丈夫、すぐ戻って来るから!」
「ほら、ここに非常食も置いていくし。お腹が空いたら、食べてね」
「トイレは……何処かな?ねぇサクラ、いったん部屋を出ないと駄目?」
口々に騒ぐ仲間の声を遮る大声で、斗鹿が叫ぶ。
「置いてかないでくれ!」
「えっ」と驚くまどかの腕をつかみ、再度乞う。
「お願いだよ、俺も連れてって……」
頼りない下がり眉で見つめられてしまっては、まどかも困惑しきりだ。
「けど、お前。機人と戦えるのか?」
「それは無理……だけど、ここに一人で残されるのは嫌だ!」
「今から行く場所は銃弾飛び交う戦場になるよ?抵抗手段がないんだったら危ないよ、ここに留守番していなよ」とキャットがなだめても、斗鹿はついていくの一点張りで埒が明かない。
「やだよ……ここで別れたら、桜、またいなくなっちまいそうで」
いつまでも泣き言をもらす斗鹿には天善まで苛ついて、ついつい辛くあたってしまう。
「テメェ、足手まといだって言われてんのが判んねぇのか!?」
横から「天善、言い過ぎよ!」とアグネスに怒られて、苛つきも倍増だ。
じっと斗鹿を見つめていたまどかは、ミストに決断を委ねた。
「どうする。ユタ・ガーナシルのリーダーとしては、こいつを連れていくのか、それとも」
ミストは、きっぱり言い放つ。
「連れて行こう」
およそ皆の期待する答えではなく、一斉に「えーっ!?」と騒ぐのを手で制し、ミストが続けた。
「トシカ……彼は友人を頼って、この街へ来たんだろ?なら無下に置いていくのは賛成しない。それに戦えないからといって切り捨てるのは、解放軍の理念にも反する。トシカ、俺は君を歓迎するよ。この無鉄砲で頑張りすぎてしまう同志を、君がちゃんと見守ってあげていてくれ」
この、とまどかの肩を叩いて微笑む。
ベッドから降りた斗鹿も頷いて、まどかの顔を覗き込んだ。
「俺の心配はしなくたっていいよ。こう見えて、死闘には慣れてんだ。足手まといにはならない」
「……あぁ、知っている」と呟き、まどかも斗鹿へ笑いかける。
「悪かったな、置き去りにしようとして」
「いいよいいよ、俺を心配してくれたんだろ?」
なごやかな雰囲気を断ち切ったのは、オフェイラだ。
「でかけるなら……早く行きましょう?」
だが、まどかは聞いているのかいないのか、クローゼットの引き出しを開けている。
取り出したのは拳銃が三丁、弾丸のカートリッジが五パック。電磁警棒もある。
「ヒューッ、何それ?そんなに買い込んでいたんだ、武器!」
驚くキャットへ「あぁ。昔に買って使わなかったやつだ」と答え、まどかは全員の顔を見渡した。
「使い捨てにしかならんだろうが、皆も使ってくれ」
「俺に武器は必要ないよ。それは君が使うといい」
ミストとヴォルフは丁重に辞退し、アグネスは拳銃を手に取る。
「ありがたく使わせてもらうわね」
もう一丁も手に取り、こちらは斗鹿へ渡した。
「トシカは武装しないと駄目よ。手ぶらで来たってことは格闘家なんでしょうけど、体力は温存していかないとね」
「お、おう」
受け取った斗鹿は、あらゆる角度から拳銃を眺める。
こんな武器、触るのすら初めてだ。
残り一丁をズボンの尻ポケットに突っ込んだ親友へ尋ねてみた。
「こ、これ、どうやって使うんだ?」
「あぁ。そうか、斗鹿は見るのも初めてだよな。指を引っ掛ける場所があるだろ?そこを引っ張ると弾が出るって仕組みだ」
雑なレクチャーに一瞬ポカンと呆けたが、自分と同じ機械音痴に見えるまどかにだって使える代物だ。
何とかなるだろうと斗鹿は己に言い聞かせながら、皆の後にくっついてSSA本部へ出発した。
日が傾き、周囲は薄暗くなり始めている。
SSA本部は街の中央に構えていた。
近づく前にミストとヴォルフ、キャットの三人は腕に例の粘着弾を装填する。
「本部には裏口がない……つるりんの攻撃が始まったら、硝煙に紛れて突入しよう」
「た、弾が飛んできたりしないかなっ?」と怖気づく斗鹿をアグネスが励ました。
「大丈夫よ。あなたは私の後ろについてきて」
自ら盾役を申し出る彼女に貫通する銃があるんじゃ?と尋ねた斗鹿だが、ミストには否定された。
「貫通弾だって無限じゃない。確実に当たる状況じゃなきゃ使わないんじゃないか」
「さぁって、そろそろ行こうかい」
だが――
つるりんの号令で敷地内に一歩足を踏み入れた直後、周囲一体に大音量のサイレンが鳴り響く。
続けて、幾つもの黒い飛行物体が此方めがけて飛んできた。
「っしゃぁ、お前ら下がってろ!」
仁王立ちしたつるりんの背中からランチャーが顔を出す。
同時に、四連射が火を吹いた。
「Fire!!」
たちまち周辺は灰色の煙で包まれた。
「いくぞ!」の合図で、全員が一斉に前進する。
「ま、前が見えない……!」と慌てる斗鹿は誰かに腕を掴まれて、よろけるように走り出した。
背後では、つるりんのあげる発射音。
前方でも「来たぞ、報告どおりだ!」と叫ぶ軍人や耳を劈く射出音が鳴り響き、あちらこちらに被弾する。
煙に巻かれて一歩先も見えない状態だというのに、銃撃は一向に鳴り止まない。
「いたぞ!一斉放射、ってぇー!」
向こうで誰かが叫んだかと思うと、目の前の地面に砲弾が当たって大きな穴を開けた。
「野郎、戦車を出してきやがったな!」
ヴォルフの舌打ちが聴こえ、つるりんと思わしき声が「Full Conversion!」と叫ぶ。
間髪入れず響いてきたのは、腹をえぐるが如しの重低音。
「Energy Battery.....charging Completed! 全門発射ァーーッッ!!」
灰一色に染まった景色を貫いて、無数の黄色い光弾が機人兵へ向かって発射された。
それらは間もなく大きな爆発を伴い、さらなる粉塵を撒き散らす。
大量の煙と粉塵に喉をやられて咳き込みながら、斗鹿はアグネスと一緒に玄関口を駆け抜けた。
解放軍は一丸となって廊下をひた走る。
「総帥は何処にいるか判るか!?」と叫ぶまどかにキャットが即答した。
「最上階、二十階だよ!」
最上階へ行くにはエレベーターを使うしかない。
敵も当然エレベーター前で待ち構えており、走ってくる人影を見つけるや否や撃ってきた。
「だぁぁっ!」と頭を抱えてしゃがみ込む斗鹿の前には、アグネスが立ちふさがる。
「大丈夫、あなたは私が守るって言ったでしょ!」
ヴォルフは一旦立ち止まり、両腕に力を込める。
膨れる腕や胸板に押し上げられるようにして、ジャケットが弾け飛んだ。
「……ヴヴヴ……ヴオアァァァッ!!」
廊下で咆哮をあげ、巨大な狼が銃弾の嵐へ突っ込んでゆく。
「な、なんだァッ!?」と驚く機人兵の首を片っ端から引っこ抜きながら、仲間へ叫んだ。
「ここは俺に任せろ!お前らは早く最上階へッ」
「判った!」とミストも叫び返し、混乱の中を突っ切ってエレベーターに飛び乗る。
狼の腕を転がり逃れた軍人は、銃を構えるよりも早く天善の蹴りを食らって吹っ飛んだ。
「邪魔だ、どけッ!」
その横を斗鹿とアグネスが駆け抜けて、まどかと一緒に天善も駆け込んだ直後にエレベーターの扉が閉まる。
ヴォルフを一階に残して、彼らを残した箱は上昇した。
次の階へつくまでの間に、キャットがボタンの下の鉄板を素早く引き剥がす。
直通と書かれたボタンを押した後、「ふぅー、間一髪だったね」と呟いて床にへたり込んだ。
キャットの押したボタンは、途中階で扉が開くのを制御するスイッチだ。
これで最上階までノンストップで登れる。
「気を抜くなよ。最上階でも待ち構えているはずだ」
一応キャットに忠告しつつ、まどかは尻の拳銃を抜いて弾倉を確かめる。
その鼻先を銃弾がかすめ、背後の壁にめり込んだ。
「やだ、止まらなくても撃ってくるの!?」と驚くアグネスを横へ押しやり、ミストが皆に命じた。
「全員側面に張り付いて回避するんだ!」
血の筋がついた鼻を指でなぞり、まどかが悪態をつく。
「なりふり構わずだな。ここまで攻め込まれたのは初めてってか」
「桜、じっとしてろ」
すかさず天善が魔法をかけてきて、鼻の傷は瞬く間に消え去った。
「魔法の無駄撃ちじゃないのか?」と笑うまどかに、天善も笑い返す。
「俺の魔力を知ってて言ってんだったら、無用な心配ってやつよ」
そこへ「へー。お前も格闘家に見えっけど、魔法が使えるんだ!」と無粋な声が割り込んできて、天善の片眉を跳ね上がらせる。
不機嫌に黙り込んだ本人の代わりに、まどかが教えてやった。
「天善は破戒僧なんだ。お前も怪我したら治してもらうといいぞ」
「へー、破戒僧!初めて見たっ。お前ってすげぇやつだったんだな!」
後半は天善へ向けた褒め言葉だったのに、ハゲときたら、やはり不機嫌にむっつり睨み返しただけであった。
やがてゲリラを乗せた箱はチン!と小気味よい音を立てて、二十階へ到着した。
扉が開くか開かないかのタイミングで銃弾の嵐をお見舞いされたが、ミストは構わず飛び出していき、手前で発砲する機人を一人殴り飛ばす。
「いいぞ、ミスト!ボクも……っ」
ひらりと背後へ舞い降りた小さな影に気を取られる機人兵の顎を、蹴りが一閃した。
蹴ったのは天善だ。
倒れる機人兵には目もくれず、真横の機人にも肘打ちを食らわせる。
素早く左右を見渡したアグネスは、まどかと斗鹿に指示を飛ばした。
「部屋は五つ!私は右を調べるから、あなた達は左へ行って!」
「こ、ここで別れ、ひゃぁっ!」と叫んで床に伏せた斗鹿の頭上を銃弾が飛んでいった。
「アグネス、君が斗鹿を連れて右へ行くんだッ。まどかは俺と行こう!」
ミストの指示を受け、まどかは左へ曲がって走っていく。
「え、あ、桜ぁ?」と戸惑う斗鹿を抱き寄せる形で、アグネスは右へ進んだ。
「来たぞ!全員発射ぁーっ!」と怒鳴る人影を前方に見つけ、まどかは身をかがめる。
すかさず撃ち込んだミストの弾は違わず機人兵の銃に直撃して、ぶわぁっと薄い膜が広がった。
「え、あ、何だぁ!?」
薄い膜は軍人を包み込み、動きを完全に封じてしまう。
そして封じられたのは、一人だけではなかった。
横一列に並んで行く手を塞いでいた機人兵全てが、ねばねばした膜に包まれたもんだから、たまらない。
「ぎぇぇ、なんだこれ、と、取れないっ」と騒ぐ彼らの横を飛び越し、まどかとミストは廊下を突き進む。
突き当たりにある扉の上部プレートには『司令室』と書かれている。
ここが総帥の部屋に違いない。
勢いよく体当たりで開けて、ミストは叫んだ。
「グレンジールッ!覚悟しろッ!!」
部屋には立派な机が一つ置かれている。
「グレンジール……どこだ?」
ミストは辺りを見渡すが、総帥らしき人物は何処にも居ない。
手紙を読んでいたまどかが、ミストにも見せてきた。
それには、こう書かれていた――
『ここまでご苦労だった、ゲリラの諸君。
だが、諸君らが来ることは事前に知らされていた。
諸君らの中にいる優秀なスパイのお陰でな。
私に会いたければ、アミューズメントパーク・たまげワールドへ来るがよい。
そこで決着をつけようではないか。 グレンジール』
「なっ……無駄足だっただと!?」
「優秀なスパイ……誰のことだ?」
叫んだミストと、呟いたまどかが顔を見合わせる。
「いや、スパイって?」
「たまげワールドってなぁ、どこにあるんだ?」
全く噛み合わない会話を繰り広げている部屋にも機人兵が乗り込んできて、「いたぞ!」と叫ぶのへは。
「うるせぇ」
カイィン!と銃弾を当てられてのけぞった顔面に、ミストの拳が追い打ちで決まる。
先頭がやられて怯んだ機人兵は、背後からの回し蹴りで此方へ吹っ飛んできた。
身を翻して避けた二人は、同時に叫ぶ。
「天善、撤退だ!総帥は此処にいなかった、一旦外へ出るぞ!」
「天善、お前と俺で残りを片づけよう!」
バラバラな指示に「え?は?」と混乱する天善の横をすり抜けて、まどかはもう一度促した。
「総帥は別の場所へ移動したんだ!ここを抜けて追いかけるぞッ」
元来た道を引き返す二つの背中を目で追って、天善は頭をつるりと撫でる。
「……そうなら、そう言えってんだ」
敵の大将が逃げ出すとは意外だったが、二人揃って言うからには、それが正解だ。
窓の外を見下ろすと、外の戦いも決着がついたのか、動く影が見当たらない。
ついでに言うと、ハゲ頭の機人も見つからなかったのだが、きっと何処かで休んでいるのだろう。
踵を返して二人に追いついた天善は、エレベーターへ乗り込んだ。
帰りも直通で一階まで降りるのかと思いきや。
一つ下の階で止めたエレベーターから、まどかが飛び出す。
「お、おいっ、桜ァ!?」
予想外の行動に驚いたのは天善だけだ。
ミストも飛び出し、待ち構えていた機人兵にストレートパンチをお見舞いした。
「この際だ、一人でも多く倒しておこう!」
「待てよ、この際ってどの際だぁ!」と叫んだ天善は首根っこを掴まれて、後ろへ引っ張られる。
見上げた視線に尖った煌めきを寸前でかわすと、エレベーターを転がり出た。
続けて襲いかかる二つの影のうち、ナイフの一突きはかわしたが、足払いまではかわせずに「おわったったぁっ!」とすっ転ぶ。
振り下ろされたナイフは天善の脳天に突き刺さる直前、銃弾で弾かれた。
その隙に立ち上がった天善は、後ろへ飛び退いて身構える。
「なんだぁ、こいつらは……!」
エレベーターの天井から奇襲をかけてきたのは、小柄な少年と長髪の女性であった。
どちらも軍服を着ているからにはSSAの兵隊であろうが、二人が持つのは生身の気配だ。
「天善、こっちもコンビネーションでいこう!」
「お、おう!」
機人兵に囲まれたミストは、至近距離での殴り合いに入った。
最小限の動きで相手の攻撃をかわし、打っては逃れるのヒット&アウェイでうまく立ち回っている。
その雲行きが怪しくなってきたのは「く、くそぉっ!調子に乗るなッ」と、極至近距離で銃を構える奴が出てきた辺りだ。
「――!」
正面の一発は避けても同時にきた背後の一発はかわせず、秒の隙を突かれて横っ面を殴られる。
あわやタコ殴りになろうかという時、「ガァァァッ!」と天井を突き破って狼に変形したヴォルフが降ってきた。
背にはキャットとアグネス、斗鹿の姿もある。
「もう!ボクらを置いていかないでよ」
言葉では責めていても、キャットの顔は笑っている。
「悪い、一番厄介な敵を倒すので頭がいっぱいだったんだ」と叫び返したミストも、やはり笑顔だ。
一番厄介な敵とは、言うまでもない。
天善とまどかが立ち会っている二人組だ。
前線で戦える諜報員、一番 初と注意 要。
生身でありながら、卓越した戦闘術と諜報力でSSAの中核へ組み込まれた恐るべき存在だ。
なにより、解放軍の四人は彼らと因縁がある。
「まどか、天善、交代だ!」
走ってきたミストと拳を合わせると、まどかも「おう」と一声残して機人兵の懐へ飛び込んでゆく。
要は入れ違いで放たれたミストの銃撃を寸での処でかわすも、髪が数本引きちぎられた。
「チッ……!」
「今日で終わりにさせてもらう!」
「そうはいかないっ」と身を翻した初は、キャットに両目を引っかかれて「あっ」と銃を取り落とす。
「所詮、お前らは奇襲じゃなければ俺達に勝てもしねぇんだ!」
ヴォルフの投げた機人の頭は、初に当たる直前、要の警棒で叩き落された。
返しざまに振り回した警棒は空を切り、脚に鉛玉が被弾する。
撃ったのはミストだ。
「くっ」と一瞬でも脚に意識がいってしまったのは命取りだった。
上に引っ張られる力を首に感じ、要の意識が反転する。
どうっと横倒しになった彼女を飛び越えて、キャットが残った初に飛びかかる。
「こ、このっ」
必死の形相で猫を振り払おうとする少年諜報員の胸を貫いたのは、一筋の弾道だ。
始めは小さな痛みだったのが、次第に全身を熱く包みこんでゆく。
やがて、初の身体が前に崩れ落ちる。
「……よしっ、退くぞ皆!」
ヴォルフの合図で仲間たちがエレベーターへ急ぐ中、ミストは倒れた二人へ目をやった。
――ノロ、仇は取ったぞ。
一人こくりと頷くと「ミスト、早く!」と急かすアグネスの元へ走っていった。
