3.
慌てて地上へ飛び出した解放軍が物陰で見たのは、病院へ向けて砲撃する戦車であった。車体には、お馴染みSSAのマークが輝いている。
「なっ!なんで病院を攻撃しているんだ!?」
つるりんの驚愕を聞き流しながら、ミストの脳裏に浮かんだのは小指を立てたスターリンの顔であった。
まどかは彼をスパイだと断言していた。
七階での待ち伏せがなかった点から判断したようだが、話を聞いた時点では信じがたかった。
だが、今ならミストもスターリンがスパイではないかと考える。
解放軍のアジトは、ノロ教授が生きていた頃から病院の地下にあった。
何十年もの間、誰にも場所を突き止められずにいた。
もっと言ってしまえば解放軍自体が、病院も与り知らぬ存在であった。
SSAの戦車が病院を砲撃しているのは、解放軍を燻り出すためだ。
「さってと、俺の出番かぁ?」
コキコキと首を鳴らして物陰から出ようとする天善は、まどかに押し留められる。
「真っ向から仕掛ける気か?やめておけ、被害を拡大させるだけだ」
「や、真っ向勝負しようたぁ、俺も思ってねぇよ」と苦笑いし、天善は手前の建物を指さした。
「あっちまで移動した上で、後ろから戦車の上に飛び乗りゃあいい、だろ」
「いやいや」とミストまでもが止めに入り、ハゲの無謀を指摘する。
「360°全方向見えているんだ、あの戦車は。君がよじ登る前に砲撃してくるぞ」
「なら、どうやって近づきゃあいいんでぇ」
不貞腐れる天善は次の瞬間、飛び出していった影に度肝を抜かされる。
「桜ァ!?」
誰一人止める暇なく、戦車の前へ飛び出していったまどかが誰かを抱えるようにして歩道の向こうへ転がった。
「いくぞ、皆!桜をカバーするんだッ」
「お、おい、カバーって!?」
つるりん一人を残して、アグネスとキャット、腹の傷を塞いだばかりのヴォルフも散開し、オフェイラが叫ぶ。
「止まれーーーーーーーーーーーっ!」
――直後。
全ての音が無と化す。
戦車はぴたりと動きを止めた。
静寂を感じながら、地に転がったまどかは身を起こした。
「あ、ありがとうございます……って、まどかぁ!?」
抱えられていた人物が、およそ場にそぐわぬ素っ頓狂な声をあげるのに対し、まどかも笑って答える。
「斗鹿、久しぶりだな。けど、こんなとこにいちゃ危ないぞ」
身を挺して助けたのは、まどかの友人にして機械都市で迷子になっていた羅 斗鹿であった。
「あ、危ないって何言って」と騒ぐ斗鹿を遮ったのはオフェイラだ。
「は、早く……戦車を」
言われるまでもなく、ミストやアグネスは戦車の上に飛び乗って上部の扉を叩いている。
「駄目だ、全然壊れないよぉ!」
「壊れねぇってんなら、無理やり引き開けるっきゃねーだろ!」
素手で抉じ開けようと顔を真っ赤に踏ん張る天善を押しのけたのは、戦車の上に飛び乗ってきたまどかだ。
「任せろ」
掌を当てて、息を大きく吸い込む。
「……はッ!」と気勢を吐いた直後、扉は落下して景気のいい金属音を辺り一帯に鳴り響かせる。
戦車の中へ潜り込んで戦車の運転パネルを破壊した後は、外へ出てエンジンにも大穴を開けてやった。
「はぁー、ほんっと便利だわな、お前の技。俺の出る幕がないじゃねぇか」
呆れながらも感心する天善へ「だろ」と笑ったまどかが、ふらつくもんだから、天善は慌てて抱きとめる。
「なんだよ、随分おつかれさんじゃねーか。お前、俺らと合流するまでに何人ぶっ倒したんだァ?」
「壁ごと軍人を吹っ飛ばしてやがったぜ。そうさな、二十人ぐらいはいたっけなぁ」
つるりんの答えに目を剥き、両手に感じる汗の量にも天善は三度驚かされた。
「お前!疲労困憊じゃねーかっ。今すぐベッドで休んでこいッ」
だが「そうはいかねぇよ……」と、まどかも反抗してくるではないか。
自力で立てないぐらい、疲れ切っているというのに。
「アジトの場所が割れちまったんだ。悪ィ、あいつに……スターリンにトドメを刺さなかった、俺のミスだな」
そこへ「まどかぁぁぁぁっっ!」と駆け寄ってきた斗鹿が、天善の手から、まどかを奪い取る。
「まどか、お前、お前ぇぇ、今まで何処にいたんだよぉぉぉ!俺、俺、お前に会いたくて、会いたくてぇぇっっ」
「だぁぁっ!なんだテメェ、桜に馴れ馴れしくすんじゃねぇッ!!」
奪い取られたのに腹が立つなら、まどかの上に汚い涙と鼻水を垂れ流されるのにも腹が立つ。
天善の怒号に「やっている場合か!?早く撤退しろ」とミストの命令が重なって、止まっていた時が戻った。
『な、なんだ、うぉ!?レバーが動かんっ』
内部で騒ぐ機人のおかげで、天善と斗鹿にも現状が伝わる。
勢いよく斗鹿の手から、まどかを奪い返した天善は両腕で抱きかかえた。
「でっ、どこへ逃げるってんだぁ!」
ミストの返事は簡潔で、「バーだ、場所は判るな!?」とだけ返ってくる。
機械都市でバーと呼べる店は、それほど多くない。
そして店名を言わずに指示してくるからには、合流場所は一つしか考えられない。
彼と天善が最初に出会った、あの酒場だ。
「こらぁ!てめぇ、ハゲ!まどかは俺が運んでいくっての」と騒ぐ声を背に、大通りを疾走した。
Turuh Soll――
店内へ入るや否や、ミストはカウンターを乗り越えて壁を蹴っ飛ばす。
荒々しい行動に「い、いいのかよ、んなことして」と狼狽えるつるりんには、キャットが片目をつぶって微笑んだ。
「あ、いいのいいの、このお店のマスターはミストだし」
そのマスター、ミストは半回転した壁の向こうから簡易ベッドを引っ張り出してくると、奥の席まで引っ張っていく。
「アグネス、回復ポーションを作っといてくれ」
「回復でいいの?あの様子なら爆裂のほうがいいんじゃ」と応えながら、アグネスは早くも何本かの酒瓶を取り出した。
機人用ではない。生身の人間が飲む酒だ。
「爆裂はキツすぎるだろ」とヴォルフが割り込んで、こちらも手は忙しく散乱したコップや皿を片付ける。
三人とも忙しそうに動き回っているので、つるりんは一人手持ちぶたさなキャットに尋ねた。
「なんだよ、爆裂だの回復だのって」
「あぁ、ミストが調合した生身用の回復薬だよ。回復は気付け程度で、爆裂は元気いっぱいになるやつ」
「だったら、爆裂のほうがいいんじゃないの……?」とはオフェイラの意見だが、キャットは手を振って否定する。
「元気が出すぎて倒れちゃう人もいたから、まずは様子見で回復を与えろってコトでしょ」
「じゃあ、二つとも作っておくわね」と、アグネスは用意がいい。
その間にミストが毛布とマットを持ってきて、簡易ベッドが完成した。
ふかふかと触り心地を確かめて、小さく呟く。
「こんなもんでいいかな……」
「あいつ、さ。サクラまどかっつったか」と、つるりんが話し始めたので、全員が耳を傾ける。
「なんなんだ?対機人の技ってなぁ」
「気法……というんだそうだ」と、ミスト。
「人間にしか使えない技で、体内の"氣"ってやつを集めてぶつけるんだそうだ」
「キ、ねぇ……?」
どうにも想像できないようで、つるりんは何度も首を傾げている。
ミストも完全に理解しているわけではない。
今のは全部、又聞きの受け売りだ。
ノロ教授なら、もっと判りやすく説明できたかもしれないが……
「エネルギー砲だと考えればいいんじゃない?」とはキャットの弁だ。
足音に気付いたヴォルフが戸口の横に立つ。
しばしの間をおいて、二人の男が転がり込んできた。
「うぉぉ、ミストォ!」
「こっちだ!こっちにベッドを用意してある!」
皆まで言わずとも要求が通って「用意がいいな」と多少ずっこけつつ、天善はベッドへまどかを寝かせてやる。
直後、ドンと押しのけられてよろめいた。
「まどかぁぁ!まどかぁ、死なないでくれぇっ!!」
大粒の涙を流してベッドにすがりつく斗鹿に些かドン引きしながら、ヴォルフが皆に尋ねた。
「……で、こいつは何者なんだ?」
「さぁ……」と困惑を浮かべたのはミストで、カウンターではアグネスが「ついてきちゃったのね」と悩ましい視線を向ける。
天善もこめかみに青筋を立てて、斗鹿を突き飛ばした。
「おい!桜は疲れてんだ、揺さぶるんじゃねぇ」
「何すんだ、このハゲ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔のくせして斗鹿が逆らってくるもんだから、天善のボルテージも上がりっぱなしだ。
「誰がハゲだ!!」
「お前に決まってんだろ!俺のまどかに馴れ馴れしく触んじゃねーやっ」
「てめッ、言うにことかいて誰が誰のだと!?桜はなぁ、てめぇみたいな鼻垂れションベンガキに似合う男じゃねぇんだ!」
「ハァ?さっきからハゲオヤジのくせしてキーキー怒鳴ってきやがって、あんたこそ何様なわけ?まどかのこと、お姫様だっこしちゃって気ッ持ち悪ィ!あと、あんたに説教される覚えもないんだけど!怒鳴るしか出来ないんだったら、黙っててくれる!?」
「黙ってんのはテメェだろうが!その汚らしい顔面、ボコッボコに腫れ上がらせてやろうか!?」
突如始まった低レベルの喧嘩を指さして、もう一度ヴォルフが皆へ尋ねる。
「で……どうする?あの二人」
「なーんだろうね、ありゃあ」
つるりんは肩をすくめ、アグネスも溜息をついた。
オフェイラに至っては、聞いてすらいない。開いた壁を覗き込んでいる。
彼女をちらり見た後、アグネスは出来上がったポーションを二つ机に置いて結論を下した。
「落ち着くまで、ほっときましょ。キャット、彼の様子はどう?」
まどかの汗を拭いたり体温計器を当てていたキャットが答える。
「熱はないみたい!呼吸も平常に戻ってきたね……この分なら回復で充分だよ」
「そう。じゃ、起きたら飲ませるとして、そうね、食事も作っておこうかしら」
「ボクも手伝うよ!」とカウンターへ走ってくるキャットと入れ違いでベッドに近づいたミストは、「ちょっとごめん」と斗鹿を横に押しやって毛布をめくる。
まどかの腕と太腿に薄いシートを貼り付けると、ぐるぐると包帯で固定した。
「そりゃ何なんでぃ?」と天善に覗き込まれ、にっこり微笑んで答えた。
「筋肉を冷やす冷急シートだ。これで少しでも楽になるといいんだが」
「へぇー、便利だなぁ」と斗鹿にも感心されて、ミストは二枚ばかり二人に渡しておいた。
「よかったら君たちも使ってみてくれ。激しい運動をした後に」
「こいつにゃ必要ねーだろ、戦車の近くでボサッと突っ立っていた危機感皆無野郎にゃあ」
すかさず煽ってくるハゲには「オッサンは沢山いりそうだよな、二枚といわず十枚ぐらいもらっといたら」と斗鹿も煽り返してきて、二戦目の始まりだ。
「テメェェ!人を老人扱いすんじゃねぇよ!」
「危機感皆無だとか先に喧嘩売ってきたのは、そっちだろ!」
殴る蹴るの大喧嘩に発展する直前で、ウーンと大きく伸びをして、まどかが起き上がる。
「あー、ちったぁ疲れが取れたかな……って何処だ、ここ」
「まどか!!」「桜!!!」
息ぴったりにハモる二人の背後では、ミストも満面の笑みで返した。
「ここは俺の店だ。俺達と出会う前にもSSAと戦っていたようだな、これを飲んで疲れを癒やしてくれ」
青いコップを「ん」と受け取り、まどかは躊躇いもせず一気に飲み干す。
体内を冷たいものが駆け巡り、続けて、じんわりと温かな感触が手足を包み込む。
神聖魔法をかけられた時の感覚と似ているな――と考え、まどかは何度か手を握って開いてみる。
気の巡りは順調だ。
腕も脚も別状ない。今すぐにだって戦えそうだ。
ただ、腹がグゥゥと大きな音を鳴らした。
「ふふ、やっぱりお腹ぺこぺこだったのね。起き上がれるようだったら、こっちに来て」
アグネスが手招きしている。
カウンター席に並べられたのは、小麦色に焼色のついたパンに湯気をたてる肉の塊や色とりどりなサラダ、全て生身用の料理だ。
「豪勢だな。斗鹿、天善、一緒に食おうぜ」
無邪気な笑顔で誘われて、さっきまで殺気立っていた二人も毒気を抜かれる。
「お、おう」
天善はまどかの左隣へ腰掛け、斗鹿は反対側へ陣取った。
斗鹿が「いっただっきまーす」と大口を開くのへは、天善が「てめぇ!桜より先に食うんじゃねぇ!」ってな怒鳴り声を撒き散らす。
しかし叫んだ口に「いいから天善も食えよ」と熱々のブロック肉を詰め込まれて、「んがっんぐっ」と喉をつまらせたのであった……
次は何処を攻めるのか?
サラダを頬張った天善に尋ねられ、ミストが答える。
残る拠点は宿舎と本部だが、宿舎を無視して直接本部を叩く。
宿舎を残したら援軍が来るんじゃ?と不安がる斗鹿へは、こう答えた。
「SSAは総帥あっての組織だからな。総帥さえ倒しちまえば、あとはどうとでもなる」
「えー。総帥の仇を討とう!って考える奴はいねぇの?」
斗鹿のさらなる疑問も、ミストは愚問だと切り捨てる。
人間ならともかくも、全員が同じ思考で動くよう造られたSSAの機人に人情なんてものは存在しない。
SSAの機人は全て、総帥の野望をかなえる為だけに生み出された存在だ。
総帥を破壊してしまえば命令もストップする。
あとに残るは頭からっぽな機人、というわけだ。
「総帥も機人なのかぁ……」と呟き、斗鹿はパンにサラダを盛りつける。
「はい、あーん」と差し出されて、あむっと食いつきながら、まどかがミストに問いかけた。
「本部を叩くにしても、だ。向こうさんは貫通銃をフル装備してんだろ。そのへんの対策は考えたのか?」
「もちろん。貫通には粘着力で抵抗だ」
「粘着だァ?」と首を傾げつつ、天善は椅子を引いて立ち上がる。
棚に並んだ酒瓶を勝手に開けると、これまた勝手にグラスへ注いで、まどかの前に置いた。
「そうだ。これは教授が開発した銃弾で」と、ポケットを探って取り出す。
「着弾と同時にネバネバした物質が対象を包み込む」
軍人へ撃ち込んで、機人の動きそのものを止めてしまおうという作戦らしい。
目の前の真っ赤な液体には手をつけず、「何発あるんだ?」と、まどかが尋ねる。
ミストは手元へ視線を落として、答えた。
「二十発。無駄撃ちは出来ない……これは俺達が使うとして、次に君の体力を温存する方法だが」
「門前の雑魚は俺が倒しておくよ」と名乗り出たのは、なんとつるりんだった。
「お前が?」とヴォルフが訝しがるのも、当然といえば当然だ。
彼は先のラボで、これといった活躍をしていない。
始終ぎゃあすか騒ぎながら、時にはへっぴり腰で逃げ惑いながら、ミストたちの後をついてきただけだ。
オフェイラは、ここぞという場面で時を止めてくれた。
ラボで誰一人やられることなく帰還できたのは、彼女とまどかのおかげだ。
天善も、囮の役目を見事に果たしてくれた。
皆の不信を一身に浴びても、つるりんは表情を崩さず自分の肩を叩いてみせる。
「ま、信用できないなら、それでも構わねぇけどサ。最新型の本領を発揮してやるよ」
「一人じゃきついだろ」と気遣ってくる天善へも片目を閉じて受け流した。
「平気平気。生身のお前さんが一緒にいるほうが、却ってやりにくいってもんだ」
「なら、つるりんが奇襲を仕掛けた直後、私たちは内部へ突撃する。それでいいわね?」
アグネスが作戦相談を締めて、食べ終わった食器を洗いにかかる。
斗鹿は真っ赤な液体が注がれたグラスを、ぐいーっと飲み干して「ぶほあえぇぁああ!!!!」と叫んだ。
突然の絶叫に、全員が硬直する。
さっきまであったグラスが空なのに気づいて、ヴォルフが慌てた。
「あ、こいつ!液体タブを飲みやがったな!?」
「液体タブだとぉ?カクテルじゃなかったのかよ」と天善も泡を食う。
「ぼえあぁぁぁ!」と涙目で吠える斗鹿のくちに「吐くんだ、斗鹿っ!」と、まどかが水を流し込んで、全部吐き出させた後。
「俺、もう駄目……」と呟いて床に倒れた斗鹿を、ベッドへ運んでやる。
「ここに寝かせておくのか?けど、ここは無人になるぞ」
ミストの心配は杞憂じゃない。
酒場が襲われたのは、偶然でも日常でもない。
SSAは、ここがミストの経営する店だと知っていたのではあるまいか。
だから、桜まどかを匿っていると確信を持って現れた。
またやってこないとも限らない。
ここに斗鹿を一人で寝かせておくのは危険だ。
まどかも考え込む。
ややあって「……そうだ!」と閃いた。
「どうしたの、何か思いついたの?」とアグネスに促されて、皆の顔を見渡す。
「俺の家に行こう。あそこなら斗鹿を休ませておくのにうってつけだ」
「えっ。けど、キミの家ってSSAに知られてんじゃないの?」
キャットの疑問にも、まどかは自信ありげに首を振る。
「家自体は、な。だが、あの家には隠し部屋があるんだ」
