FES

機械都市

2.

エレベーターで五階まで降りると、まどかは立ち止まり、音に耳を傾けた。
上でも下でも大勢の足音が走り回っている。
気配を感じるのは生身の兵隊だ。
機人を探すなら、気配を感じない足音を辿っていけばいい。
SSAの軍人なら倒せばいいし、そうでないなら解放軍のメンバーである可能性が高い。
それと、どれだけ複雑に通路を入り組ませたとしても、生産機を置くスペースを考えたら階の中央に置くのが妥当だ。
「賭けてみるか……」
ここから一番近くにいる足音を目指して走り出す。
曲がり角で飛び出すと同時に、軍服を確認がてら突っ込んだ。
「ぬぁっ!?」
先頭の軍人は大した抵抗もできずに拳一撃で吹っ飛び、後方の仲間をも巻き込んで誘爆する。
「こいつ、まさかゲリラ!?」「いや、違う!生身だ!」
反撃の余地など与えない。
まどかは身を屈めて、連中の足元に回し蹴りを放ってやった。
「どわぁぁっ!?」とまとめて転倒したのを踏み越えて、「待て、このっ」「撃つな、俺に当たる!?」だのといった混乱を背に、次の足音へと突き進む。
またもSSAと遭遇し、奇襲の一撃と足払いでやりすごしながら、中央へ行く道を探した。
一体何人配置したのか、軍人の数は意外や多い。
生産機を後回しにして工場長を先に倒すべきだったか――
そんなふうに考えた直後、腕をかすって銃弾が飛んでいく。
「チィッ」
追いつかれたか。
いや、違う。部屋から出てきた別の集団だ。
「いたぞ!標的との外見一致、桜まどかが侵入した!!応援求む!」
自分の名を呼ぶ機械音声を背に、まどかはエレベーターへと転がり込んだ。

三階を抜けて、またエレベーターで適当な階へ出る。
何度も繰り返しているうちに、自分たちが今、建物のどの辺りにいるのかも判らなくなってきた。
それでもミスト達は、これまでと違う部屋に出た。
中央で唸りを上げているのは、この建物の動力炉だ。
奥に数台並んでいる蓋付きの寝台こそが、彼らの探していた生産機――通称マーシナリィプラントに他ならない。
部屋には人っ子ひとりいなかった。
無人の部屋に、生産機と動力炉の振動音だけが響く。
生産機の表面で輝く赤い光は、稼働中を意味していた。
「……さて。どうやって壊す?」
動力炉を壊せば全てのシステムが停止する。されども、誘爆したら自分たちが逃げ出せなくなる恐れもある。
「駄目ね、弾を通さない」
試しに生産機を撃っても、見事に弾かれた。
「そりゃそうだろ。だから、これを持ってきたんだ」とミストが懐から出したのは、小型の電子クローだ。
本来は対生身用に痺れを与える武器だが、機人に使うと雷の魔法と同等の効果を発揮する。
「オフェイラ、頼む」と手渡した直後だった。
「そこまでだ!!」
大声に驚いて戸口を振り返れば、軍服の連中が一列に並んで銃を構えているではないか。
その前に立つのは胸に幾つもの勲章を並べた軍人だ。
「フフフ……無人にしておけば、貴様らは必ず入ると睨んでいた。袋の鼠というわけだな!」
「けっ、銃なんざ俺達に効くかよぉ!」と怒鳴るヴォルフに、軍人も嘲り返す。
「いつまでも我らが旧型の銃を使っていると思っているのか?撃てェい!」
腹に響く重低音が一発鳴り響いたかと思うと、ヴォルフの身体は後ろに跳ね跳んだ。
「ヴォルフ!?」
勢いよく動力炉にぶつかり、彼は己の身体を見おろした。
腹に大きな穴が空いて、バチバチ火花が舞っている……
「これぞ対機人銃、パナフキャノンだッ!連射こそ出来んが、威力のほどは判ってもらえただろうか」
アグネスに「ヴォルフ、大丈夫!?」と助け起こされて、穴の空いた腹を押さえながらヴォルフが呻く。
「あ、ぁ、くそっ……こんなもん作って、てめぇら本気で機械都市を滅ぼすつもりかよ」
「滅ぼす?違うな、我々は機人ギルドに牙を立てる。この銃は、その第一歩に過ぎん……まずは貴様らゲリラで試し撃ちさせてもらうとしよう!」
男が手を翳すと、一列に並んだ軍人が全員銃を構える。
一斉射撃は連射と同じだ。
機人を貫通する威力なら、動力炉や生産機を盾にしても無駄であろう。
黒光りする無数の銃口を前に、ミスト達は逃げ場なし。
全員が次に来る衝撃を予想して身を固くする。
だが、手前の男が「撃――」と手を振り下ろすよりも早く。

ドアの向こう側から眩い光が差し込んだかと思うと、扉が壁ごと吹っ飛び、軍人たちをも吹き飛ばした!

「なっ!?」
積み重なる部下を押しのけ、一人残った軍人は見た。
肩で息をしながらも、不敵な笑みを崩さずに立っている、ボサボサ頭の男を。
「まどか!?」
真っ先に反応したミストへ笑みだけで返すと、まどかは床を蹴り、残った一人にも掌底を突き入れる。
「ぶはぁっ!」と叫んで、二、三度痙攣した後に、軍人が崩れ落ちた。
「はぁ……ッ、奥義まで使わせやがって。手こずらせてくれるぜ、全く……」
今にもへたり込みそうな姿勢で滴り落ちる汗を拭う姿へ駆け寄ると、ミストは体を支えてやる。
「まどか、じゃなくてサクラ!いつ戻ってきたんだ?いや、ここへ潜り込んできたってことは」
「あぁ、SSAを倒しに来たんだ。ここからは協力しようや」
「勿論だ!君が手を貸してくれるなら百人力だな!」と喜ぶミストへ横槍が入った。
「おーい。一人で喜んでねぇで、そいつを紹介してくれねぇか?」
だが、つるりんの横槍を更に制したのはキャットで「それよりさぁ、援軍が来ないうちに全部破壊しようよ!」と騒ぐ。
「よし、じゃあオフェイラ、動力炉を頼む」とするのへは、アグネスの待ったが入る。
「動力炉を壊すのは危なくない?」
「あぁ。そいつは俺も同感だ」
まどかも頷き、ミストを見た。
「向こうにある生産機だけでいいだろ。本体とコネクトを破壊しときゃ、当分は稼働できなくなるはずだ」
「……判ったわ」と頷き、オフェイラが電子クローで生産機を引っ掻く。
銃で撃った時はびくともしなかった表面が、たった一回の衝撃で脆くも破れて火花を散らす。
すかさずキャットがコードを引き抜くと、赤い光は消えた。
コードとの接続部には、つるりんが銃を突っ込んで破壊する。
全ての生産機に同じ処理を施す頃には、まどかの体力もだいぶ戻ってきたのか、軽く首を振って調子を確かめる。
まだ多少の疲労が脚に残っているけれど、この程度なら問題ない。意識を失う前には帰れると確信した。
「もういい」とする彼に、ミストは手を離しながらも気遣う素振りを見せてくる。
「疲れたら言えよ?おぶってやるから」
「いいって。両手が塞がっていたんじゃ、お前が戦えないだろ」
なおも断りながら、まどかの耳は慎重に廊下を探る。
誰も駆けつけてきそうにない。逃げるなら今だ。
「ミスト、急ごう」
ミストはまだ手を貸したそうにしていたのだが、まどかが走り出すのにつられて後を追う。
彼らを乗せたエレベーターは、途中階で止まることなく一階まで下降した。


表に出た彼らを待っていたのは、入口近くに腰を下ろしていた天善だけであった。
ここで戦っていたのであろう軍人は、既に全員撤退した後か。
「天善、お疲れ様!」と声をかけてアグネスが走り寄る。
天善も「おう」と言いかけて、口をあんぐり開けた。
「……どうしたんだ?それと、スターリンは何処へいったんだ」
ミストが尋ねても、返事がこない。
「よぉ天善、お前も来ていたのか」
まどか本人にも声をかけられて、ようやく天善は我に返った。
「あ……あ、桜?桜なのか?お前、お前ェ!急にいなくなるから、心配しちまっただろうが!」
がっしと抱きついてくる友人を、まどかも苦笑して抱きとめる。
「なんだ、俺を探していたのか?機械都市に向かったって伝言を、酒場に残したはずなんだがな」
「酒場って、どこの酒場だよ!?伝言残すっつぅんだったら、俺の目が届く場所に残しといてくれや!」
ブチキレながらも天善の手は愛おしそうにまどかの背中を撫でており、ただの知人以上の関係を伺わせた。
「えっと?」と首を傾げる仲間を背に、ミストは彼らを促した。
「天善とも知り合いだったのか。なら、再会の喜びはアジトでやろう」
「そうだな」
まどかに引き剥がされて、天善は渋々指示に従う。
訊きたいことは山とあった。
今まで何処で何をやっていたのか。
どうして単身で機械都市へやってきたのか。
俺と一緒にいない間、寂しいと感じたことは一度もなかったのか……
ちらと友の横顔を盗み見て、天善も帰り道を急ぐ。
来た時同様、地下鉄の線路を歩いていくのかと思いきや、帰りは定期バスに乗って病院まで戻ってきた。
地下にあるアジトへ入った途端、キャットがまどかに抱きついた。
「お帰り、サクラ!またキミと一緒にいられるなんて、嬉しくてたまらないよ」
何か言いたそうなつるりんにも目をやって、改めて彼を新しい仲間に紹介する。
「彼はね、ボクたちの古い友達で桜まどかっていうんだ!サクラって呼んであげてね」
「へぇ、さくらまどか、ね。どっちで呼んでも女っぺぇ名前だなぁ」と冷やかしたつるりんは、天善にギロリと睨まれて、ひょいと肩を竦める。
「おっとっと、女っぽいってのはNGワードだったかぁ?」
「あったり前だ。桜は、どう見たって男だろうが」
つるりんを険悪な表情で睨んでいた天善は、まどかに向き直った瞬間には笑顔を浮かべた。
「いやぁ、しかし、よく生きていたなぁ……俺ァ、お前にゃもう二度と会えないもんかと思っていたぜ」
「不吉だなぁ!」と怒るキャットへも「そんぐれぇ長い間、音信不通だったんだよ」と断り、椅子へ腰掛ける。
「だが、サクラと合流できたのは幸運だった!」
両手を広げて歓迎の意を示すミストへオフェイラが尋ねた。
「この人……生身、よね。足手まといに、ならない……?」
ミストは「ならない。君も見ただろ?一人で機人を倒しまくったのは」と断言し、椅子に腰掛けて寛ぐまどかを見やる。
「あれ以外にも、対機人の強力な技を使えるんだ。最強の助っ人さ」
「最強、確かにな。これ以上ないぐらいの助っ人だ」と頷いたのはヴォルフだ。
「奴らは機人の装甲すら貫通する銃を出してきた。俺達で試し撃ちだのと抜かしやがって……クソがッ」
「大丈夫か?その穴。俺が塞いでやろうか」と声をかけられて、「いい、これぐらいなら自分で直せらぁ」と首をふると、ヴォルフも優しい目を声の主へ向ける。
「それよりお前は、ゆっくり休んどけ。疲れただろ、たった一人であんだけ大勢と戦ったらよ」
「あぁ、そうする」
大きくあくびをした後はベッドに寝転がって、たちまち寝入ってしまった。
そんなまどかの頭を撫でながら、アグネスがポツリと呟く。
「スターリン、ここにも戻っていなかったわね……何処へ行ってしまったのかしら」
表玄関の囮役を引き受けた彼は、建物付近のどこにも見当たらなかった。
天善が言うには、途中で裏口へ引き返してラボへ潜入したらしい。
しかし、あれだけ生産機のある階で壁を吹き飛ばすほどの大乱闘をしたってのに気づかなかったのだとしたら、相当な鈍感だ。
今後も足引っ張りになる恐れがあるし、ここらで別れたほうがいいのかもしれない。
そんな懸念をアグネスが浮かべた時、まどかがパチリと目を開き、身を起こす。
「あら、まだ休んでいても」と言いかける彼女を制し、まっすぐミストを見つめて言った。
「そうだ、ミスト。誰彼構わず解放軍に引き入れるのはやめたほうがいい」
「え?」と驚く彼へ重ねて忠告する。
「お前は教授の意思を継いで革命を成功させたいんだろ。だったら信頼できる仲間とだけ手を組むんだ」
「おいおいおい~。それって俺らが信用ならないって言ってんだけど?」と突っ込んできたのは、つるりんだ。
「あとから来て何様のつもり?……あなたこそ信用できないわ」とオフェイラまでもが、不快心外といった顔で吐き捨てる。
「待てよ。彼は俺達の古い友人だと言っただろ?」
そこへ割って入ったのはヴォルフで、まどかを庇う位置に立って二人を睨みつけた。
「こいつは信用できる。なんたって教授の友達だったんだからな」
「なら、お友達ごっこだけで仲良くやりゃ~いいじゃねぇか。なんだよ、機械都市に自由をって言うから手を貸してやっていたってのによォ」
場が険悪になりかけた時であった。
まどかが「ユタ・ガーナシルにはスパイが紛れ込んでいた」と断言したのは。
「え!?」「なんだって」と口々に驚く面々を見渡して、己が目撃した不可解な出来事を伝える。
スターリンと名乗ったアンドロイドから、二手に分かれて二箇所を同時に攻めるといった作戦を聞かされた。
彼に案内されて七階まで到着した際、軍人は一人も待ち構えていなかった。
七階には工場長の部屋があるというのに、だ。
「スターリンが、そんなことを?」
「二手に分かれるだって?彼には囮役しか命じていないんだが」
驚くアグネスとミストを見据え、まどかが尋ねる。
「仲間を集める時に、ちゃんと説明したのか?解放軍の思想を」
「聞いたよ」と答えたのは、つるりんで「機人ギルドとSSAをぶっ倒すんだろ」とするのは丸々無視して、再度ミストに問う。
「教授の意思を……伝えたのか?この二人にも」
ゆっくりかぶりを振り、ミストは正直に答えた。
「いつか伝えるつもりでいた……全てを倒した後に」
「一体なんだと言うの?教授の思想……って」
口を挟むオフェイラを睨みつけて、まどかが言ったのは答えではなく質問であった。
「その前に訊きたいんだが、お前は機械都市にいる機人医や看護師といった人間の住民や、生身の観光客について、どう思っている?正直に答えてくれ」
「そう……ね……」
少し間を置き、彼女は答えた。
「邪魔だと思う時も、あるわ……」
「なんだって!?」といきり立つヴォルフやキャットには目もくれず、囁くように続ける。
「機人の生命は自分たちが握っていると言いたげで。銃で撃たれたら……即死してしまう、脆い身体のくせに……」
「お前、俺達のことを、そんなふうに見ていたってか」
天善も呆れて、口を挟んだ。
「ま、確かにいるかもしんねぇな、傲慢な医者ってのもよ。だが、銃で撃たれりゃ即死するようなか弱い命がイキッてきたから何だっていうんだ?軽く受け流しときゃいいじゃねぇか」
「こちらのメンテナンスを……秤にかけられても?ホムンクルスだからと……こちらが嫌がるような実験を受けさせられても、弱い命は見逃してやらなきゃ駄目……なの?」
能面で尋ね返してくるオフェイラへ「……そいつぁ酷ェな」と天善も苦々しく呟く。
軽口は影を潜めて真面目な顔になると、改めて彼女を慰めにかかった。
「気分を害する医者に出会ったってんなら、そいつに代わって俺が謝るよ。悪かったな、お前らの命を軽々しく扱っちまって」
頭を下げる天善に慌てたのは、ミストやキャットたちだ。
「て、天善が謝る必要ないって!そういう人がいるのはボクらも知っている、知ってるけど!そういう人たちも含めて機械都市の住民なんだっ」
「そうだ、いつかは彼らだって理解してくれる、機人や人工生命体にだって心があるんだってのを!その道標を誰かが作れば」
その道標を作るのが、解放軍の役目だ。
ノロ=ケイスケの残した思想――
それは、全ての住民が平等に扱われる都市。
生身の住民や機人が手に手を取り、お互いに尊重して暮らしていける都市を目指すことにあった。
偉そうなクセしてすぐ死ぬ命だと見下しているようでは、尊重どころの話ではない。
無論、偉そうに振る舞う人間技師にも問題はある。
ただし、彼らは説教したって言うことを素直に聞かないだろうから、よりよい明確なルールが必要となろう。
理想への道標を作るにあたり、全住民に影響のある機人ギルドの立て直しが、第一目的にあった。
SSAを倒すだのといった話は、安全対策に過ぎない。
下がり眉で困惑しきりなミストたちを見つめ、もしやノロの理想を彼らも忘れてしまったのではと、まどかは危惧する。
そして天善の謝罪を、オフェイラがどう受け止めたのかも見届けた。
「……あなたに謝られても……彼らの罪は、消えないわ」とした上で、彼女も折れてきた。
「けど……あなたは、違う。彼らとは違う…………ありがとう」
「こちらこそ」と笑う天善から、まどかへ視線を移した彼女は、こうも付け足した。
「正直に答えたわ……私は失格?それとも」
まどかは頭を振り、一言だけ答えておいた。
「今は失格だ。だからといって切り捨てたりもしねぇが。まだ、お前の中にミストを手伝ってやりたい気持ちがあるってんなら、俺を無視して手伝ってやりな」
「そう……」
こくりと頷き、オフェイラの視線がミストを捉えた。
「……私はあなたの活動を手伝いたい。させて、くれる?」
「勿論だとも」と頷き返した二人が握手をするのを横目に、さて寝直そうと、まどかがベッドへ手をかけた直後。
建物が崩壊するんじゃないかってほどの大振動が、アジト全体を襲った――!