FES

機械都市

1.

住宅街のはずれに、ひっそりと建つ一軒家がある。
空き家になって久しいが、一人の青年が中へと入っていった。
「……出ていった時のまんまだ……」
懐かしそうに、埃にまみれたテーブルを撫でる。
「ここに住んでいたなんて、自分でも信じられないな……」
冷蔵庫はコンセントが引っこ抜かれていたし、電子レンジの扉も開きっぱなしだ。
埃をかぶった棚の上に、やはり埃をかぶった写真立てが置いてある。
写真には、彼をもう少し男前にして歳を取らせたような顔が写っていた。
「……兄貴……」
しばらく写真を眺めていたが、やがて何かの気配を察知して表へ飛び出す。
「こんなとこまでつけてくるんじゃねぇよ。何か用かい?」
写真を眺めていた時とは打って変わり、じわりと殺意を帯びている。
だが、追いかけてきたのであろう人物は臆したりせず、物陰から姿を現した。
「やっぱバレたぁ?」
まだ年若い、十代前半かそこらに見える少年だ。
「当たり前だ」と答える青年に、戯けた調子で手を振った。
「あ、待って待って、僕らは戦うつもりないから」
いるのは少年一人だが、もう一つの気配は曲がり角に潜んでいるようだ。
「そうかい。けど、お前らを逃すわけにゃいかないんでね」
青年は動かずとも殺気が押し寄せてくる。
そうと気付いた少年も、少しずつ後退りしながら隠れている仲間へ叫んだ。
かなめ、撤退するよ!僕が囮になっている間に逃げてッ」
「逃さねぇって言ってんだろ!」
懐に飛び込む青年へ少年が銃を撃つ――
そこまでだった。要が目にしたのは。
あとは一目散に、後ろを振り返りもせずに走り出す。
桜 まどかは、かつての家に戻ってきていた。それだけでもSSA本部へ伝えなければ。


翌日。
地下鉄の線路をひたすら歩き、行き止まりの梯子を登った地上に、解放軍の目指すラボとやらが建っていた。
「妙だな……静かすぎる。それに、裏口に警備員がいないなんて……」
訝しむミストの背を押して、キャットが急かしてきた。
「いないならいないで好都合じゃん。急ごう、誰も来ないうちに」
裏口のフェンスには『サイカ重工学機人研究所・ご用の方は正門に回って下さい』という看板が掛けられている。
周囲には見張り一人立っていない。
「ひとまず作戦通りに行くか。スターリンと天善は正門へまわり、騒ぎ立ててくれ。他は、表が騒がしくなるまで待機だ」
「おう」と頷く天善へ重ねて注意を呼びかける。
「死なない程度に退散してくれよ。君が死んだら誰も君を治せない」
「判っているって」と再度頷き、天善はスターリンと共に表へと回り込んだ。
表玄関にも、やはり見張りは立っていなかったのだが、大声で喚きたてた。
「うおぉーい!サイバネス・ステロイド・アーミー、起きてっかぁ!あーそーびーにきてやったぞ、出てこいッ」
途端に建物から飛び出してきたのは五匹の犬――に見えるが、犬ではない。
犬の形を模してこそいたが、全身が滑らかな鋼鉄で出来た犬型ロボットであった。
『ウゥゥゥゥ……』
「は~い、ワンちゃん。お元気ぃ?」
スターリンの挨拶で、犬の目玉が緑から赤に変わる。
やがて犬の口からは大きな警報が鳴り響いた。
「さぁ、来るわよ……警備員がね!」
その言葉通り、建物から大勢が走り出てくる。
ただ、予想とは違ったのか「……あら?いつものガードマンじゃないわん」とスターリンが驚きに目を見張る。
男もいれば女もいる。
どいつも緑の軍服に身を包み、腕の部分にはSSAの腕章が縫いつけられている。
そうと判った途端、スターリンの表情が険しくなる。
「……アーミー!?」
一人が恭しくお辞儀した。
「研究員にご面接の方ですか?それとも、こちらへご用の方ですか。いずれにしてもパスポートはお持ちでしょうか?」
「判ってんのに聞くんじゃねぇよ」と返したのは天善だ。
「それとも、此処じゃ警報を鳴らして客の来訪を告げるのか?」
すぅっと目を細めて、前に出た男が小声で囁いた。
「なるほど。情報通りだ」
「あん?何の情報――」
不意に裏手で爆音。
続いて銃声が響いてきた。
「始まりましたか」と笑う男の態度で全てを察した。
どうした理由かは判らないが、襲撃は見破られていたのだ。
なら、ぼさっと見ている場合ではない。
「けやっ!」と一閃、天善は手前の男を蹴りを放った。
けして油断していたわけではないのだろう。
だが、天善の蹴りは男に避ける暇も与えなかった。
「がッは!」と叫んで吹っ飛ぶ男など見もせずに、後ろに立っていた男と女を二人まとめて蹴り飛ばす。
「スターリン!お前は皆のフォローに回れッ。ここは俺一人で充分だ!!」
「だ、駄目よぉ!アナタは銃で撃たれたら死んじゃうじゃなァい!?」と叫び返してくるのにも、答えている暇はない。
敵は早くも銃を構えに入っている。
撃たれるよりも早く懐に飛び込み、喉に拳を打ち込んだ。
「っはぁっ!」
くの字に身体を折り曲げて苦しんでいる様子を見るに、軍隊にも生身の兵士が何人か混ざっているようだ。
「俺に銃は当たらねぇぞ!無駄弾使いたくなかったら、すっこんでやがれ!」
天善は威勢よく啖呵を切ると、飛んでくる銃弾を紙一重でかわしてみせた。

表玄関に天善を置いて、スターリンは裏口へ急ぐ。
しかし待っていたのは混戦ではなく、静けさのみであった。
縄で幾重にも縛られたガードマンが二人、転がされている。
二人とも気を失っているだけで、死んではいないようだ。
他に倒れているのは機人が五体。どれも完全にショートしており動かない。
裏口の扉は開け放たれていた。
「そう……皆は突破したってわけね」
一人呟く背中に「よぉ」と話しかけてくる声があり、慌てて振り向くと、そこに立っていたのは男が一人。
ボサボサ頭の黒髪。屈強な肉体がシャツを押し上げている。
「アンタは……」
驚くスターリンを見て、男も僅かに眉をあげる。
「お前……」
すぐに首を振り、改めて尋ねた。
「アーミーでもギルドの連中でもなさそうだな。ここで何をやっている?」
「そういうアンタこそ、どっちでもないじゃない。いいえ……アナタの顔、覚えているワ」
「どっちでもなくて俺を知っている、となると、あいつの関係者か。お前の所属はユタ・ガーナシル……だろ?」
こくりと頷き、スターリンは男の名を口にした。
「そこまで知っているってんなら、アタシが何をしようとしていたかも察しているんでしょう?ねぇ、桜 まどかさん」
頷き返すと、まどかは「いこう」と促して先を行く。
スターリンも彼の後に続いてラボへ入り込んだ。


まっすぐ通路を走っていくと、やがて道が二つに分かれた。
「右か左か……」と迷ったのも一瞬で、スターリンに「こっちヨ!」と腕を左へ曲がる。
「知ってんのか?」
まどかに尋ねられて、スターリンは即答した。
「エェ。何度か忍び入っては撃退されたのよね、ガードが固くってェん」
でも、と口をすぼめて振り向きざまにウィンクを飛ばしてくる。
「ア・ナ・タがいればぁ~、工場なんてボッコスコに破壊できちゃうわよねぇ~。期待してるわよぉ、気法の強さ」
「んん、それより前を見て走ったほうが」
忠告は一歩遅く、スターリンは後ろを向いた格好で正面の壁に激突した。
かなり激しい衝撃音がしたのだが、機人は壊れたりも火花を吹いたりもせず、一、二度首を振って、恥じらってみせる。
「アフン……もぉ、壁さんのバカバカッ」
小指を立てて、こちらにカメラ目線を向けてきた。
なんともおかしな振る舞いをする男だ。
再び前を走っていくが、何度も侵入したというだけあって、一度も迷いを見せない。
再び道が分かれても、ノンストップで右へ曲がり、エレベーターへ飛び込んだ。
「七階にあるのよね。工場長の部屋が」
「工場長を叩き潰す計画だったのか?」と、まどかに問われてスターリンは頷いた。
「そうよ。裏口から入ったミスト達が生産機を破壊している間に、アタシとハゲちゃんは工場長をぶっ倒す予定だったの」
ハゲちゃんが誰だか判らず、まどかは首をひねる。
ユタ・ガーナシルが自分の知る解放軍なら、リーダーはミストに違いない。
そして彼の傍にはヴォルフとキャット、それからアグネスも一緒にいるはずだ。
しかし――今、目の前でクネクネと奇妙な動きをしている機人に見覚えはない。
ハゲちゃんと呼ばれるような機人にも、心当たりがなかった。
新しく仲間を集ったのか。充分にありえる。
だがノロ教授の思想を理解できる機人が、ミスト達四人以外にいるとは到底思えない。
まさかと思うが、手当たり次第、適当にかき集めたのではあるまいか。
エレベーターが、チンと小気味よい音を立てて七階へ止まる。
「さぁ、先に降りてちょうだい」と言うのへは「いや、先に降りてくれ。不意討ちがあったら困るんでね」と先を譲り、「うぅん、もぉ、いけずぅ」と愚痴りながら降りる背中を見届けた。
思ったとおり、銃撃の雨嵐はない。
半分は予想できていた。
解放軍のリーダーがミストであれば、こんな雑な作戦を立てまい。
彼なら、まず生産機を完全に破壊してから、全員で工場長を叩く方向へ舵を切るはずだ。
二手に分かれての同時攻撃なんて、成功率を下げるだけじゃないか。
スターリンに任せたのは、表の陽動であろう。
なのに勝手な行動を取るってのは、裏切り者だと言っているようなものだ。
工場長の部屋へ誘導された後は、きっとこいつが襲いかかってくる。
不意討ちを許さず、更に仲間へ連絡をさせず倒すには、どうするか。
「何人だ?」
突然の問いに「え?なにが?」と素で返してきたスターリンへ、もう一度まどかは問う。
「ノロ教授の思想を継ぐ奴は、何人いるんだ。ユタ・ガーナシルには」
「え?もちろん全員よ」と答えるのにも微かに笑い、続けて尋ねた。
「なら、答えられるよな。ケイスケの思想ってなぁ何だったんだ?」
ノロ教授の名は広く伝わっていても、彼のフルネームを知る者は殆どいない。
彼の本名を知る者は、彼の持つ思想へ触れたことのある者だけなのだから。
「え、ケイスケって?」と呟いたスターリンの顎に、勢いよく掌底が叩き込まれる。
「ごほっっ!!」と叫んだ機人は勢いよく側面の壁へ激突し、床へ崩れ落ちた。
立ち上がろうにも内部構造が今の衝撃で壊れたのか、動けない。
スターリンは「な……なんで……」と呻くのが精一杯だ。
「ケイスケの名前を知らないお前が、あいつの思想を理解できているとは到底思えねぇ」
「ケ、ケイスケって誰なのよぉ」と呻く機人へ背を向けて、まどかはエレベーターに乗り込んだ。
「知らなきゃミストに尋ねるんだな」と言い捨てて。
嫌な予感が高まってゆく。
さっきの機人と一緒にいたとされるハゲちゃんは、どっちの味方だろう。
いずれにせよ、早いとこミストを探し出して、忠告の一つでもかましてやらなきゃいけなくなった。
節操なく仲間を増やすのは、自滅を誘う悪手だ。
この分だと、さっきの奴以外にも志を継いでいない自称仲間で溢れかえっていよう。
ノロ=ケイスケは機械都市で唯一の、まどかを理解してくれた生身の友人だった。
だからこそ、彼の忘れ形見であるミスト達を見殺しにしたくなかったのである――

出会い頭に軍人を蹴散らしつつ、ミスト達はラボの中を走り回っていた。
有り体にいうと、迷っていた。
あっちの扉を開いてはハズレ、こっちの角を曲がっては軍人と遭遇を繰り返しており、これじゃ生産機を見つけるどころではない。
「くそ……こんな短期間で建て直せるなんて、どんな資金力だよ」
数ヶ月前に侵入した時とは、建物構造が全く変わっている。
前にはなかった道が増えているかと思えば、前はあったはずの部屋がなくなっていて、目印さえ見失った。
ぶつぶつぼやくミストの背中に、アグネスの悲鳴が飛んできた。
「やだ、後ろから追いかけてくる!ミスト早く早く、なんとかしてぇ!」
「おっりゃぁ!」とヴォルフが側面の壁を引き剥がして、後方へ投げつける。
追手が動揺している間に、全員まとめて手近なエレベーターへと転がり込んだ。
「地下!地下!」「最上階まで押して!」と大騒ぎな仲間を一切無視して、ミストが押したのは五階のボタン。
「なんで五階だよ!?」と騒ぐヴォルフにも「途中の階で降りるぞ!」と叫び返し、三階へつくと同時に飛び出した。
「え、あ、ちょ!?」
ドアが閉まる寸前、するんっと小さな猫が抜け出して、ミストの足元に着地する。
「んもぉ、降りるなら何階で降りるって教えてよぉ!」
「悪い、盗聴器があるかと思って言えなかった」と謝り、ミストは仲間の顔を見渡した。
誰一人降りそこねていないのを確認して、ほっと安堵の溜息をつく。
「まだ来ていないみたいね……」
油断なく周囲を見渡しながら、アグネスが呟く。
廊下に人影はない。だが、いつまでも此処に留まってもいられない。
足音を忍ばせて廊下を歩いていたが、つるりんが不意に天井を見あげて足を止める。
「見ろや……通気口だ」
「ちょっと見てくるね。みんなは」
キャットが口を噤んで、ピピピ、と小さな音を立てていたのも数秒で。
「あっち。あの部屋なら誰もいないみたい」
「OK、偵察が済んだら、すぐ戻ってきてくれ」と言い残し、ミストらが部屋に消えた直後、小さな猫――キャットは通気口へと潜り込んだ。
通気口の内部は蜘蛛の巣だらけ……ではなく、きちんと掃除が行き届いている。
足を忍ばせて歩いていった先に、下から風の入ってくる金網を見つけた。
そっと覗き込んでみると、真下にはSSAの軍服を着込んだ男女が二人、木箱に腰掛けて雑談している。
「ったく逃げ足早いよねぇ、あの兄ちゃん」とぼやいているのは、小柄なほう。
キャットの記憶に、きっちり刻まれている顔だ。
名を一番 はじめという、SSAの自称諜報員だ。
一緒にいる髪の長い女性、あっちも覚えている。以前出会った時は注意 要と名乗っていた。
「初ちゃんが、ちゃんと撃ち殺さないのが悪いんじゃない」
「だぁって~。生身で銃弾よけるとか、ありえないでしょ」
誰かを殺そうとして失敗したのか。
諜報員のくせに嬉々として戦闘を仕掛けてくるのが、この二人組の特徴だ。
「なんで、あの家に戻ってきたのかしらね」と要が首を傾げる。
「さぁねぇ。何か残していたか、それとも何かを残しに来たのか……まっ、捕まえてみりゃ判るっしょ」
軽く流した初が不意に天井を見上げるもんだから、キャットは即座に身を翻して通路をひた走った。
「どうしたの?初ちゃん」
要に問われ、初は肩をすくめてみせる。
「ん~。なんか今、上で音がしなかった?」
「そう?」
要は気づかなかったようで、それ以上は初も追究しなかった。
ただ、最後に彼が口にした名前は、去りゆくキャットを驚かすのには充分な衝撃であった。
初は言った。
「さーて。また探しに行かなきゃね、桜家のまどかちゃんを」と――