FES

機械都市

Prologue.

灰色の空に覆われた町、機械都市。
瞬間移動装テレポットを降り立った青年を歓迎したのは、よどんだ空気であった。
「うぇー……気持ち悪ィ」
そよとも風が吹いてこない。
それもそのはず、町は高い壁で囲まれていた。
この高い壁のせいで斗鹿としかは町に入れなかったのだ。
門らしい門が見つからず、一旦バラク島へ移動してからテレポットで来るという大回りをさせられた。
彼の故郷ジパンと機械都市は同じ陸続きだというのに、不便なものだ。
肺に悪い空気が充満しており、あまり長居をしたくない町だが、彼には目的があった。
久しく連絡のつかなかった親友の桜 まどかが、この町に引っ越した。そんな噂を聴いたのだ。
噂だから、具体的な住所は判らない。
「判らない時は人に聞けってね」
ぐるりと見渡した、ちょうど、その時。
目の前を、鋼鉄の塊が耳障りな音を立てて通り過ぎていった。
「……なーんだ、ありゃ。乗り物……かねぇ?」
視線の先に店らしき建物を見つけて入っていく。
看板には、こう書かれていた。
『Turuh Soll』と――

ラウンジは閑散としており、まばらな客の入りであった。
いくら空いているとはいえ、客の邪魔をするのは気が引けた。
カウンターのバーテンへ声をかける。
「なぁ、ちょっといい?」
バーテンは、ちらりと斗鹿を見やり、「お客さん、ご注文は何にいたしますか?」と問い返してきた。
「あ~……ここって、なにがあるのかな」
口の中で呟きながらメニューを眺めてみたが、聞いたことのない品物ばかりで困惑する。
「お客様は生身でいらっしゃいますね。お飲み物しかご用意できませんが、よろしいでしょうか」と、バーテン。
生身かと言われたら、まぁ、そうだ。
斗鹿は生粋のジパン人、黒髪が彼のルーツを主張している。
なにげなくバーテンを振り返って、彼の目の下と上に細い線が描かれているのに気がついた。
変なメイクだと感じたが、気に入っているのかもしれないし、下手なことは言わないほうが良さそうだ。
「んーじゃあ、マスターのオススメを一つ。んでさ、訊きたいことがあるんだけど、いい?」
カチャカチャとグラスを出しながら、バーテンも答える。
「何でございましょう」
「あのさ、さっき表通りでデッケェ鉄の塊が走っていったんだけど、あれ何?」
「……戦車でございます」と答え、バーテンは視線をカクテルへ注ぐ。
斗鹿も「へぇー、戦車」と相槌を打ってみたものの、訊きたかったのは名称ではなく何に使う物なのかだ。
だが本当に訊きたいのは、それではない。
バーテンも戦車については、あまり語りたくないようだし、さっさと本題に入るとしよう。
「えーっと。俺、この町は初めてなんだけど、この辺の地図って何処に売っているんだ?」
それについてバーテンが口を開くよりも先に、扉が勢いよく開かれた!
揃いの服に身を包んだ、大勢の男達が入ってくる。
挨拶抜きに、先頭の男ががなり立ててきた。
「この店が気法師範代の桜マドカを匿っているとの通報が入った!すみやかに奴を差し出せば、店を壊さずにおいてやろう!」
「サクラ、マドカ?どなたでしょうか」と尋ね返したバーテンは、後方の壁へ叩きつけられる。
突然の暴力に斗鹿は驚いたが、驚いているのは斗鹿だけで、奥の席へ腰掛けた客は、どいつも身を縮めて沈黙している。
カウンターの内側に回って「マスター、大丈夫か?」と抱き起こしてみたが、何の反応もない。
バーテンは目を見開いたまま硬直しており、口元に手をかざしても息をしていない。
そればかりか、身体のあちこちからバチバチと火花が出ているではないか。
バーテンを殴り倒した男は、舌打ちをかまして「ガラクタめが……」と呟いた後、おもむろに部下らしき仲間へ命じた。
「店内をかき回してでも探せ!」
男達はテーブルを乱暴に押しのけ、椅子を蹴っ倒し、床板を乱暴に引き剥がす。
奥のドアを開き、そちらも手当たり次第にかき回す姿には、声をかけるのさえ躊躇われた。
なにより彼らの探す人物に心当たりがあった。
さくら・まどか。
こんな名前、そうそう被るとも思えない。
ガラの悪い軍団に探し回られるとは、一体何をやらかしたのか。
こいつらも、まどかを見つけたら何をするつもりなのか。
奥に座っていた女性連れの男性客が殴られている。
乱入者に何かを問われて、答えられなかったのかもしれない。
「おい、そこのジパン人!貴様と同じジパン人を見かけなかったか!?」
一瞬反応が遅れた。
自分に言われたんだと斗鹿が判る頃には鉄拳が唸りを上げて飛んできて、間一髪、身を捻って躱す。
「うわ、危ねぇっ!」
「何ィ!貴様、かわすとは生意気な!」と怒られたって、素直に当たってやる気にはならない。
「い、いや、いきなり殴るとかないだろ?」
慌てて後ろに飛び退いて、間合いを取りながら言い訳するも、男は有無を言わさぬ口調で怒鳴りつける。
「口答えするなァ!貴様は桜マドカの居場所を教えればよいのだッ。言え、ボサボサ頭のジパン人を何処かで見なかったか!?」
「し、知らないよ!」
ついつい斗鹿の声も跳ね上がる。
「ここには初めて来たんだ!どこに何があるかも全然判らねーし!」
接近してきた男が上から下まで斗鹿を眺め回して、嘆息した。
「確かにな。貴様からは垢抜けない匂いしかせん」
嘲られて些かムッときたが、相手は多勢に無勢。
全員で殴りかかってこられたら、さすがに武術を嗜んでいる身とはいえ劣勢は免れない。
引け腰になる斗鹿に興味を失ったか、来た時と同じ荒々しさで男達は出ていき、散乱した家具と粉々になった食器が残された。
斗鹿は、もう一度バーテンを見下ろす。
やはりピクリとも動かない。
さっきの一撃が致命傷になったのか、或いは倒れた時に何処かへ頭を打ちつけたのか。
「ひでぇな、本当にどうなってんだよ……この町は」
ぽつんと呟き、斗鹿も酒場を出ていった。

斗鹿が出ていった後、入れ違い気味に酒場を訪れた者がいた。
てらてらに輝いたハゲ頭の男だ。
この都市には不似合いな、黒い僧伽梨を着ていた。
奥へ向かい、素早く左右を見渡した後、目的の人物を見つける。
「あんたがミストか?俺は天善ってんだ。ここに来りゃあ解放軍ってやつに参加できると聞いたんだがよ」
「――その噂、どこで?」
散乱した店内を物ともせず椅子に腰掛けていた青年が、ハゲの言葉に興味を示した。
硬そうな髪の毛を短く揃え、分厚いコートを羽織っている。
「あぁ、ビーストメイヤーの斡旋所だ。あそこに出入りしている情報屋が教えてくれたんだ」
「情報屋……ジャッキーか。随分と耳が早い……まぁ、いいだろ。解放軍に入るのは簡単さ、リーダーに認めてもらえりゃいい」
「で、そのリーダー様は、どこにいるってんだ?」
辺りを見渡す天善に、青年が歯を見せて笑う。
「俺がそうさ。解放軍リーダーのミストだ。さっそくだが、君には戦車と戦う覚悟があるのか?あるんだったら歓迎しよう」
「戦車?」と呟き、天善は肩を竦める真似をした。
「表を走っていた鉄の塊か。任せろよ、何が相手だろうと逃げないって決めてんだ」
「そいつは心強い」と頷いて、ミストが席を立つ。
「案内しよう、俺達のアジトへ」
「その様子だと、戦車の対策は考えてあるようだな?」と、天善。
ミストも「当然さ」と短く答えて、店を後にした。


酒場を出た天善がミストに案内されたのは、町の中央に建った白い建物であった。
ここは病院だと説明され、アジトへ行くんじゃなかったのかよと訝しがる天善は、東の棟へ移動する。
四角い箱に乗り込んだあたりで、ミストが天善を振り返った。
「このエレベーターで地下へ向かうんだ」
カチリと音を立てて丸いボタンが並んだ壁を上へ押し上げると、B3と書かれたボタンが出現する。
ミストがボタンを押すと、エレベーターは下降していき、地の底へと天善を連れていった。
「……ふぅ。何度乗っても慣れねぇやな」とぼやく彼を見て、ミストが「何度も乗ったことが?」と尋ねてくる。
天善は「あぁ、以前機人ギルドで依頼を受けた時にな」と答えてから、付け足した。
「今は引き受けてねぇし、向こうとも繋がってねぇから安心しろよ」
「君は傭兵なのか」との問いにも「あぁ、そうだ。そうは見えねぇだろうがな」と笑う。
天善は何も武器を持っていない。素手で戦うのなら、きっと格闘家の類であろう。
格闘家といえば、この都市には過去、有名な武人がいた。
今はもう、あの家も無人だ。
かの者がいたのは、機人ギルドが内部紛争で揉めていた頃の話なのだから。
回想を断ち切り、ミストは扉の前で足を止める。
扉の上のプレートには『地下倉庫』と書かれていた。
「ここが?」と尋ねる天善を手で制し、扉の前で待つこと数秒。
部屋の中から声が問いかける。
「アーミーに捧ぐ……」
「37564」とミストが答えるや否や、シュッと音を立てて扉は真横にスライドした。
部屋の中は薄暗く、中には六つの人影が見える。
二人が入ると同時に背後で扉が閉まり、好きなところへ座れと言われた天善は、手前にある椅子へ腰掛けた。
「紹介しよう。解放軍メンバーだ。まずはヴォルフ」
すっと立ち上がったのは、屈強な肉体の男性だ。
「それから隣がキャット」と紹介されて、小柄な少年が会釈する。
「どうも~」
「その奥にいるのが、すたーりんだ」
しなを作って、細身の男が微笑んだ。
「すたーりんよぉ~。よ・ろ・し・く・ねん、うふっ」
さらにミストの紹介は続く。
深い藍色の髪の少女、彼女はオフェイラ。その隣に佇む金髪の女性はアグネス。
天善に負けないほどツルッツルに剥げた頭の男は、つるりんといった。
「ヴォルフとキャット、俺とアグネスはサイボーグで、スターリンはアンドロイド、つるりんは最新型のサイボーグだ。そして、オフェイラ……彼女はホムンクルス、つまり人造の生命体だよ。全員、ノロ教授の意志を引き継ぐ者だ」
「ノロ教授?」と首を傾げる天善には、ミストが答える。
「解放軍を作ろうって最初に考えた人だよ!」
「戦えない彼の代わりに、私たちが戦うの」とアグネスも続けて、天善を見つめる。
力強い眼差しに、天善も応えてやった。
「そうだな。戦えるもんが戦場に立つってなぁ、合理的だぜ」
「自信があるのね……」
ぽつりとオフェイラが呟く。
「自信があるならいいじゃねぇか。俺はよ、戦いにゃ~自信ねぇから助かるぜぃ」などと宣うのは、つるりんだ。
解放軍、ゲリラと一口にいっても、全員が戦闘員というわけでもあるまい。
中には諜報が得意なメンバーもいよう。
天善は勝手に合点すると、皆へ一礼する。
「よろしくな。俺は齋賀さいが 天善、見ての通りジパン人だ」
「見ての通り?」と何人かが首を傾げるのには、自ら頭をぴしゃぴしゃ叩いて戯けてみせる。
「この頭は剃ってんだ。元は黒髪だったんだがよォ。そうさな、俺は生身だが、腕には自信があるんだ。機人が相手でも怯えて逃げ出したりしねぇから、そこんとこは安心してくれや」
「おう、期待しているぜ」
ヴォルフに肩を叩かれ、キャットやアグネスには身体を触られたり頭を撫でられたりと一通りの歓迎を受けてから、ようやく本題を切り出した。
「さっき、戦車の対策があるっつってたよな。具体的には、どうやって壊すつもりなんだ?」と、天善。
ミストは「オフェイラが壊すんだ。彼女の能力で」と答える。
どういうことかと問う前に、本人が明かした。
「私は超能力者なの。本当は気法の使い手がいるといいのだけれど、あいにくとこの中には使える人がいないから、私が呼ばれたの。私が念動で敵を止めている間に、皆が戦車を破壊する……」
肝心の破壊方法はと天善が問うと、至極単純な答えが返ってきた。
「あの戦車、上部が脆いんだよね。搭乗口になっているからさ、ちょっとぶん殴れば扉が取れちゃうってわけ」とキャットが笑い、腕を振り回す。
「へぇ。鉄の塊に見えて、案外簡単に壊れやがるんだな」
顎をさすって感心する天善には、一応アグネスが注釈を入れておく。
「あなたは素手で殴らないほうがいいわね。骨が砕けちゃうかも」
それには答えず笑みだけで返し、天善が問うのはミストへだ。
「そんで、壊すのは戦車だけじゃねぇんだろ?お前らが倒す予定の相手ってなぁ、どいつだ」
「俺達の敵は機人ギルドと、サイバネス・ステロイド・アーミーの両方だ。だが二つ同時に相手をするのは無理なので、まずはサイバネス・ステロイド・アーミーを先に狙う」
サイバネス・ステロイド・アーミーとは――
この地に生まれた私設の軍隊だ。
所属する者は腕にSSAの腕章が縫い付けられた軍服を着ているので、嫌でも判る。
総帥の名はグレンジール。最新型のサイボーグ、ということしか判っていない。
打倒・機人ギルドを掲げて暴れ回っている。
住民にしてみればギルドよりも、たちの悪い無法者軍団だ。
「こいつらを倒しゃ~群衆も味方につけられるだろォ?」とは、つるりんの弁。
ギルドと戦っている間に軍隊が攻め込んでこられるのは困るし、どちらと比べても解放軍は少人数。
双方に狙われる、双方が手を組むといった展開を避けたいとミストが考えるのも、当然であろう。
「オーケー。で、手始めに何を潰すんだ?」
話の早い天善に待ったをかけたのは、つるりんだ。
「その前に、あんたは何が出来るんだぃ?ミストは、あっさりあんたを迎え入れたが、俺ぁ役に立たない奴は嫌いだからネェ。特技を見せてもらおうかナァ」
不敵に笑い返して、天善は拳を掌に打ち付ける。
「俺の流派は暗殺練気団ってんだ。あんたが機械都市に引きこもっているってんじゃなきゃ、聞き覚えのある名だと思うがね」
ざわっと場に衝撃が走り、ヴォルフが感嘆の声をあげた。
「あんたが、そうだったのか!噂は聞いているぜ、素手で聖都の騎士団を殴り倒したんだろ?」
頷く天善を見て、つるりんも禿頭をつるりとなでる。
「なるほどねェ、助太刀を申し出るだけはあるってわけだ」
仲間も納得したと見て、ミストは今後の予定を話した。
「天善。俺達は明日、西区域へ行くつもりだ。連中のラボ……研究所を破壊する。後々を考えると、あそこの機人兵生産をストップさせておいた方が俺達にとっても有利だろ?」
ラボや機人兵が何を意味するのかは、天善も知っている。
以前、機人ギルドの依頼を受けた時に教わったのだ。機人は工場で生まれ、研究所で改造されるのだと。
そして戦うためだけに生み出された機人を、機械兵と呼ぶ。
彼らに慈悲は存在しない。生身の生き物とは、体の作りから精神まで全く異なるのだ。
だから、こちらも慈悲を捨てて戦うしかない。
できなければ、待つのは己の死だ。
ずっと黙っていたスターリンが、くねくねと天善へ近寄ってくる。
「アナタと私でぇ、皆が忍び込んでいる間は警備員を引きつけておく?って感じぃ~。ゆっておくけどぉ~逃げたら駄目よぉ~。あくまでも囮なんだしぃ。銃を撃ってきたらぁ、私の後ろに隠れるといいってゆうかぁ~隠れないと蜂の巣になっちゃう、みたいな~」
「あぁ、皆まで言うな、囮役をしろってんなら、それだけでいい。あと逃げたりもしないから安心しろって」
抱きつかれる前に手で遠ざけて、天善はきっぱり言い放つ。
作戦会議は、これで終わりかと問う天善へミストも頷き、寝室へ案内される。
「明日に備えて、しっかり休んでおくといい。ベッドは空いているやつを使ってくれ」
各々が電力をストップさせてスリープする中、天善も適当なベッドに寝転がって眠りに入る。
その眠りが覚めたのは、真夜中であった。
誰かの歌声が聴こえたように思う。
そっと起き上がり、声のする方へ行ってみると、窓際に佇むオフェイラが見えた。
小声で歌い終わった彼女が、そっと囁く。
「……おとうさん……」
きっと、父親にまつわる悲しい想い出を抱いているのだろう。
あえて声をかけず、天善はベッドへと戻っていった。