FES

機械都市

5.

まどかを筆頭に、奥の建物へ飛び込んだ四人を待ち受けていたのは、賑やかなハイテンポの音楽。
そして客席を埋め尽くす機人であった。
『レディース&ジェントルメン!これから始まるアトラクション、貴公らにも命を懸けて楽しんで頂きたい!賞品はこちら!ノロ教授の遺作の一つ、サイボーグのキャット君です!』
客席では大歓声が沸き起こり、スポットライトは天井を照らす。
「うわーん!たぁすけてぇぇっ」
なんとも情けない声をあげて、じたばた藻掻いているのは、逆さまに吊り下げられたキャットじゃないか。
「キャット、暴れるんじゃない!ロープが切れるぞッ」
ミストの叫びに、ピタッとキャットが動きを止める。
「ふぇぇん……助けて、ミストォ」
体長20Mのドラゴンが悠々入りそうな高さの天井だ。
そこから真っ逆様に落ちたのでは、いくらサイボーグといえど何らかの故障を起こしそうである。
「すぐに降ろしてやるから、待っていろ!」と叫び返し、ミストは周囲を素早く見渡した。
とっかかりになりそうな足場は、一箇所しかない。
キャットのぶら下がる梁を支える柱だ。
動揺する四人を置き去りに、アナウンスは続く。
『さぁ、第一戦は金網デスマッチに挑戦していただきましょう!こちらの選手は、齋賀 天善!対する解放軍ユタ・ガーナシルの先鋒は誰だーっ!?』
解放軍の面々が「なっ……!」と慌てるのも無理はない。
なんせライトが一斉に四角いリングを照らした時、そこで仁王立ちしていた男は、彼らがよく知る相手だったのだから。
「て、天善が、どうして?」
下がり眉のミストへ向けて、天善がチョイチョイと指で誘いをかけてくる。
「かかってきな。俺の暗殺拳は機械だろうと一撃必殺。首をねじ切って地獄へ叩き落してやるぜェ」
「お前、お前がスパイだったのか?」と尋ねるヴォルフにも、嫌な笑いを浮かべるだけで答えない。
「……違う」
ぎゅっと拳を握りしめて、まどかが吐き出す。
「天善はスパイじゃない」
「けどよ、お前」と言いかけるヴォルフを制し、ミストもリングの上を睨みつけた。
「天善はサクラを裏切ったりしない」
「なんだって、そこまであいつを信じられるんだ?あいつは余所者だろうがよ」
まだ首を傾げるヴォルフを、アグネスが諭す。
「余所者だから、よ。彼がスパイだとしたら、SSAにつくメリットって何なの?」
そこへ「金だよ、金」とリング上から声がかかる。
にやついた天善を睨んで、アグネスも啖呵を切った。
「嘘ね。あなたは、お金なんかで動いたりしない」
「どうしてそう思うんだ?」と、天善。
アグネスは、きっぱり言い放つ。
「だって、あなたが好きなのはお金じゃなくってサクラだもの!」
「あぁん?」と首を傾げる本人へ、とくとくと言い募った。
「私には判るわ。あなたがサクラを見る目は、とても優しかった……それに、彼が倒れそうになった時の、あなたの必死な顔を見て確信したの。あなた達二人は単なる知人じゃない、もっと深い関係の親友だとね!」
ビシッ!と指を差されても、天善は赤くなったりテレまくったりもせず。
小馬鹿にしたように肩をすくめて、「それで、誰が俺の相手をしてくれるんだ?」と先鋒を促してきた。
「……マインドコントロールされていると見たほうがいいな」
小声で囁くミストへ頷き、まどかは「俺が行く」とリングのロープへ手をかけたのだが、ヴォルフに抱きかかえられて連れ戻される。
「お前は駄目だ。俺が出る」
目で不満を訴えるまどかに、緩く首を振った。
「お前は戦えないだろ……ダチが相手ってんじゃ」
「馬鹿にするな、友が相手だろうと戦えるッ」と苛立つまどかを引き寄せて、ミストも説得に回る。
「生身が相手なら俺達のほうが有利だ。君の出番は、ここじゃない……サイバーノーツが出てきた時だ」
「サイバーノーツ?」と、まどかが首を傾げているうちにゴングが鳴った。
「ヒョォーッッ!」と襲いかかってくる天善の手刀を腕で受け止めて、ヴォルフが吠える。
二回斬撃が舞い、リングに血が飛び散った。
「ちぃっ」と懐に飛び込んだ天善の手はヴォルフの首筋を掴みそこね、足元から掬い上げられ放り投げられた。
リングへ叩きつけられた天善へヴォルフがのしかかり、テンカウントでヴォルフの勝利となる。
客席は一斉にブーイング、立ち上がったヴォルフは勝利の咆哮をあげてやった。
「くっそ……」と立ち上がった天善の正気を確かめようと、ヴォルフは彼の顔を覗き込む。
「おい、ハゲ。目は覚めたか?」
「まだだ、俺は終わらねぇッ」と叫んだ天善の首筋が、チカッと小さな光を放った。
首に嵌っているのは黒い首輪――?
「まずいッ、あれは!」と叫ぶミストの横を黒い影が横切り、リングへ飛び登る。
天善を中心に爆発が起きようかという直前、首輪を引きちぎってリング外へ放り投げた奴がいた。
「サクラ!!」
ヴォルフと天善の間に割り込んだのは、まどかだった。
手は赤く焼けただれ、痛みに唇を噛み締めながら。
「お、お前、その手っ」と慌てるヴォルフをよそに、まどかは天善を抱きしめる。
「元に戻ってくれ、天善。俺は、お前を……」
天善の耳元で小さな、それこそ近くにいたヴォルフでも聴き取れないほどの小声で何かを囁く。
一、二秒の間をおいて。
耳まで真っ赤に染まった天善が「うぉぉーーー!マジか、まどか!!それって本気にしていいんだな!?」と大声で叫ぶもんだから、ヴォルフは驚かされた。
しかも叫んだ後、きょろきょろとあたりを見渡して首を傾げている。
「っと、あ?え?なんだ、ここ?」
「お、お前……正気に戻ったのか?」とヴォルフが問えば、天善はきょとんと尋ね返してきた。
「あん?正気?俺はいつだって正気だっつの」
さらに、まどかを振り返って「なんだ桜、その手どうした!酷ぇことになってんじゃねーか、見せろ!すぐ治してやる」と大騒ぎ。
治癒魔法を唱える彼を、ヴォルフは呆然と見守った。
客席は変わらずブーイングを続けていたが、天善の耳には入っちゃいまい。
淡い光に両手を包まれて、心底嬉しそうな笑顔を浮かべるまどかもだ。
投げ捨てた首輪はリングの外で爆発して、真っ黒に燃え尽きた。
まどかが引きちぎらなかったら天善ごと爆発して、ヴォルフをも巻き込んでいたに違いない。
人質交渉の材料にでもするのかと思いきや、人間爆弾にするとはえげつない。
改めてSSAの残虐性に、怒りが湧きあがる。
「ありがとう、天善」
火傷が治って喜ぶまどかへ天善は頭を撫でながら、照れ隠しに笑った。
「なぁーに、こんぐれぇの魔法だったら、お茶の子さいさいってな!」
『続けて第二戦はサイバーノーツ対決です!』
静かだったアナウンスが喋りだすと、客席のブーイングは一斉に静まる。
「サイバーノーツ戦だぁ?まだあったのかよ、あれ」
首を傾げる天善の横で「そうだ、ミスト」と言いかけて、まどかは口をつぐむ。
ミストは、いつの間にか姿を消していた。
だが、心配はいらない。
彼はキャットを助けに行ったのだ。
頭上を見れば、逆さまに吊るされたキャットの身体を白い霧が包みこんでいる。
「えへへ……ミスト、ありがと」と呟いた小さな身体が霧に守られて、ふわふわと降りてきた。
霧は一箇所に集まると、ミストの姿を象る。
「ご苦労さん」と、まどかに拳を突き出され、グータッチでミストも応えた。
「そっちこそ。爆弾によく気づいたな」
まどかは「二度も同じ道具を使うとは、こっちの記憶を馬鹿にしていたんだろうさ」と笑ったが、すぐに表情を引き締める。
すっかり中央のリングは片付けられ、奥の扉が勢いよく開く。
耳に痛い起動音を立てて登場したのは二体のサイバーノーツ、SSAが誇る搭乗型戦闘機だ。
一体からは軍人が飛び降りてきたが、もう一体は誰も降りてくる気配がない。
アナウンスが叫んだ。
『こちらの選手は、羅 斗鹿だー!さぁ、解放軍ユタ・ガーナシルは誰が相手をしてくれるのかな?』
「ここで斗鹿を使ってくるのか」と舌打ちして、ヴォルフはまどかを見やる。
またも出ようと意気込んで、天善とミストの双方に止められていた。
「どうして駄目なんだ!機械が相手だろ!?ミスト、お前だって言ったじゃないか。サイバーノーツが出てきた時が俺の出番だと!」
いきりたつまどかを手で制し、ミストは宥める。
「違う、これはサイバーノーツ戦だ。あれに乗って戦うんだ、きみはノーツを操縦できないだろ?」
「それに、お前の相手はグレンジールだぞ?あんな雑魚じゃねぇ」とは天善の弁に、まどかの血圧も急上昇だ。
「斗鹿は雑魚じゃないっ!」
「いやいや」と手を振ったのは天善のみにあらず、ミストもだ。
「言っちゃ何だけど、彼がノーツを乗りこなせているとは到底思えないよ」
「なら、ここは誰が行くの?」
アグネスの問いに答えたのは、さっきまで情けなく人質になっていたキャットだ。
「ボクがやるよ!初めてだけど、なんとかなるよね」
「気をつけろ。天善の首輪みたいに、あれも負けたら爆発するかもしれん」
ヴォルフの杞憂へ頷き、キャットがノーツを指さした。
「爆発させないよう勝てばいいんでしょ。あれって正面のガラスを砕けば、中にいる人を引きずり出せそうじゃない?」
ガラスを通して中の操縦席が見える。
座っているのは斗鹿だ。目はうつろで、やはり洗脳されているようであった。
「あぁ、だがガラスを割れば斗鹿を傷つける。あいつの頭や眼球に破片が刺さらないよう、注意深く割るんだぞ」
ミストの無茶な注文にも、キャットは軽いノリで約束する。
「任せてよ!」
ノーツへ乗り込むキャットを眼で追いながら、ミストは、ふと気がついた。
そういや、つるりんは何処へ行ったんだ?
赤テントで大体の敵を片付けた時までは、いたはずだ。
だが奥の建物へ駆け込んだ時には、いなくなっていた。
入口を、もう一度見ようと振り返ったら、ちょうどオフェイラが歩いてくるところであった。
「どこへ行っていたんだ?」
何気なく尋ねたミストは、重たい衝撃を脇腹に受けて膝をつく。
アグネスが悲鳴を上げた。
銃を構えたオフェイラが短く叱咤した。
「動かないで……桜まどか、あなたがノーツ戦へ乱入するようなら次はミストの頭を撃ち抜く。大人しく見ていなさい」
背後でゴングが鳴り響いてもアグネスやヴォルフ、そして天善とまどかも動けずにいた。
オフェイラに銃口を突きつけられたミストから、片時も目を離せず。
「きみが……スパイだったのか、オフェイラ」
腹を押さえて苦しげに呟くミストへ視線を落とし、オフェイラは淡々と告げた。
最も残酷な真実を。
「いいえ。スパイじゃない……真相を明かすなら、解放軍の中で味方だったのは最初から天善しかいなかった。私はノロ教授の遺作品を全て片づける為、出生を偽り貴方達に接触した……」
「そ、そんな……っ」
アグネスは言葉を失い、ヴォルフが叫ぶ。
「俺達を片付けるだと!?言え、誰に頼まれたッ!」
「それは……」
オフェイラの影から現れた人物を見て、解放軍は全員が目を見開いた。
見慣れたSSAの軍服に身を包み、つるつるに頭が禿げ上がった彼こそは――
「つるりん!?」
つるりんだった者は、ゆっくり首を振る。
「いや、その名前は仮のもの。私の名はグレンジール。そして、オフェイラの真の創造者でもある……」
ちらっと蹲るミストへ目をやってから、天善はグレンジールと向き合う。
「総大将は最初から間近に潜んでいたってか。けどよ、なら何で今頃正体をバラしたんだ?あんた、ずっと前から入り込んでいたんだろ?いくらでも片付ける隙はあったんじゃねぇのか」
「目的のものが見つからなかったのだ。随分家探しもしたが、まさか体内に埋め込まれたパーツだとは思いもよらなかったのでね」
「目的のもの?って、なんだそりゃ」と天善に尋ねられたヴォルフが答える。
視線は憎しみの彩りを添えて、SSA総帥へ定めたまま。
「ノロケイド、だろ……?テメェの目的ってなぁ」
「そうだ」
グレンジールは満足げに頷くと、ミスト、キャット、ヴォルフ、アグネスの順に眺めていき、最後のアグネスを長いこと見つめた。
「存在は判っていた。だが、どのような形状なのかが不明だった。聞き出そうにも、発明主が命を落としてしまったのでね」
「何が命を落とした、だ……お前らが拷問したから、教授は死んだんだ!」
今のは血の叫びだ。ミストが人間であったなら、涙を流していたかもしれない。
軽快な音楽も、ノーツ同士の打撃音も、実況も客席の歓声も、銃撃も耳に入ってこない。
ミストの脳内を駆け巡るのは、ノロ教授との想い出だ。
機械都市で生まれ、機械都市で育ち、死にかけた自分に機械の身体を与えてくれた人。
彼の家には、自分と同じ境遇のサイボーグが三人いた。
ヴォルフとキャットとミストとアグネスは、慎ましいながらも掛け替えのない日々を過ごした。
サイバネス・ステロイド・アーミーが乗り込んできて、ノロ教授に鉛の弾丸を浴びせた日まで……
「設計図も残されていないとは誤算だったよ。まさか諸君らの体内に設置済みだったとはな」
「それで……判った今、俺達を破壊してブン取ろうってわけかい。だがなぁッ、そう簡単には」
殴りかかろうとヴォルフが腕を振り上げた瞬間、オフェイラが呟く。
「止まれ」
グレンジールはヴォルフの身体を掴み、床へ転がした。
時が戻り、「いかねってってっ!?」と叫びながら、ヴォルフは寝転んだ格好で腕を振り回す。
一瞬何が起きたか判らなかったアグネスも、すぐに誰の仕業か判って、オフェイラを引きつった顔で見つめた。
仲間だった時は頼もしかった時間停止が、敵に回ると、こうも厄介な障害になろうとは。
言葉をなくした一同を見渡して、グレンジールが口元に笑みを浮かべる。
「まともに戦えば我々の圧勝は間違いない。だが、それでは未練が残るだろう……特に桜まどか、君は。どうかね?ここはサイバーノーツ戦で決着をつけようじゃないか」
自ら提案してくるからには、操縦にも自信があるのだろう。
キャットvs斗鹿のノーツ戦も斗鹿が若干有利なのは、洗脳された際に操縦方法を記憶に刻まれたと考えられる。
「その余裕が悲鳴に変わらないことを祈るぜ」
憎まれ口を叩き、グレンジールを憎悪の眼差しで睨みつけるまどかを見ながら、天善は考える。
初めて機械都市へ足を踏み入れた頃、この暴動騒ぎは近年始まったのかと思っていたのだが、解放軍といい、まどかといい、彼らには遠い過去から続く壮絶な因縁がSSAとの間にあったようだ。
特にまどかはSSA総帥の言い方を見るに、家族を奪われる、といった深い怨恨を抱いていそうでもある。
だが、憎しみに燃えたまま戦わせるのは危うい。
怒りは人を強くするが、同時に弱みも見せてしまう。
判断を誤る仲間が出てしまう危機だけは避けておきたい。
「……では、始めるとしよう」と踵を返した総帥を、天善は大声で呼び止めた。
「ちょっと待った!その戦い、あっちの戦いが終わってからにしねぇか?」
あっちとは言うまでもない。キャットと斗鹿の一戦だ。
激しく動き回っては撃ち合いを続けているのだが、お互いに致命傷を与えられずにいる。
キャット機が突っ込んでいき、そいつを斗鹿機が受け止めて押し返す。
押しのけられてもキャットはバランスを崩さず片足に重心を回して立て直すと、再び銃撃戦へ持ち込んだ。
ノーツへ乗るのは初めてだと言っていたような気がするのだが、キャットの運転は慣れた者の動きだ。
やがてゴングが甲高く鳴り響き、実況が決着を報じた。
『おーっと、両者互角のタイムアーーーップ!キャット選手は続投するのか、それとも違う選手を出してくるのか解放軍ーっ』
「この勝負……打ち切りかな?」と笑うグレンジールへ挑戦状を叩きつけたのは、まどかであった。
「いや、俺とお前でノーツ勝負だ。俺が勝ったら斗鹿の洗脳を解いてもらう」
二人の戦いを観戦する間に、怒りは引いていた。
もちろん、SSAへの憎しみを忘れたわけじゃない。
だが、今はこの男と真剣勝負で戦ってみたい。
あの二人のクリーンファイトが、奇しくも、まどかの中に眠る闘争本能を叩き起こしたのだ。
「……よかろう。私が勝てば、ノロケイドは全ていただく。それでいいな?」とは後半、ミストたちへの問いで。
ミストも頷いた。
「いいだろ。ただしサクラが勝ったら、条件をもう一つ加えさせてもらう。この日を最後にSSAは解散だ!」


「ごめん、精一杯やったんだけど勝てなくて……」と駆け寄ってきたキャットの頭を撫でて、アグネスは慰める。
「いいのよ、あなたは慣れないノーツで頑張ったわ」
「そうだ、慣れないにしちゃ、よく動かしたじゃねぇか」
ヴォルフにも褒められて、キャットは両手で再現して見せる。
「うん、こうやってレバーをガチャガチャ引っ張ったり、パネルを叩いてみたりしてね」
「キーパネル操作か……」と呟き、ミストは腕を組む。
キータッチパネル自体はノーツ以外の乗り物にも採用されている操作方法だが、レバーに対応したボタン配置を覚えなければいけないので、慣れない者には複雑と言える。
キャットは、よくやった。
判らないなりに直感で動かしていたのだろう。
キャットや斗鹿の乗っていた機体は片付けられて、代わりに二体のノーツが運ばれてくる。
黒光りする機体と、真っ白にペイントされた機体の二つだ。
「桜まどか、あなたは白い機体を使いなさい」
有無を言わせぬ指示に、ミストが「仕掛けをしてあるんじゃないだろうな?」と懸念を示すも、オフェイラは無言だ。
「それより、総帥が負けそうになったら超能力を使って妨害……なんてしないわよね?」
アグネスにも疑いをかけられて、オフェイラはポツリと返す。
「……しないわ。と言っても、信じられないでしょうけれど」
「よ……っと」
まどかはノーツによじ登ってガラス扉を開く。
操縦席は狭く、完全に一人用だ。
「大丈夫か、サクラ。動かせそうか?」
「習うより慣れろだ。なんとかしてみせる」との返事に、キャットが叫んだ。
「あ、あのね!足元にペダルがあるから、思いっきり踏んでみて。加速がついて飛び出せるよ!」
足元にはペダルが二本。
正面には数字の振られたボタンが九つ。
そしてボタンを挟んだ左右に、レバーが二本あった。
軽くペダルを踏むと、尻に振動が伝わってくる。
右のレバーを前に倒すと右手が前方に突き出される。
地上ではキャットが、まだ何か叫んでいた。
「前に進む時はペダルだけでいいけど、横に移動したりってのはキーが対応しているから!」
『さぁーついに最終戦!出場するのは我らがヘッド……グレンジール総帥だーーッ!』
歓声が、ひときわ大きくなる。
黒い機体が片手を上げて歓声に応えた。
『対する解放軍の大将は……サクラ・マドカーー!』
アナウンスが名前を告げた直後、客席の悪意が膨れあがる。
「死ねー!」
「この機人殺し、てめぇが今度はミンチにされちまえーっ!!」
罵声や怒号が幾重にも反響して白い機体へ襲いかかるも、白い機体は棒立ちで受け止める。
なんせコクピットに座る本人は、それどころではなかった。
「青いバー+パネル6でアサルト発射。あれ、でも青いバーは腕を動かすんじゃないのか?で、ジャンプが8……8って、どこだ?」と正面モニターに表示されたマニュアルを目で追うので精一杯。
ぴょんこっと突然飛び上がる白い機体に、客席は一斉に嘲笑を降り注ぐ。
「なんでぇ、機人殺し野郎はノーツ初心者ちゃんかよ!とっととスクラップになっちまえッ!!」だのと観客に罵倒されて、本人よりも天善が沸騰する。
「うるせぇ、黙って見てやがれってんだ!」
「天善、熱くならないで。こんなのノーツバトルじゃ日常茶飯事よ」
「こんなのって、ノーツバトルってなぁ毎日やってんのかよ?」とアグネスに尋ねた時、ゴングが高らかに鳴り響いた。
『さぁー試合開始!最初に仕掛けたのは我らが総帥機だぁっ!実況は私、なつき01がお送りします』
激しい打撃を受けて白い機体が体勢を崩す。
『さらに総帥機が肘を打ち込むゥ!まどか機、どうした反撃はまだか!?おっとぉ、フル後退発進で壁に激突ゥー!』
一方的にやられていた白い機体が勢いよく後退したかと思うと、後ろの壁に激突する。
客席は沸きに沸き、どの声援もまどかを嘲り罵った。
『さぁ総帥機、追いかける!まどか機、紙一重で避けた!しかし総帥機、追撃を緩めなーい!疾風怒濤の連撃が、まどか機を壁に縫いつけるッ』
たまらずミストが声援を送る。
「サクラ!足だ、足を使え!!」
歓声にかきけされそうになりながら、キャットも力の限り叫んだ。
「タッチパネルで揺さぶりをかけて!4と6を連打するんだ!!」
助言が届いたのか、それともヤケクソの操縦が功をなしたのか。
『おっと、まどか機、連打をかがんで避けたァッ!低い姿勢で回り込む、そしてぇ渾身の蹴りがヒットォーー!』
蹴りが決まった瞬間、黒の装甲が大きく歪んだように見えた。
たまらず後退後、右手へ回り込んでグレンジール機が機銃をぶっ放す。
『なんと、まどか機がアサルトの中へ突っ込んでゆくぅ!!』
避けるどころか、白い機体は突っ込んでいく。
瞬く間に装甲はボコボコにへこみ、前面のガラスにもヒビが入る。
「無茶よ!」
アグネスが悲鳴をあげるのも無理はない。
ノーツの搭載武器は全て対ノーツ用、分厚い装甲が勝つのは下位と戦った時だけだ。
同型機の銃撃を正面切って受けるなど、正気の沙汰ではない。
「自ら大破をお望みか!タイマンバトルで自殺志願たぁ笑わせるぜ、まどかチャン!」
大いに沸き立つ観客の前で、白い機体が地に沈む。
身を屈めての足払いで体勢を崩された黒い機体は、続くタックルを受けて吹っ飛んだ。
『しまった!総帥機、フェイントに引っかかってしまったぁ!さぁ、まどか機の乱舞始まったぁーー!一発、二発、すさまじい猛攻が面白いように決まるッッ!』
床板を剥ぐ勢いで黒い機体が後退する。
再び射撃するつもりだったのだろうが、間合いを詰めてきた白い機体の正拳を避けきれず窓ガラスに亀裂が走った。
『押されているぞ、しっかり総帥!おぉっと、総帥機がまどか機の腕を掴んで捻り、あっと、足払いでたたらを踏んだぁ!!』
開始前、観客は誰もが総帥の圧勝を疑っていなかった。
だが、どうだろう。
まどかの駆る白い機体は、グレンジールの動きについていっているばかりか、押しているではないか。
罵倒は溜息も混ざり、それでも総帥の勝利を願う声援が必死な叫びにも聴こえてきて、天善は「ふん」と優勢を確認した。
銃弾を受けたのは一回きりだ。あとはずっと、間合いを詰めての近接戦に持ち込んでいる。
近接なら、たとえノーツといえどハンデじゃない。
本人も本能で判っているのだろう。
間合いを外そうとする黒い機体を追いかけ、張り付き、避けられようがどうしようが乱打の手を休めない。
『まどか機、おおーーきくジャァァンプッ!総帥機を踏みつけたァッ!?振り返りざまにハイキィーーク!』
天善の足を折った装甲がノーツの重量でひしゃげ、続く回し蹴りで無様に転倒するのを見届ける。
会場全体に鳴り響くゴング。
客席は失望に包まれて、アナウンスが声高々『なんという大番狂わせ!我らがボス、グレンジール総帥が敗北するという結果に終わりました!!』と試合終了を告げたのであった。

まさかの総帥敗北に、すっかり客席は静まり返る。
「俺達の勝利だ!」
喜ぶミストたちを背に、まどかは転倒したノーツからグレンジールを引きずり出した。
「ぐ……ぅ……」と呻いた総帥の顎を掴み、自分のほうを向かせる。
「停止する前に宣言してもらおうか。SSAは今日を限りに解散するってな」
「う、ぐ……わ、わかっている。私の負けだ、敗北は素直に認めよう……」
まどかは立ち尽くすオフェイラへも目を向け、彼女に問う。
「最後まで邪魔しなかったな。何故だ?」
「……約束は、約束だもの」と呟き、オフェイラもまどかを見つめる。
「勝負の約束も守るわ。全国放送で伝える……サイバネス・ステロイド・アーミーは今日限りで解散する、って」
「えらく素直じゃねぇか。創造主がやられちまったからか?」
ヴォルフが尋ねる足元では、グレンジールが怒りの色を浮かべてホムンクルスを詰った。
「き、貴様……何故、私を助けなかった」
無駄口を叩く首を無造作に引き抜いたのは、まどかだ。
突然の残虐行為に「ひぇっ!?」と驚く天善や目をまんまるにするキャットの前で、総帥の首を投げ捨てた。
「約束を破らせようたぁ、とんだ創造主だよな」
笑うまどかへ「えぇ……そう、ね」と頷いたオフェイラの顔に、悲壮は一切ない。
不思議に思って、アグネスは尋ねた。
「あ、あの。総帥を壊されたのに、怒らないの?」
じっとアグネスを見つめ返した後。オフェイラは、一言呟いた。
「壊れちゃえって、ずっと思ってた」
投げ捨てられた総帥の首を、ぽんと蹴っ飛ばす。
それでも、彼女を非難する罵倒は聴こえない。
客席はすっかり消沈しており、言葉を忘れてしまったかのようだ。
「え……でも、創造主なんでしょ?」とのキャットにも、首を振る。
「創造主だとしても、愛せない親はいるわ。違う?」
言葉を失うキャットからアグネスへ視線を移して、オフェイラは微笑んだ。
「ノロ教授の遺作は三体。私は総帥に、そう聞かされていた。やっと意味が判った。何故、あなたが数に入っていなかったのか」
「え?」となったのは、本人だけではない。
ミストを含めたノロ教授の関係者全員が、ポカンとなる。
「あなただけ。あなただけ、変形機能を持っていない。あなたにだけは……ノロケイドが埋め込まれていない。そうでしょう?」
「え?そうなのか?」とアグネスに尋ねたのは、同じ遺作であるはずのミストだ。
アグネスは少々困惑気味に答えた。
「え、えぇ。確かに私は何の変形機能もないけど」
「え!そうだったの!!」
キャットやヴォルフまで驚いている。
アグネスに変形機能がないのは、全員が知らされていなかったようだ。
「あいつら、結構いい加減だな」と呆れる天善に、まどかは肩を竦める。
何故、アグネスにだけはノロケイドを埋め込まなかったのか。
生前のノロは何も語っていなかったが、まどかには薄々判る。
ミストと恋仲に落ちたアグネスを見て、彼女だけは前線に立たせたくないと考えたのだろう。多分。
何度も首を振りながら、あちこちを見渡して斗鹿が近づいてくる。
「あ、桜。俺、なんでこんなとこにいるんだか判る?」
ボケた質問に「馬鹿、俺とお前は誘拐されたんだよ。そんで洗脳もされちまったらしいんだが、桜が助けてくれたって次第よ」と天善が偉そうに答えるのを聞いた。
まどかも笑って斗鹿の肩を軽く叩く。
「おかえり、斗鹿。揉め事も済んだことだし、そろそろジパンへ戻ろうぜ」
「おう!」
元気よく答えた斗鹿の笑顔が、いつもより眩しく見えた。


End.