FES

ジパン内乱

四:武田陣

カイは長く武田の治める町――となっていた。
だが現状では、城下町に住民など一人もいない。
人っ子一人いないゴーストタウンの中央奥に、城がポツンと建っている有様だ。
その城にだって、住んでいるのは極僅か。
城主である武田 六仙の他は、カイムとフィルの兄妹と封魔忍者の輝竜だけだ。
何故ここまで荒れ果てたのか。
全てはカイムが原因といえよう。
彼の下法、天魔族召喚は人の魂を必要とした。
そしてカイムは召喚のエネルギー源に、城下町の住民や武田配下の者を使った。
かつては数多くいた封魔忍群も、今や輝竜を一人残すのみだ。
だが、輝竜は文句一つ言わずに武田に仕え続けた。
いや――正確に言うと、忠義を向ける相手は六仙ではない。
彼は、いつも城内で幽閉されている哀れな少女に忠誠を捧げたのだ。

城の一角にある部屋では少女が一人、窓辺で外を眺めている。
ジパン人ではない。髪は金色、肌も白く、瞳は青い。
少女の傍らには忍びが一人。彼女の護衛の任についている封魔忍者、輝竜であった。
「ねぇキリュウ。お兄様が何処へ行ったのか、ご存じないかしら?」
彼女の兄カイムは今日も何処かへ出かけていき、消息がしれない。
「いえ……俺には判りかねます」
この処、毎日外出しており、行き先は六仙も掴めていないようであった。
城主が知らないのでは部下の輝竜も知る由がなく、歯切れの悪い返事をするしかない。
「お兄様は誰かと会うような予定を、貴方に言っていなかったの?」
「はい」
音もなく、すっ……と襖が開き、青白い顔の女がフィルに声をかけた。
「フィル様、武田様がお呼びでございます……」
動ぜずに「判ったわ、今行きます」と返し、フィルは輝竜へ微笑んだ。
「それじゃ、ね?キリュウ。すぐ戻ってくるわ」
やはり音を立てず歩き去る女を眺め、輝竜は眉をひそめる。
人という人が消えた後、城の下働きや防衛を勤めるのは、カイムの召喚した天魔族だけになった。
フィルを呼びに来たのも天魔族だ。
だが輝竜が怪訝に思ったのは、こいつではない。
六仙がフィルを呼び出す理由が判らなかった。
四六時中、監禁している相手に何を尋ねようと何の情報も得られまい。

城主の間にて向かい合うのは少女フィルと、皺だらけの老人だ。
「お兄様ですか?私にも行く先を告げずに出てゆかれてしまったものですから、存じませんわ」
「嘘じゃな。お前さんの目が嘘を言っておる。輝竜はお前さんに嫌われたくないが故、問い詰めるのを断念しおったが、儂はあえて訊くよ。フィル、お前さんは間違いなくカイムの居場所を知っている。いや、教わっているね?」
愛想笑いを張り付かせた爺に臆することなく、フィルはクスクス笑う。
「いくら兄妹でも全てを判りあえるわけではありませんわ。兄が私用で出かけたとしたら、私に行き先を教えて下さるかしら?貴方が兄の立場にたったなら、どうなさいますか?」
「ほっほっほ。そうか、お前さんの兄は全くの私用で出かけたというのか。なるほどのぅ……それなら、まずは徳河にでも輝竜を偵察へ飛ばしてみるか。下がってよいぞ」
フィルは部屋に戻って来るや否や、輝竜に詰め寄られた。
「フィル様、武田のジジィは、いえ、武田 六仙は何と?」
「お兄様の行方を気にしていたわ。でも、本当に何も知らないのに……疑り深いこと!」
ちょっとスネたように答えるフィルを見、輝竜は苦笑する。
「妖怪狸ですからね、ありゃあ。何でも疑ってみる癖がついているんですよ」
しばし雑談――というより六仙の悪口で盛り上がった二人だが、やはり飽きてきたのだろう。
フィルは再び腰を上げて、外出許可をもらいに輝竜を連れて再び武田の元へ出向いた。
外出といったって、彼女が出られるのは庭先までだ。それだけでも城主の許可を必要とした。
「武田様、少しお庭をお散歩してきても宜しいでしょうか?ずっと部屋におりますと、気分が悪くなってしまいますわね」
「そう言って逃げ出すつもりではあるまいな?お前さんの身の安全はカイムから頼み込まれておるんじゃよ」
「大丈夫ですわ。キリュウも一緒に来て下さるのですもの。ねっ?キリュウ」
完全に虚をつかれた体で、輝竜は「えっ?えーと……」と言葉を濁す。
庭へ出るのは、いつも彼女一人で、同行したことはない。
だが、じっと少女に見つめられた時には思わず「その、は、はいっ!お任せ下さい!!」と応えていた。
「これ輝竜。儂の命令もなしに、勝手な真似をする気かえ?」
すかさず六仙に突っ込まれ、上司と忠義の板挟みになりながらもフィルの肩を持つ。
「しかし、フィル様は武田のお客人。丁重にもてなせという命令を出したのは、他ならぬ武田様ではございませんか」
「ほっほっほ、封魔の子倅が、いっちょまえな口をきくようになったか。嬉しい成長じゃ」
口では褒めつつも、六仙の内心は腸が煮えくり返って仕方ない。
先祖代々、目をかけてやったというのに、この忍者ときたら余所者に懐いているではないか。
こちらは配下の侍を根こそぎ生贄に捧げられて、すっかり丸裸だ。
この上たった一人残った封魔にまで裏切られたらと思うと、目の前が真っ暗に染まる。
表面上は好々爺を保ち、しかし内面はグラグラ憤怒で煮えたぎりながら、六仙はカイムへの憎悪を高めるのであった。

六仙が探し求める当の相手、フィルの兄カイムは武田城の裏庭にいた。
「僕の調べによると、処女の器に降臨させるのが一番具合がいいらしいんだ。徳河 詩織は処女だよね?もし違っていたら、僕は妹を犠牲にしなけりゃならない。ラムラ、その辺りの情報はしっかり掴んでいるかい?」
ラムラと呼ばれた天神族は、こくりと頷く。
「善神ゼファーの名において、確実に。ところで光臨祭が無事終わりましたら、あの忍び……キリュウは如何致します?」
「処分すればいい。邪魔者退治を任せるって手もあるね。武田の爺さんもろとも吹き飛ばしてもいいんじゃないかな?」
さわやかな笑みを浮かべながら、カイムは外道な決断を下す。
くくっと喉の奥でラムラも笑った。
「しかし、カイム殿もお人が悪い。ジパン制圧の夢をかなえる、と近づいておいて」
「まぁ、野望ある人は利用しやすいしね。僕にとっても、この七十年は無駄じゃなかったよ」
そう言って、カイムは肩をすくめた。


そうして、幾日か過ぎた頃。
何気なく空を眺めていたカイムは、裏の山から紫の煙が上がっているのに気がついた。
「何だろう、あれ……あんな処に民家なんかあったかな?」
カイの原住民は六仙と輝竜以外、全て天魔族の媒体に使ったはずなのだが。
輝竜に偵察を命じようと振り返った兄へフィルが言う。
「もう行ってしまいましたわ、お兄様」
「相変わらず早いね」とカイムは嘆息し、再び山を見やる。
侵入者が人間なら、輝竜一人で充分だろう。
だが、もし不審な煙の原因が異種族だとしたら?
念のため、ラムラも行かせたほうがいいかもしれない。
だが気配を辿ってみると、意外や天神族は煙の袂にいるのだと判った。
「……ふぅん。皆、素早いね。僕も行ってみよう」
誰に言うともなく呟き、カイムも煙の元へ向かってみた。

不審な煙が上がる場所へ真っ先に辿り着いたのは、ラムラだった。
降り立つと同時に侵入者を見つけて、威嚇する。
「何者だ!武田城に忍び込むとは愚かな者どもよ。このラムラ、契約により邪悪な者を」
「むっちゅぅぅ〜〜〜〜んっ!」
ラムラの口上は言葉途中で気持ち悪い蛸口に塞がれて、ぐいっと頭の後ろへ両手を回された。
「んっむむむーーー!」
口の中で何者かの舌が暴れまわり、ラムラを蹂躙する。
やがて「ぶはぁっ!」と飛び退いた何者かを、はっきりと眼窩に捉えた。
「ごちそうさまでござった」
満足気に口元を拭う、この青年は深緑の忍び装束に身を包む、紛れもなく降魔忍者だ。
「お、おのれっ……初めてだったのに……いや!そんなことはともかく!!貴様だけは生かして返さん!!滅殺してくれるわっ!!!」
涙目でわめく天神族を哀れみの視線で眺めつつ、残りの降魔、神風や肝蔵は油断なく身構える。
「天神族とは穏やかな種族と聞いていたが、下法で闇に堕ちたか。滅するのは貴様だ」
いきなり舞い降りてこられた上、間髪入れずに伊那薙が飛びかかってしまうもんだから、ちゃんと観察する暇もなかったが、改めて見るに目の前の男は天魔族ではなく天神族だ。
噂通りに美しい容姿と背中の白い羽根、頭上には種族特有の白い輪が光り輝く。
唇を奪われた直後は激しく狼狽えていたようだが、今は落ち着きを取り戻して邪悪な笑みを浮かべた。
「フッ……降魔風情が舐めたくちを訊くではないか。聖光線で塵と変えてくれるわ!」
「なんの、性交戦なら負けぬでござるよ!」と言い返す伊那薙の袖を引っ張り、肝蔵が真面目な方向へ軌道修正する。
「いいから、さっさと降魔術で片付けちまおうぜ。カイムや輝竜と合流されたら面倒だしよ」
神風は、というと周りの雑音には一切耳を傾けず呪に入っている。
「……我が肉体に降臨しせよ、闇の妖者よ……!」
すさまじい妖気を放ちながら、忍び装束を勢いよく引き裂いて、腕が、足が、背丈が何倍にも肥大化する。
頭部は後ろへ迫り上がり、ゴワゴワした表皮で覆われる。
「グガァァァァ!!」
瞳は赤い光をぎらつかせ、二人は禍々しくも巨大で黒い魔物へと姿を変えてゆく。
「あぁぁ、頭目が変身しちゃったでござるぅ。あの姿は見たくないっていうのにぃ」
木陰でブツブツ文句の多い伊那薙を疾風が嗾ける。
「あんたも早く闇降ろししなさいよ!」
だが伊那薙ときたら「ヤでござる」とソッポを向いて、やる気のなさを見せてくるではないか。
「そーゆーお主こそ、しないのでござるか?」
「あたしは戦えないもん。それに、あんな醜くなるなんて絶対いや!」
この二人ときたら何をしに山中へ入り込んだのかすら忘れていそうで、肝蔵は軽く目眩を覚えた。
何をしに――そう、本来は偵察したら、すぐに帰る予定だったのを急遽変更したのは、城下町の異様さに気づいたからに他ならない。
賑やかに見えていた城下町は、カイムの幻術によるものであった。
見破れたのは、ひとえに伊那薙のおかげである。
彼が往来を歩く美少年へ飛びかかった瞬間、全てが掻き消えた。スケベ心も妙な場面で役に立つ。
紫の煙は、カイにて異常が発生したと伝える真田城への暗号だ。
無論、敵に見つかるのは計算の範囲内。
あわよくば一人でも多く討ち倒してから帰りたいと神風は考えた。
「闇降ろし、か。初めて見たが、我が敵ではない!闇は光に勝てぬと証明してくれるワッ!」
神風と肝蔵、二匹がかりの猛攻が絶え間なく襲いかかるも、ラムラは素早く飛び回って逃れる。
動きに翻弄されることなく神風が爪を繰り出し、肝蔵は肘を打つ。
だが、それも寸前でかわされた。
目にも止まらない疾風怒濤の連携までかわした時、僅かだがラムラに油断が生まれる。
そこへ死角からの爪が襲いかかり、躱しきれず、白い羽根が辺りに飛び散った。
「ぐぬぅっ!」
「ガァァッッ!」と咆哮をあげた三匹目こそは伊那薙だ。
二人だけで充分かと思いきや、案外粘る天神族に劣勢を感じての闇降ろしである。
三匹は常に逃げ道を塞ぐ形でラムラを追い込み、奴に聖光線を撃つ暇を与えまいとする。
必死によけるラムラだが、ついには神風の爪が奴を捉えた。
「……がっ……!」
下から上へ勢いよく胴体を引っ掻いてやったら、真っ赤な血飛沫を噴き出したラムラが墜落する。
「あっ……こ、この……むし、けらが……」
息も絶え絶えで呟く頭上に巨大な足が振ってきて、ブシャッと押しつぶした。
「……ヘッ。虫螻はどっちだってんだ」
ぜぇぜぇと息を切らして、肝蔵が吐き捨てる。
降魔術は強大な力を身体に与える反面、受ける反動も並大抵ではない。
生身で戦う以上の疲労が加わるばかりか、体内器官や精神までもが蝕まれる。
邪神に身を捧げた降魔といえど、長時間は使用できない。
「あ……くそ、もう、動けねぇ……っ」
変身が解けると同時に、ごろりと草っぱらで寝転がった肝蔵の頭上へ視線をやって、疲労を色濃くした神風が呟く。
「まだだ……肝蔵、気を抜くな」
「えっ」となった疾風が、木陰で見上げた先に浮かぶのは――
「好き勝手にやってくれるじゃないか。君達の傍若無人さは相変わらずだねぇ。でもまぁ、長き腐れ縁もこれでジ・エンドかな?」
カイムだ!
掌に光を集め、最大限の神聖魔法を放たんとしている。
神風も肝蔵も闇降ろしが解けたばかりで、動けない。
成す術もなく光に包みこまれようかという寸前、黒い影が二人の前に立ちはだかった。
「ぐああァアァァッッ!」
時間差で変身した為、多少は余裕のあった伊那薙が二人を庇ったのだ。
だがポッと出の天神族と異なり、カイムは長年この地で降魔を脅かし続けた不老の怪物だ。
そんな奴の魔法を身に受けたんじゃ、伊那薙とて無事では済まない。
ズゥゥン……と地響きを立てて倒れる黒き魔物へ二人は「伊那薙ィ!」と叫ぶのが精一杯。
「なに、そう悲観せずともいい。安心しなよ、彼は死んでいないから」
カイムの言う通り、倒れたと思った伊那薙が身を起こす。
だが、瞳はどろりと濁っている。なにより肌が土気色で生者とも言い難い。
こちらへ灰色の瞳を向けて唸り続ける姿は、どう見ても正常ではない。
「覚えているかい?あの時も、こうやって楓を摩可転身させたよねぇ。しかも、君は自分の手で彼女を」
黙れッ!!……闇の妖者よ、我に力を!
全身が軋みをあげていたし、指一本動かすだけでも苦痛だったが、伊那薙をこのままにしておけない。
二度目の闇降ろしで魔物化した神風が、ゾンビ化した伊那薙とぶつかり合う。
無論、その様子を他二人も黙って眺めていたわけではない。
疾風の魔法により回復した肝蔵は、彼女と二人がかりでカイムに斬りかかる。
しかし、突如現れた輝竜に邪魔されて近づくことすらできなかった。
「邪魔なんだよ、どけやクソオヤジ!!」
「うッせェ!死にな、クソガキ!!」
忍者同士の戦いは、互いに分が悪い。
近接で斬りあうにしろ、必殺の一撃は変わり身で避けられる。
腕を取るにも取れず、斬りが当たっても致命傷には程遠く、膠着する戦いに肝蔵は焦りを隠しきれない。
焦っているのは神風もだ。
ゾンビ伊那薙は無駄にしぶとく、気絶させるのも容易ではない。
おまけにカイムが絶えず魔法を撃ち込んでくるもんだから、背中一面の激しい痛みにも悩まされた。
状況は果てしなく降魔に不利であった。