
武田領に到着早々、アーク達が見たのは大怪獣対決であった!
「な、なんだ、ありゃあ!?」
驚く間もあらば、魔物の片方が此方へ倒れ込んでくるものだから、オオエドの精鋭は散り散りに逃げた。
ズゥゥゥン……と重い音をたてて倒れる土気色した魔物の上に伸し掛るのも、背中に大火傷を負った魔物だ。
「ありゃあ降魔忍群じゃないか!けど、なんだって仲間同士で戦っているんだ?」と叫んだのは赤眼だ。
「降魔忍群……って、忍者なのか?あれが!?」
もう一度アークは魔物を見た。
どう頑張っても目の前の二匹は、モンスターにしか見えない。
対決しているのは、それだけではなかった。
深緑の装束を着た忍者二人が、空を飛ぶ青年や白い装束の忍者と戦っている。白いほうが圧倒的に有利だ。
「え?カイム?カイムが何で、こんなとこまで出てきているんだ?」
地元民の赤眼が混乱するのも尤もで、こんな処とは、すなわち城下町。
山中で始まった戦いは今や麓にまでなだれ込み、魔物が暴れるたびに周囲の建物がガラガラと崩れ落ちた。
町に一人も住民がいないからいいものの、しかし草の報告とも異なる情景に侍たちは困惑気味だ。
「……町の人々は、どこへ行ってしまったんでしょう」
呆然とする茜の側では刀を抜いた犬神が気配を探るが、やはり誰の気配も感じられず、溜息を漏らした。
「昨日今日で廃墟と化したわけではなさそうですな……奴めが術をかけて幻を見せていた、ということか」
不意に弾かれたように空を見上げる。
ふわり、ふわりと舞い落ちるは黒い羽根。
何十匹もの天魔族が空に浮かび、こちらを見下ろしていた。
「ここにもおったか、天魔族ッ!」
犬神と茜が急降下する天魔族と戦う間、赤眼は忍者目掛けて突っ込んだ。
「死になッ!」
ただし、攻撃する相手はカイムじゃない。
降魔と斬りあっていた封魔忍者だ。
横合いの奇襲を避けきれず、肩をバッサリやられた輝竜は後ろへ飛び退る。
「チィッ!伊賀が、闇の味方をするだとォ!?」
「あんたらには聖を名乗る資格なんざァないね。民の命も守らないで、何が正義かいッ!」
出遅れたアークも駆けつけてカイムに斬りつけるが、「おっと」と剣撃を見切られる。
「へぇ……これは、珍しい。天使の血を引く者が僕に敵意を向けてくるなんて」
「うるせぇ!魔物を召喚して民間人を襲わせるような奴が、聖ヅラしてんじゃねぇ!!」
剣先でビシッとカイムを指し、アークは啖呵を切った。
天魔族が此処にいる以上、そしてオオエドの侍へ襲いかかってきた以上、全ての黒幕はコイツに違いない。
「降魔だって魔物化して襲いかかっているんだけどね」との減らず口も怒号で蹴散らした。
「俺は降魔の味方をしているんじゃない!お前を悪と見なした!だから斬る、それだけだ!!」
この戦いに、聖も闇もない。
アークが天神族の血を半分引いていたとしても、だ。
一刻も早く民の命を脅かす悪人を退治して、この地に平穏を取り戻す。
一瞬でも赤眼に気を取られた輝竜は、肝蔵の蹴りをまともに受けて蹌踉めいた。
「ぐっ……」
「死にやがれェ!」
間髪入れず首根っこを掴まれ、ぐるりと視界が一回転。
頭部を襲う衝撃で、目の前が一気に暗くなる。
首の骨が折れたのでは、輝竜が如何に強い忍びであろうと命はない。
「がっ、フィル、さまっ……」と呟いたのが、彼の最後の言葉だった。
カイムはアークが足止めしている。
一撃も当たらないが、代わりに魔法も撃てなくしていた。
形勢逆転と見て、ゾンビ伊那薙を押さえつけた神風が叫ぶ。
「疾風!早く伊那薙に『リセット』を!」
「は、はい!」と走り出す疾風、素早く状況を理解した肝蔵も二度目の闇を降ろす。
カァァ……と吐き出した闇の炎が、天魔族を包みこんだ。
おかげで苦戦していた茜と犬神は勢いを取り戻し、炎を逃れた天魔族を片っ端から斬り捨て回った。
やがて空を飛ぶ魔物を一掃した後は、アークと赤眼、茜たちでカイムを取り囲む。
「さぁ、あとは貴方だけよ、カイムッ!覚悟なさいっ」
茜に啖呵を切られて、しかしカイムは余裕ありげな笑みを絶やさず、ぽつりと呪文を唱えた。
「君達は何を相手にしているつもりだったんだ?神聖魔法の使い手である僕が、蘇生呪文を使えないとでも思ったのか」
ぽぅっと温かな光がカイムの掌に集まったのも一瞬で。
一陣の風がカイムの横を通り抜けたかと思うと、茜は腹から肩にかけて、ざっくり斬り裂かれる。
「あぅっ……か、母様、茜は未熟者です……っぅぅ」
彼女が崩れ落ちるのを抱きとめたのは犬神だ。
「峯崎殿!しっかりいたせッ」
腹からの流血は酷く、このままでは出血多量死を免れない。
だが、茜ばかりに構ってもいられない。
復活呪文で蘇生した輝竜の手刀を鼻先寸前で避けきり、アークは後退する。
あと一歩避けるのが遅かったら、顔面を縦一文字にかっ捌かれていた。
「なんだ、こいつ、動きがっ」と言い残し、木切れを残して赤眼の姿が消える。
忍術を駆使してでも避けねばならないほど、輝竜の動きは死ぬ前とは段違いの速さになっていた。
封魔に翻弄される皆を横目に、魔物同士の戦いは神風がやや優勢か。
どれだけ牙や爪で身体中を刻まれても物ともせず、ゾンビ伊那薙を再度ぐっと地面に押し付けた。
「さっさと目を覚ましなさいよ、このバカ!『リセット』ォ!!」
そこへ真一直線に黒い波動が飛んできて、魔物二体を包み込む。
瞬時に魔物の姿は掻き消えて、代わりに全裸の男性が二人、その場に現れた。
「……ふぅっ。まったく、手を焼かせてくれる……」
大きく安堵の溜息をもらす神風の横で、ゾンビから生身へ戻った伊那薙は、しばし呆けていたのだが。
「うぉぉー!頭目の乳ッ、尻ッ、チチンチンチーンッ!」と叫ぶや否や、目の色変えて神風に飛びかかり、拳を顔面で受け止めた。
「元に戻って、何か他に言うことはないのか!?」
頭目の説教も暖簾に腕押し、涎だらだらで欲望まみれな部下の耳には届かない。
「も〜ホント底なしの馬鹿ですよねェ、こいつってば」
ここぞとばかりに伊那薙の悪口を放ちながら、疾風は治癒呪文を二人にかけて、替えの服も手渡した。
「さて……疾風、オオエドの侍にも治癒を頼む。俺達は剣士の援護をしよう」
侍たちと組んで輝竜を攻撃していた肝蔵も、今は術を解いている。
魔物の動きでは追いきれない。侍もアテにならない以上は、自分が捕まえるしかない。
「しゃぁっ!」「ぜぇぃっ!」
飛苦無を叩き落し、伸ばした手は切り払われる前に引っ込めて、変わり身で逃げようとするのを手裏剣で封じる。
落下中に飛びかかり小刀を突き刺そうとするのは、極至近距離の含み針で防がれた。
双方互角、一秒たりとて気の抜けない攻防を繰り広げていると――
ドォォンッッッッ!
と、遠方から砲撃が飛んできて武田城を丸々吹き飛ばす。
「はっ!?」
これには全員たまげて音のしたほうを見やると、そこに佇んでいたのは巨大な仏像で二度「はぁぁっ!?」と仰天だ。
しかも仏像からは「見参!鋼鉄仏身ナゴヤー・ラー!!」なんて大声まで飛んできて、三度見するしかない。
「なっ……なんなんでしょう、あれは?」
疾風の治癒魔法で元気になった茜が目を丸くして呟く。
なんだと問われても、誰も答えられない。
長いジパン史において、あんな建築物は一度もお目にかかった覚えがない。
それは異国出身のアークにしても同じで、跡形もなく城を一つ吹っ飛ばした破壊力にビビりまくりだ。
「ナゴヤー・ラー……名前から察するに、ナゴヤの秘密兵器でござろうか」
推理してみたけれど、犬神自身にも半信半疑だ。
誰もが困惑する中、真っ先に動けたのは「フィル様ッ!」と叫んで武田城のあった場所へ向かった輝竜だけだ。
ちらと巨大仏像を一瞥し、カイムはポツリと呟いた。
「あんなものを投与してくるとは、ね。自由領か……完全に油断していたな」
城には六仙の他にフィルもいたはずだ。
だが泡食って駆けていった輝竜とは対象的に、カイムは落ち着き払っている。
再び「ナゴヤー・ラー!」の掛け声と共に発射された砲弾は、まっすぐカイムへ飛んでいったが、やはり彼は狼狽えることなく「効かないよ」と結界で受け止めた。
しかし「ラー!!」の声が強まると同時に、ぐぐっと押される感触を結界越しに受けて、初めてカイムの目が驚愕に見開かれる。
「馬鹿なっ!?」
ドォンッ!
皆の頭上で大爆発。ぶわっと白煙があがり、墜落するカイムを見届けた。
「うっそだろォ……?あんなんに当たるとか」
しかし一番近くにいた肝蔵が駆け寄る前に、カイムは再び空へ舞い上がる。
瞳には憎悪を携えて。
「雷火……許さんぞ」
カイムが憎悪に燃える頃、ナゴヤー・ラーの操縦席では草薙が雷火に掴みかかっていた。
「雷火、貴様どういうつもりだ?城を吹き飛ばしてしまったら、フィルの確保ができないぞ。俺の邪魔をする気だったのか」
「うるさいねぇ」と草薙の腕を振り払い、雷火は肩を竦める。
「あたしの目的は、あくまでも六仙の抹殺だよ。ほら、護衛が生死確認に行ったんだ。あんたも行ってきたら、どうだい?」
言われるまでもない。
草薙の任務はフォーリア兄妹のどちらかを捕らえることにあった。
依頼人は冒険者ギルド。
ジパンで怪しげな魔法を開発する彼らを捕らえ、魔法の禁止を言い渡す予定であった。
途中でナゴヤに機械都市住民が入り込んでいるとの情報を聞いて、忠告がてら雷火へ確認するつもりだったのだが……
まさか、こんな大胆な武器で武田を攻撃するとは思わなかった。
窓を蹴破って外に飛び出す草薙を見送りながら、雷火がスイッチをポチポチ操作する。
「さて、入り込んだ鼠も追い出しておかないとね」
地響きを立てて歩き去ろうとする仏像ロボの背中に、一本の光の筋が直撃した。
「あん?」
モニターで捉えてみると、空を飛んだカイムが憎悪の眼差しで魔法を連射しているではないか。
神聖魔法最大にして唯一の攻撃呪文でもある『ゴッドパワー』を連発するとは、並の魔力ではない。
「仕方ないねぇ、ちょっと相手にしてやるか」
雷火にしてみりゃ内乱に乗じて滅しておきたかったのは武田だけで、カイムは眼中になかった。
「ナゴヤー・ラー!」と砲弾を撃ち込むも、二度目はひらりと避けられて、代わりに魔法で此方がよろめく。
「やってくれるじゃないのさ!」
次第に雷火も熱くなってきて、ガンガン揺れまくる内部では四郎たちが「に、逃げるぞぉぉ!」と尻の穴に殺到した。
ぽろぽろ尻の穴からこぼれ落ちたメリアが見たのは、あちこち大爆発を起こして動きを止めるナゴヤー・ラー。
それから、頭上で眩い輝きを放つカイムの姿。
「はぁっははは!見たか、天魔族の底力をッ」と叫ぶ彼は、背中に黒い羽根が生えているやら、頭上に黒い輪っかが浮かんでいるやらで、さっきまでの彼と同一人物とは思えない変貌を遂げていた。
遠目に「そ、そんな、カイム様、どうしてフィル様を贄に……!?」と嘆く悲痛な声を聴きつけ、ケインは目を凝らす。
そこには膝をついた姿勢で絶望する輝竜がいて、彼の側には瞳を閉じたまま横たわり、ピクリとも動かないフィルの姿もあった。