
真田城にて、二人の男が向かい合っている。
一人は城主の真田 三角。もう一人は城に仕える忍び、降魔忍群頭目の神風だ。
「真田様……徳河の軍勢が攻めてくるとの情報が入りました。如何様に対処なさいますか」
神風の情報を受けて、三角はブルリと身体を震わせる。
「如何もへったくれもない……神風よ、正直に言おう。儂は今朝、とてつもなく恐ろしい夢を感じた。この夢は正夢となろう。今に、戦争より恐ろしい大事が起きる……そう感じてならんのじゃ」
「真田様……?」
城主が何を予想したのかが判らず、神風は首を傾げる。
今は遠い未来に怯えるよりも、オオエドの侵攻に備えるのが先ではないのか。
ふぅっと溜息を漏らし、三角は気を取り直す。
「まぁよい、今の話は忘れてくれ。神風、お主は配下の者を連れて武田領を視察してきてくれぬか?徳河が急に動き出した件と、何か関係があるやもしれぬ」
「武田と徳河が手を結んだとされるのですか」
「そうじゃ」と頷き、三角は懸念の根拠を話した。
少し前からオオエド住民の噂にあがっていたのは、徳河の姫君が行方不明になった件だ。
やれカイ方面へ向かう詩織様のお姿を見ただの、不審な駕籠屋が詩織様らしき女性を乗せてカイ方面へ去っていっただの。
そういった内容を載せた瓦版が飛ぶように売れた。
姫様の消息を語る噂は全て、武田領周辺に集中している。
火のない所に煙は立たぬというし、詩織がカイへ紛れ込んだのは真実なのかもしれない。
とすれば、武田が次に動くのは徳河への接触。すなわち詩織を使っての同盟の申し出ではなかろうか?
「では、まずはカイに忍び入りて徳河 詩織の行方を探す……それで宜しいでしょうか」
「うむ」と頷く三角へ頭を下げ、神風は座を後にした。
「ふっふーん。やはり真田様も人の子、迫り来る軍勢に恐れをなしているのでござるな?」
軽口を叩く部下を「口が過ぎるぞ、
「しかし、あのような真田様は初めて見た。一体何を予知されたのであろう」
「まぁーここでウダウダ考えたって、何の解決にもなりゃあしませんぜ?」と軽口で遮ったのも降魔忍群の一人で、名を肝蔵という。
「さっさとカイを視察して戻ってきやしょう」
「じゃあ今回は戦闘なしじゃん?ラッキー!」
喜ぶ疾風に伊那薙が、白い視線のおまけつきで「お主は、いつも戦わないでござろう」と突っ込み、出かける面子が旅客姿へ変装すると遠足よろしくゾロゾロと連れ立って城を出る。
城下町の出入り口へ差し掛かろうという時、一行を呼び止める声があった。
「もし……そこの御仁。この町の宿場は何処にあろうや?」
初めてキョウを訪れた者は、必ず町並みで迷うとされる。
オオエドと異なり、キョウは入ってすぐ、甘味処と武器屋と反物屋が並ぶ通りへ出る。
両脇の小道は、それぞれ東が居住区、西が商店街へ続いており、この者が目指す宿屋も西の通りにあった。
「ふむ、キョウは初めてなのか?ならば道案内を」と言いかけて、おや?と神風は首を傾げる。
目の前の青年も旅客姿ではあるのだが、上が合羽を羽織って編笠を被っているのに下は腰巻きと不揃いだ。
どことなく内股気味に立っているのも気になるし、話す言葉も下々のそれではない。
なにより、仄かに香る白粉が鼻腔をつく。
「どうした?宿場を存じておるのなら、早ぅ案内を」
艶めかしい唇が催促してくるのへは、伊那薙がビシッ!と青年を指さして断言した。
「ふふん、群衆の目はごまかせても拙者の鼻はごまかせぬでござる。お主、おなごでござろう!」
例え正体を看破したとしても、なにも人目がある場所で指摘せずともよい。
瞬く間に一行と青年は通行人の人垣で囲まれて、注目の的になってしまった。
「ぶ、無礼者!私を女と愚弄するかッ」
かぁっと頬を上気させた青年が抜刀する。
おかげで人垣は、やんややんやの大喝采。
「伊那薙様ー!ぶった斬っちまえ、そんな怪しい奴!」と声援が飛んできて、こちらの正体まで見知らぬ不審者にバレバレだ。
出かける前から、このざまでは先が思いやられる。
激しい目眩に襲われながら、神風は旅客を装う青年へ謝罪した。
「このような挑発如きで逐一刀を抜いていては、いくつ生命があっても足らないぞ。仲間の無礼は詫びよう、すまなかった。宿へも案内するから、ついてきてくれ」
素直な謝罪に、青年も刀を納めてくれた。
「ふ、ふんっ。よかろう」
まだ怒り収まらない表情を浮かべて、それでも後をついてきた青年と共に宿へあがる。
「入口までで、よかったのだぞ?何故ぬしらまで部屋へあがるのじゃ」と不思議そうな彼へは、編笠を脱いで平伏した。
「無礼な物言い、及び変装を台無しにした件、改めてお詫び致します。何故、男装しているのかは問いませぬ……が、キョウへは何用でございましょうか、詩織様」
神風の問いに「え!」となったのは、疾風だけだ。
肝蔵は「うんうん、やっぱなぁ。どう嗅いでも女の匂いしかしねぇもんなぁ」と頷いていたし、伊那薙に至っては「背中から尻のラインが女そのものなのに、女だと指摘して何が悪いのでござろうな」と開き直っている。
男装を見破られた青年、いや、女性は一瞬ビクッと身を震わせたかと思うと、顔を上げた神風をジィー……っと凝視する。
「お主……こそ、何者ぞ?」
心做しか、声は上擦り頬を赤く染めて。
神風は「降魔忍群が頭目、神風と申します」と答え、彼女の反応に顔を曇らせる。
いつも、こうだ。
自分の顔を見た初対面の女性は、大概こうなってしまう。
こうなってしまうと相手は此方の話を、まともに聞いてくれなくなってしまうので聞き込み一つに手間取ってしまう。
そんな頭目の心の鬱模様など知ったこっちゃなく、俯き気味な神風に代わって伊那薙が尋問を始めた。
「キョウへオオエドの姫が、お忍び旅行なんて噂は聞いておらぬでござる。さてはカイとオオエドの密会も嘘八百の妄言、拙者らを惑わす手口でござるか?」
「な、なんの話じゃ?余は、ただ父上の不甲斐なさに腹を立てて家出したのじゃ!」
「家出ぇ?」と素っ頓狂な声をあげる疾風をチラリと見て、詩織が言うには。
彼女が城を出る前から、オオエドには武田による同盟の申し出があった。
しかし、なかなか返事をしない家康に業を煮やした詩織は、自ら同盟を断りに行こうと城を抜け出た。
何故、武田と同盟を結びたくないと考えたのか?と伊那薙が問うと、詩織は「怪しいからに決まっておる!」と一刀両断する。
武田の軍勢にはカイムという如何にも胡散臭い不老の客人がいる上、やたら善神の教えとやらを押しつけてくる。
あんなのと同盟を結んだって、オオエドの平和が維持できるとは思えない。
逆に何らかの争い、例えばキョウとの宗教戦争に巻き込まれそうで気が気じゃない。
だがカイへ一歩踏み入れた途端、猛々しくも好戦的な忍者に襲われて、危なく命を落とす寸前で少女に助けられた。
忍者にフィルと呼ばれていたから、あれも武田の不審な客人であろう。
少女の手引でキョウ付近まで逃げてきた詩織は、手ぶらでオオエドに戻るのも癪だと考えた。
何らかの情報を持って帰らねば、必死の旅も、お転婆姫の我儘で片付けられてしまう。
そうした理由だ。キョウへ足を踏み入れたのは。
「キョウの、何を探りたいのでございますか?我らに隠し事などございませぬ。ましてやオオエドへの謀反など」
ぽつりと呟いた神風に、詩織が嬉々として話しかける。
「一番に聞きたいのは、そちの実家住所……ではなく!暗黒信仰とは、どういった教えの宗教なのじゃ?」
今ちらっと欲望が垣間見えた気がする。
実家の話題は、さらりと無視して、やはり伏目がちに神風は答えた。
「自由でございます。何者にも束縛されず、己が心の自由に生きるのを信条とする宗派です」
「ふむ。善神信仰との違いは何にある?」
「……善神信仰は法と秩序に縛られますが、我らは全ての枷を外した生き様を求めております」
「ふむ、ふむ。で?そちは今のところ、教えのままに生きられておるのか?」
詩織はズズイと神風との間を詰めてきて、吐く息のかかる状況には神風も内心引きながら、後ろへ下がろうとする。
が、逃げる前に腕を掴まれて引き寄せられた。
「後ろに下がらずともよい、余が許すのじゃ。側で話したもう」
これまで自分の顔に見惚れる女性は数多かれど、ここまで馴れ馴れしい真似をしてきた人は初めてで、神風は軽く硬直する。
しかも相手は首都の姫様、無下に振り払ったりも出来ない。
脂汗を流して固まる頭目を救ったのは、部屋に駆け込んできた配下の相馬であった。
「頭目、緊急事態発生だ。オオエドへ向かう黒い影ありと、真田様の伝言にあり。急ぎカイまで行けとの命令だ」
「何!?」
全員が驚愕の大ニュースを持ってきた相馬は詩織の腕を荒々しく引っ剥がし、神風を自由にする。
「何を致すか、この無礼者!」とのお怒りも能面で受け流し、無言で号令を待った。
「よし……行こう、武田領へ。相馬、お前は詩織様を降魔の里へ退避させてくれ。ここも安全とは言えないのでな」
「え〜?逃がすんでしたら、あたしが姫様を連れていきますよぉ」
名乗り出る疾風をも軽く無視し、相馬は「御意」と頷くや否や詩織の腕を無造作に引っ掴む。
「何をする!そのように引っ張られたら痛いではないかっ」
喧々囂々文句の多い姫を無理やり引っ張る形で、宿を先に出ていった。
「だ、大丈夫っすかね?」と不安になる肝蔵を「大丈夫だ」と促し、神風は編笠を深く被り直す。
「里には葵や木蓮もいる。皆で見張れば詩織様も無茶をすまい」
「や、心配してんのは、そこじゃねぇんですがね……」とぼやきつつ、肝蔵も表へ出た。
向かうはカイ、武田領である。
神風らがカイへ発った後、こっそり真田城を抜け出た小さな影一つ。
「だぁりん、まっててね。なずながたすけてあげますの」
真田 三角最愛の一人娘にして自称・神風の許嫁、真田
お供の侍を一人もつけずに彼女が向かう先もまた、カイであった――