絶対天使と死神の話

輝ける魂編 08.旅立ち


翌日、厳重に自宅の戸締りをした原田は、小島や水木と共に町の門へ急ぐ。
五分前時点で同行者は全員集合しており、見送りの人々まで集まっていた。
「皆、早ェーなぁ」と呟く小島は寝ぐせピンピンの寝ぼけまなこだ。
集合時間が朝の六時とあっては、いくら早起きの小島でも厳しいものがあった。
傍らに立つ原田も半分寝ているし、シャツはボタンを掛け違えている。
きちんと身だしなみを整えているのなんて、三人の中では水木だけだ。
その水木も大きくあくびをかまして、「出発時間、こんな早くする意味あったの〜?」と愚痴った。
「怪物の活動時間に併せて行動するメリットがないからね」とジャンギは笑い、見送りにきた町長を振り返る。
「それじゃウェルバーグさん、我々は出発します。町の人々には、うまく言っといてください」
「任せてくださ」と言いかける町長を遮って、ミストが「大丈夫ですよ。英雄がやることなすことアーシスの民は見守ってますから、ジャンギくんが出かけるのは全員周知です」と割り込んでくる。
「ちょっと!私が話しているんですから黙ってて下さいよ」と憤慨する町長に、しれっと「こんな社交辞令、前頭部ハゲじゃなくたって誰にでも可能でしょう」と返すミストには子供たちも目が点だ。
町長の前髪が後退しているのを、本人に面と向かって言う人を見たのは初めてだ。
驚く原田たちに、ファルがこそっと耳打ちする。
「ミストちゃんは町長の妹なのよ。いつも軽口でやりあっている仲良しだから気にしないであげてねぇ」
「え……」
子供たちは町長とミストを何度も見比べて、確かに二人とも水色の髪の毛だし金儲けにうるさい処とか類似点はあるけど、それ以外は全く似ていないというか「えーーーーっ!?」である。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう。あ、ちなみに私は賄賂を受け取ってませんので。そこの前頭部ハゲと違って一族の権威に頼らず自立してますから」
ミストの主張に「前頭部ハゲ連呼は、おやめなさい!」とキレていた町長は子供たちの視線に気づいたか、ゴホンと激しく咳払いして威厳を取り戻そうとする。
「ンンッ!ジャンギ様、妹がうるさくしてすみません。いやもう見習い時代にも迷惑かけていますし、しょうもない妹ですよね」
「詮索しない分だけ、兄さんよりはマシなつもりですよ。ジャンギくんが引っ越したのだって、兄さんがしつこくプライベートを探ろうとしたせいじゃないですか?」と、どこまでも妹は兄に辛辣だ。
ジャンギも町長が気の毒になったのか、「俺が引っ越したのはウェルバーグさんが原因じゃないよ」と訂正を入れておく。
「あぁ、じゃあ愚弟のほうですかね、引っ越しの原因。嫌ですよね、こんな詮索癖の濃い一族と同じ列に住むのは。私だって嫌ですから」と相槌を打つミストを見て、小島がこっそりファルへ「弟までいるのかよ?」と尋ねてみれば、ファルは苦笑を浮かべて頷く。
「えぇ。あなたもスクールに通っているなら見た事あるかもしれないけど、ウィンフィルドくんっていうの」
再び、えーっ!?の大合唱が子供たちの口を飛び出して、ソウルズが窘めた。
「お前ら、いい加減にしろ。これ以上騒いだら、町の連中が残らず起きてしまうぞ」
「うん、雑談も程々にして出かけないとね」と頷き、ジャンギは見送りに来た人々の顔を見渡した。
「それじゃ、いってきます。必ず怪物の王を見つけ出してピコくんを奪還してきますので、皆さんは町でお待ちください」
見送り勢が大喝采の中、ファルが「ウィンくんは見送りに来なかったの?」と小声で尋ねて、ミストは「いますよ、あの建物の陰に」と答える。
原田がチラッと後方を伺うと、建物の陰でハンカチを噛みしめるウィンフィルドの姿を確認できた。
なんで皆と一緒に見送らないんだろうといった疑問が原田の脳裏を掠めたが、ウィンフィルドは、きっと妙な処で恥ずかしがり屋なのであろう。
ともあれ、大歓声に見送られて、一同は門の外へ出た。


長旅に必要な道具はソウルズとジャンギが一手に持ち、原田たちは武器のみ所持で身軽な格好だ。
死神で同行するのは神坐だけで、大五郎と風は全員で行く必要がないと判断を決め込んだらしい。
残る同行者は絶対天使のヤフトクゥスだが、武器すら持たず手ぶらでついてきた。
なんでも魔力で解決する種族だから、これでいいんだろう。
「野営って、外でテント張って寝るんだろ?食事は、どーすんだ」
道中、瞳を輝かせた小島に尋ねられて、ジャンギが「現地調達だね。怪物を狩るのは俺とソウルズに任せてくれ」と答えるのをヤフトクゥスが「戦えるのか?片腕の貴様に」と遮って、ソウルズにジロリと睨まれる。
「俺が前に出れば問題あるまい。ジャンギ、お前は後方待機だ」
ジャンギは大人しく「うん、魔法で援護するよ」と頷き、ジョゼへチラリと目をやった。
「といっても俺の魔法はヘナチョコだから、いざとなったらジョゼさんの手を借りようかな」
ジョゼが口を開く。
「戦闘や食事は心配していませんけど、お風呂は、どうするんですか……?」
「風呂だと?そんなものは、その辺の湖で」と言いかけて、ぐるり周辺を見渡したヤフトクゥスは腕を組んで考え込む。
初めてファーストエンドに到着した時、アーステイラを探して方々飛び回ったのだが、この世界に海や川といった水資源は一切存在せず、原住民はどうやって水分を補給しているのかと疑問に思った。
のちに怪物は食べ物を吸収することで水分を体内に造り出しており、その水分を取り出して人間が生活に使っていると知った時には心底驚いた。
この世界の原住民は怪物を怪物と忌み嫌いつつも、しっかり利用して共存している。
原住民が世界を牛耳るのではなく、怪物が世界を構成していると言っても過言ではない。
アーステイラも放っておけば、やがては怪物のサイクルに取り込まれてしまうのか。
彼女の腹を掻っ捌いて水分を取り出す妄想に囚われていたヤフトクゥスは、横合いから水木に「ねぇねぇ、湖って、なぁに?」とツンツン突かれてハッと我に返る。
「湖ってのは、水が溜まった場所だね。図書館の文献で見た記憶がある」と答えたのはジャンギで、不安そうなジョゼに微笑むと、旅道具から小さな缶を取り出した。
「風呂の代用は、これだ。ウォンティッシュっていうんだけど、水分をたっぷり染み込ませた布でね。触ってごらん?しっとりしているだろ」と差し出されては触らないわけにもいかず、恐々布の表面に触ったジョゼは驚いた顔でジャンギを見つめる。
彼女の反応に満足したように頷き返し、ジャンギは缶の蓋を閉じた。
「これで身体を拭けば、汗をかいたまま寝るよりは気持ちよく眠れるよ」
「へーっ!便利アイテムいっぱい持ってんだなぁ、ジャンギは」と喜ぶ小島へは、ソウルズの素っ気ない返事が突き刺さる。
「こんなものは自由騎士の基本であり、貴様も自由騎士になる頃には覚えて然るべき知識だ」
覚えなければいけないことが多くて、自由騎士は大変だ。
だが覚えてしまえば任務に役立つこと請け合いで、今から知っておくのは悪くない。
缶をしまい込んだジャンギは、うーんと背伸びをした後、瞼を閉じて仁王立ちする。
何か話しかけようとした小島はソウルズに「静かにしろ」と制されて、口をつぐんだ。
日がまだ昇っていない、暗く静まり返った草原で、何分そうしていただろうか。
――不意にジャンギが目を開いて「大きく迂回していこう」と呟き、ソウルズが「判った」と頷き返す。
全然判らなかった水木は、小声で神坐に尋ねた。
「今ので何が判ったの?」
神坐も小声で「怪物の位置を探知したんだろ」と答えてやり、前方へ目を凝らす。
目視では影すら見当たらない。
だが、神経を集中させれば判るはずだ。
数十キロ先に怪物の気配が二つ三つ、固まって存在しているのが。
「下等生物にしては勘の鋭い」とヤフトクゥスが呟き、しかしとも続ける。
「怪物の気配であれば我々にも察知できる。奴はどうやって怪物とアーステイラの気配を見分ける気だ」
「言葉では説明しづらいんだが」とジャンギが反応して、ヤフトクゥスへ向き直る。
「怪物化したアーステイラは他の怪物とも異なる気配なんだ」
「それで、見つかったのか?」ともヤフトクゥスに尋ねられた時には、首を真横に「いや、まだ見つからない」と答えて腕を組んだ。
「怪物を回避しつつ移動と探知を繰り返すしかなさそうだ。ただ最初の一歩は、どの方角にするべきか……」
アーシスから見て北は砂漠地帯、西に進むと森林地帯、砂漠の先には雪原地帯があるとされている。
ただし雪原地帯まではジャンギも行きつけず、砂漠の町ナーナンクインの民からあると聞かされただけだ。
「確か砂漠にゃ町があるんだったよな?だったら町があると確実に判る方角に行ったほうがいいんじゃねーか」
小島の意見にジョゼも「そうね、途中で足りないものを補充できるかもしれないし」と同意する。
「砂漠地帯へ……」と渋い顔になるジャンギを、ソウルズが励ました。
「大丈夫だ。俺がいる限り、お前の身は必ず守ってやる」
「いや、俺以外の身も守ってあげてくれよ」と渋い顔のまま言い返して、ジャンギは全員を促した。
「報告では言わなかったんだが、ナーナンクインでは一つの問題が起きていたんだ。その問題が解決していなかったら、あの町は滅びている可能性が高い。それでも行ってみるかい?」
「なんだって?」と声を荒げたのはソウルズのみにあらず、子供たちも驚愕する。

曰く――
現役時代のジャンギが砂漠で出会った人間は、ナーナンクインの出身であった。
その町では疫病が流行り始めており、病気にかかったのは、まだ一人二人と少なかったが、治療薬の材料が雪原地帯にしかないと占いで判明する。
誰が取りに行くかで揉めた末、若い男女を送り出した。
それが、砂漠で出会った二人組だ。
武器を持たず満足に戦えもしない二人で、謎の怪物を追い返した後は別れたけれど、彼らが治療薬の材料を取ってこられたとは思えない。
ジャンギはアーシスまで逃げ帰ったから、その後のナーナンクインがどうなったのか判らない。
もし、あの二人組が帰ってこられなかったとすれば、疫病は全域に蔓延しただろう。
治療薬が作れないのでは、町一つ全滅していたっておかしくない。

これだけでも驚愕なのに「その疫病……大五郎が言っていたんだが、大気中の魔力が原因らしいな?」と、さらに神坐が衝撃の事実を告げてくる。
「大気中の魔力?」と首を傾げる原住民と違って絶対天使の理解は早く、ヤフトクゥスが閃いた表情で「なるほど、魔法多用による影響か」と呟いた。
まだよく判っていない原田たちには、神坐が説明する。
エイストまでのファーストエンドでは、己の魔力と大気中に自然発生する魔力を交えて魔法を発動させていた。
魔法を使い終わった後も魔力の残滓が大気を漂い、大戦では多くの魔法を使い過ぎたが為に大気中を舞う魔力の量が世界の抱えられる限界値を越えて、これまでのモンスターとは生態系自体が異なる怪物を生み出した。
「……って言われても、判らねぇか。目で見えないもんな、魔力ってなぁ」
ポカーンとする原住民の顔を見渡して、神坐が苦笑する。
「世界中に魔力の残滓、要はゴミだな、ゴミが溜まりすぎて人間に悪影響を及ぼす病気になったんだ」
「でも魔法って傷を癒したりもできるでしょ?どうして病気になんか」と困惑する水木には「薬だって過剰摂取すりゃ毒になるだろ。今のファーストエンドにゃ大気中の魔力が必要以上に存在しているんだ」と答えて、ちらりと意味ありげにヤフトクゥスを見やる。
「膨大な魔力は同じぐらいの魔力で相殺すれば大気汚染を正常に戻せるんじゃないかと、大五郎は言っていた。俺達や現地の奴らじゃ無理だが、膨大なリソースを持つ誰かさんならイケるんじゃねぇか」
視線を真っ向受け止めて、ヤフトクゥスは口の端を歪めた。
「いいだろう、その時が来たら請け負ってやる。だが、その前にアーステイラの問題を片付けねば」
ナーナンクインが滅びたと仮定した場合、はじめの一歩は何処へ向かえばいいのか。
「南は、何があるんだ?」と尋ねた小島にソウルズは首をひねり、「南と東は、ずっと草原が続いているのではなかったか?」とジャンギに確認を取って、ジャンギも「南と東は誰も草原の終わりに到着していないんだ。俺も何度か挑戦したんだが、何ヶ月歩いても景色が全く変わらなくてね……参ったよ」と肩をすくめる。
「じゃあ、町がないとも限らないわけか。おいヤフトクゥス、お前はアーステイラを最初に探した時、何処かで町を見つけたりしなかったのか?」と神坐に問われて、絶対天使は首を真横に「町を探していたわけではないのでな、覚えておらぬ」と断言した。
「チェッ、つかえねぇオッサンだな」と小島に罵られたヤフトクゥスは「なんだと?」と苛立ったものの、原田にまで「普通、知らない場所を歩き回ったら周りの景色ぐらい多少は覚えていそうなもんだが」と小声でブツクサ言われた際には、必死で記憶を思い返す。
あの時はアーシスを出発点に、ぐるっと世界一周飛行した覚えだ。
結局見つからなくて、どうするか考えているうちに原田を見つけて探索自体そっちのけになってしまったのだが、景色、景色か、自分はあの時、何を見た?
脳内でザーッと流れる景色の中に一点違う色を見た気がして、ヤフトクゥスは「あっ!」と声をあげる。
「あったぞ、町を見た!ここより南東の場所で!」
「南も東も人類未踏の地だが、ホントに町があったとはねぇ」とジャンギは苦笑して、原田に話を振った。
「そこを目指して歩いてみるかい?ナーナンクインより遠いかもしれないが」
ヤフトクゥスの予想だと、アーステイラは食べ物調達の用で町付近にいる可能性が高い。
滅びたかもしれないナーナンクインではなく、未知の町へ向かってみるのは悪くない。
誰も行きついたことのない場所だけに、何が待ち受けているか判らない危険があるとしても。
「お前、前にアーステイラを探した時は怪物に」と言いかける小島を「空を飛んで探したに決まっているだろう」と無下に退けて、ヤフトクゥスが馴れ馴れしく原田の肩に手をかけた。
「正晃、君だけなら俺が抱えて連れていけないこともない。二人っきりでラブラブ飛行と洒落こもうではないか」
即座にソウルズのチョップが奴の後頭部へお見舞いされる。
「ぐはァ!」と叫んで頭を抑えるヤフトクゥスなど、視界の隅からも追い出したソウルズは「では、怪物の気配を避けながら南東へ向かうとしよう。行くぞ」と全員を促した。
21/11/15 UP

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