絶対天使と死神の話

輝ける魂編 05.如何にして輝くか


神坐がチーム戦打ち上げの場所として選んだのは、ジャンギの家であった。
本人には許可を取ってあると聞かされて、驚き冷めやらぬままゾロゾロおじゃましてみれば、すでに出来上がった巨体が赤ら顔で迎え入れてくれた。
「ウィース、話は聞いたぜ原田ピカリン!お前、輝ける魂なんだってな?覚醒すれば次期英雄ってわけだ。頑張ろうぜ!つっても俺が何を頑張るんだか判んねーけどよ、ガハハ!」
ガンツはフラフラよろけていて、足取りがおぼつかない。
だいぶ前から酒盛りを始めていたようだ。
「我々で話し合った結果、ソロ戦のルールを大きく変更させる。これしかないと踏んだ」
前置きも挨拶も抜きで本題に入ったのは、原田の知らない男だ。
凛々しい顔立ちでジャンギに負けず劣らずの男前だが、気難しそうな眉間の皺のせいで、気安く話しかけられそうにない。
「元々あるルールに多少変更を加えようってハナシだけどな。緊迫感があがるのは間違いないぜ」
ソファに腰を下ろしていた男が立ち上がり、原田たちを見渡した。
この顔には見覚えがある。チーム戦で審判を務めていた、確かジャックスという名前ではなかったか?
試合中は厳めしく見えたのに、今はチャラチャラした貴金属を腕やら耳やら、あちこちぶら下げていて、軽い印象を受ける。
「ここにいるのは俺が信頼する友人にして元自由騎士でもあり、今は町の繁栄に力を注いでいる面々だ。輝ける魂について話しておいたから、遠慮なく覚醒について相談しようじゃないか」と言って、ジャンギが料理の入った皿をテーブルに並べる。
「きゃ〜、ジャンギくんゴメンねぇ、追加の料理まで作ってもらっちゃって!」
ごめんねという割に奇声をあげた女性は全く腰を上げる気配がないので、かわりに原田が「手伝います」と申し出たのだが、ジャンギには「いや、大丈夫だよ。あとは運ぶだけだからね。それより、いつまでも突っ立っていないで好きな場所へ坐ってくれるかい」と逆に気遣われてしまった。
「ジャンギくーん、追加のお酒は何処ですか?」
もう一人の女性は食品棚を漁っている。フリーダムな友人だらけだ。
探し出してきた葡萄酒をラッパ飲みしながら、女性はジロジロと原田を値踏みした。
「ふーん、道恵さんが拾ってきたのは輝ける魂の前兆を感じたんですかねー。その頭は、生まれつきですか?」
「あ、いえ。髪は……自分で剃って」と答える原田に、小島の野次が重なる。
「髪の毛洗うの面倒だから剃ってんだよな!」
意外な理由に「剃るほうが却って面倒ではなくて?」とジョゼが驚く傍らでは「でも、原田くんに良く似合っているよ。スキンヘッドじゃない君が想像できないぐらいには」とピコが褒め称え、水木に「そりゃ〜ピコくんはスキンヘッドの原田くんしか見たことないからだよ」と突っ込まれる。
「昔はフサァとしてたんだよ。あの頃も、あれはあれでカワかっこよかったんだから!」
水木の軽口に「へぇー、見てみたかったな。カワかっこよかった頃の原田」と神坐まで乗ってきて、原田は頬を赤らめた。
「まぁ、立ち話もなんだ。追加の料理も出来たし、宴会の仕切り直しといこうや!」
ジャックスが仕切り直すのを、さらに生真面目そうな男性が遮る。
「宴会じゃない。話し合いだ。輝ける魂を覚醒させる算段を」
「そいつはソロ戦のルールを変えるってので決まったじゃねーか、あとはお祝いのカンパイだぁ〜」と、さらにガンツが横入りして全員の顔を見渡してくる。
「その前に、自己紹介も必要か?俺はガンツ、双斧のガンツっていやぁ、ちったぁ有名な……ボゲーーー
挨拶の途中でゲロをビチャビチャ吐き出すもんだから、原田たちは開いた口が塞がらない。
「あらあら、ごめんなさいねぇ。ガンツくんってば、あなた達が来るまでの間に飲むピッチが早すぎちゃって。私はファル、ジャンギくん達とは昔同じクラスでチームメイトだったの」
女性が優雅に会釈する。
ふわっとゆるやかなカーブを描く淡い桃色の長い髪のおかげか、全体的にふんわりした印象を受ける。
ただし、あまり気は利くほうじゃなさそうだ。
ゲロるガンツを介抱するでもなく、床を掃除する素振りすら見せず、完全放置とあっては。
葡萄酒をがぶ飲みしていた女性も瓶を置いて、ぺこりと頭を下げた。
「あ〜っと、私達を知らない世代ですか。寂しいですねぇ……まぁ、いいか。私はミストと申します。この面々と一緒にチームを組んでいたのも昔の話で、今は商人に鞍替えしました。引き取る側ですね。原田くん達もイイものを掘り出してきたら、是非御贔屓に」
「こいつにゃ随分、手を焼かされたよなぁ、ジャンギ」
ニヤニヤ笑うジャックスに併せて、ジャンギも苦笑する。
「そうだね。掘り出した遺物を持ち逃げ換金したり、騙し討ちで俺達を置き去りにして収集物を独り占めしたり」
「チームメイトを!?」と驚く水木へ頷くと、ジャンギはミストを軽く睨む。
「必要とあらば教官をも騙す子だった。彼女にだけは教官勧誘がいかなくて良かったよ」
「ま、一応優秀だったんだがな。魔術使いとしては」とフォローを入れて、ジャックスが肩をすくめる。
「あの時のお金は全額返金したんだから、いいじゃないですかー」と本人は反省の色がない。
「良くはない。昔の話だから水に流してやったまでだ」
眉間に皺を濃くして、男性が名乗りを上げる。
「俺はソウルズ。警備隊の隊長を勤めている」
その横ではジャックスが「こいつ、ちゃっかり一番最初に引退したんだよな。ジャンギのこと、好き好き守る絶対にーって言ってたくせによー」と茶化して、ソウルズの頬を染めあげさせる。
「そ、それは……ッ!」
「ま、前隊長が頭下げてのお願いってんじゃ、しゃーねーわな。俺はジャックス、合同会では審判をやらせてもらってんだが気づいてたか?」
さらっとした自己紹介に、小島だけが「言われてみれば!?」と今頃気づいたかのような声をあげ、水木と原田、それからジョゼとピコは「気づいていました」と頷いた。

一通り自己紹介しあって、オードブルに手をつけながら神坐が最初の話題に戻す。
「――それで、ソロ戦のルールを変えるっつってたけどよ。具体的には何をどう変更するんだ?」
「なんでもありルールにするんだ」と答えたのはジャックス。
「元々何でもありなんだが、降参宣言ありってのが生ぬるいかと思ってよ。負けは完全気絶か場外だけにしようと思ってんだ。あと、本当に何でもありだ。手足を潰すなり、目玉をえぐるなり好きにしようぜっての。殺意のない戦いなんてママゴトじゃねぇんだからよ」
元自由騎士にしては、とんでもないことを言う。
「ハイ、センセー」と手をあげた小島を指名して、ジャックスが問う。
「先生じゃねーけど、なんだ?質問か」
小島は真面目な顔で尋ねた。
「なんでもありってこたぁ……押し倒してチューしたり、金玉をモミモミすんのもアリなのか?」
およそ真面目な内容ではなくソウルズや原田の目は点になったが、ジャックスは真面目に頷いた。
「ありだ。勿論、被害に遭いたくない奴は事前棄権も受けつけるが」
「ま……待て、それは合同会の主旨から大きく外れるのではないか!?」と困惑するソウルズへジャックスが、からかいの目を向ける。
「なんでもありっつった以上、エロ禁止なんてのは、まかり通らねぇぜ」
「し、しかし、それは特別試合にも影響が出るのでは……!?」
「特別試合?」と聞き返す原田へはジャンギが答える。
「ソロ戦を勝ち抜いた優勝者には俺と戦うか、願い事を一つ言う権利が与えられるんだ」
一拍の間をおいて。
「えええええぇぇえええ!?じゃ、ジャンギさんと戦うのォ!?」
子供たちは大合唱。
反応を愉快そうに眺めて、ジャックスが頷いた。
「おうよ。町の英雄と戦えるんだぜ、栄誉なこったろ。さらにエロありときたら、勃起もんだろ!」
「ボッ……」と絶句してジョゼが羞恥に視線を逸らすのを横目に、水木は頬を膨らませる。
「ついてないもん、そんなの!」
「ついててもついてなくても、ほら、あんだろ?心の勃起がよ!」
最早何を言っているのか判らないジャックスなんぞ捨ておいて、原田はジャンギを気遣った。
「ジャンギさんも棄権したほうがいいんじゃありませんか……?」
その横ではソウルズも必死に「その通り、町の英雄が馬の骨に無体を働かれるなど以ての外だ!」と熱弁したのだが、ジャンギときたら軽くウィンクして二人の杞憂を吹き飛ばす。
「大丈夫、俺はそう簡単に捕まらないよ。片腕でも戦えるのは、以前証明しただろう?」
「で、でも重量系に押し潰されたら!」
原田の脳裏に浮かんだのは、小島に押し潰されたリントの姿だ。
エッチな真似をされても圧倒的な体重差の前に、リントは逃げ出せなかったじゃないか。
「リントくんか……彼は、まだまだ未熟だからね。相手の力量を読み間違えてしまう悪癖がある」
小さく呟いたかと思うと、ジャンギはクスリと笑って原田を見た。
「俺は違う。全員の実力を知っている。ソロ戦で勝ち抜ける強者であれば、なおさら記憶に残りやすい。だが……それでも俺の身を心配するんだったら、君が近接ソロで勝ち抜けばいいんじゃないか」
ソロ戦は近距離と遠距離とで二つのトーナメントに分けられる。
魔術使いは動きの素早い拳使いや短剣使いと当たったら、呪文が発動する前に倒されてしまう。
そうした不満を解消する為に、武器使いと魔術使いとで組み合わせそのものを分けた。
弓使いや鞭使いは武器使いに分類される。
脳筋ひしめくトーナメントで優勝しろと言われているのだ、ジャンギが心配ならば。
原田は、ごくりと唾を飲みこむ。
小島との手合わせは割合余裕だったが、明日の試合は何でもありの本気モードだ。
友人や同級生から殺意を向けられたとして、それでも戦える自信が自分にあるかどうかは非常に怪しい。
「しかし原田くん、君は俺を心配するより自分の試合を心配するべきじゃないのかな。覚醒ってのは具体的に、どうなれば成功なんだ?」
後半は神坐へ向けた質問で、神坐は「魂が輝くんだ」と抽象的な答えを返す。
「ぶっちゃけ見た目は変わらねぇ。けど、魔力が段違いに跳ね上がる。呪文を覚えていなくても使えるようになるんだ、魔法を」
「呪文を知らねぇのに唱えるって、どうやって?」と浮かんだジャックスの疑問にも「頭ん中で呪文が勝手に組み立てられるんだ」と神坐は答えて、全員の顔を見渡す。
「魔法生物が、どうやって魔法を使うか知っているか?あいつらは呪文なんか唱えねぇ。呪文を唱えるのは人間だけだ。頭ん中で呪文を形成して魔法を生み出す……本能で無意識に使えるんだよ、魔法を。それと同じだ、輝ける魂の使う魔法も」
「物知りなのねぇ」とファルが感心した声をあげて、神坐を見つめる。
「学者さんなの?神坐くんは」
「まぁ、そんなとこだ」と軽く追及を退けて、神坐は話を続けた。
「輝ける魂は五大元素や回復魔法、お前らがいうところの高位魔法も使えるだろうぜ。それだけじゃない、輝ける魂だけが使える魔法もあるんだ」
「それが怪物の浄化と人間の蘇生か」とジャンギが繋げて、難しい顔で腕を組む。
「図書館の文献には、そこまで詳しく書かれていなかったけど……君は、どこでその知識を得たんだ?」
神坐が何と答えるのか、注目するのはジャンギだけじゃない。
全員が固唾をのんで見守る中、神坐は、しばし迷った挙句に答えた。
「実は……俺は、アーシスの人間じゃない」
一秒、二秒、それ以上の長い空白が流れて――
「えっ、えええええぇぇえええ!?」と大人たちの口を驚愕が飛び出して、それと重なるように「うげぇぇぇええええっ!!」とガンツが吐き出したゲロの匂いで、ポカンと呆けていたうちの何人かが我に返る。
「ちょ、ちょっと待って!?アーシスじゃないんだったら、君は何処から来たの?ナーナンクインってトコ!?」
ファルの推理を「いや、あの町は砂漠の果てにあったんだ!おいそれと一人で来られるような距離じゃない!」とジャンギが即座に切り捨てて、神坐と真っ向から見つめあう。
「君は、何者なんだ?」
神坐も真っ向ジャンギを見つめて、堂々と答えた。
「死神だ」
再び大人の大合唱が響き渡り、しばらく輝ける魂どころではなくなった。


聞きたいことは山とある。
それでも、今は、それどころではない。
最たる危機、怪物化したアーステイラの存在がジャンギら大人を正気に戻させる。
「いやはや……怪物の王だけじゃなく、神様まで降臨なさるとはね。いよいよもって世紀末だ」とぼやくジャンギの肩を気安く叩き、神坐は彼を慰めた。
「一旦滅びかけた時点で充分世紀末だったろ。けど、その末期な世界が輝ける魂の存在如何じゃ変えられるかもしれねぇんだ。希望を持てって」
ともあれ、明日のソロ戦は殺意満々何でもありな実戦寄りルールに変更させられるだろう。
英雄の案ではサフィア達も無下にできまい。
ジャンギの発言は絶対の権限があるように、原田には感じられた。
現に、彼が要請したから合同会は開催が前倒しされたようなものだったし。
ソロ戦はチーム戦と異なり、誰かのフォローが期待できない。
一人で戦うしかない。そういう意味でも実戦寄りだ。
輝ける魂とはギリギリのピンチで覚醒するのだと神坐は言い、原田の肩をポンと叩く。
「いいか、戦うからには勝ちを目指せ。実力差がありすぎるからって簡単に負けを認めるんじゃねぇぞ。必ず勝て。俺との約束だ」
そっと耳元に口を寄せて、付け足した。
「……優勝出来たら、お前の願い事を一つ叶えてやるよ。俺に出来る範囲でなら、だが」
願い事。
好きになってほしいとか、キスしてほしいといったものでもオッケーなんだろうか。
自分で考えておいて、自身の考えに原田はボッと頬を赤らめた。
そこを、すかさずジャックスが煽ってくる。
「おっ、赤くなったりして原田と神坐はラブラブかぁ?」
「ち、違います!」と慌てて否定する側から「もう、結婚しちゃうといいんじゃないですか。お似合いですよ?多分」と全く会話に加わっていなかったはずのミストにまで煽られて、ますます原田の頬は熱くなる。
「待てよ、原田と結婚するのは俺と水木だ、神坐じゃねぇ!」と小島が混ぜっ返して、ジョゼも「ずるいわ、二人とも!私もカウントしてちょうだい」と騒ぎ出し、わぁわぁと誰が何を言っているんだか判らなくなるぐらい場が騒然とする中、ジャンギが原田に近寄ってきてコソッと囁いた。
「モテモテだね、原田くん。彼らの期待に添える為にも覚醒と優勝、頑張らないとね。俺も応援しているよ。そうだ、君が優勝したら一緒に砂風呂へ行こうか」
小声での内緒話だったのに、ばっちり聞き耳を立てていたかして、ソウルズには「待てィッ、ジャンギ!砂風呂は十八歳未満お断り施設だ!」と青筋立てて突っ込まれ、ガンツにも「ピッカリくんと行くんだったら俺も連れてけゲボァーッ!」とゲロまみれに迫られて、ますます混沌としていくチーム戦全勝祝いであった――
21/11/01 UP

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