絶対天使と死神の話

輝ける魂編 04.vs己龍組


昼飯を終えて準備運動する原田たちの元へ神坐がやってくる。
「よぉ、この試合で一日目のスケジュールは終了だな。頑張れよ」と応援されて、思わず満面の笑みになりながら「はい!」と原田は元気よく頷く。
「にしても最初に持ってくるたぁ思わなかったぜ、チーム戦をよ」
ぼそっと呟かれた神坐の独り言へはジョゼが突っ込む。
「ソロ戦やった後じゃ疲れちゃうからじゃないの?」
「チーム戦ってのは教官対決みたいなもんじゃないのかな」とはピコの推理で、教官席に腰かけた三人を遠目に見ながら持論を語る。
「考えてもごらんよ、代表五人が戦ったからってクラス全体の戦力が測れるわけじゃないだろ。チーム戦は自慢の生徒を戦わせたいっていう教官の欲望だよ」
結界で守られていても魔術使いの炎は熱かったし、斧使いの打撃は小島に痛みを与えた。
片手剣使いは盾と剣の両方を完璧に使いこなしていた。
あの五人は、今の時期におけるウィンフィルド組の最強生徒に違いない。
教官も人の子だ。熟練生徒を活躍させてやりたい親心ぐらいあるだろう。
ピコの推理は案外、アタリかもしれない。
「なら、サフィア教官の贔屓生徒って誰だったのかしらね」
ポツリとジョゼが呟き、四人は首を傾げる。
今期の合同会はジャンギのごり押しで、作為的に原田チームが代表になった。
もし輝ける魂の件がなかったら、誰が選ばれていたのだろう。
自分とこのクラスは八割が前衛部隊、誰を選んでも武器を振り回す姿しか想像できない。
それに、これまで眺めてみた限り、サフィアが誰か一人を特別依怙贔屓しているようには見えなかった。
「特にいないんじゃないかなぁ?皆のアイドル☆みたいな自己紹介していたし」
水木の意見に小島が眉根を寄せる。
「博愛主義者か。そういう感じにも見えねぇんだけど……」
「じゃあ、自分が好きなのかもしれないよ!」と叫んだピコにも「それは、お前だろ」と小島が突っ込んだところでステージ上から、お呼びがかかる。
五人五人の計十名がステージにあがって向かい合った。
「原田……正晃……ッ。この試合で貴様を倒し、英雄様に依怙贔屓の座を譲り渡してもらう」
黒装束を纏った短剣使いにギロリと睨みつけられて、原田は困惑する。
依怙贔屓を止めてほしいなら依怙贔屓している本人に言えばいいし、依怙贔屓されたい場合も然りだ。
こちとら好きで依怙贔屓されているわけではない。もちろん、されて嫌なわけでもないのだが。
「やめなさい、隼士。試合前に因縁をふっかけるものではないわ」
弓使いに私語を窘められて、短剣使いは憎悪を原田に向けたまま引き下がる。
「そうだ、私語は慎め」と審判も制し、少し離れてから試合開始の号令を告げる。
両チームが、ばっと間合いを外してフォーメーションで構えたのも一瞬で、すぐに拳使いが突っ込んでくる。
開始直後の先制には、ピコも原田も彼の姿を見失う。
「危ねぇ!」
意外にも拳使いの突撃を食い止めたのは小島で、さては開始前から拳使いを凝視していたものと思われる。
大剣のブン回しを横っ飛びでかわし、拳使いは地を蹴って再び間合いを詰めてこようとする。
しかし小島も然る者、ずっと拳使いの動きに狙いを定めていただけあって引き剥がされない。
「抜けさせるかぁ、コンニャロ!」とばかりに飛びついて、拳使いを全体重で押し潰した。
たまらないのは、小島に伸し掛かられた拳使いだ。
「ぐぇあっ」と潰れた悲鳴をあげる暇もあらば、「ちょ、やめろ、どこ触って、あぁんっ」と大騒ぎ。
どうやら小島の手が見えない部分でサワサワと悪さを働いており、拳使いは身をよじって「やめろってば、試合中だぞ!?」と逃げようとしているのだが、「あ、やぁっ、駄目ぇ」と出るのは悲鳴ばかりで逃げられそうにない。
「いいぞ、小島くん!そのまま終了まで拳使いを抑え込んでいてくれっ」
調子に乗って走り出したピコの前方を塞ぐのは、あちらの短剣使い、試合前に隼士と呼ばれていた黒装束だ。
「待て、ピコ!防衛で固める作戦は――」と叫びかけた原田は、咄嗟に身をよじって飛んできた矢をかわす。
誰が飛び込んできても、まずは小島が大剣で防御して、横合いから原田とピコで牽制して時間を稼ぐ。
そういう作戦だったはずなのに、小島が拳使いに釣られたせいでピコまで作戦をド忘れしてしまうとは。
おまけに矢がビュンビュン飛んできて、盾も大剣も持たない原田は手の打ちようがない。
たった一人しかいないくせに、矢をつがえるスピードが尋常ではない。
転げまわって逃げる原田は後方へ追いやられ、弓使いのターゲットが切り替わる。
「リントにエッチな真似しないで!」
ひゅんっと風切り飛んだ矢は違わず小島の尻にプスッと突き刺さり、「いでぇっ!?」と叫んだ弾みに拳使いが小島の下から転がり抜ける。
「畜生、脳筋のくせに素早いとか……実力を見誤っちまったぜ」
威勢よく吐き捨てたものの、目元に涙を浮かべているあたり、小島のセクハラ攻撃は確実に拳使いのメンタルに打撃を与えたようだ。
「ケツの穴に矢を突き刺すのだってエッチじゃん」と文句を言う小島なんぞには目もくれず、弓使いが後方に引き下がり、代わりに前へ出てきたのは大剣使いだ。
「――突き倒す!」
突っ込んできた大剣使いの一撃を、小島も大剣でガッチリ受け止める。
もう一人の前衛、ピコは向こうの短剣使いとの一騎討ち体勢に入っていた。
「チィッ。拙者の相手は貴様ではない、原田正晃を倒すのが拙者の役目なり!」
プップと吹き出される吹き矢をギリギリでかわしながら、ピコも短剣で切りつける。
「ははは、そう言われて僕が道を空けると思っているのかい?ハハハ、ハハハハ!」
「えぇい、ハハハハやかましいっ!」
ピコと隼士のスピード対決はピコがやや優勢なのか、飛び道具は一つも当たらずにいる。
しかしピコの短剣も当たらずにいるのだから、実質隼士に足止めされているようなものだ。
「隼士、今行く!」
走り出した拳使いは、背中を襲った一撃を「おっと!」と難なく躱して振り返る。
誰かと思えば、鞭使いか。
その程度のスピードで攻撃してくるとは、まさか、当てられるとでも思っていたのか?
ナメられた――そう考えた直後、カァッと拳使いの頭には血がのぼり、弓使いの「待って、リント!周りをよく見て、危ないッ」といった忠告も聞き流して、弾丸の如し勢いで原田の懐に突っ込んでいく。
同時に横合いから「ぬぅりゃああぁぁ!」「どりゃあぁぁぁ!」と重量級が二人ばかり突進してきて、リントは「ぎゃふぅっ!」と哀れに撥ね飛ばされた。
デカブツ二人が近づいてきているから誘い込んだのだが、ここまでうまくいくとも思っていなかった。
地に落ちたリントはピクピク痙攣しているし、近くでは大剣使いが鍔迫り合いしているから、しばらく動けまい。
原田は踵を返し、詠唱するジョゼと水木の防衛に回る。
「……よくも、リントをぉぉ!」
しばし沈黙していた弓使いが唐突に激高したかと思うや否や、ビュンビュンと矢を継ぎ目なく飛ばし始めた。
矢の雨と称してもいい猛攻撃は「だぁぁぁ!いでで、いででぇ」と騒ぐ小島は勿論のこと、「うおおぉぉ!?リ、リンナ待て、俺もいる、俺も!」と叫ぶ仲間の大剣使いにも見境なくブスブス刺さる勢いだ。
とても危なくて近づけたものではないが、わざわざ近づく必要もない。
ひゅるるる〜っと緩やかな弾道を描いて原田の頭上を飛び越えていった赤い炎は、迷わず向こうの回復使いの頭上にポトンと降り注ぎ「あっちゃっちゃあ!?」との悲鳴でリンナが我に返る。
ジョゼが誰に狙いを定めていたのかは原田にも不明だったが、回復使いを潰しておくのはチーム戦の基本だ。
これだけ大混戦になっていても冷静に基本を守っていたとは、ここ一番で頼りになるメンバーと言えよう。
回復使いがやられて、短剣使いにも動揺が走る。
「コーメイ!?しまった、回復を狙ってくるとは何と忠実な術使いよ!」
原田は大剣使いの背後を駆け抜けて、「いだだ!」「ぐわぁ!」と結界中に響き渡る悲惨な二重奏には目を瞑り、ピコと合流した後は二人がかりで短剣使いに襲い掛かる。
ただでさえ「ハハハ、ハハハハ!」と無意味なサワヤカスマイルを浮かべて避けまくるピコに神経を苛つかされていたところに、鞭の加勢である。
おまけに原田への個人的嫉妬も重なっては、隼士が普段通りの実力を発揮できなくなったとしても仕方ない。
「ハハハハハハ!」と笑いながら斬りつけてくるピコのナイフを避けた先で鞭にしばかれて苦悶の悲鳴を上げたって、向こうの回復役は気絶した後だ。
何処か場違いに響くプァ〜プゥ〜という笛の音色が、矢の雨で血まみれになった小島に活力を与えてくる。
拳使いは先ほどの重量系体当たりで完全ノックダウンしたのか、起き上がる気配がない。
その側では弓使いがベソベソ泣いており、血まみれな大剣使いがグチグチ文句を言っても聞く耳持たずだ。
向こうの大剣使いが「降参する」と審判に告げるのを聞きながら、またしても作戦通りいかなかった試合に原田は小さく溜息をついた。


試合が終われば、その場で解散。
弁当やシートを片付けて見物客や生徒が帰り支度を始める中、水木がポソッと呟く。
「己龍組チームの司令塔は拳使いだと読んでいたけど、もしかして弓使いだったのかなぁ?」
「つーか間近で見たらカワイイ顔してやがんのな、あの拳使い」と、斜め上な発言をかましたのは小島だ。
カワイイ?彼の容姿を脳裏に思い浮かべて、原田は首を傾げる。
拳使い、リントと呼ばれていた少年は三白眼の釣り目に金髪の逆毛。
生意気そうな顔立ちで、お世辞にもカワイイ系ではない。
弓使いのリンナは金髪を一房にまとめたロングヘアで、横長釣り目のシャープな顔立ちだった。
リントがやられた際、リンナは滅茶苦茶キレていたから、二人は恋人なのかもしれない。
「尻はスベスベしてたしイイ匂いもしたし、あいつホントは女なんじゃね?」
小島の戯言に「馬鹿言うな!!」と突っ込んだのは、原田たちではない。
眉間にめいっぱいの縦皺を寄せて最大にキレまくったリントを先頭に、先ほど戦ったメンバーがずらり勢揃いしている。
「俺は、男だ!」
誰がどう見ても胸はすとーんとしているし、男にしか見えないから安心して欲しい。
「なんか、ごめんね?小島くんがエッチな真似しちゃって」
謝る水木はスルーされ、リントが小島に詰め寄った。
「俺を押し潰したまでは判る、判るが、その後の行為、乳首は摘むわ、尻は揉むわ、変なトコまで触ってくるわ……何だ、あのセクハラ三昧!試合を何だと思ってやがるんだ!?」
「えー。だって、お前ってば俺好みの顔でカワイイし、べったり密着して柔らかかったら揉みたくなるし、揉みたくなったら揉んで当然だろ?」
「んなドヤ顔で当たり前みたいに言うな!フツーは密着しても揉みたいとか思わねーよ、試合中に!」
真面目なリントには、一生理解できまい。
小島が普段、どんな思考回路でいるのかなんてことは。
長年幼馴染な原田にだって時折予想もつかない行動に出る奴なのだ、こいつは。
「リントに恥をかかせた罪……一生許さない。来年の試合では死を覚悟することね」等と物騒な殺人予告をかましてきたのは弓使いだ。
「まて、試合で殺意を持ったら即敗北になる。正々堂々と戦ってこそのリベンジではないのか」
試合が終わった後では大剣使いのほうが冷静だ。
結局、向こうのチームは誰が司令塔だったのだろう。誰でもいいか。
「それより、リントとリンナって名前似てるね!兄妹?」
殺気漲る場を解そうというつもりか全然関係ない質問を水木がして、それに答えたのは回復使いだ。
「ご名答。双子の姉弟だよ。リントが弟なんだけど、過保護なお姉ちゃんでねぇ」
「だ、だって!仕方ないじゃない、リントが可愛すぎるんですもの……」
唐突なデレで原田チームの面々が目を丸くする中、リンナは改めて小島へ宣戦布告する。
「来年の合同会は易々と勝てると思わない事ね。必ず貴方を地に這いつくばらせてみせるわ」
「易々とじゃなかったぜ?」と小島は言い返し、腕を擦る。
試合中は腕だけと言わず背中や尻、両足にもブスブス矢が刺さりまくって大変な目に遭った。
結界がなかったら、水木の回復も間に合わないまま息の根を止められていた処だ。
「お前の弓矢、めちゃくちゃ凄かったし。あんなの躱せる奴、どのクラス探してもいないんじゃないか」
「……っ!」
思わぬ相手からの誉め言葉にリンナは一瞬言葉を失い、やがて明後日の方向へ視線を逃がす。
「そ、そんなの腕を磨いたんだから当然だし、リント以外に褒められても全然嬉しくないんだからねっ!」
言葉こそツンケンしていても頬が真っ赤に染まっていて、テレているのは一目瞭然。
いつもはクールで美人なのに、テレるとカワイイ上、過保護だなんて最高の姉ではないか。
原田は、ちょっぴりリントが羨ましくなった。
ふと、強い視線に気づいて、そちらを見やると黒装束の少年がギラギラした目つきで睨みつけてくる。
こいつは試合前にも因縁をつけてきたし、試合で負けたからといって嫉妬が収まるでもなし。
「原田……正晃っ……これでまた英雄様に褒めてもらえるのだろうが、貴様が勝ったのはチームの総合結果であって個人の成果ではないと知れ!」
そんなことは彼に言われるまでもなく判っている。
この試合も、結果的に勝てただけで作戦司令塔としては失敗だった。
作戦と違う行動を起こされた場合の対処法を瞬時に立てられる、そんな司令塔になりたい。
「エェェ、悔しい!羨ましい!!拙者も英雄様に慰められたぁぁい!」
嫉妬に狂う隼士の肩をポムポムと叩いてくる手があり「ぬぅ、拙者に気安く触れてくるのは何者ぞっ!?」と振り返った彼の目が捕らえたのは、彼がこの世で一番尊敬する英雄様当人、ジャンギであった。
「皆、お疲れ様。白熱の勝負だったね」
「ジャンギさん!」
子供たちは、わっと彼を囲んで口々に騒ぎ立てた。
「俺、全然かっこいいとこ見せらんなくて……恥ずかしいですっ」と甘えたいアピール満載なリントはジャンギに頭を撫でられて、ほわっと頬を赤らめる。
「後半戦は君らしくなく冷静さを欠いていたようだったね。来年は仲間の注意にも耳を傾けて、チームワークを忘れないように」
リントが馬鹿正直に突っ込んでしまったのは、原田を雑魚と見下していたせいだ。
どんな時でも、どんな相手でも、冷静にならなくては負けてしまう。
自分も作戦が崩れたせいで焦ってしまったが、冷静になれば対処策が思いつけたはずだ。
原田は脳内で自らを諫めつつ、ジャンギに「隼士くんも後半戦はキレがなかったね。二人がかりで焦ってしまったのかい?でも落ち着いて軌道を見ていれば、君なら躱せたはずだよ」と慰められて、歓喜に涙ぐむ隼士を眺める。
ジャンギは己龍組の相手で忙しく、こちらに話を振ってきそうにない。
「原田くん、小島くん、そろそろ帰ろ?」
水木もそう思ったのか、帰りを誘ってきた。
歩き出した三人を呼び止めたのは、ジャンギではなく神坐であった。
傍らにはピコとジョゼもおり、二人も神坐に呼び止められたようだ。
「よぉ、このまま帰っちまうのは味気ないだろ。チーム戦で全勝利したお祝いだ、俺がお前らに飯を奢ってやるよ。景気よくカンパイして、明日からのソロ戦に繋げようぜ」
思ってもみなかった報酬に「神坐が奢ってくれるのか!?やったー!俺、何食おっかなぁ〜?」「なんでもいいの?だったら、思いっきり食べちゃうからね!!」と大喜びする小島や水木の横をすり抜けて、神坐がコソッと原田に耳打ちする。
「輝ける魂、チーム戦じゃ覚醒できなかったな。それの対策についても話し合っておこうぜ」
そうだ。
すっかり忘れていた。
合同会が終わるまでに、覚醒しないといけないのだった。
だが、どうやって、何をきっかけに、どうなれば覚醒したことになるのか。
原田は一人だけ沈んだ表情で、ウキウキ歩いていく仲間の後に続いた。
21/10/22 UP

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