絶対天使と死神の話

輝ける魂編 03.昼休みの作戦タイム


合同会の試合は結界を張ったステージで行われる。
結界内での攻撃は全て威力が半減され、致命傷を与えられないように調整される。
なお明確な悪意、心臓や急所を狙った攻撃は殺意ありと捉えられて即失格になる。
――というのが、試合前に聞かされたルールであった。
「半減されているはずなのに、盾が持てなくなった……あいつの鞭、とんでもねぇ威力だ」
ぼやいているのはウィンフィルド組チームの片手剣使いで、名をワーグという。
肘に鞭を受けた直後、びりびりと痺れて盾を構えられなくなった。
治療を受けた今は元に戻ったが、もし結界で守られていなかったらと考えると、ぞっとする。
「半減されていたとはいえ、私達の魔法だって気絶するぐらいの威力はあったはずよ。二発とも直撃だったし。なんなの、あのデカブツ。気絶しないばかりか反撃までしてきたわ」
魔術使いの一人、レーチェがぷぅっと頬を膨らませてスネる横では、同じく魔術使いのフォースが肩をすくめる真似をした。
「神経が通ってないか、よっぽど痛みに鈍いんじゃないの?或いは魔法が効かない体質だったりしてね」
「そんなわけないでしょ」と即座に回復使いソマリが突っ込んで、遠目に弁当を広げる原田チームを見やる。
「試合後には痛い熱いと喚いていたわよ。でも脳筋に見えて、咄嗟の知恵も回る。加えて、あの耐久力……油断ならない相手ね」
「あれと三年間戦うってか。上等だぜ!」
意気揚々バシッと両手を組み合わせたのは、試合で小島と競り合っていた斧使い、グラントだ。
思いっきり斧を叩きつけたのに小島の戦意は衰えず、タックルで押し出された時には心底驚いた。
斧の打撃は大剣に勝るとも劣らない。
もし自分が同じ攻撃を直撃で食らったら、肘をつくほどの痛さだと予想される。
「大剣使いはタフなだけだろ。それより要注意は、あの鞭使いだ。あいつ、ピンポイントで俺の肘を狙ってきたんだぞ」とワーグは唾を飛ばして熱弁する。
「そうね。あの精密度には恐れ入ったわ」とソマリも同意し、弁当のおにぎりにかぶりつく。
「拾い子ですってね。それと何か関係があるのかしら」
「関係ねーだろ。あいつの鞭は、あいつの努力の賜物ってだけで」
やがて話題は興味本位の野次馬に移っていき、ワイワイ騒ぎながら弁当を食べるウィンフィルド組チームを見守るのは、午後にも試合を控える己龍組チームの面々だ。
「どう分析する?隼士」
拳使いに尋ねられて、短剣使いが深々と頷いた。
「原田正晃は、聞くところによると英雄ジャンギ様が熱烈依怙贔屓しているという……ぐぅっ!悔しい!羨ましいッ!拙者も英雄様に超絶依怙贔屓されてナデナデされたい!」
思わず感情が昂るのを「個人的嫉妬は、どうでもいいから。冷静な分析を頼むわ」と弓使いに軌道修正されて、ゴホンと咳払い一つで気分を変えた後に隼士は言い直した。
「ウム。英雄様の熱い手ほどきを受けて、熟練に達した恐れがある。動き回る敵の一部分を正確無比に打ち抜いた鞭の腕前、侮ってはならぬ」
「幸い、向こうの短剣使いには此方ほど攻撃力はないようだね」と笑った回復使いが、隼士を一瞥してから大剣使いへと視線を移す。
「隼士と君とで瞬殺しておくか、それとも無視して大剣使い一人に攻撃を絞るか。どうする?」
大剣使いは、じっとピコへ視線を注いでいたが、ややあって首を真横に振った。
「いや……回避力は並々ならないものがあった。瞬殺は難しかろう。それよりも俺は、実力が測れなかった魔術使いが気になる」
「前衛を崩さなきゃ後衛には辿りつかんぜ」と拳使いが混ぜっ返してきて、二人を見渡した。
「素早さには素早さをあてる。短剣使いは俺に任せておけ。隼士が封じるのは鞭使いの原田だ。リンナは大剣使いを牽制しろ。前衛さえ崩れりゃ残り二人の瞬殺は簡単だろ?謙吾」
謙吾と呼ばれた大剣使いは重々しく頷き、回復使いへ話しかける。
「向こうの司令塔は鞭使いかもしれん。万が一踏み込まれた場合を考えて、コーメイは回復の用意を頼む」
「どうして鞭使いが司令塔だと?いっちゃなんだけど全員バラバラだったよね、動き」と首を傾げるコーメイには、弓使いのリンナが答える。
「全員バラバラ?そうかしら。短剣使いと鞭使いは片手剣使いを狙っていた。彼が司令塔だと見抜いたからよ」
突然の奇声や回転移動はリンナにも意味不明だったが、牽制だと考えれば納得のいく範囲だ。
短剣使いの奇行に注目させておいて、鞭使いが背後から奇襲する。
見事な連携プレイと言えよう。
「短剣使いの動きが変わったのは鞭使いの指示を受けたから……ではないかしら?」
「或いは後衛の指示かもしれんぜ。あの魔術使いは、まだ手の内を見せちゃいないんだ」
拳使いが茶化し、弁当の包みを開ける。
がぶりとパンを頬張った彼に、謙吾が見解を尋ねた。
「リント、お前はどう見る……?向こうの回復使いを。媒体は笛のようだが」
「回復使い?まぁ、そこそこ覚えているんじゃないか?だが、回復する暇もないスピードで仕留めてみせるさ」
まるで興味ない口ぶりでリントは答えて、散らばったパンくずを払い落す。
「チーム構成はオーソドックスだが、個人単位での身体能力で見るなら短剣使いと大剣使いが要注意だ。鞭使いの注目点は正確な命中度ぐらいで、動きはさほど早くない。隼士一人で充分だろ。ま、ヤバイようならリンナ、お前も牽制に回ってやれ」
あれやこれやと推測しながら、己龍組チームは弁当を食べて午後の試合に備えた。
原田チームも然り、保護者を交えての弁当シェア大会は雑談と推測で大いに盛り上がっている。
「いやぁ、しかしピコくんのお母様が、これほどの美人さんだとは……ささ、もう一杯どうぞ」
先ほどから水木の父が強引な勢いでピコの母に酒を飲ませまくっているのだが、止める者は一人もいない。
小島の母は自由奔放な計五人の息子を抑えるので手一杯だし、ジョゼの両親はハナから我が子以外は目に入っちゃいないし、子供たちは次の試合の作戦立てに熱中していたからだ。
「スピード信条のチームか。やりにくいよね」と難色を示したのはピコだ。
「僕もスピードを信条としているんだけど、拳使いを見失ってしまったよ」
「けど魔術使いがいないから、さっきの試合よりは楽じゃねーか?」
至って気楽に小島は言い放ち、お腹を撫でる。
「さっきの魔法はヤバかったもんなぁ。二発も当てやがって」
「お前に突進されたら、向こうが攻撃集中してくるのは当然だ」
すかさず突っ込んで、原田は小島の皿に唐揚げを積み上げた。
良い具合に出来たから、是非とも彼に食べてもらいたい。
「短剣使いと弓使いがペアで動いているっぽいよね。司令塔は拳使い?」
水木の推測に、ジョゼが頷く。
「大剣使いを防御に回して、拳と短剣が攻撃、弓は牽制役なんだと思うわ」
「じゃあ、弓と大剣は無視して真っ先に潰すべきは拳使いか!」
小島の結論に水を差したのは原田だ。
「……拳使いを潰すのに異論はない。しかし弓使いを無視するのは危険だ」
「そうだね。弓使いは正確な狙いをウリとするって言うじゃないか。足を撃たれたら動けなくなってしまうよ」と呟き、ピコはブルリと体を震わせる。
向こうは大剣以外、全員スピードで翻弄してガンガン攻撃に出るタイプだ。
こちらはピコ以外、あまり素早くない。
突っ込むよりも防衛で確実に潰していったほうが良くないか。
「小島くんは今度こそガードに回ってよね。一人でも欠けたら、即負けちゃうんだから」
頬を膨らませた水木に厳重注意を受けて、小島もへの字口で応戦する。
「いいけど、守りに回って勝てる相手なのかよ?」
「向こうの短剣使いと拳使いは手数で攻めるタイプには見えないから多分、懐に飛び込んで一撃必殺で仕留めるタイプだと思う……だから懐には飛び込ませず、牽制で時間を稼いで魔法で仕留めよう」
拳使いの間合いは最短距離、懐に飛び込まれたら、こちらの負けは確実だ。
ピコだけは当たらないかもしれないが、向こうにも当たらないんじゃ勝ち目はない。
その点、魔法は便利だ。
発動するまでに時間はかかるものの、狙いは絶対に外れない。
原田の作戦を聞いて、ジョゼが勢いよく頷く。
「任せて、範囲で二人まとめて燃やしてやるわ」
「どうやら作戦は、まとまったようだね」とジョゼの父が声をかけてきて、弁当箱を差し出してきた。
「では、後半戦に備えて体力を蓄えておきなさい。皆さんも、どうぞ」
下男下女をこき使って作ったのか、アイムハイゼン家の弁当は豪華絢爛三段重箱だ。
色とりどりの見栄えヨシなおかずには、ピコも水木も釘付けだ。
だが、一番喜ぶかと思った小島は原田作唐揚げをモリモリ食して「あ、俺は原田の作った弁当があるから遠慮しとく」等と謙虚な発言をかまして、皆を驚かせた。
「えぇぇ?小島くん、小島くんの好きなローストビーフも入っているのに、いらないのォ!?」
水木が素っ頓狂に騒ぐ横では「あぁ、でも原田くんの作ったお弁当も美味しそうだからね、分かるよ。独り占めにしたい気持ち」とピコが小島のフォローに入り、ジョゼも横目で原田の弁当をチラ見してみれば、豪華とは言い難くも卵焼きに唐揚げウィンナーと素朴に手堅い内容で、一口食べてみたくもある。
見られていると気づいた小島は弁当箱をジョゼに差し出して、にっかと笑った。
「いいだろ〜。……あげねーぞ」
かと思えば、さっと両手で隠して抱え込む。
「え!てっきりジョゼちゃんにも分けてあげるのかと思ったよ!?」
水木の驚きは当然の反応だが、小島はベェッと舌を出して「こいつは俺んだ!原田が俺の為に作ったんだからな」と譲らない。
正確には昨日の夜に詰めた、作り置きの弁当だ。
作った本人は卵焼きを少々食べた後、ポケットから取り出した飴を舐めている。
「べ、別に欲しいとは言ってないでしょ!それよりも原田くんは、いいの?ちょっとしか食べていないじゃない」
ジョゼに尋ねられても原田は「あまり食べられないんだ」と小さく呟き、飴に没頭した。
甘酸っぱい味が口の中に広がる。
店売りの飴は、どれも甘くて辟易するけれど、これは素直に美味しい。
それとも美味しく感じるのは、くれた相手が神坐だからだろうか?
弁当を広げる前、原田は神坐を探したのだが、彼の姿は何処にも見あたらなかった。
きっと、教官は教官で集まって昼飯を食べているのだろう。
そう自分を納得させて、皆と昼を囲んだ。
それでも、ひょっこり神坐が顔を見せてくれないかと密かに期待しながら。

原田が探しても見つからなかったのは当然で、死神たちは結界を張った上で作戦会議を行っていた。
「この合同会で輝ける魂が覚醒すると思うか?」と切り出したのは風で、神坐と大五郎は考え込む。
「本来は戦闘依頼で覚醒するんだろ?模擬戦闘じゃ緊迫感が足りねぇぜ」
神坐の意見に大五郎も頷いた。
「魔術使いが、あっさり小島にやられちまうとはな。計算違いだったわい」
魔術使いを原田に当てることで、アーステイラ対策を学ばせる。
そういった話は教官会議でも出ていたはずだ。
「まぁ、しかし逆に言やぁ、小島が魔術を身体で受け止められるってことだよな?」との神坐の楽観的発言には「アーステイラ戦でやれば確実に死ぬぞ」と風がばっさり切り捨てて、大五郎にも意見を求める。
「魔術対策は結界で充分じゃろ。結界を張るの自体はチビッコがやらずとも、この大会で結界を張っている担当に頼めばいい」と歯切れ悪く言った後、大五郎は腕を組む。
「模擬戦闘が生ぬるいっちゅうのは俺も同感だ。輝ける魂ってのは生死の狭間で覚醒するんじゃないか?チーム戦は流してソロ戦に期待するしかあるまいよ」
「ソロもなぁ〜。結局模擬じゃねぇか」
まだ神坐は半信半疑、風はじっと原田たちを見据えて呟いた。
「……いざとなったら、我々の飛び入り参加も考えねばなるまい」
これには「飛び入り参加ァ?俺達が?」と神坐も目を丸くしたが、大五郎は平然と受け入れる。
「アーステイラが、いつ攻めてくるか判らん以上、覚醒は早めに済ませたほうがいいに決まっとる。結界があるし大鎌抜きでやりゃあ何とかなろうぞ」
「あの結界、どこまで有効なんだよ。俺ァ、手加減なんか出来ねーぜ」
ぶぅたれる神坐の頭を撫でて、大五郎がニヤついた。
「相手は原田だぞ、本気で戦わなければいいだけのこった。いつもの魔力温存戦法なら、簡単じゃろ?」
死神は手加減できない――というのは、大鎌で戦った場合の話だ。
魔力を封じた上でスクール常備の慣れない武器でなら案外、いけるんじゃあるまいか。
もしかしたら彼らに訓練をつけてやれるかもしれない可能性に、大五郎はワクワクと胸を高鳴らせた。

昼飯タイムは教官や大会役員も休憩中、ウィンフィルドの誘いを振り切ったジャンギは友人と弁当を囲む。
「サフィアに己龍、ウィンフィルドやエリオットまで教官になったのかよ。最悪の顔ぶれだな!こりゃあ災難だったな、ジャンギよぉ……」
憐みの目で見つめられて、ジャンギは膨れっ面で返す。
「そう思うならジャックス、君も教官になればよかったんだ。なんで勧誘を蹴ったんだ?」
「あー。だって、どう考えても薄給重労働じゃねーか。実家の店を放り出すわけにもいかなかったし」
薄給で重労働なのは、さして問題ではない。
スクール教官は未来の希望を育てる、この町で最も重要な仕事だ。
自由騎士引退後、ジャックスは実家の金物屋を継ぎ、ガンツは飯屋を開いた。
ジャンギの横で黙々とサンドパンを食べているソウルズも、引退後は警備隊の隊長に収まった。
ジャンギの友人、過去一緒にチームを組んでいた五人は、さっさと第二の職を見つけるか、或いは現役時代に集めた財で悠々自適生活を送っている。
ジャンギは悠々自適のパターンだったが、誰もやらないというので引き受けたクチだ。
「いいじゃない。他が最悪無能でもジャンギくんがいるんだから、今の生徒は大当たりよぉ」
斜め向かいに座ったファルが微笑み、お茶を飲み干す。
「そうですね。しかし、サフィアですか。あの脳筋バカ女に教官勧誘がいくなんて、よっぽどの事態ですね。そこまで無職の引退騎士も数が少なくなっていたんですか」
ぼりぼり漬物を頬張って、ミストも相槌を打った。
「つーか、よ。最近は引退年数、やたら早くね?」
おにぎりを一口で飲み込んで、ガンツが突っ込む。
「このままじゃ需要が供給を上回りすぎて崩壊しちまうぜ、経済」
「そうならない為にも、見習いの今を見せることで皆の目を覚まさせたいんだがね」
指についた米粒を舐めとり、ジャンギは深い溜息をつく。
毎年、教官勧誘は町長が率先して行っている。
なのにジャンギの同期で勧誘されたのは、ジャックスだけだ。
他にも引退騎士はいただろうに、よりによって性格に難がありすぎる周期の連中を大量採用している。
一体どういう人選なのか。解せない。
目を覚まして欲しいのは早期で引退を決め込む自由騎士だけではなく、町長もだ。
今期は教官選びがデタラメだったせいで、各クラスに酷い成長差がついてしまっている。
チーム戦を一通り観戦した町長が、それに気づいてくれるといいのだが……
まぁ、無理か。
サフィアにお酌をさせている町長を遠目に見やり、ジャンギは諦めの溜息を吐き出した。
21/10/16 UP

Back←◆→Next
▲Top