絶対天使と死神の話

輝ける魂編 02.vsウィンフィルド組


第二試合が始まるまでの間。
『第一試合は己龍チームの勝利となりました。術使い不在ではバランスが悪いのではと心配されていましたが、杞憂でしたね』
そんな心配いつ誰がしていたんだと突っ込みたくなる雑談を実況役のファンフェンが振って、解説役のリンチャックが応じる。
『バランスが悪いと言われたら、ウィンフィルドチームのほうが悪いのではありませんか?術が三人もいては、前衛二人で守り切れません』
意外や解説が板についていて、原田は驚かされる。
モデルとして通っていた頃は、売れない絵描きにしか見えなかったのに。
『さて、スピードプレイに敗北を喫したウィンフィルドチームは第二試合でサフィアチームと戦うわけですが、リンチャックさんの予想では、どちらに軍配が上がると思います?』
『そりゃあ、勿論、サフィアチームですよ!』
前のめりで瞳を輝かせるリンチャックには、ファンフェンも押され気味に尋ね返す。
『ど、どうしてでしょう?』
『今期唯一の鞭使い、原田正晃くんが代表に選ばれているからです!』
知り合いの贔屓目なのかもしれないが、戦う原田を見たこともなかろうに、えらい信頼感だ。
『原田正晃……その名前には聞き覚えがあります。確か、十七年前に外の世界で拾われた子では?』
どよっと大きく校庭全体がざわめき、衝撃は生徒全体にも広まってゆく。
ざわめきと視線が自分に一点集中している気がして、原田は落ち着かなくなってきた。
試合前だというのに余計な情報をばらまいてくれるものだ、実況役も。
観客席では「オイオイ、それしゃべっちゃうのかよ、ここで」と呆れるガンツの横で、ジャンギも頭を抱える。
この町の大人が子供だった頃、拾い子は町の一大ニュースで、今でも多くの者が覚えている。
だが、特別扱いしないで欲しいという道恵の遺言により、その情報は長らく非公開になっていた。
だから、今の子供たちは全く知らないはずだ。
昔、外の世界で拾われた子がいたなんてことは。
『原田くんが拾い子だったのは、大した問題ではありません』
リンチャックは重大部分を、あっさり流して、遠くを眺める目つきで語りだす。
『現代の妖精、可憐な彼が繰り出す鞭技の数々……あぁ、早く見てみたい。幻想の世界へ私を誘ってほしい!』
信頼感というよりは、欲望百パーセントで応援しているようだ。
『か、可憐……なるほど、鞭は流れるような連続技がウリだと聞きますもんね』
リンチャックのノリについていけず、ファンフェンが置いてけぼりな独り言を漏らしている間に、休憩時間は終わりを告げる。
「第二試合、チーム代表はステージへ!」と審判に急かされて、両チームメンバーがステージにあがった。
「どいつが原田だ?」と斧を担いだ男子に睨まれて、水木がビクつく横では小島が剣呑な視線で返す。
「さぁな。当ててみろよ」
「そいつだろ」と片手剣使いに剣の刃先で示されて、原田も黙って睨み返した。
思わぬ形で注目を浴びてしまったが、試合で無様を晒すわけにはいかない。
出るからには勝つ。ぶっつけ本番でもだ。
「あぁ、そうか。鞭は一人だけだもんな。それにしても、可憐?目つきの悪いハゲの何処が」と言いかける斧使いの挑発を「私語は慎め!」と審判が諫めて、きちんと整列した後は開始の号令がかかる。
直後、斧使いが「おりゃああぁぁ!」と気勢を発して斧をブンブン振り回し始めるもんだから、水木やピコはビビりまくりだ。
完全に呑まれている二人へ原田は、そっと声をかけた。
「水木、ピコ、相手の挑発は無視しろ。奴の相手は小島に任せるんだ」
ごくりと唾を飲み込んで、自分を何とか落ち着かせた水木は「う、うん」と頷いて、笛を口に当てる。
青ざめていたピコも同じ真似をして落ち着こうとしたのだが、真横に立つ小島が「負けるかよ!うりゃあぁぁ!」と叫んで大剣を片手で振り回し始めたせいで、落ち着くタイミングを逃してしまった。
『おーっと、これは両者、ともに前衛が武器ブン回しィ!一体何の意味があるんでしょうか!?』
何の意味って、斧使いのブン回しは威嚇、小島のは対抗心に他ならない。
「面白れぇ!勝負だ、でかいの!!」と叫ぶや否や斧使いは走り出し、つられて小島も「上等だ!ぶっ潰してやるぜ!!」と前に出る。
「ちょ、ちょっと!?小島くん防御は、小島くーんっ!」と、ピコが止めて止まるものでもない。
力自慢同士はステージ中央でぶつかり合い、ギリギリと押し合いの始まりだ。
その横を走り抜けてきたのは片手剣使いで、狙うは原田ただ一人。
横からの斬撃をギリギリでかわすと、原田は低い位置を狙って鞭を繰り出した。
鞭は狙い違わず「うおっ!?」と片手剣使いの足を打ち払い、体勢の崩れたところにピコの投げつけたナイフが刺さるかという直前、盾で弾かれる。
「当たるかよ!」
早くも立ち直った片手剣使いは盾を深く構え、今度は突っ込んでこない。
この間も、後方ではジョゼが呪文を唱えているはずだ。
こちらは術が発動するまで時間稼ぎすればいい。
無理に突撃する必要はない――はずなのだが、「どりゃあ!」と斧を退けた小島が更に前進する。
「一人で突出するな、戻れ、小島!」と原田も指示を出すが、小島の耳には入っているのかいないのか、言う事を聞く兆しが全く見えず。
「防御してたんじゃ、術二連発がきちまうだろ!」
否、分かっていての突進だった。
だが詠唱に夢中な二人の術使いは小島の剣に跳ね飛ばされることなく、手前の盾に守られた。
防御に回った片手剣使いと睨みあう小島を追いかけ、斧使いが「こんにゃろう、これしきで負かしたと思うんじゃねぇぜ!」と背後に迫りくる。
「危ない、小島くんっ!」とピコも飛び出して斧使いの背中へ飛びナイフを投げつけるが、そいつはデカブツ二人の間をすり抜けた片手剣使いが盾で受け止めた。
小島は斧使いに行く手を阻まれ、これ以上の前進も後退も出来ずにいる。
盾を完璧に使いこなしている片手剣使いを真っ先に倒さなければ、スピード勝負できないチームは攻めるも守るも容易じゃない。
術二連発がきたら、小島の言う通り、こちらの被害は甚大だ。
さりとて攻防完璧な片手剣使いを倒すには、どうすればいいのか。
盾を構える腕を狙うしかない。
「ピコ、やるぞ!目標は左の曲がりだッ」
正しくは、片手剣使いの左腕関節部分を狙う。
左の曲がりだけでピコに通じるかは怪しいものがあったのだが、あまり詳しく言い過ぎると相手にまで伝わってしまう。
「左の……曲がり……曲がり!判ったよ、原田くんっ」
ピコはキラーンと瞳を輝かせると、おもむろに一本足で立ってナイフを頭上に掲げる。
何をするのかと身構える片手剣使いの前で奇声を放った。
「キエエェーーーーッイ!」
一本足でクルクル高速回転しながら、大きく左回りに突っ込んでゆく。
どうやら原田の指示は、全くピコに通じなかったようだ。
味方も困惑しきりな珍行動を、相手は挑発と受け取ったのか「こいつ……ナメてんのか!?」と切り捨てにかかる。
「キェイ!」「キェイ!」「キェェイッ!」と叫びながら、繰り出される斬撃を紙一重で避けるピコに、会場は大沸きに沸き立った。
『すごい!これは、すごい!サフィアチームの短剣使い、完璧に斬撃を見切っているゥ!!』
見切っているのか何なのか、あれはいつものヤケクソパワーじゃないのか。
ともあれ、こちらもピコの奇行に見とれている場合ではない。
ピコを斬り伏せようと必死な片手剣使いの左腕関節を狙って、原田は背後から勢いよく鞭を打ち込んだ。
死角での不意討ちとあっては、さしもの片手剣使いも「ぐわっ!」と叫んで盾を取り落とし、左腕を抑える。
続いて小島のフォローに回ろうと原田は彼の背中を捉えるが、走り出す前に向こうの術が完成した。
ボン、ボボン!と派手な爆発音が間近で鳴り響き、小島の動きが止まる。
『おーっと、ここでメルトン二連発が大剣使いに、ちょーくーげーきー!』
「小島!?」
直撃とあっちゃ、いくら小島が体力自慢でも無事じゃあるまい。
だが、小島がピクリとも動かなかったのは、秒にして五か六ぐらいの短い一時であった。
「い……痛く、ねぇーーーーーーー!
勢いよくブン回された大剣が向こうの術使い二人と回復使いをまとめて薙ぎ倒すのを、原田は遠目に見た。
「てめぇ、バケモンか!」と斧で斬りかかった斧使いまでもが、小島のタックルを受けて場外に押し出されるのも。
いやはや、幼馴染の自分が言うのもなんだが、あれはバケモノだ。
この勝負、ほとんど小島のスタンドプレイで決着がついたようなもんだ。
あれだけ特別扱いで注目を浴びた原田の活躍など、ないに等しい。
審判に「降参だ、降参」と片手剣使いが降伏宣言するのを聞き流しながら、茫然と佇む原田であった……


「すごいよ、小島くん!強かったね!!」と興奮した水木に褒め称えられる小島は今、「いでぇーあちぃーヒリヒリするぅー」と泣きべそをかいており、舞台で奮迅していた奴と同一とは思えない。
炎の呪文を二発土手っ腹に直撃させられた上で斧の斬撃を受けたのにタックルで押し返すんだから、こいつの体力と根性は底知れない。
「ピコくんも!あのスピードだったら己龍チームの拳使いにも追いつけるんじゃない!?」
水木の大絶賛に、ピコは前髪をかき上げて微笑んだ。
「うん、途中から記憶が曖昧なんだけど、皆、無事でよかったよ」
奇声を上げている間、意識が何処かへ飛んでいたらしい。
なら、戦闘中は常に意識を飛ばしていたほうが強いのではあるまいか。
「無事じゃないぜ……あちぃーいてぇー」
一人ボロボロな小島は救護士の手当てを受けている。
「まったく、一人で無謀に突進するから怪我するんですよ。次の試合ではリーダーの指示を、ちゃんと聞くこと。いいですね?」
エリオットの小言まで食らって、小島は素直に頷いた。
「あぁ、悪い、原田。あいつに挑発された瞬間、カーッと頭に血が昇っちまって……」
あいつとは、今は別の救護士に手当てを受けている斧使いだ。
向こうのチームで一番怪我が酷いのは左腕をやられた片手剣使いで、大剣で薙ぎ払われた術使い達は意外やピンピンしている。
原田の視線を辿って、小島が呟いた。
「あいつらは剣の風圧でぶっ飛ばしたんだ。ジャンギが以前やっただろ、風圧で体勢を崩すっての」
直接当てるのではなく、振り回した風圧で飛ばしたのか。
小島にしては器用な真似を。
そう思ったのは原田だけではなく、エリオットも「あの咄嗟で、そんな真似を?偶然そうなったのではありませんか」と疑いの眼差しで小島を捉えて、本人に「ちげーよ!意識してやったんだって!」と憤慨される。
なおも突っ込もうとした原田とエリオットの反論は、パチパチと鳴り響く拍手で遮られた。
「すごいじゃないか、小島くん。一年目で魔法に耐えきった前衛は君が初めてだよ」
ジャンギだ。
連れ立ってやってきた巨大な男も、にやにや笑って小島を褒め称える。
「フツーは魔法なんざ食らったら、驚きと痛みで気絶するもんなぁ。しかも二発だぜ、二発。二発くらって気絶しないばかりか反撃までくらわすたぁ、根性あんじゃねーか、今期の見習いは」
「あまり小島くんを褒めないでください、ジャンギさんにガンツさんも」
釘を刺したのはエリオットで、じろりと二人を睨みつけた。
「小島くんのは独りよがりの無謀行為です。原田くんの策とは違ったはず。そうでしょう?原田くん」と促されて、原田も素直に頷く。
「前衛の動きを見極めて、一人ずつ潰す予定だった。皆が皆バラバラに動いたから向こうの調子まで狂って、結果的に運よく勝てただけだ」
ぼそっと仏頂面で呟かれては、ピコも謝り倒すしかない。
「え、えぇと……ごめん、原田くん。指示を読み間違えてしまって」
「あれは、仕方ないんじゃないかしら」とピコを慰めたのは意外にもジョゼで、「左曲がりって何だったの?意味が全然判らなかったわ」と突っ込まれた原田は「左腕の曲がり部分、関節を狙ってほしかったんだ」と答え、口をへの字に曲げる。
通じなくて当然だ。
自分でも通じないんじゃないかと思ったぐらいなのだから。
今更だがリーダーの座が重たく感じる。
明確な指示を飛ばせない自分がリーダーじゃ、この先だって足を引っ張ってしまう。
皆の足を引っ張りたくないから、授業後も練習してきたのに……
暗く落ち込む原田の思考を救い上げたのは、水木の一言だった。
「私は判ったよ、原田くん。ウィンフィルドチームは片手剣使いが中心だったもん。だったら真っ先に彼の盾防御を何とかしようって、原田くんなら考えるよね」
水木は後方で見ていただけあって、全体の動きを把握できていた。
後方にいたのはジョゼもだが、詠唱に集中していたから、水木よりは戦況が見えていなかったのだろう。
「慣れてくると、詠唱しながらでも戦況把握できるようになるんだけどね」
一応ジョゼの肩を持っておきながら、ジャンギが水木へ尋ねる。
「その様子だと、演奏には自信ありってところかな?」
「ばっちり暗記したもんね!」と勢いよく頷いて、水木はニッコリ笑った。
「なら、次は攻撃を受けた直後にかけてやるといいぜ。したら、終わった後そいつが泣きわめく羽目にもならんしよ」とは大男ガンツのツッコミで、エリオットの治療で全快した小島が口を尖らせる。
「そうだぜ、水木ー。演奏が完璧なら、なんで回復すぐかけてくんなかったんだよ。おかげで痛いのに無理するハメになっちまったじゃねーか」
「あ……だって、あの時は驚いちゃって」との言い訳に、ジョゼが溜息をついた。
「結局この試合って原田くんが言うように、偶然の積み重ねで勝てただけなのね」
「というよりは、小島くんとピコくんの本能勝ちだね」とジャンギも苦笑し、ちらりと原田を見やる。
「せっかく策を思いついても、皆が動いてくれなかったらリーダーはお役御免だ。相手に気取られたくなかったんなら、事前に合図を決めておくといいよ」
「だなー。俺達の時はジャンギがリーダーやってたんだがよ、三年も経つ頃にゃ〜左!とか右!だけで何のことか判るようになってたもんなぁ。こんなのは慣れよ、慣れ」とのガンツの弁に、「オッサン、自由騎士だったのか!」と小島は見当違いに驚き、ピコも「ジャンギさんと同じチームだったんですか!」と羨望の目を向けた。
「おうよ、双斧使いのガンツといったら黄金期を張るメンバーとして多少は有名だったんだぜぃ」と自慢げなところを悪いのだが、小島にも原田にも初耳だ。
ジョゼだけは「双斧使いのガンツ……では、お父様が言っていた英雄ジャンギの片腕とは、あなたの事だったの!?」と親の受け売りを発していて、彼もサフィアや己龍同様、知る人ぞ知る有名人であったようだ。
「片腕ってのは持ち上げ過ぎだがよ。長い事チームメイトではあったなぁ」とガンツは照れ笑いを浮かべる。
羨ましい。
英雄と同じ現役時代を生きた人々が。
彼なら急場の戦闘であろうと、明確な指示を飛ばせたに違いない。
自分と違って、カリスマも指導力もあるジャンギなら。
密かに心の中で羨む原田に優しい目を向けて、ジャンギが微笑む。
「初戦で、これだけの落ち着きを見せた原田くんも、いずれ俺を越える英雄になれるだろうね。その時には、片腕たる小島くんにも何らかの異名がつくんじゃないか」
突拍子もない持ち上げ発言をくらって、原田の目は点になる。
水木は首を傾げて「小島くんの異名……"不死身の小島"とか?」と思いつきを出して、ピコに「いいね、それ。何十発魔法をくらっても倒れない雰囲気を醸し出しているよ!」と喜ばれ、小島には「何十発も食らったら倒れるに決まってんだろ!」と悲鳴をあげさせた。
そこへ、またしても実況と解説の雑談が聞こえてくる。
休憩時間中は雑談を挟むのが、合同会の暗黙ルールなのかもしれない。
『いや〜、第二試合は大剣使い大活躍でしたねぇ!鞭使いは地味で目立ちませんでしたが』
『それでこそ原田くんでしょう。現代の妖精は存在したッ……!ひらりとかわして鞭をふるい、相手の急所を逃さず崩す。美しい、美しすぎて私、幻想の世界へ旅立ってしまう処でしたぞォ!』
リンチャックはメガホンを握りしめ、ハァハァと荒い息を吐いて涎を垂らしている。
遠目に見ても、ファンフェンがドン引きしているのは丸わかりだ。
「……あの解説者は、原田くんに随分と入れ込んでいるようだね。特定個人を贔屓する人は、大会役員にしない規約があったはずなんだけどなぁ」とジャンギが不満げに呟き、ガンツにおでこを突かれる。
「いいじゃねーか、お前の御贔屓生徒が注目されてんだからよぉ。それとも、あの子を贔屓したり可愛がったりすんのは自分だけの特権ってかぁ?」
「あ、やっぱり贔屓しているんだ、原田くんのこと」
じゃれあう大人二人には聞こえぬようピコが小声で呟き、水木やジョゼも納得の表情で頷く。
昼飯を食べ終えた後にも最後の試合がある。
皆の生暖かい視線を浴びて恥ずかしさに頬を赤く染めながら、原田は思考を切り替えようと必死になった。
21/10/04 UP

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