連携練習と武器訓練に費やして、スクール休み明けの翌週。
遠くで鳴り響く、ドーンドーンという重低音で原田は飛び起きる。
「て、敵襲かぁ!?」と騒ぐ隣の男にはフォローを入れず、窓を全開にしてみれば、真っ青な空に白い煙が浮かんでおり、文字列を描いていた。
「……合同会、開催。白熱バトルをご覧あれ……」
ぼそっと読み上げる原田の横に立ち、寝ぼけていた小島も空を見上げる。
「なーんだ、ありゃ。魔法か?」
空に文字を書く魔法など聞いたこともないが、原田が知らないだけで、存在する可能性は捨てきれない。
それはともかく合同会だ。
本日から、一ヶ月まるまる使って合同会が開催される。
本来は入学の三ヶ月後に開催される行事なのだそうだが、今期は、とある事情で二ヶ月前倒しとなった。
とある事情とは他でもない。
原田を覚醒させる――輝ける魂として。
その為だけの二ヶ月前倒しだ。
これで覚醒しなかったら、アーシスに原田の居場所はなくなる。
原田を輝ける魂とする根拠は陸の話と原田が捨て子だった点で、よくそれだけで信用したものだ、英雄も。
本当に輝ける魂なのかどうかは、本人にも眉唾なのに。
ともあれジャンギの信頼まで背負ってしまったからには、何が何でも覚醒せねばなるまい。
話を戻して合同会だが、この行事は三クラス合同で行われる。
何をするのかといえば対人戦による力試しだ。
これまで授業で培ってきた実力を、三クラス合同でぶつけあう。
結界が張られたステージで戦うのは、チーム戦とソロ戦の二種類。
チーム戦はクラスの代表として五人選ばれる。
ソロ戦は同クラス対戦アリな上、ソロが難しい使い手を免除して行うので、脳筋対決になりそうだ。
原田はチーム戦とソロ戦、両方に出場する。
出場しろと受け持ち担任のサフィア教官直々に強制されたのだ。
戦闘回数を増やせば覚醒しやすくなるとは神坐や風にも言われている。
望む処だ――とまでは言い切れないが、自信が全くないわけでもない。
連日の武器訓練で、鞭の扱いに多少の手ごたえを感じている。
連携も初日と比べたら、だいぶ様になってきた。
「頑張ろうぜ、合同会」
知らず気負っていたのか、ぽんと小島に肩を叩かれて原田は我に返る。
「あぁ」と頷き、パジャマを脱ぎ捨てた。
生徒が登校してくる頃にはスクール側も準備万端で、壁際にはぎっしり屋台が並んでいたし、校庭に並べられた椅子には早くも保護者らしき人々が良い場所を確保している。
「うわ〜。お祭りみたい!」と水木がはしゃぎ、屋台を指さす。
「ああいうの、懐かしいね。最近は全然やらないけど、お祭り」
原田が小さい頃は町の設立を祝う祭りが毎年開催されていたのだが、いつの頃からか開催されなくなって久しい。
それ故に、合同会は祭りに飢えたアーシスの民が押し寄せる騒ぎとなった。
あきらか生徒の数よりも大人が多いのは、無関係な見物客も混ざっているせいだろう。
「んまっ!これ、うんまいぜ!ホラ原田、お前も食ってみろ」
早くも小島は屋台に手を出し、こんがり焼き色のついたパンを頬張っている。
「朝飯食ったばかりだろ。よく食べられるな」と呆れる原田も何のその、小島は至福の表情でパンに齧りつく。
「屋台が出るのなんて、これっきりになりそうだし、楽しまなきゃ駄目だろ!」
「そうそう。屋台を出すのって、今期っきりらしいぜ」と会話に混ざってきたのは神坐だ。
「マジで!?」と騒ぐ小島へ頷き、原田へ差し出したのは棒付きの赤い飴。
「面白ェもんがいっぱい売っているし、見て損はないと思うぜ。これ、買ってみたんだけど、お前にやるよ」
神坐のプレゼントは素直に受け取る原田を見て、小島がぶーっと頬を膨らませる。
「なんだよ、俺のパンは拒否したのに飴は受け取るのか?」
「……パンと違って腹が膨らまないからな」と小声で答えて、原田はポケットに飴を突っ込んだ。
飴は透き通った紙に包まれている。今すぐ食べなくてもよかろう。
「あと、これパンフレットだそうだ。チーム戦を先にやるみたいだな」
神坐の差し出してきた紙には一ヶ月のスケジュールがびっちり書き込まれており、情報量の多さに眩暈がする。
パンフレットは何処でもらえるのかと水木が尋ね、神坐が校舎前で無料配布していると答えるのを流し聞きしながら、小島は校庭をぐるり一周見渡してみる。
見物席の中央に一段高く設定された場所がある。
その中で更にど真ん中、デンと腕を組んで座っているのは町長だ。
然るに、あの一段は偉い人専用なのだろう。
小島の家族は、まだ来ていない。
出がけに声をかけたら弁当を持っていくと答えが返ってきたから、今頃はせっせと弁当を詰めているはずだ。
小島には一つ違いの弟がいるのだが、あいつはスクールに通わない選択肢を取った。
兄ちゃんと比較されたくないだの何だのと御託を並べていたけれど、一緒に入ればよかったのに。
そうしたら合同会で兄弟対決となって、大いに盛り上がれただろうに。
昔は毎年ひっきりなしに生徒を受けつけていた自由騎士スクールも、今は三年に一度の募集だ。
出産率の低下が原因だそうだが、今の生徒は先輩後輩関係を結べないのかと思うと寂しくもある。
――そんな感傷に浸りつつ、ジャンギも合同会へ足を運んだ。
途端に「お待ちしておりましたよ、ジャンギさん。さぁさぁ、私の隣へお座りください」とウィンフィルド教官の暑っ苦しい歓迎を受けて、先ほどの感傷を前言撤回したくなった。
「ちょっと!私のジャンギさんにベタベタしないでください」
ジャンギの真横に立ち、額に青筋を浮かべているエリオットも、スクールでの後輩だった。
先輩も影の薄い人が多くて、同期以外は本当にろくでもなかったとジャンギは憂鬱に浸る。
原田たちは、逆に幸せなのかもしれない。へんな先輩後輩がいなくて。
「私の?上司が抜けていますよ、エリオットさん」
ビシバシ火花を飛ばして睨みあうウィンフィルドとエリオットをその場に残して、ジャンギは見物席と称された椅子へ腰かける。
本来は教官席にいなきゃいけない身なのだが、同僚はウィンフィルドにサフィアに己龍である。
暗黒の周期と呼ばれた、ろくでもない後輩たちだ。一秒たりとも一緒に居たくない。
「よー、ジャンギ。怪物舎の教官はお役御免になったのかぁ?」
ポンと肩を叩かれて、ジャンギは笑顔で振り向いた。
「やぁ、ガンツ。きみも見に来たんだね」
背後に立つのは山の如し大柄な体躯の男だ。
名をガンツ=クローワクス。
ジャンギとは同期に当たる引退自由騎士で、今は飯屋を切り盛りしている。
「お前の教え子だっつぅんで、皆も来るってよ。今期で優秀なのは、どいつだ?」
「優秀……というか、大器晩成型なんだけどね。一人、期待している人物がいる。あの子だ」とジャンギが指さしたのは見事なツルツル頭の少年で、太陽の光が反射して「うお!まぶしっ」と、思わずガンツは目を瞑った。
「お前、あの太陽光線で俺の目を潰す気かよ!」と騒ぐ友人を横目に、ジャンギは語りだす。
「彼が輝ける魂ではないかとの情報を提供されてね。まぁ、その前から光る逸材ではあったんだが」
「頭が!?」
「今期で鞭使いは彼一人だ。そういう点でも注目できるだろう」
「てか、マジさっきの光線で目が潰れたんだけど!まだチカチカしてる!!」
ぎゃあぎゃあ騒がしい客席を眺めて、イリーニャが肩をすくめる真似をする。
「もう出来上がってる奴がいるじゃない。大丈夫なの?部外者を入れちゃって」
「だ、大丈夫だよ。警備の人達が護衛協力してくれているって話だし」と答えたのはチェルシーで、彼女の指さす方向には盾だの槍だのを携えた物々しい軍団が控えている。
「ホントだ。へー。大奮発したじゃん。あっ、あの人イケメン!」とイリーニャが指さしたのは団員の一人で、なるほど一人だけ精悍な顔つきだが「だ、駄目だよ、指さしたりしちゃ!」と、自分も指を差していたくせにチェルニーは説教で返してイリーニャに睨まれた。
「なによ、急に。あぁ、あんたは原田くんじゃないとイケメンには見えないんだっけ?」
「ちょ……そんなこと、だれも言ってないじゃない!」
頬を火照らせて慌てる彼女をジト目で眺めながら、なおもイリーニャは客席を物色する。
一通りざーっと眺めて、ナイスガイの少なさに溜息をついた後、改めて教官席を指さした。
「あっ、あれのどっちかがウィンフィルド教官で己龍教官だよね」
「う、うん。サフィアちゃん以外は男性なんだ……そういや、そろそろ挨拶が始まる時間じゃない?」
遠目に時間を確認した直後、サフィアの「全員集合〜!生徒は校庭で整列して下さーい!」といった大声が校庭一帯に響き渡った。
本日のスケジュールは町長の挨拶を筆頭に各教官の挨拶と続き、チーム戦が行われる。
町長の挨拶は流し聞きや居眠りで過ごした生徒たちも、自分の担任や御贔屓教官、及びトリを飾る町の英雄ジャンギ教官の挨拶ではシャッキリ目覚めて、一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませた。
「やー。ジャンギさん、かっこよかったわぁ……」
「町長、絶対カンペ読んでるだけだよね!」
だのと挨拶の感想冷めやらぬまま、チーム戦に出場する生徒は試合の準備に走る。
チーム戦に出場しない生徒は観客席で応援したり、保護者と雑談に興じたり、屋台で買い物したりと自由行動が許された。
第一試合はウィンフィルド組と己龍組の戦い、休憩を挟んで第二試合が原田たちサフィア組とウィンフィルド組の戦い。
第三試合、己龍組とサフィア組の戦いは昼食タイムを終えた午後イチに行われる。
公平にくじで順番を決めたとサフィアは言っていたが、先行で二組の手の内を見せてしまうあたりにジャンギの思惑が絡んでいるのではないかと原田は疑ってしまう。
まぁ、どのみち全クラスと戦うのには変わりない。
「ウィンフィルド、ガッコじゃまともなセンセイやってたんだな……」
小島は先ほどの挨拶で、相当ショックを受けた様子だ。
壇上のウィンフィルドは穏やかで知的な印象を携えていた。
あれを先に見ていたら、ウィンウィンと同一人物だとは絶対に信じなかっただろう。
「違うクラスとはいえ、あの人も教官よ。まともじゃないみたいな言い方するのは失礼だわ」とジョゼに噛みつかれてタジタジする親友に、原田も注意を促す。
今は他クラス教官の二重人格っぷりにショックを受けるよりも、試合を見るのが大事だ。
「それよりも、次にあたるチームの手数を覚えておくんだ。誰が司令塔なのかも調べて、そいつを真っ先に倒す作戦を立てておこう」
「おっ、さっそく僕らのリーダーが指令を飛ばしてきたね」とピコは喜び、敬礼のポーズを取ってみせる。
「了解、リーダー。さぁ、じっくりお手並み拝見といこうじゃないか」
ステージにあがるのは、ウィンフィルド組代表と己龍組代表の総勢十名。
ウィンフィルドチームは前衛が片手剣使いと斧使いの二人で、後衛に魔術使い二人と回復使いが控える術重視の編成だ。
対して己龍チームは前衛が大剣使いと拳使いと短剣使いの三人、後衛は弓使いと回復使いの二人を置いている。
「己龍組は魔術抜きか。思い切った策に出やがったな」
全員で、えっ?となって小島を見やると、彼は得意げに語りだす。
「あれって、やっぱパワープレイで瞬殺するつもりだろ」
「パワーで瞬殺できる相手なら、いいんだけどね」とピコが苦笑し、ジョゼには呆れた目で睨まれる。
「短剣、拳、弓よ?パワープレイじゃないわ、スピードプレイと見るべきでしょう」
ウィンフィルド教官は術贔屓、己龍教官はスピード信条。
さしずめサフィア教官は脳筋贔屓ということになろうか。
なら、術使いは全員ウィンフィルド教官のクラスに選ばれるべきであった。
ちらと横目でジョゼと水木を見やり、それでも二人が一緒のチームで良かったと原田は独り言ちる。
本日見た印象、三クラスの担当は己龍教官が好感度高めだ。
上から下まで黒づくめと怪しい格好なのに、挨拶の際には女性の歓声が沸き上がったから、覆面の下はきっと男前なのであろう。
サフィアやウィンフィルドと比べると短めの挨拶で、寡黙で誠実な性格を偲ばせた。
というか挨拶はサフィアと町長が長すぎた上、大半がどうでもいい自分語りばかりで、このまま続けられたら小島が丸一日熟睡してしまうんじゃないかと原田は危惧したぐらいだ。
ジャンギは要点をまとめた判りやすい挨拶で、さすが英雄だと妙な感心をしてしまった。
――などと挨拶について原田が回想しているうちに二つのチームはステージにあがり、「第一試合、始めェい!」と審判の号令がかかる。
『さぁー始まりました、第一試合!実況は皆のアイドル、私ファンフェンが、解説はリンチャックさんでお送りします』
解説者の名前を聞いた瞬間、原田は目を丸くする。
彼こそは原田を長い間、絵のモデルとして雇ってくれた画家ではないか。
メガホン片手に騒いでいるのはピンク髪でポニーテールの成人女性だ。
皆のアイドルと言われても原田には知らない顔だが、「ファンフェンちゃーん!」と観客席からは場違いなファンコールが飛び交っているあたり、一部では有名人のようだ。
いや、だが、外野に余所見している場合ではない。
『おーっと、先制は拳使いが飛び出した―!しかし斧使いに阻まれて後退を余儀なくされるぅッ。術使いは早くも詠唱に入っているぞ、早く潰さないとやられるのは己龍組だー!』
ステージ上では斧使いがブンブンと斧を振り回しており、「小島くん、十八番を取られちゃったよ!?」と騒ぐ水木に小島が「まだだ、俺には縦横自在なブン回しがある!」と訳の分からない受け答えをして、ジョゼに「縦横無尽な振り回しなら、あちらもやっているけど?」と無情にも突っ込まれていた。
斧使いは巨大な斧を縦にも横にも振り回しているが、拳使いも然る者、最低限の身のこなしでかわしている。
斧使いを拳使いが引きつけている間に、左右に散った弓使いと短剣使いが攻撃に出る。
そいつを受け止めたのが片手剣使いだ。
剣で短剣使いの吹き矢を叩き潰し、盾で矢を受け止めた。
剣と盾を完全に使いこなしている。さすがはチーム戦に選ばれるだけはある生徒だ。
実況が全然追いつかないほど迅速な攻防がステージ上で繰り広げられて、ウィンフィルドチームの術使い二人が放った風と炎の術が大剣使いの動きを封じたと思った瞬間、拳使いの姿を原田は見失う。
「きゃあぁっ……!」と甲高い悲鳴が響き渡り、拳使いに回復使いが蹴り倒されたんだと判ったのは、実況の『やばーい、回復やられたぁ!』との叫びを聞いた後だ。
向こうの前衛は完全、術に気を取られていた。
その隙をぬって、一気に横手から攻め込んだのだ。
「えぇぇ、いつの間に接近したの!?」と驚く水木へピコも「全然見えなかったよ、走っていくのが!」と驚愕を隠せずにいる。
ジャンギが言っていた通り、拳使いは難敵だ。
目にもとまらぬスピードで踏み込まれたら、原田と小島とピコでは止めきれない。
踏み込まれる前に速攻潰す。それしかあるまい。
接近戦に持ち込まれては術使い二人に勝ち目などあるわけがなく、拳使いに為す術なく叩き伏せられる。
片手剣使いは大剣使いに剣を叩き折られ、最後まで健闘した斧使いも、避け損ねた矢に利き腕を貫かれて武器を取り落とす。
「そこまで!己龍チームの勝利!」と大声を張り上げたのは、審判を務める男性だ。
原田は考え事をしていた為、うっかり自己紹介を聞き逃したのだが、水木によるとジャックスという名前らしい。
審判や実況といった公平さを求められる役割には、教官ではなく外部の引退自由騎士が割り振られている。
不審者対策として護衛を勤める警備団も、その一環だ。
外壁に並ぶ屋台は大通りの店による提供である。
スクールの一行事でしかなかったものが、今や町ぐるみの一大興行になっている。
町の設立祭をやらなくなって以来の大きなお祭りだ。見物客が押し寄せるのも道理と言えよう。
チーム戦は三十分の休憩を挟んで第二試合が始まる。
「うちにもいればよかったな、拳使い」と小島が言うのへは、間髪入れず「うちの前衛はサフィアちゃん大剣ファンクラブじゃない」と水木が突っ込む。
「なんでサフィアちゃんは拳使いなのに、ファンは大剣ばっかなんだ?」
さらに突っ込み返す小島には、原田も請け合った。
「憧れと現実の差だろ」
素早く動けなかったら、拳使いになりたくてもなれまい。
己龍組との差異は、こちらに鞭使いがいる点だ。
鞭は全クラスで原田一人だと聞いているし、他クラスの生徒は見たことがないはずだ。
こちらは前の試合で戦法を見さてもらった分、若干優位に立てる。
「ジョゼを中心にフォーメーションを組み立てよう。防御は小島、お前に全部任せるぞ」
原田に命じられた小島は、嬉しそうに大きく頷いた。
「おう!数々の特訓な日々……絶対無駄にしねぇぜ」
プチプチ草とフットチキンでもって、この数日、小島は大剣の使い分けをみっちり特訓した。
あとは本番で動揺しなければ、バッチリだ。