絶対天使と死神の話

ガチバトル編 09.原田vsワーグ


スクールからの帰り道で原田が神坐から聞かされたのは、町改革の話だった。
具体的には自由騎士スクールの形態変更、及び現役の明確な規則作り、新分野の学校設立、定期職の設立など。
正直な処、難しい話で判らない部分は多かったのだが、原田にハッキリ判ったのは、それらが定着するまで神坐たちがアーシスに居続けてくれる点であった。
発案者はジャンギだという。
神坐たち死神は、その流れに乗って斡旋所を開くそうだ。
軌道に乗れば見習いにも仕事を斡旋できるようになるかもしれないと言われて、小島が目を輝かす。
「だったら俺も働くぜ!依頼のお駄賃程度じゃ生活できねーなーって思っていたトコだったんだ」
「まぁ、まだ始めてもいないんじゃがの」と前置きしてから、大五郎は子供たちを見渡した。
「手始めは乗り物作りだな。お前ら見習いには材料集めと組み立てをやってもらおうか」
「乗り物……この間の旅でライドできる生き物がどうとかヤフトクゥスが言っていましたが、そういった類の代物ですか?」との原田の質問へ頷き、風が答える。
「そうだ。大勢で乗り込める移動用の足だ。徒歩よりも距離が伸ばせて、疲労しない」
「ラクダは乗りこなしが難しいだろうが、乗り物は無機質だ。誰にでも乗りこなせるようになるだろうよ」と大五郎も笑い、現地民を驚かせる。
「ラクダより乗りやすい移動用の道具……どんなのか、楽しみだね!」
ワクワクする水木へ、興奮気味に小島も頷いた。
「ついでにトイレや風呂も取り付ければ、何日も快適な旅ができるぞ!」
「これまでに発掘された文明や技術を組み合わせれば、そういった乗り物も作れないことはない」とした上で、風が話を仕切る。
「外の探索と街の発展は同時並行で進める。アーシスに足りないのは知識と技術だ。よって神の叡智、俺達が知恵を授けよう。原田、お前に教えるのは輝ける魂の能力、その開放だ」
「輝ける魂の能力開放!?」と一斉に叫んで、原田たち三人は一様に首を傾げる。
輝ける魂は既に覚醒した。
アーステイラを治した後は、もう必要ないのかと思っていたが、まだ何かやらなきゃいけないのか。
「そうだ。輝ける魂の能力は治療と蘇生。上手く使えば、人間の寿命を引き伸ばすのも可能やもしれぬ」
その言葉に、原田はハッとなる。
以前、ジャンギに頼まれたのだ。輝ける魂の能力で、己の天命を伸ばしてほしいと。
あの時は何をどうやれば出来るのかが分からず返事を濁してしまったけれど、今の話を聞くに、死神は確実に方法を知っていると見て間違いない。
「ど、どうやるんですか!教えてくださいっ」
勢いの激しさにポカーンとなったのは小島や水木だけではなく、神坐らもだ。
だが、すぐに死神たちは把握したのか、風が力強く頷いた。
「あぁ。だが修行は一日にしてならず。数日に渡って鍛えよう」
「ま、とにかくだ。お前らには先に話しておこうと思ってよ、これからの計画は、お前らの生活に直接関わってくるかんな」と神坐が話を締めにかかる。
「自由騎士以外のスクールが発足したら、お前らも一度は見に行ったほうがいいぜ」
「斡旋所は神坐先生も経営に加わるの?だったら、もう保健室の先生は辞めちゃうの?」と水木に尋ねられ、そうなるだろうと答えながら、神坐は考えた。
自分は風のように高性能な分身を作る能力がない。
従って、何をするにも何処か一つしか選べまい。
輝ける魂を穢れから守るには始終見張るのが一番好ましいのだが、商売との同時並行は無理だろう。
「原田、お前まだ例の人型、持っているか?」
神坐の問いでギョッとなる大五郎を横目に、原田が頷く。
「はい」と懐から取り出すのを見て、どこか安心したように神坐は溜息を漏らした。
「そっか。いつも肌身離さず持ってんのか。なら、いいや」
「何がいいんだよー」と小島に突っ込まれて、彼が言い直すには。
「や、俺がいない間は、そいつが原田を守れるなって思ってよ」
「こんなちっさい人形がぁ?」との半信半疑にも、神坐は確信ありな表情で頷いた。
「人型は俺達も任務で使う最強の式神だ。生半可な怪物じゃ太刀打ちできない強さだぜ」
『そうだぜ、ちっさくても人型は人型だぜ。ナメんじゃねーぞ、小僧』と、原田の掌の上で人型も調子に乗り、そこをバッと勢いよく大五郎に引ったくられる。
「わはははは!神坐、いつから人型に気づいておった!?」
言われて、改めて原田も気がついた。
ナチュラルに聞かれたから取り出してしまったけれど、神坐は、いつ気づいたのだろう。
原田が人形を持っていると。
大五郎の様子を見た限りじゃ、彼が話したとは考えにくい。
「いつも懐からチラチラ見えていたぜ。気づかないほうがおかしいだろ」
神坐は肩をすくめて大五郎へ呆れ目をよこしたかと思うと、人型を奪い返して原田に手渡してやる。
「呼び名、なんてつけたんだ?やっぱジンザか?俺の形しているし」
「いえ、その……ジン、と」
ぽつり答えた原田を見て、なんと思ったか神坐は、しばし考えてから、ニッカと笑った。
「ジンか、なるほどねぇ。なら、俺もお前を真似てショウって呼ぶかな」
人型と同じ思考だ。いや、人型が本人と同じ思考なのか。
となると、隅々まで体を洗ってくれるという発想も本人と同じなのであろうか。
風呂場で隅々まで、ぬるぬるの手ぬぐいで洗ってくれる神坐……
背後から抱きすくめる形で、ぴったり肌を寄せ合って、原田の大事な処も手ぬぐいで……
等と考えただけでポッポコ頬が赤くなってしまうので、原田は淫らな妄想を無理やり打ち切る。
「正晃でいいじゃん。ショウって名前のやつがいるかもしんねーし」と小島に突っ込まれ、神坐も「正晃って呼んでいいのかよ?そいつは、お前と水木の特権じゃなかったのか」と冷やかし返した。
「駄目、先生は原田くんって呼んで!正晃は距離が近すぎるよぉ」
キャンキャン騒ぐ水木を神坐が宥める間、『神坐は第三世代死神だからよ、風よりロースペックなんだ』と人形が本物をこき下ろす。
『風みたいに分身を生み出せりゃ、いつでも一緒にいられるのにな』
「分身?」と首を傾げる原田を置いてけぼりに、自己完結で話を締めた。
『まぁ、できねぇもんは仕方ねーか。俺がお前を四六時中見守ってやるぜ、本物の代わりに。お前が万一俺を家に置き忘れても勝手についていくから、ご心配なく』
こんな小さな物体が自由に動き回っていたんじゃ、町の人々が腰を抜かす。
くれぐれも家に忘れないよう、重々気をつけようと原田は戒めた。
途中の道で死神たちと別れた後は、空き地へ移動して自主訓練の始まりだ。
合同会が再開しても、訓練をサボるわけにいかない。
「うおぉぉお!」と相変わらずブンブン意味もなく大剣を振り回す小島、ぷーぴー笛を吹き鳴らす水木の側で、原田も脳内で対戦相手の動きを想像しながら鞭を振るう。
明日の試合、相手は片手剣使いだ。
攻守完璧な彼に勝てるとは思えないが、無様な戦いだけは回避したい。
チーム戦では一撃だけ入れられたけれど、あれはピコの援護あっての成功だ。
一対一で彼の不意を突くには、どうすればいいか。
脳内であれこれワーグの動きを想定しては、自分の出方も想像する。
鍵は盾だ、盾を潰す。まずは、それを徹底しよう。


翌日。
試合は午前が原田、昼食を挟んだ午後に小島の出番となる。
小島の相手は同じ大剣使いで名を郭(くるわ)謙吾、チーム戦にも出ていた己龍組の生徒だ。
原田の相手は片手剣使い、やはりチーム戦に出ていたウィンフィルド組の生徒で名はワーグ=プライストン。
「チーム戦に選ばれるだけあって、どっちも自信満々だな。ま、それは俺達もか!」
横で軽く準備体操する原田の肩を小島が叩いてきた。
「原田、絶対勝ち抜けよ!俺vsお前のカードで準決勝やるんだからな」
「絶対は約束できないが、むざむざ負けるつもりもない」と答えて、原田は小島を振り返る。
「何度も言っているが、善処を尽くす。俺が負けても、お前は優勝しろよ」
「やる前に不吉なこと言ってんじゃねーよ!」と小島は怒鳴り返し、原田の背中を先程よりも強く叩いた。
「お前は勝てるさ、絶対。中止する前と比べたら、かなり強くなったんだからな!」
そいつは輝ける魂込みでの話だろと原田は心の中で突っ込みながら、審判に呼ばれて舞台へ上がる。
鞭使いで登録している以上、ソロ戦で見様見真似の魔法は使えない。
それに魔法を想像している間は完全無防備、間合いを詰められて秒殺されるのが関の山だ。
「鞭使いか。チーム戦じゃ不覚を取ったが、一対一で俺に勝てると思うなよ」
ワーグに挑発されて、原田は視線を心持ち下向き加減に外しながら、ぽそっと言い返す。
「簡単に勝てるとは思っていない。だが……簡単にやられるつもりもない」
「両者、私語を慎め!」とジャックスに注意を受けた後は、双方口を噤んで「試合開始!」と同時に後ろへ飛び退いた。
『さぁー始まりました、第四試合!鞭使い原田くんと片手剣使いのワーグくん、どちらに勝利の軍配は上がるのか!?興味深い試合ですッ』
軽快に叫ぶファンフェンの隣では、早くもリンチャックが妄想の世界へ旅立った。
『あぁ、原田くん。マイリトルフェアリー……華麗なダンスで私を幻想の世界へ誘っておくれ……あと、ついでにポロリもお願いします』
大きく間合いを外した先で、原田はジリジリとワーグへ躙り寄る。
一分の隙もない構えで立っており、何処から攻め込んでも返り討ちに遭う自分が原田の脳裏に浮かんだ。
駄目だ、駄目だ。こんな弱気になっていたのでは、戦う以前の問題だ。
鉄壁の守りを崩すには、足だ。腰から下を狙う。
下段攻撃は盾を構えづらい。そこを集中狙いする。
無論、向こうも盾の弱点には気づいていよう。下へ撃ち込ませまいと前進してくるはずだ。
左右に避けた後は何としてでも撹乱させて死角から左肘を叩く、これしかない。
問題は、ピコほど素早くない自分が如何にして撹乱させるべきか――と考えているうちにワーグが先に動いた。
「ぼぉっと突っ立ってんじゃねーぞ、鞭使い!」
ひゅんひゅん風切る勢いで剣を突き入れられて、原田は必死に避けるので精一杯。
下半身を狙う暇がない。
最初は突きだった動きが切り払いに切り替わったかと思えば突きとフェイントと切り払いの三段攻撃へと変えられて、次の攻撃を予測できない。
「そら、そらそらそらぁっ!」と押し切られて後ろへ飛び退いた原田の足が、スカスカと宙をかく。
まずい、あっという間に端っこまで追い詰められた。もう、後がない。
「どうした、簡単にやられないんじゃなかったのかよ!」
突っ込んできたワーグの一閃を間一髪、転がり抜けて舞台の中央まで逃げると原田は反撃に転じた。
大剣と違って片手剣は動きが早い。
一対一だと数倍速く感じる。
フットワークでの撹乱は無理だ。打って打って打ち崩す。
絡め取る振りじゃない、多数を牽制で追い返す振りだ。
できるだけ多くの範囲を巻き込む形で振り切れば、相手も容易に近づけない。
下段の一振りを後ろに下がって避けたワーグは、その場で身構える。
大きく振り回される鞭の攻撃範囲の広さに、攻めあぐねているかのようにも見えた。
『激しい攻防が繰り広げられているー!どちらも正攻法、実力伯仲!!』
「実力伯仲、か」
ぽつりと呟き、盾を構えていたのも、ほんの数十秒で。
「どうかなぁ、その実況は!」
ワーグが一気に飛び込んでくるもんだから、焦ったのは原田だ。
鞭が払い終わった場所、数秒の隙を狙っての突進に駄目だ、もう一度振るう時間が足りない、対処しきれない。
最初は鋭い痛みが右腕を襲い、次第にジクジクと鈍い痛みが全身に回ってきて、原田は膝をつく。
大剣と違って片手剣は鋭利な刃物、叩きつけるだけではなく切ったり突き刺すのも可能だ。
切られたんだ。痛みで涙が出そうだ。
いや、そのまま気を失いそうだ。
結界で守られているはずなのに、腕を切り取られたみたいな痛みだ。
目の前が涙で滲んで何も見えない。
痛い、痛い。とても我慢できない痛さだ。
包丁で指を切ったって、こんな全身にまで痛みが広がったりしない。
初めての剣撃による出血と切り傷は原田の心を、いとも簡単にへし折った。
再び突っ込んでくる影、あれはワーグか――?
気を失う寸前、神坐とジャンギの顔が原田の脳裏をよぎり、無意識に差し出した手が淡い光を一直線に放つ。
「――うわあああーーーっ!?」と誰かの絶叫を聴きながら、原田の意識は、ふわっと闇に沈んだ。
数秒遅れで凄まじい閃光、爆発が舞台を襲う。
『うわーっと、これは魔法!?えっ、鞭使いなのに、魔法!?』
混乱するファンフェンの横で、リンチャックが身を乗り出した。
『これが、輝ける魂の魔法……!』
舞台上でも審判の「ぶへぁ!おい原田、魔法はナシだろ!いや、アリなのか?何でもありルール的に!?」といった困惑の声が聞こえて、やがて爆風が晴れた後には横たわる影が見えてきた。
倒れた原田を覗き込んで、しばし考え込んだ末、審判のジャックスは片手をあげた。
「……ワーグ、場外!原田、気絶!よって、この試合は相討ちとする!」
どわぁっと沸き起こる歓声の中、ファンフェンも一緒になって叫ぶ。
『おーっと、これは意外な結果に終わったー!相討ち、相討ちでダブル敗北です!!従いまして、明日の試合が決勝戦となります』
横で『鞭使いというだけでも萌えるのに魔法まで使えるなんて、あぁん、最強マイリトルフェアリー……』と気持ち悪く身悶える解説担当は一切無視の方向で。
結界が解除されたと同時に小島と水木、ジョゼの三人は慌てて舞台へ駆け寄った。
「だ、大丈夫!?原田くんっ」と抱き起こそうとするのは救護士に「まずは治療します、おさがり下さい」と阻まれて、ひとまず遠目に見守る。
「大丈夫かしら、原田くん……」
「治療士さんの回復魔法なら、大概の怪我は治ると思うけど」と水木はジョゼへ頷き、しかしながら心細そうな面持ちで原田を見やる。
「怪我のショックまでは治らないから……」
「大丈夫だ」と、やはり晴れない表情で小島が二人を励ました。
「落ち込んでるようなら、俺達が励ましてやればいいんだ!」
場外へ叩き落されたワーグも気を失っており、こちらも友人知人が遠巻きに救護士の治療を見守っている。
見事なダブルK.Oだ。
最後に原田が魔法を放たなきゃ、ワーグの勝利は揺るぎなかっただろう。
負けたくない一心で魔法を放ったのか、それとも無意識の無我夢中だったのか。
前者なら負けず嫌いの一言で済ませられるが、後者だったら暴走が心配される。
真っ黒な消し炭と化した加護符を眺めて、ジャックスは溜息をつく。
これがなかったら、ジャックスまでワーグと一緒にふっ飛ばされていた。
遠距離戦での審判必須のお守りを事前にジャンギが渡してきたのは、こうした局面を想定してだったのか。
「輝ける魂の教育も誰かがしてやんなきゃなぁ……しっかし、誰が適任なんだか」
しなきゃいけない事項が、また一つ増えてしまい、ジャックスはボリボリ激しく頭を掻いた。
22/05/25 UP

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