予想外のダブルK.Oで前半戦が終了した。
「うぅ……原田が負けるなんて、飯も喉を通らないぜ」
小島の落胆っぷりときたら、言葉通りに弁当が減らない有様だ。
今日も原田が手作りしてくれた弁当なのだが、作った本人は保健室で休んでいる。
右腕を斬りつけられての戦意喪失、加えて魔法をぶっ放した反動で気を失った。
「剣の攻撃って気を失っちゃうほど痛いんだぁ」と呟き、水木が小島を見上げる。
「……小島くんは気絶しなかったのに?」
「や、俺と原田を比べんのは」「小島くんが鈍感なだけでしょ」
小島とジョゼの答えが重なり、小島が口を尖らせる。
「鈍感じゃねーぞ、ちゃんと痛かったし!」
痛みの感じ方には個人差があるし、武器の違いもある。
魔法をニ発土手っ腹にくらっても動けた最前衛と、中距離の鞭使いを比べるのは無意味もいいところだ。
「間合いのハンデが、思いっきり出ちまったな」と、ぼやいた神坐も箸の進みは遅い。
彼も原田が勝つと信じて疑っていなかった一人だ。
チーム戦やアーステイラ戦じゃ、どれだけ途中経過が大変なことになっても結果的には勝利した。
だから、原田には勝負運がついている。そう思っていたのだが……
「ベースが全く異なるからのぅ」と、大五郎。
「ありゃあ、運だけでは越えられん。がっちり鍛えられた身体だ」
ソロ戦に出てきたのがワーグ一人だけだった点から見ても、彼が今期No1の片手剣使いだ。
筋肉が全くついていない原田の全身像を脳裏に思い浮かべて、神坐は深く納得した。
勿論、原田が日々努力しているのは知っている。
しかしワーグは、その上をいく努力家だ。
彼には未来の自分像や将来の目標が、はっきり見えているのであろう。
入学一年目の前半で、ここまで仕上がっているとなると。
少なくとも、幼馴染がなるから自分もなる、といった生半可な目標ではあるまい。
「原田には覚悟が足りない」
ぼそっと風が呟く。
「自由騎士になれば本格的な命の取り合いが始まる。今一度、心の修練が必要だ」
「命の取り合いって?」と首を傾げる水木には「怪物との死闘じゃろ」と大五郎が答え、顎に手をやる。
「輝きを失わん為にも、原田の心技体を鍛えるのには賛成だ。ただ、誰を教育係にするか」
「そんなの、ジャンギか神坐がやりゃ〜いいじゃん」と気楽な小島には、神坐が難色を示す。
「俺ぇ?俺は無理だぜ、どうやったって情が湧いちまうし……」
風も頷いた。
「神坐には無理だ。ジャンギにも職務がある。従って、俺が引き受けよう」
「あいつ、負けちまってショック受けているだろうから、お前らが慰めてやれよ。休日に、どっか連れて行ってやるとか」と神坐に言われて、小島と水木は同時に叫んだ。
「もちろん!」「当然だよー!」
けど、と水木は続けて首を傾げる。
「遊びに行くのはいいけど、何処がいいかなぁ。町の中は、ほとんど遊び尽くしちゃったよね」
「まーな」と小島も頷き、「今更、空き地で遊ぶって歳でもねーしなぁ」と腕を組む。
「砂風呂ってのは、どうなんだ?」と、神坐。
砂風呂は大通りの終点にある娯楽施設だ。
名前からすると大衆浴場っぽいのに、いつも門が閉まっているから、営業しているのかどうかも判らない。
「あー、あれは十八歳未満お断りの場所だぞ」と小島が答えて、眉間に皺を寄せた。
「父ちゃんがうちに居た頃、連れてってせがんだら、めっちゃ怒られたんだ」
「ふぅむ。砂の中でイチャコラする施設なんかのぅ」と大五郎も首を傾げて、それならばと提案する。
「我らの家は、どうだ?」
「え!?」
風と神坐の双方が目を丸くするのも何のその、大五郎は名案とばかりに子供たちを誘った。
「結界を使えば疑似遊び場を形成できるし、そうじゃ、多少なれど異世界の娯楽品も用意できようぞ。どうだ?今度の休日、皆で遊びに来んか」
「いくー!行きたーい!」
真っ先に小島が手をあげて、水木も「異世界の娯楽品!?面白そう!」と喜び、そうだと付け足す。
「原田くん、異世界ってのに興味津々だったし、絶対喜びそうだよね!」
「異世界に?」と驚く神坐へも頷き、水木は微笑んだ。
「正確には神坐先生の住むメイカイに、だけどね。一度行ってみたいって、前、ぽろっと漏らしていたよ」
初耳だ。
「えー何だよ、それ!俺は聞いてねーぞ!」
「ふふーん。そりゃそうだよ、だって私と二人で話していた時に言ったんだもん」
羨ましがる小島と得意がる水木を横目に、「……少し知恵を与えすぎたか」と風は渋い顔になる。
「冥界は生身の人間にゃ入れねぇし、問題ないんじゃねーか?」
楽観的な神坐を見下ろして「だから余計に心配なんじゃ」と大五郎が、ぼやく。
「行けないんだと判ったら、原田のやつが落ち込みそうでの」
ちらっと子供たち三人を見やり、「今後は御伽噺として聞かせておくに留めよう」と話を締めた。
「ピコくんとアーステイラも誘っていいですか?」とはジョゼの弁に、水木が「え?ピコくんはともかく、アーステイラも誘うの!?」と驚く。
「だって、誘うならピコくんだけってわけにいかないでしょ、絶対」
ジョゼの杞憂は尤もで、ピコを誘えば彼がアーステイラを同行させたがるのは余裕で想像できる。
絶対天使の同行。さすがに却下されるかと思いきや、神坐は、あっさり許可した。
「いいぜ、あの二人を誘っても。討伐任務は、もう解かれたようなもんだしな」
アーステイラが怪物化を浄化された時点で、輝ける魂の定められた運命は本来の道へ戻った。
第二の絶対天使ヤフトクゥスも、原田に一目惚れした以上は輝ける魂へ害なす存在に、なり得ない。
つまり最初の任務は、とうに終わっているわけだが、神の遣いの呼び出しが一向にこないのは何故だろう。
ジャンギの改革に協力したい風の意向を汲んだというのか。
あの、普段は全く融通の利かない神の遣いが?
自分で予想しておいて自分でも信じられないが、そう考える他あるまい。風は小さく嘆息する。
良かろう。なら、思う存分末期ファーストエンドの改革に勤しむとしようか。
午後の試合は小島vs謙吾、大剣使い対決が控えている。
これに勝てば謙吾は次の決勝戦で、同級生リンナとの戦いになる。
怖くないかと言ったら、全然怖くない。むしろ、全力で叩き潰してやりたい相手だ。
あの高慢ちきは一度鼻っ柱を徹底的にへし折ってやらねば、チーム戦で己のやらかした罪さえ認めまい。
リンナがチーム戦でやらかした罪とは、小島を攻撃する際に謙吾まで巻き込んだ件だ。
結界で守られていたから流血程度で済んだが、実戦だったら息の根が止まっていた。
しかも、その後の謝罪が一切ない。
リンナがしおらしい態度を取るのは、リント一人に限られた。
今だって一緒に昼を取っているというのに、彼女の視線は可愛い弟へ一直線。
謙吾とコーメイなど、空気の如し扱いだ。
「合同会終わったら、ぱぁっと打ち上げやんない?隼土も誘ってさ」と話を振るコーメイに反応したのはリントで、「打ち上げって敗北反省会でもやるのか?」と茶化してくる。
「違うよ、即席チーム結成の」と抜かすコーメイも何を考えているんだか、謙吾には理解不能だ。
コーメイとリントは幼馴染、チームが違うのにも関わらず、何かとつるんで遊んでいる。
謙吾はスクールに入ってから彼らと知り合った為、多少の距離がある。
隼土は今、この場にいない。
昼休みに突入した直後、弁当箱を抱えてジャンギの元へ走っていくのを見たっきりだ。
「だってチームが違うのに一緒に戦ったんだ。滅多にないじゃん、こんなの」と喜ぶコーメイに、リントは肩をすくめた。
「三年間、同じ顔つきあわせたクラスでの代表だぞ?これから何度でも同じ奴と組む機会があるっての」
「そうかなぁ〜。いやリントやリンナはそうでも、僕は厳しいからね……」と、ここでトーンの落ちたコーメイをリントが慰める。
「何でだよ。俺が選ばれるんなら、コーメイだって選ばれる。俺とコーメイ、それから謙吾が友達だってのは教官も知っているからこそ選んだんだろ」
友達間の気心で選んだかどうかは、教官本人に聞かねば判るまい。
それに友情でいうなら隼土は他四人と別段仲良しではないし、謙吾はリンナ及びコーメイと親しくない。
同じクラスってだけの顔見知り程度だと思っている。少なくとも、謙吾のほうでは。
「チーム戦は友達ごっこじゃないわ。実力勝負よ、リント」
冷たい声が割って入り、リントは口を尖らせる。
「ハイハイ、俺がいないと駄目なお姉さん。で、誰が実力勝負なんだって?お前が言うと余計嘘くさいな」
この反抗期には、さしものリンナもムッとくるかと思いきや、彼女は何故か頬を赤らめる予想外の反応を見せた。
「やだ、私に言わせる気……?もう、リントったら小悪魔なんだから。私とリントは実力者だから選ばれたのよ、決まっているでしょう」
いきなりデレるから、この女は心臓に悪い。
「ふーん、ならコーメイと謙吾、隼土も実力で選ばれたんだ。もっと胸張っていいぜ、二人とも」
もう慣れっこなのかリントはリンナのデレをあっさり受け流して、謙吾へ向き直る。
「残念会だと決めつけるのは、まだ早いか。謙吾、ソロ戦で優勝しちまえよ。応援してるぜ」
「そうだね、輝ける魂も負けたことだし」とコーメイまで調子を併せる反面、リンナは悲しげに目を伏せた。
「ソロ戦には私も出ているのに、リントは応援してくれないのね……」
「リンナは応援しなくたって強いだろ?実力者なんだし」との減らず口にも、「さっき謙吾も実力者だと言ったじゃない。なのに、あなたは彼だけ応援するのね」と誘い受け満々な態度を崩さない。
しかし、チラチラこちらへ向けられる殺気に気づかない謙吾ではない。
リンナとリントは双子の姉弟で、リンナはリントに超オネツ。
謙吾とリントは友達で、謙吾もリントに密かな想いを抱いている。
改めて考えてみれば、ぶつからないわけがないのである。この二人が。
チーム戦での巻き添え射撃は、恐らく誤爆ではなく意図的だ。ついでに謙吾も滅するつもりの。
「次の相手の大剣使いはタフだけが取り柄の奴だっけ。なら、謙吾の敵じゃないよね」
リンナの様子に気づいているのかいないのか、至って気楽にコーメイが言い放つ。
「あー、あいつなー。あいつ脳筋のふりして超エッチだから、謙吾も気をつけろよ?」
リントが眉をひそめて忠告してきたが、全く問題なしだと謙吾は内心嘆息する。
自分の背丈は無駄に高いし、やたら筋肉もついてしまったし、どう見ても可愛い系とは言い難い。
リントが小島に襲われたのは、謙吾としても許しがたい一件だ。
小島を倒してリンナも倒し、必ず優勝を決めてやる。
全ては応援してくれる、リントのために。