絶対天使と死神の話

ガチバトル編 08.残された月日


翌日も合同会のソロ戦、第二試合と第三試合が行われる。
試合観戦する原田を見つけて話しかけようとした神坐は大五郎に呼び止められて、言われるがままについていくと結界を張った風が待っており、相談したいことがあるのだと切り出された。
「末期ファーストエンド住民の寿命は短いと知っていたが、これほどまでとはな。怪物の王にならずとも、近い未来には没する予定だったのだ」
「や、誰の話をしてんだ?」
前後の見えない話で困惑する神坐を見つめ、風は淡々と答えた。
「この町の英雄だ」
「ジャンギ?」
そうだと頷き、風は校庭へと目をやった。
そちらでは始終声援が飛び交っている。試合が盛り上がっているのだろう。
ジャンギも試合を観戦しているはずだ。
「奴は町の改革に本腰を入れ始めた。仲間へ指示を飛ばして重たい腰の町長をも動かし、基礎概念を根こそぎ変えるつもりでいる。それを手伝おう」
「そんなの任務にないっつーか、世界の歴史に深く関わりすぎってのになるんじゃねーか?」と神坐が懸念を抱くのは尤もだ。
任務先の世界に深く関わってはいけない。
世界の歴史を変えてはならない。
何度も神の遣いや先輩死神に言われてきたことだ。
死神は本来、その世界にいない存在なのだから。
「我々の任務は輝ける魂を穢れから守る――だからこそ、未来を安定した形に作り変えねばならん」
首を傾げる神坐には、大五郎が風の代わりに言葉足らずな部分を補足した。
「今の不安定な町じゃ、悪党などの不安要素が出没するのを抑えきれん。町の経済が上手く回るようになりゃあ、失業者の数も減る。輝ける魂を悪用しようとする輩を生み出さないシステムを作ろうって話だ」
「町一つ作り変えた程度では世界全体に影響を及ぼさない」と風は言う。
「原田の寿命は四十七年。この期間だけでも安定させれば充分だ」
「具体的には何を手伝うんだ?」との問いにも、迅速な回答が返ってくる。
「人々の意識を改革へ向けさせる。平たく言うと我々の能力で書き換える」
要は洗脳だ。
意識の上書きを任務外で使っていいのか?と驚く神坐には、低く答えた。
「神には許可を得てある。神の遣いも言っていた、輝ける魂は末期ファーストエンド全土に影響を及ぼす存在だと。ならば、どんな手を使ってでも守り抜くのが我らの任務だ」
具体的に何をどう書き換えるのかというと、乗り気ではない人々の目を改革へ向けさせる。
記憶を改竄するのではない。
それとなく、街の噂で流してやればいい。改革で得られるメリットを。
それでも動かない者に限り、上書きが許可された。
「新生ナーナンクインとの接触を経て、ジャンギは交易で文明を発展させようと考えた。けして悪い方向ではない。自由騎士の移動範囲が一向に広まらないのは、ろくな武具がないせいだ。機械文明も失われて久しく、人々は衰退の道を辿っている」
「機械文明までは発展しなくてもいいんだ」と、大五郎。
「ただ、通貨がまんべんなく行き通りゃいい。貧乏人と富豪の垣根を低くするんだ、できるだけな」
「技術は我々がジャンギへ伝授する。武具を作るには鍛冶の知識が必要だ」との風の弁を遮って、大五郎が「鍛冶の技術は一応ありそうじゃぞ」と虚空から取り出したのは包丁だ。
「日常刃物はホレ、この通り作れるんだ。ただ、その技術が武器に向いとらんってだけで」
アーシスで鍛冶の材料として使われている鉱石は、自由騎士が外の世界で見つけてきたものだ。
しかし現状で作られる武器は、自由騎士スクールで貸し出す一式のみとされる。
街全体で武具を流通させるとしたら、ジャックスの金物屋一軒では到底手が足りない。
「自由騎士以外のスクールも必要だよな」と神坐は呟き、腕を組んだ。
アーシスの全体人口は、ざっと数えて五千人弱。
その殆どが自由騎士になってしまうせいで、商人や技術者の数は驚くほど少ない。
物資は町の外から拾ってくる。水資源も怪物が原料だというし、食べ物もそうだ。
外で見つけた植物を繁殖させて、交配による改良を加えている。
「足りないのは職や武具の他に、乗り物もだ」と風は呟き、ちらりと神坐を見た。
「あの時、速く移動できる乗り物さえあったら、お前が危機に陥る事態など発生しなかった」
この間の旅で人間の幼体に反応する怪物に襲われて、神坐は危うく消滅するところであった。
同行しなかった風や大五郎が、穏やかならぬ心情に陥ったのは言うまでもない。
「けど、あの怪物を早期で発見できて良かったと」と言いかける神坐の頭を乱暴に撫でて、大五郎が遮る。
「所詮は結果論だ。それに、足があれば探索範囲は広がるじゃろ。探索も収入源の一つだ、おろそかに出来ん」
件の怪物についても、風はこう考える。
「例の怪物はアーステイラが怪物の王になったタイミングで出現した。元々草原にいたのではなく、奴の魔力の影響で生み出されたのかもしれん。今は空を使って調査中だ」
「空、また作ったのか」と呟き、神坐は大五郎を見上げた。
「ひとまず俺達がやるのは街中に改革の噂を流して、やる気のない奴の意識を塗り替える。それでいいのか?」
「うむ」と頷き、大五郎も風を見やる。
「その改革、四十七年で成せるか?」
「成すんだ」と、風。
続けて「動きを促す一環として、我々も商売を始めよう」等と言い出すもんだから、「俺達が商売!?一体何を売ろうってんだ」と神坐が騒ぎ、大五郎も「お、俺に接待は無理じゃぞ」と難色を示す。
しかし風は仲間の動揺など全く意に介さず、己のペースで話を締めた。
「斡旋所だ。全ての商売と連動させる。ジャンギに話を通せば、奴経由で町長や商人にも話は行き渡ろう」


死神三人が相談している間にソロ戦の近接第二試合は大剣使いが圧勝し、昼飯タイムへ突入する。
「なんだよ、あのボブリンとかいうやつ。めっちゃ弱かったじゃねーか!」
パンをもりもり口いっぱいに頬張った小島が文句を言う。
いや実際、文句を言いたくなるほど第二試合は瞬殺であった。
ボブリンは短剣使いだったのだが、試合開始と同時に突っ込んできた大剣使いにふっ飛ばされて場外K.O。
双方どういった戦闘スタイルなのかを見極める暇もなかった。
謙吾の顔には見覚えがあった。チーム戦に出ていた、己龍組の代表だ。
ただ、チーム戦でも彼の動きは目立つものではなく、小島と力比べをしていた記憶ぐらいしかない。
「パワープレイと見て、いいんじゃないかしら」とジョゼが言い、水筒のお茶を一口飲む。
彼女は午前中、遠距離試合を見に行ったようで、昼食を取りに集まった際には好試合だったと大絶賛していた。
自分も、そちらを見ればよかったと原田が思ったのは、小島には内緒である。
謙吾は次の試合で小島と対戦する。同じ武器同士なら、小島が勝つと原田は信じている。
「斧と大剣は、大体パワープレイだもんね」と水木も同意し、小島を見上げた。
「小島くん、原田くんとの対戦、期待しているからね!」
水木も小島が勝つと信じて疑っていない。
「おうとも!」と答える本人も当然、次の次を考えている。
そこへ「あまり謙吾をナメんじゃねーぞ」と声がかかって、誰かと振り向いてみればリントじゃないか。
「謙吾は、うちのクラスの大剣使いじゃ一番強いんだ。強いってのはパワーだけじゃない、技巧も含めてだ」
「技巧?」
原田と水木は同時に首を傾げる。
前衛、それも大剣使いに技巧派がいるなんて、聞いた試しがない。
「そうだ、技巧だ」とリントは頷き、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
「そこのデカブツみたいに大剣使いがパワーとタフネスだけじゃないってのを、謙吾が教えてくれるだろうぜ」
「そこのデカブツって、俺のことか!?」と騒ぐ小島へはジョゼの一言「他に誰がいるのよ」が突き刺さり、小島に「酷いぜ、ジョゼりん!仲間なんだからフォローしてくれよ〜」と泣き言を吐き出させた。
しかし言っちゃなんだが、今のは原田でもフォローのしようがない。
小島のウリは耐久力と馬鹿力、それ以外ないと断言できる。
「そ、それよりリントくん、次はリンナちゃんの試合だよ。お姉さんが心配じゃないの?」
不穏な空気を変えようと水木が話題をそらしてきて、リントは一瞬虚を突かれた顔でポカンとなり、すぐに「心配?何を心配するってんだ」と返した。
「勝つも負けるも実力次第、怪我の心配だってする必要ないだろ?治療士がいるんだし」
「あ、そっちじゃなくて、その……エ、エッチな方向で」と小声になる水木は頬が赤い。
リンナは第一試合の女子と違って美少女だから、性的に襲われる可能性は段違いであろう。
しかしリントは水木の心配を、鼻で笑って受け流す。
「場外負けがあるんだぜ?いざとなったら場外へ逃げればいい。といっても、リンナを捕まえられる奴がいるとは思えないけどな。あいつの瞬発力は隼土よりも高いんだ」
「けど、間合いが違うだろ。懐に飛び込まれたら」と言いかけて、原田は第三試合のカードを思い出す。
リンナの相手は確か、斧使いと書かれていなかったか。
斧使いが弓使いや短剣使いより素早いとは思えない。素早かったら、斧を選ぶまい。
短剣使いの隼土より素早いそうだし、リントがリンナを心配していないのは当然といえよう。
だが、物事に絶対はない。
たとえ鈍臭くなくとも第一試合のワーグみたいに体勢を崩された上でタックルをくらったら、リンナだって捕まらないとは限らない。
いや、しかし、そもそも懐に飛び込ませなかったら、捕まることもないのか?
うぅんと考え込む原田の耳に、『第三試合を開始しま〜す!選手の皆さんは舞台に集まってくださ〜い!』といったサフィアの大声が聴こえてくる。
いつの間にか昼食タイムは終わっていたようだ。
残ったおかずを全部小島に押しつけて、原田はリントとの会話途中で客席へ歩いていく。
「ま、待って待って、原田くん、んんぐむっ」と慌てて弁当をかっこんで喉に詰める水木や、「んぐんぐ、原田待てって、一緒に行こうぜ」と弁当を食べながら走り出す小島、「水木さん、女子がお弁当を早食いなんて、はしたないわ。ほら、お水」と水木に水筒を手渡すジョセも急いで原田の後を追いかけた。


第三試合はリンナvsデスア。
リンナは代表戦で戦った相手だが、対戦相手のデスアは初めて見る顔だ。
水木とどっこいの背丈で、リンナの胸辺りに届くか否かといった高さだ。
あの小柄な体躯で、本当に斧なんか振り回せるんだろうか。
紫髪をパッツンパッツンに短く切り揃え、きりっとした太い眉毛で性別不明な外見だが、これも実況の紹介によると女子なのだそうだ。
相手が女子なら、リントがエッチ方面で姉を心配していなかったのにも納得だ。
少なくとも、汚いものを大事な場所へ突っ込まれる危険だけは絶対にない。
『近接第三試合は弓使いバーサス斧使い!これは弓使い断然有利と見ましたが、どうですか?リンチャックさん』
『間合いを詰められたら、わかりませんよ?それより今度こそ、好試合を期待しています』
第二試合は彼らにも退屈だったのだろう。二人の語り口は軽快だ。
「両者整列……よし、試合開始ッ!」
ジャックスの号令を聞くや否や、両者はバッと後ろに飛び退いて間合いを外す。
すぐさま撃ち出される矢の嵐がデスアを襲い、彼女はどうしたかというと。
『おぉーっと、これは意外!デスア選手、軽々と矢を避けまくっているゥー!』
斧を背負った格好で、ひょいひょいと身軽に避けているではないか。
てっきり斧で受け止めるなり弾くなりするんだと思いこんでいた原田は驚かされる。
否、驚いたのは原田だけではなく、観客全体が、わぁっと沸き立った。
リンナの矢をつがえるスピードは、相変わらず尋常じゃない。
だというのにデスアは徐々に間合いを詰めており、「くっ」と小さく呻いたリンナが後退するのに併せて、さらに間合いを狭めていく。
飛んでくる矢を全て避けながらの移動だ。
並大抵の動体視力ではない。
「なんだアイツの動き、気持ち悪ィー!斧使いって動きじゃねーぞ」
騒ぐ小島を「気持ち悪いは言いすぎだよ!」と水木が窘め、しかし彼女が短剣や拳ではなく斧を選んだ理由は原田にも見当つかない。
重量系前衛の戦闘スタイルは武器で防御し、突進で間合いを詰めるのが一般的だ。
ひょいひょい身軽に避けまくりながら、少しずつ前進する斧使いなんて初めて見た。
『逃げるリンナ選手、追うデスア選手!あぁーっと追いつかれた、あぶなーい!』
デスアの武器は小型の斧、手斧だ。あれなら小柄な奴でも振り回せる。
振り回された手斧をリンナが寸前で避けて飛びずさる。
すぐにデスアが斧ごと突っ込んでくるのも紙一重で避けたリンナは、どうにか間合いを外そうと舞台上を走り回っているのだが、なかなか振り切れない。
リンナの移動はリントほどではないものの、うっかりすると見失いそうなスピードだ。
その彼女に、ぴったりついてくるデスアも只者じゃない。
『まさかのスピード勝負となりました!リンナ選手、ぴったりマークされて弓を構える暇がなーいっ!』
このまま走り回っているだけでは、いずれ体力が尽きて負けてしまう。
リンナも同じ考えに至ったのか、一転してデスアの懐に飛び込むと、弓で彼女の顔を引っ叩く。
「ぎゃ!?」と思わぬ不意討ちでよろめいた隙を逃さず、間合いを外した後は矢を三本、並列に撃ち込んだ。
確か伝家の宝刀だったか、アーステイラ戦でチェルシーがやってみせた弓使いの技だ。
ただしチェルシーと異なるのは、三本並列の矢が一回きりではなかった点だ。
三本ずつ、立て続けに飛んでくる。それらは一直線にデスアめがけて襲いかかった。
「なんだアレェ!?えぇぇ、怖ぁぁぁ!あんなの避けらんねぇ!」と小島が叫ぶのは、チーム戦でのトラウマか。
『すごい技です、リンナ選手!その技も軽く避けるデスア選手も只者ではなーい!』
目の前では、ひょいひょい避けるデスアに併せて軌道をずらして三本ずつ射るリンナがいる。
弓矢の欠点は一直線上にしか矢を射れない点だな、と考えていた原田は、不意にデスアの姿を見失った。
「えっ!?」と会場全体が驚く中、ぽつりと呟いたのはリンチャック。
『あ〜、落ちましたねぇ』
『……そのようですね』とファンフェンも頷き、何が落ちたんだと訝しがる観客の視線の先でジャックスが高々と手をあげた。
「デスア、場外!リンナの勝利とする!」
あっとなってデスアの消えた場所付近へ、もう一度目を凝らしてみれば。
「ぐ、ぐぐぐ……不覚」とぼやいて舞台の下で尻餅をつく少女こそは、皆が見失ったデスアであった。
舞台の端まで追い込まれているのに気づかず、避けた拍子に場外へ転がり落ちたようだ。
相手の素早さを逆利用した、リンナの作戦勝ちである。
再び観客がわぁっと沸いて、この日の試合は全終了。
リンナは次回シード扱い、第六試合勝者との対戦相手になる。
自分たちがシードだと受け取っていた小島と原田は、これに気づいた時アレッ?となったのだが、そもそも八人いる選手のうち二人を一回休みにしたの自体に無理がある。
アーステイラ戦後すぐにソロ戦を始める日程にしたのも、ズレが出た原因の一つだろう。
まぁ、それほど原田はシードに拘っているでもなし、小島に至っては全員と戦いたくて試合に出たのだ。
試合回数が一回減っただけで、大した問題じゃない。
第三試合は二人とも女子だったし、単に男子との体力差を考えての組み合わせなのかもしれない。
「リンナ強ェー。あいつとサシで戦うんだったら、やっぱ開始と同時に間合いを詰めるっきゃねーなぁ」
ぶつぶつ呟く小島を背に、原田は水木を「帰ろう」と促す。
それと、同時だった。
「よぉ、ご一緒させてもらうぜ?お前らに話しておきたいこともあるしな」と神坐が声をかけてきたのは。
22/05/18 UP

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