生徒や観客が昼食を取っている間、怪物の王戦で使われた土台が撤去されて、ソロ戦用の土台が運び込まれる。
ソロ戦の試合はトーナメント方式。
近距離と遠距離の二つに分かれて、それぞれの第一試合が本日の午後に行われる。
原田と小島はシード、第一ないし第二勝者との対戦に収まっていた。
怪物の王との戦いでの疲労を考えての采配であろう。
疲れているかと言われたら、確かに疲れている。
触手に振り回されたせいで、心身ともにクタクタだ。
だからといって休んでばかりもいられない。
決勝で戦うかもしれない相手の研究は必要だ。
魔術使いが術を唱えるとハイスピードで土が積みあがり、その上へ人足がタイルを並べていく。
再び魔術使いが術を唱え、炎魔法でタイルが固定されて、あっという間に舞台の完成だ。
「近接第一試合は、ワーグ対ジャグネットだってよ」
対戦表を読み上げる小島の横で、原田も確認する。
「リントは出ていないのか……」
「えー、なんだよ。エッチが怖くて逃げたのかぁ?」
セクハラかました本人には、リントも文句を言われたくあるまい。
「というよりは、お姉さんに止められたんじゃない?」
きっと水木の予想が正解であろう。
近接トーナメント、第二試合は謙吾対ボブリンとなっている。
トーナメント表を眺めていた水木が驚きの表情を浮かべた。
「第三試合は弓vs斧だって。……あれっ?リントくんは出ないのに、リンナちゃんは出るんだ」
彼女はリントが側にいないと、やる気激減という噂だが、ソロで戦えるんだろうか。
エロあり急所狙いありの試合に女子が出るというのも、心配である。
だが本人が出ると決めた以上は、原田が口を挟む問題ではない。
『本日の試合に出場する選手の皆さんは、舞台にお集まりくださーい!』
サフィア教官の大声がメガホン越しに響き渡り、何人かが舞台へ走っていく。
「お、始まるぞ。もっと近くに寄って見ようぜ」と小島に誘われて、原田たちも空いている前方席を探した。
第一試合の片手剣使いは、ウィンフィルド組のチーム代表としても出ていた少年だ。
マッチョというほどムキムキではないが均等の取れた筋肉で、緑色の髪を短く刈りこんでいる。
鼻筋の整った、なかなかの男前で、やや吊りあがった眼差しは好戦的な性格を偲ばせた。
こうして全身像を眺める余裕がチーム戦ではなかったが、今なら、じっくり眺められる。
対するジャグネットとやらは初めて見る顔、よそのクラス二つのどちらかに所属する生徒であろう。
服の上からでも判るゴリゴリの筋肉質で、二の腕はワーグよりも太いんじゃなかろうか。
長い黒髪はバッサバサ、ゲジゲジの太い眉、パサパサに乾ききった分厚い唇、腰回りの太さ等から最初は男子かと思ったのだが、実況の紹介によると女子らしい。
「女だったのか!」と驚いたのは、原田の隣に座る小島だけじゃない。
あちこちで似たような感想があがっている。
「女の子は遠距離トーナメントにも、いっぱい出てるねぇ。怖くないのかな」
水木の呟きには、ジョゼが反応した。
「恐いって何が?怪我が?」
「え、あ、うん。それもだけど、エッチあり……なんでしょ?知らない人にエッチな真似されるのって嫌じゃないのかなぁ」
「あぁ、そっち」と頷き、ジョゼは眉間に皺を寄せる。
「嫌なら持ち込ませなきゃいいのよ。牽制で距離を取るなり、先手必勝の一撃必殺を狙うなりして」
「ジョゼちゃんはソロ戦、出ないんだよね」と水木に確認されて、ジョゼは即座に頷いた。
「えぇ。親に出るなと命じられたら、従うしかないでしょ」
一番最初は出る気満々だった。
ルールが改訂された後も出るつもりでいたのだが、両親に止められて渋々欠場を余儀なくされる。
しかし今にして思うと、ソロ戦への出場を取りやめたのは正解であった。
触手に弄ばれて、散々無様を晒してしまったのだ。ソロ戦で同じ目に遭わないとは限らない。
「両者、整列!」とジャックスの号令を受けて、ワーグとジャグネットが向かい合う。
「槍使い、ねぇ。斧のほうが似合うんじゃないか?」と挑発してくるワーグに、ジャグネットは瞳を輝かせて鼻息を荒くした。
「イ・ケ・メ・ン……!」
「はぁ?」となるワーグへジャックスの「私語は慎め!」との注意が飛んで、すぐに試合開始の号令がかかる。
ワーグはセオリー通り後方へ飛び退いたが、ジャグネットは間合いを取らなかった。
槍を構えることなく、胸を両手でドコドコ叩いて「ウオォーッ!イケメン!イケメン!」と叫びだしたのである。
この行動には何の意味があるのか、ピコの奇声と同じく牽制のつもりか。
「ナメんなっ!」と突っ込んできたワーグを真っ向から迎え撃つ。
「イケメン……チンコ見せろォ、オラァッ!」
ぐわっと両手で掴みかかってくるのをワーグは寸前で身をかがめて避けながら、反対側へと走り抜ける。
『おぉっとぉー、これは予想外の展開!まさか女子が襲われ側ではなく、襲いかかる側だとは!?』
唾を飛ばして興奮する実況と比べたら、解説の反応は鈍い。
『彼女が襲われたとしても、誰得展開じゃないですかねぇ』
どちらが襲う側でも構わないが、彼女が槍を使っていない点には二人とも突っ込まないんだろうか。
舞台上ではジャグネットが両手で押さえ込もうと飛びかかり、そいつをワーグが身軽な動きで避けまくっている。
片手剣使いの防戦一方な展開に、客席からも声援が飛び交った。
「ワーグ!足を引っ掛けて転ばせろ!場外、狙えー!」
「ジャグー!色気はいいから、試合に集中してー!」
何度目かの攻防で、ジャグネットの背後に回ったワーグが攻撃に転じる。
「背後がガラ空きだぜ!」
剣で背中を斬りつけられたにも関わらず、ジャグネットは痛みで蹲ったりせず。
「痒いわ!」と叫ぶや否や、背負っていた槍を手に取っての反撃に、ワーグは「うぉっとぉ!」と盾で受け流すも、体勢が崩される。
その瞬間を見逃すジャグネットではない。
「チンコー!」
野生の雄叫びを放つと同時に勢いよくダイブしてきて、ワーグは盾ごと押し潰された。
跳ね除けようと考える前に、ジャグネットの両手で顔をがっちり掴まれて、ぶちゅうっと強引に唇を奪われる。
「んぶぅっ!」
『うわー!強引にキスが決まったー!』と叫ぶ実況は、はしゃいだ様子で隣の解説にも話題を振った。
『女子がエッチな真似に遭わされるのは、ありきたりでつまらない展開ですけど、こういうのは新鮮ですよね?』
『私には、どちらも男子に見えます』と無礼千万で返す解説は、つまらなさそうな顔で鼻毛を抜いている。
原田以外のエッチ展開には、本気で興味がないのであろう。困ったものだ。
「……遠距離マッチは、真面目に試合が進んでいるみたいだね」と、水木。
二試合並行展開において、双方別途の実況と解説がついており、遠距離が見たい人と近距離が見たい人とで観客席も分かれている。
遠距離舞台方面からは悲鳴や怒号が聞こえてこないから、危険な展開には持ち込まれていないと見るのが妥当だ。
こちらは悲鳴や怒号が飛び交っている。主に観客席から。
「やだー!ワーグくんに何してんのーっ、さっさと離れろ、このブス!!」
眉間に青筋立てて怒鳴っているのは、ワーグと同じクラスの女子と思われる。
「ブスって問題じゃないよな」と呟いた小島の発言は、隣に座った男子の「ワーグッ、金的だ!ついてなくても股間は蹴られると痛い!」といった声援でかき消された。
「どこを蹴ったって跳ね飛ばせそうにないんだけど」
水木の感想には原田も同感だ。
やはり重量級に押さえ込まれてしまうと、それより体重や身長が劣る者は生半可じゃ抜けられなくなるのだ。
舞台上ではワーグにジャグネットが伸し掛かり、じゅるじゅると不快な音を立てて熱烈キスをかましている。
このまま一方的な窒息K.Oで終わるのかと思われた試合は、ジャグネットの「グオェッ!」といった、色気もヘチマもない悲鳴で新たな展開を迎える。
彼女が怯んだ隙に転がり抜けたワーグが、盾と剣を構え直した。
「……チッ。てめぇ、ちゃんと歯ァ磨いてんのか?臭いし、苦いぞ」
あれだけ執拗にジュルジュルされたのに少々顔色が悪くなった程度で、戦闘意欲が衰えていない彼には感服仕る。
自分が、あんな目にあったら絶対、気を失う自信があると原田は考えた。
脳裏にボーリンのニヤケ顔がよぎり、慌てて首を振って嫌なイメージ画を振り払う。
「グフゥッ……イケメン……」
腹を押さえて呻いているあたり、ジャグネットは剣の柄で土手っ腹を突かれたと見て間違いあるまい。
女子が相手でも容赦ない。さすがルール改訂後のソロに出るだけはある。
「イケメンの……罵倒であれば、甘んじて受けるッ」
ぐいっと涎を腕で拭ったジャグネットも槍を構えて、両者は睨み合った。
『見せろと言っていた割に脱がさないなんて、甘いですよね!?ここは是非、押さえ込んでいるうちにズボンの中身を弄るべきでした!あぁん、イケメンの甘い喘ぎ声は会場にいる全女性が聞きたがっていたはずですよ!』
『はぁ、そういうもんですかね。私としては、槍対片手剣の真剣勝負が見たかったんですが』
ファンフェンが興奮気味なのに対し、リンチャックは白けた顔で適当に頷いている。
「両手で顔掴んでたんじゃ、チンチン弄る手が足りないじゃねーか。何言ってんだ、あの実況」
小島が尤もな突っ込みを呟く間に睨み合っていたうちの一人、ワーグが攻撃に出た。
「てめぇみたいなデカブツは、場外に押し出すのが一番だ!そらそら、そらぁっ!」
一撃のもとに斬り伏せるのではなく、何度となく剣を振るっての連撃だ。
これにはジャグネットも「ぐぬぅっ!」と押され気味、槍で受け止めているものの、ずるずると後退してゆく。
『こっ、これは!イケメンの本領発揮か!?ジャグネット選手、猛攻に押されているー!』
ワーグの快進撃に会場全体が沸き立つ中、「イケメン関係なくない?」とジョゼが突っ込む。
剣の動きが目にも留まらぬスピードにまで達した時、ついには槍も弾かれて。
受け止め損ねた一瞬の隙をついて、ワーグが足払いを仕掛ける。
「グゥワッ!」と叫んで、ジャグネットが場外へ転がり落ちた。
「そこまで!ジャグネットの場外負けにつき、ワーグの勝利とするッ!」
ジャックスの判定が出た直後、観客席は大歓声に包まれる。
「ワーグ、あいつ一度も反則技使わなかったな」と、小島が感心したように呟く。
彼は最初から最後まで正攻法で戦っていた。
下品なセクハラが相手でも自分のペースを崩さないとは、ますますもって感服だ。
舞台を降りてきたワーグに、白いローブの少女が抱きついた。
「ワーグ!もう、ハラハラさせないで。おめでとう、第一試合突破」
「なんだ、俺が負けると思ったのか?」と笑って、ワーグが少女の頭を撫でる。
あの少女はチーム戦にも出ていた、回復使いじゃあるまいか。
二人は恋人同士だったのか。
原田の視線の先では、なおもイチャイチャする二人がいる。
「負けるとは思っていなかったけど、あんな女にキスされて気持ち悪くなったんじゃない?吐きたいなら、紙袋が此処にあるけど」と紙袋を取り出す少女に肩をすくめて、ワーグが言う。
「吐くより誰かさんが上書きしてくれたら、一気に回復するんだけどな」
「もう、何を言っているの、人前で」と恥ずかしがる少女は、赤らんだ頬に手を当てた。
「そうだな。ここじゃ何だし俺んちで続きをしようぜ、ソマリ」
少女の肩を抱いて去っていくワーグから目を離し、原田は幼馴染を促した。
試合が終われば、今日の日程も終了だ。
「帰ろう」
「うん」と水木が頷き、三人揃って帰る中。
「明後日の試合で、お前とワーグが当たるのか。めっちゃ強いけど、絶対負けんなよ!原田」
小島に応援された原田は、じっと地面を見つめて考える。
片手剣使いが最後に見せた猛ラッシュは凄かった。
あれをチーム戦でやられていたら、こちらが負けていたかもしれない。
「絶対とは約束できないが、一方的な戦いにならないよう善処を尽くす。それで勘弁してくれ」
「んも〜、正晃ちゃんは慎重だなぁ。たまには絶対勝つ!とか豪語したっていいんだぜ?」
小島の冷やかしを半分以上聞き流しつつ、原田は尚も片手剣対策を脳内で練りながら帰路についた。