絶対天使と死神の話

ガチバトル編 06.同じでなくて、ごめんね


「ふぅっ……」
まさか、この歳になってスクールのトイレで自慰する日が来るなんて。
怒張した己のものを宥めながら、ジャンギは溜息をついた。
あの試合、アーステイラとの一戦で触手に原田が囚われた時、股間を堅くしたのはリンチャックだけではない。
ジャンギも原田の痴態から目が離せなくなり、下半身に熱い滾りを感じた。
だが無名の画家と異なり、こちらは町の英雄である。
人前で色欲を発散させるわけにもいかず、試合の結末を見届ける事なくトイレへ駆け込んだ。
外は大歓声が、鳴り止まない。原田が勝利したとみていいだろう。
途中経過はジャックスから聞き出すとして、試合終了直後にお祝いの言葉をかけてやれなかったのは残念だ。
「……んっ……」
早く会いに行きたいのに、己の高ぶりが収まらない。
脳裏で思い浮かべるのは情事妄想だ。
保健室のベッドで横たわる原田の細い身体を抱きしめ、口づけを交わす。
小さく喘いで上目遣いに原田がジャンギの名を呼び、それに応えるべく薄い胸に顔を埋めて舌を這わせる。
喘ぐ原田を一層強く抱きしめると、尻の穴を探り当てて指を滑り込ませた。
触手に弄られて漏らした声が、脳内での妄想と重なりあう。
いつしかジャンギも、原田の名を呼んでいた。
「はらっ……だ、くんっ……」
ただし妄想ではなく現実のトイレ、鍵をかけた個室で。
引き続き脳裏では、うつ伏せに横たわった原田の上に跨って腰を振る自分がいる。
腕の中で原田が切ない声を漏らし、脳内での腰の動きと現実での手の動きがシンクロする。
「ん、ん……っ!」
絶頂が近い。
あと少しで、ここを抜けられる――
ひたすら、脳内妄想での腰の動きに併せて己のものを手で扱く。
「……っ!!」
弓なりに体を反らせて、したたかトイレのドアへ放った直後だった。
隣の個室と思わしき方角から、聞き覚えのある堅苦しい声が話しかけてきたのは。
「そこまで好きだと言うのなら、何故現実で手を出さない?」
「ソッ、ソウルズッ!?」
壁を隔てての声かけだというのに、ジャンギは咄嗟に片手で股間を隠す。
「俺に言ってくれれば皆に判らぬよう、あの場で発散させられたというのに」
「い、言えるわけないだろ……?」
トイレのドアを塵紙で綺麗にしてから、ジャンギはズボンのチャックを引き上げた。
壁の向こうからは、なおも追及が飛んでくる。
「それはそうと最初の質問に戻るが、何故、やつに手を出さない?」
「俺と彼とじゃ歳が違いすぎるよ。それに原田くんだって、恋人に先立たれるのは悲しいだろ?」
「年の差など大した問題ではないし、お前が先に死ぬとは限らん」との屁理屈に、ジャンギは付け足した。
「……いや、確実に言えるよ。死ぬのは俺が先だと」
「何故だ?年の差換算か。だが、やつも自由騎士になるのだぞ。依頼で命を落とす可能性はゼロではない」
ソウルズの意見は至極真っ当、輝ける魂といえど死の確率は例外じゃない。
どれだけ用心深い人でも怪物の不意討ちや仲間の裏切り、予想外の展開で命を落としてしまうのが自由騎士だ。
ただし今の時点で現役になっていれば、だが。
見習いの段階で死に至ったケースは極稀、街周辺で遭遇する怪物から致命傷を受ける心配は低い。
「そう……だね。彼がスクールを卒業した後は判らないよね、どこで命を落とすかなんて」
「そうだ。今から暗い未来を心配するのは詮無きこと、さっさと契ってこい」
「その時まで俺が一緒にいられたら、よかったんだけど、ね……」
ジャンギは小さく呟いて項垂れる。
小声すぎたか壁を越えては届かず、ソウルズに「なにか言ったか、ジャンギ」と聞き返されて、ジャンギは頭を振った。
「いや、なんでもないよ。それよりトイレで長々雑談ってのも何だし、そろそろ出ようか」
お互いに個室を出て、手を洗う。
先に手を洗い終えたソウルズが、真顔で話しかけてきた。
「ジャンギ。俺は、お前が求める誰かと幸せになってほしいと願っている。俺の告白を受け止めてもらえぬ以上」
「うん……その、ごめん。君が俺を、ずっと、そういう意味で好きだったと知らなくて」
謝るぐらいなら想いを受け止めてほしいとソウルズは思うのだが、愛していると本音を吐き出した後もジャンギの態度は友人のままで一線を越えさせてくれそうにない。
だったら、無理にでも諦めるしかない。
どれだけ求めても、こちらに恋心を向けてもらえないのでは。
不満が表情に漏れていたのか、ジャンギには、くすっと笑われた。
「でも、まだ本音じゃ受け止めてほしいって思っているんだろ?顔に出ているよ」
「判っているのなら聞くな。勿論、受け止めてもらえるのであれば受け止めて欲しいに決まっている。だが、お前は原田が好きなのだろう?」と仏頂面なソウルズへ頷き、ジャンギは彼の顔を見ずに呟く。
「君のことも好きだよ。親友として、だけど。ごめんね……同じ恋愛の"好き"じゃなくて」
「謝るな」
仏頂面で切り返した後、ソウルズは幾分口調を和らげる。
「お前が俺に性的な魅力を感じないのなら、所詮は身勝手な片想いだったというまでだ。だがジャンギ、俺は失恋しようと友人までやめるつもりはない」
「うん」
もう一度頷いて、ジャンギはソウルズと向き合った。
「絶交されるのも覚悟していたけど……ありがとう、友達でいてくれて」
「当たり前だ」
ここぞとばかりに力強く頷いて、ソウルズはジャンギを抱きしめる。
「お前に交流断絶されない限り、俺は死ぬまで、お前の味方であり友でありたいと思っている」
本人が文句を言わないのをいいことに、思う存分ジャンギの匂いを堪能した。
具体的には先程放ったばかりの、精液の残り香だ。
失恋したといったが、ジャンギへの熱き想いは今もソウルズの奥底で燻っている。
現実で手を出さないかわりに脳内妄想する程度だったら、ジャンギだって怒るまい。
「早く、原田くんにおめでとうって言ってあげなきゃ」
ぽつんと呟いて、ジャンギが身を離す。
「ソロ戦は昼飯後だ。その前までに言ってこい」
ジャンギがトイレを出ていった後。
おもむろに踵を返したソウルズは、ジャンギの使っていた個室に入って鍵を閉める。
残り香に鼻をひくつかせながら、愛する親友との甘く淫らな妄想を脳内に描き始めた。


ソロ戦は昼食を挟んだ午後イチから開催される。
原田はチームメンバー及び、それぞれの家族に加えて、死神たちとも一緒に弁当を囲んだ。
「大儀であったぞ、正晃。さすがは俺の見込んだ麗しい君だ」
なんでか偉そうなヤフトクゥスは完全無視して、原田は神坐の褒め言葉へ耳を傾ける。
「やるなぁ、原田!あんな綺麗な終わり方にするたぁ、俺も正直思ってなかったぜ」
「綺麗?全裸のおっぴろげが?」と水木が首を傾げるのに頷き、神坐が自分の予想を話す。
「お前らは奴の特殊能力でザクザクに流血して地べたで這いつくばり、原田とアーステイラは中央で殴り合って顔面をボコボコに腫らしながら、最終的には原田のパンチで校舎へ叩きつけられたアーステイラが大量に喀血するってな展開を予想していたんだ、俺ァ」
思ってもみない熱血バトル展開予想に、全員目が点になる。
原田の武器は鞭だし、もし一対一の魔法対決になったとしても殴り合いには発展すまい。
「血の一滴も流さず、ふんわり元に戻すなんて、俺達じゃ絶対真似できねぇ。さすが輝ける魂だな!」
「あぁ、よくやった。お疲れさん」と大五郎にも頭を撫でられて、原田は「ありがとうございます」と返しつつ、ぽそっと尋ねた。
「無事に終わったのはいいんですが、少々予想外の結果が出てしまいました……あれは、どうしてなんでしょう」
「服が消滅した件か?」と風に訊かれて、頷く。
「俺が脳裏で描いたのは、怪物化で変貌した容姿の消滅です。服まで消えろとは念じていなかった、なのに」
服まで消滅した上、大股開きの恥ずかしい格好で固定されてしまったのは何故なのか。
恐らくだが、と断った上で風が推測を話す。
「服も怪物化により変貌した。お前が浄化を消滅だと解釈したのであれば、服まで消えたのも自然な流れだ」
恥ずかしい格好での固定についても、風は、こう推測する。
「お前とジョゼはアーステイラの触手によって辱めを受けた。魔法をかける際、無意識にそれを思い出し、魔法効果へ恨みが相乗したのかもしれん」
「つまりジョゼのビーチク丸出しと原田のチンチン丸出しをかけあわせた結果、全裸が誕生したのか!」
小島の理解に風は頷き、ジョゼには「もう、やっと怒りが収まってきたのに思い出させないで!」と怒られる。
彼女は試合終了と同時に下女の持ってきた替えのローブに着替えたのだが、着替えるまで何人の目に露出部分が晒されていたのかと考えると、アーステイラを何万回八つ裂きにしたって気が収まるまい。
それでもジョゼはアーステイラをボコ殴りにしたりせず、皆とこうして昼飯を食べている。
ピコが登校している手前、仕返しは人目に触れない場所でヒッソリやるのかもしれない。
ピコはアーステイラと保健室へ消えて以降、一向に戻ってくる気配がない。
今日は一日、保健室でイチャイチャしまくるつもりであろう。
「上も下も見られまくったのにスクール、再開できるのかなぁ」と心配するチェルシーに「大丈夫だろ、あいつの神経図太いし」と小島が適当に答える。
そこらへんはピコがうまくフォローしているだろうし、原田もアーステイラの心配は、していない。
ちらりとジョゼを見やり、励ましておいた。
「もし、あの試合の件で誰かに何か言われたら相談してくれ。言いふらしたりしないよう、俺が説得してみせる」
「大丈夫よ」とジョゼは気丈に笑い、逆に原田を慰めてくる。
「何か言われたら、アーシスに住めないようにしてやるだけよ。原田くんも気を落とさないでね」
そういや、彼女の家は富豪なのだった。
富豪の圧力にかかったら、悪口を言う奴など町から一掃されよう。
むしろ心配しなきゃいけないのは原田自身の今後だが、モロ出しに反応していたのはリンチャックぐらいだし、同級生で目撃していた者がいたとしても、気に留めていないと思いたい。
「随分アーステイラの全裸を気にしてっけど、原田のチンチンにゃ興味なかったのか?チェルシーは」
小島のトンデモ質問に、頬を真っ赤に火照らせたチェルシーが泡を食う。
「きょ、興味も何も一瞬だったし、そんなにジロジロ見てなかったし!?」
「そうだな」と同意するのは意外にもベネセで、何度もウンウンと頷いた。
「一瞬で触手に覆われたから、ほとんどの者が見ていなかったんじゃないか?例の解説者以外」
解説者や小島の大声で原田も露出させられたと知ったのだ、とは彼女談。
ベネセが視線を向けた時には、触手が絡まりまくって先端すら見えなくなっていた。
結界内でも目撃者は少ない。あの時は、全員が触手に翻弄されていたのだ。
「じ、神坐さんは、その、試合。全部、見えていましたか……?」
原田に尋ねられて、神坐は、あっけらかんと答える。
「俺達ァ千里眼を使ってっから、中の様子は把握できていたぞ。けど他の奴らにゃ、試合の大半が見えてなかったんじゃないか?触手が、すげー邪魔だったし」
外から眺めた光景だと大量の触手が舞台を囲む形で蠢いており、結界内からは絶えず怒号や悲鳴が聞こえてくるけれど、具体的に何が起きているのかは実況が説明するまで判らない。
観客が認識できたのは、触手に吊り上げられたジョゼの痴態とアーステイラの大股開きぐらいだ。
あとは何がなんだか、さっぱりだったのではあるまいか。
「お前が脱がされた時にゃあコンニャロって思ったけど、千倍返しでスカッとしたぜ!」
このやろう、とアーステイラに怒りを覚えてくれた。
それだけで原田の胸は感動で一杯になり、神坐への想いが高まった。
キラキラと羨望の眼差しで神坐を見つめていると、背後から声をかけられる。
「試合、お疲れさま。そして浄化の成功おめでとう、原田くん」
誰かと思えば、ジャンギだ。
ガンツやジャックス、友人ズも引き連れてのご登場だが、これまで何処に居たのだろう。
「ありがとうございます」と頭を下げる子供たちへジャックスが笑いかける。
「おう、原田と小島はソロ戦にも出るんだろ?期待しているぜ、お前らのどっちかが優勝すんのをよ」
「こいつ、小島の優勝に賭けたんだ」とはガンツの弁で、賭けた?と首を傾げる面々にはミストが解説した。
「ソロ戦の試合に、お金を賭けられるんですよ。大人専用の娯楽ですけどね」
「スクール公認だから、あやしい賭博じゃない。とはいえ真剣勝負に金を賭けるのは、どうかと思うけどね」とジャンギは眉をひそめていたが、ややあって肩をすくめる真似をした。
「スクールも最近は経営難だそうだから、仕方ないか。君たちは健全に、屋台で何か買ってあげてくれ」
屋台収入の何割かはスクールの収入になると聞かされて、ついでとばかりに大五郎が尋ねる。
「経営っつぅても学費は基本タダよなぁ?スクールってなぁ誰が、どうやって運営維持しとるんじゃ」
「町長だよ」とジャンギが答える横で、ミストも付け足した。
「えぇ、学費は無料、スクールは代々町長の財産で賄っています。ただ、最近は賄賂が滞っていますので、合同会を使っての大儲けを考えたようですね」
知らなかった。
何もしていない、無能だと思っていた町長が、そんな役回りを担っていたなんて。
ポカンと呆ける原田や小島を見渡して、ジャンギは微笑んだ。
「驚いたかい?町長はスクールの学長も兼ねている。普段は顔を出さないけどね、他の仕事が忙しくて。もし町で出会ったら、挨拶してあげるといいよ。きっと、ものすごく喜ぶと思うから」
そうだろうか。
どうしても尊大な態度の彼しか思い出せず、原田は首を傾げる。
だが、まぁ、英雄の顔を立てて一度ぐらいなら挨拶してやってもいい。
まちなかで町長と出会う、それ自体が滅多にないのだし。
「ソロ戦も応援しているよ。がんばれ、皆。ただし、くれぐれも無理しないようにね」
昼食を終えた原田たちはジャンギの応援を背に、生徒席へ走っていった。
22/04/29 UP

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