絶対天使と死神の話

ガチバトル編 05.輝け!魂


水木の魔法が決まった瞬間、触手の全てが制御を失う。
原田とジョゼは「きゃあ!」「うわっ」と一斉に落下し、小島たちが駆け寄った。
「大丈夫か、原田!」
「水木も来い、囲んで守るぞ!!」
ベネセに呼びつけられて水木も走ってくると、攻撃手段を持つ者で術使いを囲んだ陣形を組む。
打ちつけた背中を擦る原田を見上げて、水木が微笑んだ。
「原田くん、私の魔法見てくれた?」
「あぁ」
聞きたいことは色々ある。
だが、その前にアーステイラが立ち直り、触手も復活した。
「うぐぅ……よくもやってくれましたね、下等生物の分際で!」
「下等生物だって魔法ぐらい唱えられるもんねーだっ」
水木らしからぬ挑発に原田が驚いていると、こそっと囁かれる。
「原田くん、さっきの魔法ならアーステイラを倒せると思う。私は疲れちゃって二発目は無理だけど……原田くんが真似してみて?ただ、威力が強くなりすぎないよう原田くんなりにアレンジしたほうがいいかも」
よく見ると水木の額には汗が浮かんでおり、普段より息も荒い。
魔法も大技になると疲労を伴うのか。
「二度と魔法なんか唱えられないよう、ぐっちゃんぐっちゃんにしてやりますー!」
アーステイラが手を振り下ろすと、触手が一斉に原田たち目掛けて襲いかかってくる。
「てやんでぇ、狙う場所が集中しているんだったら守るのは簡単だぜ!」
正面の触手は小島が一手に引き受けて、横合いからの攻撃にはチェルシーとベネセが対応に当たった。
ジョゼも開放されてしばらくは屈辱と羞恥で身体を震わせていたが、今は、すっかり立ち直っている。
「……ぜぇったいに、許さない。ぐっちゃんぐっちゃんになるのは、そっちだわ!!」
キレにキレまくった怒りの表情で吐き捨てた後は、呪文の詠唱に入った。
何を唱えるのかは判らずとも、基本を守る彼女なら、きっと触手を一掃してくれるであろう。
原田が狙うのは、アーステイラただ一人。
先ほど水木が放った魔法を脳裏に思い浮かべてみる。
きらきら輝いて綺麗だったし、ふわふわ漂う様子は触ると柔らかそうだった。
どう考えても、見た目から感じられる印象は"痛い"ではない。
それに痛いのを何度も受けていたら、いくら頑丈な怪物とて死んでしまうかもしれない。
俺は、あいつを殺したいんじゃない。元に戻したいんだ。
されど一旦動きを止めさせなければ、触手がまたエッチな攻撃を仕掛けてくる。
アーステイラの動きを止めるには、どうすればいいか。どんな威力なら、一番効果的なのか。
ふと脳裏に浮かんできたのは、触手に吊り下げられたジョゼの姿であった。
全然"痛く"ないのに、呪文も唱えられないぐらい無力化させられた。
ああいうふうに、やんわり無力化するとしたら……
ふわふわした柔らかいもので包み込んで身動きを封じた上で、全部まっさらにしてしまおう。
大体のイメージが固まった後は、アーステイラの元へ飛んでいく光を想像する。
原田が想像している間も『一体何処に精神力が残っているのかというぐらい、触手の猛攻が続いています!しかし、しかァし、小島選手、見事な打ち払いで触手を退けているゥゥ!』と実況は唾を飛ばして大興奮。
ベネセやチェルシーだって負けておらず、矢で牽制して触手を近づけまいとしているが、開始から撃ち続けているせいか矢のストックは心許ない。
「くそ、さすが怪物、高い魔力は健在か!」
ベネセが舌打ちする反対側では、弓を剣代わりに振り回すチェルシーの姿が。
「うぅっ、早く早く、ジョゼちゃん……きゃぁっ!」
しかし弓では払いきれず、バシッと跳ね除けられて陣形に穴が開く。
『あぁっと、チェルシー選手弾かれたぁ!そのすきに触手がジョゼ選手目掛けて入り込むーッ!』
「させないーっ!」と間に飛び込んだのは水木で、触手は勢いよく彼女に絡まりまくって高く釣り上げる。
「水木ッ!今助け、ぐわぁっ」
振り返った小島も後頭部を殴られて倒れ込む。
「バカ、自ら陣形を崩すやつがあるか――クッ!」
前後阻まれたベネセも触手に捕まり、完全に陣が崩された。
「ひっ!?」と再びジョゼの身体に触手が巻きつき、呪文が中断された直後。
原田は瞼を閉じたまま、片手を前に差し出した。
掌に淡い光が灯ったのも一瞬で、ふわぁっと何かが溢れ出す。
「え?バカハゲも魔法、使えるんですか?」
ぽかんとするアーステイラの元へ、キラキラした淡い光が、ふわふわと飛んでゆく。
光のカーテンは、やがて彼女の身体を包み込むと、温かいぬくもりを伝えてきた。
「あら、気持ちいい……でも、これ、何なんでしょう」
攻撃呪文ではない、どちらかというと回復呪文のような心地よさだ。
もしや、これが絶対天使へ戻れる魔法なのでは?
アーステイラは、身体全体が清められる感触に意識を委ねる。
ゆらゆらと微睡む中、次第に歓声が膨れ上がっていき、皆は一体何を騒いでいるのだろうと夢うつつに考えた。
そして、意識がはっきり戻ってきた時に気づいたのである。

キラキラした淡い光が両手両足を雁字搦めにした上、宙へ浮いた位置にM字開脚で固定された己の格好に。
それだけではない。
これまで着ていたはずのドレスが、まるっと消滅した。
上から下まで、すっぽんぽん。その状態での大股開きだ。

「うぉぉー!怪物の王の御開帳ォォォー!!」
野太い声が校庭一面を覆い尽くし、いかにも恋愛と無縁そうなオッサンどもが拳を突き出しての大喝采。
「え?え!?う、動かないっ!?動け、ないぃぃっ!!」
どれほど力を入れても淡い光はビクともせず、アーステイラは焦りに焦りまくる。
動けないのにも驚愕だが、全身素っ裸だというのが焦りに拍車をかけた。
「だ、駄目、ちょ、ちょっとヤダァ!見ないで、お願いぃぃぃっ!!」
うじゃうじゃのたくっていた触手が、一瞬にして掻き消える。
拘束を解かれた水木たちも、ポカーンとした顔でアーステイラを見上げた。
彼女は首しか動かせないのか、首を激しく左右に振ってベソをかいている。
薄ぼんやり輝く光にしか見えないのに、両手両足への拘束力は触手の上をいくようだ。
両足は大きく開かれた形で固定され、腰を突きあげる格好のせいで会場の皆にも見えていよう。
見えては駄目な部分までもが。
もちろん本人が意図する格好ではあるまい。ああやって全力で泣き叫んでいる限り。
「わぁー、ぜんぶ丸見えェ……」
ぽつんと水木が呟く横で、これ見よがしに小島は笑う。
「散々ジョゼや原田に恥ずかしい真似したんだ、ざまぁみろじゃね?」
「それはそうなんだけど」とジョゼも呆れて、原田に尋ねた。
「原田くんも結構エッチなのね」
「いや……ああなるとは、俺にも予想外で」と原田は困惑に眉をひそめて、視線をそらす。
浄化とは怪物を絶対天使へ戻すのだと、死神は言っていた。
輝ける魂とは闇を聖に変えるのだと、ジャンギは言っていた。
だから原田は、毒々しい穢れが消えて綺麗さっぱりになったアーステイラを想像した。
まさかドレスまで綺麗さっぱり消えてしまうとは。
おまけに何でか妙なポーズでの拘束だしで、想定外の展開になってしまった。
「……まぁ、でも一応、絶対天使に戻ったみたい。一件落着じゃないかな」とは水木の弁で、今のアーステイラに醜い要素は一つもない。
ふわふわで真っ白な背中の羽根、陽の光を受けて輝く金色の髪。
すべすべな白い肌、ぱっちりした青い瞳に愛らしい小鼻。
大きすぎず小さすぎずな胸、ツンと立った淡い桜色の乳首、くびれた腰つき、柔らかそうなお尻、意外や生い茂った金色の恥毛……
彼女が全裸で大股開きな点を気にしなければ、一件落着と言えよう。
「バカエロハゲー!さっさとおろしてぇぇ!!こ、こんな格好で拘束するなんて……バカでハゲってだけじゃなくてエロでもあったなんて、最悪ゥゥーーーーッ!」
ぎゃんぎゃん口汚く罵っており、性格だけは汚れたままだ。
いや、元から、あんな性格だったか?
『これは恥ずかしい!アソコは丸見え、お尻の穴まで大公開!隠そうにも両手は拘束されてます!ジョゼ選手が紙一重だったのと比べると遠慮がない攻撃に出ました、原田選手!いや、むしろ仲間が受けた屈辱を千倍返しといった処でしょうか!?』
「そうね、そうとも取れるわね」
実況の解釈へ頷いたジョゼが、原田へ向き直る。
「ありがとう、原田くん。私の屈辱を返してくれて」
「いや、まぁ」
視線を外したまま、原田は曖昧に頷いた。
どうも合同会という場は自分と相性が悪いのか、思ってもみない結果ばかり出てしまう。
「とりあえず、おろしてあげようよ」と水木に促され、原田も聞き返す。
「それなんだが……魔法の効果は、どうやったら解けるんだ?」
「え?アレ、原田くんがかけたんでしょう?」とジョゼに問い返されて、原田は「そうなんだが、効果が持続するとは思わなくてな」と自信なさげに答えた。
これまでの見様見真似魔法は全て、瞬間的な効果しかなかった。
持続効果のある魔法は初めて見た。
魔法の知識を持たない原田には、どうやれば解除できるのか見当つかない。
三人で相談する間にも、舞台頭上ではアーステイラの「何よ、何やってんの!?降参が必要なの?だったら降参するから、さっさとおろして!こんなポーズ、恥ずかしいよぉぉぉーッ!!」といった降参宣言が甲高く響き渡る。
審判のジャックスは「敗北はKOか場外だけなんだがな……」と呟いたものの、哀れみ全開な絶対天使に同情したのか、片手をあげて「勝負あり!輝ける魂の勝利とするッ」と試合を終わらせた。
しかし試合が終わっても拘束は解けず、術者にも解く方法が判らない。
従って絶対天使の公開ハレンチ処刑は続行、股間を刺激されたオッサンの雄叫びも止まるところを知らず。
声援が唸りをあげる中、ジャックスが原田に駆け寄ってきた。
「決着がついたんだ、魔法を解いてやってくれ」
「それが……どうすれば解けるのかが判らなくて」と困惑する原田へ誰かの助言が飛んでくる。
「簡単よ、原田くん!解けろ〜解けろって思いながら、呪文と同じように念じるの」
叫んだのは要だ。
「呪術と同じ要領よ」と胸を張ってのアドバイスへ頷き、原田は、さっそく試してみた。
光がアーステイラの身体を離れて消えていくイメージを脳裏に描きながら。
魔法をかけた時と同じように片手をアーステイラへ向けると、ふわっと淡い光は空に溶けてなくなった。
「ぎゃんっ!」と墜落したアーステイラは、すかさず両手で胸と股間を隠して蹲る。
「も、もぉぉー!誰か、着替え!持ってきてよぉぉ!!」
間髪入れず、ふわさぁっと彼女の背中にかけられたのは手ぬぐいだ。
「これで身体を隠すといいよ。お疲れ様、そして完治おめでとう、アーステイラ」
手ぬぐいの持ち主こそは、不参加を決め込んでいたピコであった。
いつ来たのやら、意味なく気取ったポーズで立っている。
「あぁん、さすがピコ様、お気遣いありがとうございますぅ」
媚び媚びな彼女には何人かが「ピコ様?」と反応したが、アーステイラは答えず、すっくと立ち上がる。
「さぁ、いきましょピコ様。保健室で、ゆ〜〜っくりとマッサージしてくださいませ」
「いいとも。レディの申し出を断る僕じゃないからね」
原田たちがポカーンとする中、前を手ぬぐいで隠して尻丸出しなアーステイラはピコと腕など組みながら、イチャイチャ会話を繰り広げて去っていった。
「元に戻ったってのに、お礼ナシかよ」と小島はブツクサ言っていたが、自業自得の約束破りがなかったことになっただけだ。
もとより、感謝される謂れはない。
謝罪してほしいとは原田も考えたことがあるけど、もう、どうだっていい。
長々続いた面倒な厄介事が、ようやく終わった。肩の荷が下りた。
これで、やっと日常に戻れる。
「お疲れ様、原田クン」
チェルシーにも労られて、原田は改めて礼を言う。
「チェルシー、ベネセも、ありがとう。俺達の私用につきあってくれて」
「あまり力になれたとは言い難いのだが……しかし最後の魔法は、すごかったぞ。あれが輝ける魂の浄化と呼ばれるものか。服まで浄化するとは完璧だ」とベネセは笑い、これ以降もスクールに通うと原田に伝える。
「ここで学べることは多いと判断した。集落へは知識を土産にしたいものだ」
「あぁ。歓迎する」
あまり歓迎とは言い難い複雑な表情で返した後、原田は会場一帯を見渡した。
神坐かジャンギのどちらかが見ていないかと期待したのだが、どちらも見つけられずに落胆する。
浄化は一応、成功した。
どちらにでもいいから、褒めてほしかったのだが……
背後からポンと小島に肩を叩かれて、「どうしたんだ?キョロキョロしちゃって」と尋ねられた原田は「なんでもない」と答えると、仲間と一緒に舞台を降りていった。
22/04/25 UP

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