絶対天使と死神の話

ガチバトル編 02.秘密、秘密の秘密事項


原田やジャンギから話を聞いたサフィアは、二つ返事で頷いた。
「分かりました。じゃあ明日からスクールで一緒に学びましょうね、ベネセちゃん!」
周りの子供たちが唖然となる中、「ベネセで結構だ」と微笑んだベネセはサフィアへ会釈した。
「え〜!こんな中途半端な時期でもいいのかよ、入学!」
衝撃の小島へ平然とサフィアが答える。
「ですからぁ。前にも言ったと思うケド、入学式は人数が多い時の対応ってだけで、本来入学自体は、いつでも出来るんですよぉ?」
思えば、アーステイラも入学式が終わった後の入学だった。
さらに言うと、入学できる年齢も特に決まっていない。
将来の職業を考える年齢として十七から二十歳の生徒が多いというだけで、本人にやる気があるなら何歳でも入学可能だと言われて、原田たちは再び驚いたのであった。
「え、じゃあ、俺や陸が入りたいと願えば入れたってか?」
「ん〜。一度スクールを卒業しちゃった人は、再入学、ダメダメです☆」
サフィアは指をチッチと振って神坐の質問を退ける。
自由騎士スクールは、あくまでも初心者用の戦闘講座であり、既に戦術を学んだ卒業生には必要のない場所だ。
スクール入学しないで大人になったか、或いは未学の子供だけが入学資格を持つ。
「神坐くん、保健室のセンセイになれたってことはァ、元現役だったのよね?どうして知らないのかしら、再入学規定について。在学中に聞かされなかった?」
サフィアに超至近距離でツンツン頬を突かれて、神坐は慌てて言い繕う。
「い、いや、そのっ、そういう細かいルールにゃ興味なかったんだよ、だから全然訊いてなかったってェか!」
死神は、この世界の住民ではないのだから知る由もない。
聖戦以降は異種族が去ったとされる今のファーストエンドに死神が滞在していること自体、極一部にしか教えられない極秘事項だ。
ジャンギからは何も聞かされていない。
これまで、スクール内情についての詳しい話を神坐が聞き出そうと思わなかったせいだ。
「というか、距離が近い、近すぎるッ!」
間に割り込んで、ベネセが神坐からサフィアを引っ剥がす。
眉間に目一杯縦皺を寄せる彼女を一瞥し、サフィアは肩をすくめる真似をした。
「あらあら。ベネセさんは入学前から神坐センセイがお・き・に・い・り、なのね☆」
「で、サフィアちゃん、ベネセは何処のクラスに編入させる予定なんだ?また己龍教官のトコか?」
小島が尋ねて、サフィアは満面の笑みで答えた。
「決まっているわ、うちのクラスですっ。だって、そうしないと連携が取りづらいでしょう?」
「あ、あのっ」と、そこへ割って入ったのはチェルシーだ。
「ボ、ボクも助っ人候補として呼ばれたんですけど……」
「助っ人は何人と決まっているわけじゃない」とポツリ呟き、ジャンギが提案する。
「どうだろう、原田くん。チェルシーさんとベネセさん、二人を助っ人に加えてみては?」
「六人編成になってしまってもいいんですか?」と質問で返したのはジョゼだが、サフィアとジャンギは同時に頷いた。
「フツーのチーム戦じゃないんだし、相手は怪物ですもんね。人数が多いのはハンデってことで!」
「あくまでも決着をつけるのは原田くんの役目だ。だが、牽制できる仲間は多ければ多いほどいい」
その理屈でいうなら、もっと増やしたっていいわけだ。
例えばクラス全員で戦うといった。
しかし、人数を増やしたら怪我人まで増えてしまう。やはり助っ人は最小限に抑えておこう。
原田も頷き、チェルシーとベネセへ頭を下げる。
「二人とも頼む。俺達の援護射撃をして欲しい」
「あぁ。こんな戦い、さっさと片付けてしまおう」とベネセは力強く頷き、チェルシーも微笑んだ。
「うん、一緒に頑張ろう。視力には自信あるし、飛んでくる物体だって撃ち抜いてみせるよ」
あとは本番に備えて連携の練習を、みっちりやれば問題ない。
ソロ戦は度外視だ。輝ける魂として覚醒した今、無理に優勝を狙う必要がなくなった。
……まぁ、本音を言うと、神坐へのお願いといった下心が一つ二つ残っていないこともない。
だが、お願いで好きになってもらうよりも、時間をかけて好きになってもらうほうが喜びも段違いだ。
原田がチラリと神坐を見やると、神坐はサフィアに再び距離を詰められてタジタジとなっていた。
こちらが話しているすきに神坐へ粉をかけるとは、とんでもない教官だ。
「ねぇ〜、神坐くんって何期生だったの?こんなカワユイ子、見逃していたなんて一生の不覚だわぁ」
「卒業生は、いっぱいいるんだし、俺みたいな雑魚、覚えてなくてトーゼンだろ?」
視線を外して引け腰な神坐の顎を指で掬い上げて、サフィアは熱い吐息を吹きかける。
「え〜?カワユイ子は全員チェック済みだったし、今でも名前と顔を覚えているのにキミだけ記憶にないのって逆に変じゃないかしらぁ」
「ぜ、全員覚えてるって、何のために!?」
全くだ。
何のためにスクールへ通っていたのやら、このアンポンタン教官ときたら。
本来の理念を守れていない自由騎士は、現役に限った話ではない。
「何のためって、モ・チ・ロ・ン、結婚してぇ〜子作りするに決まっているじゃない」
サフィアの唇が神坐の唇を塞ぐ寸前、「ハイ、そこまで。子供たちが見ている手前、妙な真似は控えてください」と苦笑いを浮かべたジャンギの手で、サフィアは背後から首根っこを掴まれて引き剥がされる。
「ん〜もぉっ。ジャンギさんの堅物ゥ」
そんな可愛い子ぶって、ぷくっと頬を膨らませたって、ジャンギには通用しない。
「スクール内では威厳を保ってください、あなたも教官なら。それに神坐さんが何期生であろうと大した問題ではないでしょう、我々が抱える当面の問題は草原地帯で発見した巨大怪物への対策です」
ピコを連れ戻した際、ジャンギは旅で遭遇した全ての出来事を町長に報告した。
その日のうちに町長経由で発表されて、今は住民全員が知るところとなった。
巨大怪物と接触した場所はアーシスからだと多少距離は離れているが、同じ草原地帯だ。
いずれ見習いが依頼で出向く範囲にあり、今のうちに対策を整えておかないと危険極まりない。
「それも、判っていますゥ〜」
ぷんぷん不貞腐れて、それでもベネセの件は忘れなかったのか、サフィアは彼女へ手を差し伸べる。
「じゃ、行きましょ。明日の授業が始まる前に、あなたに関する書類を作成しなきゃ」
その手を無視したベネセは「あとで、また」と神坐へ耳打ちすると、学舎のほうへ歩いていった。
「あぁん、待って待ってベネセちゃ〜ん!センセイが一緒じゃないと追い払われちゃうゾ☆」
二人の背中が学舎に消えた辺りで、ぼそっと小島が悪態をつく。
「あいっかわらず神坐だけしか見えてねーんだな、あいつァ。あんなんで俺達と連携取れるのかね?」
「初対面で連携できたんだ。自信は、あるんだろ」と原田は素っ気なく返し、神坐との距離を詰めた。
「災難でしたね、神坐さん」
「全くだぜ。何なんだよ、あいつの香水。プンプンにおって臭いったらなかったぜェ」
神坐は鼻の頭にシワを寄せて、パタパタと空気を仰ぐ真似をする。
香水も臭っただろうが、キスされそうになっていたのは不快ではなかったんだろうか。
「唐突に尋問始めるしよ、冷や汗が出ちまったぜ……なんであんなに疑ってんだ、俺ばっか。陸だって何期生だとは明かしてねぇのに」
ブツブツぼやいているのは明後日の方向への怒りばかりだ。
「サフィアちゃん、神坐先生に興味津々だよ?気をつけてね、壁ドンで追い込まれたりしないよう」と心配する水木に応えたのは、鈍感な本人ではなく傍らの陸で。
「大丈夫です、我々が四六時中見守っておきますから」
「それで……結局、神坐さんは何期生なんですか?」との質問に、本人が朗らかに答えた。
「ん?何期生も何も、俺がスクール卒業生じゃねぇってのは、お前らも知ってんだろ」
答えてから、質問してきた相手を、じっくり眺める。
赤い髪の毛をポニーテールに結んで、好奇心旺盛な瞳を向けてくる少女――これは、誰だ?
一秒、二秒、何十秒と無駄に時間が過ぎ去った後。
「……ンッゲェェェーーーーッ!?おまっ、まだいたのかよチェルシー!」
小島に指をさされて、困ったようにチェルシーが頷く。
「え、と。うん。なんか、立ち去る機会を逃しちゃって」
サフィアとベネセがいなくなった時点で、身内しかいないと錯覚していたのは神坐だけではなかった。
原田を始めとして小島や水木、ジョゼに陸までもがチェルシーの存在を忘れていた。
ヤフトクゥスが呆れ目で突っ込む。
「なんだ、気づいてなかったのか?死神にしては軽率だな」
チェルシーは首を傾げて「死神?」と呟き、「おまっ!お前まで何喋っちゃってんだー!?」との小島の怒号が裏庭に響き渡る。
「しに、死神ってのは神様なんだよ!?でも気にしないでねチェルシーちゃん!神様ってのも私達の間でつけたアダナみたいなものだから!!」
口から唾を飛ばして水木が必死の言い訳を始める。
あまりにも必死過ぎる姿からは却って事実を匂わせたりもしたのだが、チェルシーは何かを悟った表情で「うん、要するに神様みたいに回復してくれる達人先生ってことだよね、神坐さんは」と頷いて、ここで聞いた話の数々を他所で口外しないと約束してくれた。
「それじゃ、連携の練習しよっか。今日からやる?それとも明日から本格的に?」
何も聞かなかったかのような態度で接してくる彼女は、自分たちと比べて精神が数段大人びている。
原田は、これまで全然興味の沸かなかった相手の新たな面に驚くと同時に、チェルシーを冷静だとしたジャンギの評価に納得したのであった。
「今から始めよう」と頷く彼に従い、ジャンギが「それなら模擬対象も必要だね。今、怪物を連れてくるよ」と言い残して踵を返す。
「今からったって、あと数分で授業終わるぞ?」
小島の言葉通り数分後にはチャイムが鳴り響き、大した練習も出来ないまま本日の授業は終わりを告げた。


助っ人予定のチェルシーとベネセに、全ての真実を話すべきか否か。
原田は少々迷ったが、陸や神坐が言わなかった点を踏まえると、秘密にしておいたほうがいいのだろう。
夢であっさり死神だと自己紹介されたから、てっきり隠さなくてよい情報かと思ったが、もしかしたら、あれは原田が輝ける魂だからこそ教えてくれたのかもしれない。
ベネセには非公開なのに自分には教えてくれた、と考えると原田は優越感で満たされる。
「おう、正晃ちゃん。ニヤニヤしちゃって、ど〜したんだ?思い出し笑いか」
横を並んで歩く小島に突っつかれて、我に返る。うっかり気持ちが表に出てしまった。
「いや、なんでもない」と呟き、原田は胸の内ポケット部分に手を当てる。
ポケットには、いつも大五郎に貰った人形が入っている。
どれだけ激しく動いてもポケットから落ちることなく、それでいてポケットの端から、ひょこっと顔を出していて可愛いったらありゃしない。
輝ける魂として覚醒した時、空から降り注ぐ光線に撃たれたらしいのだが、原田自身は記憶にない。
その後、人形も確認したが、丸焦げになったりしておらず、可愛いままだった。
人形を貰った件は神坐本人に話していないが、これも大五郎の反応を見るに秘密にしておくべきなのだろうか。
あきらかに話してほしくなさそうだった。何故だろう。無断でモデルにしたから?
そっと人形をつまんで内ポケットから取り出す。
「おっ、それ、まだ持ち歩いていたんだ」と小島には驚かれ、反対隣を歩く水木が見上げてくる。
「可愛いよね。神坐先生以外の人形も作って欲しいなぁ」
「つか、俺達にもプレゼントしてほしいよな!原田人形とか」
「あ〜、原田くんの人形だったら私も欲しい!」
原田を挟んでキャッキャする幼馴染を他所に、原田は、じっと神坐人形へ視線を注ぐ。
ほっぺたや頭をプニプニ撫でた時、人形の瞳が此方を見上げたような気がした。
『――やっと、目覚めさせてくれたな』
誰かがポツリと呟いたような気もして、三人は周囲を見渡す。
「え?誰か、今なんか言った?」
ぐるり一周を眺めてみても、三人に注目ないし話しかけてきた人影はおらず。
「原田、今なんか言った?」と小島に尋ねられた原田が「いや?」と首を傾げる中、声は手元から聴こえてきた。
『ずっと存在放置だったから、忘れられてんのかと思っちまったぜ。ふぅー、シャバの空気は美味しいな!』
三人の視線が、原田の手元に集まる。
両手をあげて伸びをしていた神坐人形が、ニカッと笑いかけてきた。
『よぉ、ご主人サマ。いや、正晃ないし原田って呼びゃぁいいのか?神坐の人型としちゃ』
間違いない。人形が、こちらを見上げて喋っている。
硬直したのも一瞬で、三人は一斉に「ええぇーーーーーーーーっ!?」と悲鳴をあげたのであった。
22/04/11 UP

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