絶対天使と死神の話

ガチバトル編 01.新生活


翌日のスクールで原田を待ち受けていたのは、新設された学科のお知らせと、輝ける魂としての大歓迎であった。
教室へ入るなり同級生が駆け寄ってきて口々に「原田、お前が輝ける魂って本当か!?」だの「輝ける魂って何が出来るの?なんかやってみせて!」だのと騒ぎ立てて、原田は心底辟易する。
「ハイハイみんな、原田くんに聞きたいことはイッパイあるでしょうけど、まずは着席〜!」
パンパンと手を打って興奮する生徒たちを着席させると、サフィアは教室を見渡した。
新学科は怪物舎で学者を講師に招いて怪物研究を行う。参加は自由意志、強制ではない。
座学との違いは、実地調査を含めた点だ。野外での生態観察が主な学習内容である。
今後の自由騎士は外回りの探索と町での研究の二本化を目指すのだとサフィアに説明されて、これはきっとジャンギの案に違いないと原田は密かに考えた。
ナーナンクインとの接触は英雄に何らかの感化を与えたのだ。
以前より町の発展停滞に頭を悩ませていたようであったし、スクールの改変は、きっとその第一歩であろう。
「皆さんには、もう一つ二つ、お知らせがあります」とサフィアの声に引き戻されて、原田はジャンギの笑顔を脳裏から一旦振り払う。
二つ目のお知らせは、合同会の再開だ。
今期はピコの誘拐騒ぎで中断してしまったが、無事に生還したので続きを行う。
試合はソロ戦の他に非公式戦、特別戦の三つだ。
もちろん保護者は呼ぶし屋台も出すとサフィアに言われて、子供たちは両手喝采。
「非公式戦って何ですか?」と手が挙がり、質問した生徒にサフィアが答える。
どこか演技がかった様子で可愛らしく小首を傾げながら。
「そうねぇ〜。クラス対抗チーム戦とは別扱いのチーム戦ってトコかしら。うちの原田くんチームと、己龍教官のクラスに居るアーステイラが戦いま〜す」
「はい、教官!原田くんが輝ける魂ってホントですか!?」
「アーステイラって怪物化した女子ですよね!見習いで戦える相手なんですか!?」
たちまち幾つもの手が挙がって、教室は騒然とする。
「大丈夫ですよぉ、原田くんは正真正銘、輝ける魂ですから。ブイッ☆」
明後日の方角へ向かってブイサインを突き出す教官の根拠なき断言に、同級生が「そっかぁ、元自由騎士のサフィアちゃんが言うなら本当だったんだ」と納得してしまうのは、我ながら納得いかない。
輝ける魂な件は、原田自身が実感できていないというのに。
原田が覚醒したのはリトナグラリッチ、絶対天使の頂点に立つ者が絶対の願いを叶えたおかげだとヤフトクゥスが言っていた。
奴の言い分など信用にも値しないが、しかし謎の怪物を二度に渡って退けたのは、まごうことなき自分なのだ。
一度目に至っては、完全に退治した。
その時の記憶が原田には曖昧だが、ジャンギやソウルズが目撃したとあっては、町の人々も信じるしかない。
輝ける魂の噂は一夜で町中に広まったのか、登校中、何度となく見知らぬ大人に指をさされてヒソヒソされた。
恥ずかしいったら、ありゃしない。今だって皆の好奇の目が、原田に一点集中している。
「怪物化したんですよね……暴走したりしませんか?」と怯えた目で質問する女子にも、サフィアは根拠なき自信をぶつける。
「怪物化したのは見た目と身体能力だけで、理性はあるから大丈夫、ですっ!」
見た目は酷い怪物になったというのに、アーステイラには理性があった。
ピコとナーナンクインに流れ着いた後は毎日エッチ三昧だったというんだから、とんだ肩透かしだ。
誓いを破った罰にしては案外軽い。
いや、膨大な魔法が使えなくなるから、一応は重たいのか?
彼女が正気だった点はヤフトクゥスにも意外だったのか、彼は何度も首を捻っていた。
アーステイラに罰をくらわせたのも、リトナグラリッチらしい。
姿すら見せていないのに随分と強力な魔法を使える人物だ。
他人の物真似しか出来ない輝ける魂なんかより、ずっと有能なんじゃなかろうか。
しかし、アーステイラを元に戻せるのは輝ける魂だけだ。リトナグラリッチはアテにできない。
「非公式戦がアーステイラとの試合だというのは分かりました。じゃあ、特別戦ってのは?」との質問が出て、それにもサフィアは自信満々に答えた。
「それはぁ〜……ソロ戦を勝ち抜いた人への、ごほうびです☆」
「ごほうび?」と生徒たちが首を傾げるも、サフィアは、それ以上教えてくれず。
本日の授業が始まった。


仕切り直しの合同会が始まるのは来週からで、今週は通常通りの実習と座学で通す。
教室でも廊下でも人々の視線を一身に浴びながら、午後の実習で原田チームが選んだのは模擬戦闘であった。
「うわぁ……また混んでるぅ!」
表庭は生徒でごった返しており、エリオットと陸、それからジャンギも総出で指導に当たると聞かされて、今日はやめておこうかと原田は一瞬ちらりと考えたが、ジャンギと陸に引き止められる。
「アーステイラ戦に備えて予め作戦を立てておかないと、ぶっつけじゃ動けないだろう?」とはジャンギの弁だが、予め作戦を立てておきながらチーム戦はグダグダだったのだ。
「作戦通りに動ければいいんだけど……」と、水木が不安になるのも致し方ない。
「そういえば」
陸が、ちらりと原田の後方へ目をやってから尋ねてきた。
「ピコくんの姿が見えませんけど、彼は何処へ?今日は、お休みですか」
「あー、それなんだがよ」と、小島が歯切れ悪く返す。
ピコは今日、スクールには登校していた。
しかしアーステイラとの一戦にあたり、彼は参加を拒否した。
なんでも『僕に女性は殴れないよ』とのことで、どうあっても彼女とは戦いたくない姿勢であった。
午後の実習は皆と別行動を取ると言い残して、姿を消した。
彼の家で大人しく留守番しているアーステイラの元へ帰ったのではと思われる。
「彼らしいね」と呟き、ジャンギは顎に手をやる。
「ピコくんが本気を出せないってんじゃ無理強い出来ないか。彼の代わりに助っ人を呼んでみるかい?」
誰を呼んでもチームが違う以上、上手く連携が取れるとは思えない。
そう答えるジョゼに、ジャンギは「そうでもないよ。だって君たち以外のクラス代表チームは普段、それぞれバラバラのチームにいるんだからね」と笑った。
あれだけ息の合った連携を見せていた己龍組やウィンフィルド組の代表が即席チームだったとは、原田も驚きを隠せない。
即席でもコンビネーションが完璧だというのに、自分たちときたら。
ますます自信喪失、落ち込んでしまう。
原田たちの気持ちを知ってか知らずか、ジャンギは何人か名前を出して提案する。
「アーステイラはパワータイプではなさそうだし、追加するならスピードタイプが一人欲しいところだ。君たちのクラスでならチェルシーさんが妥当かな。他のクラスなら、己龍組の隼士くんとリントくんが適任だ」
「チェルシーちゃんが?弓使いが妥当なら、リンナちゃんだって、そうじゃないの?」
意外な名前に水木は首を傾げる。
だが、ジャンギは「そうだ、チェルシーさんだ。彼女はリンナさんと違って冷静だからね」と念を押す。
「リンナさんは今期じゃ一番の弓使いだけど、カッとなると判断を誤るからね……それに、彼女の腕前はリントくんがいてこそだ。弟が不在だと、がくっとやる気を失う。不安定なんだよ」とも付け足して、肩をすくめた。
冷静といえば「ウィンフィルド組の片手剣使いは、駄目なのか?」と、小島。
剣と盾を臨機応変に使いこなす彼の名前が挙がらなかったのも意外だ。
スピードタイプには分類されないのかもしれないが、だからといって鈍臭くもない。
「片手剣不在のカバーなら君が出来るだろ、小島くん」とジャンギが言い返し、四人の顔を見渡す。
「助っ人に加えるなら、スピードで相手を翻弄できる囮役が一人欲しいところだ。今、名前をあげた三人は、即席チームでも連携についてこられる実力があると俺は評価している」
頭に血がのぼりやすいのはリントもではないかとの原田のツッコミに、「それは相手を格下と侮った時だけだよ」とやり返し、ジャンギは確信めいた表情を浮かべた。
「リントくんはアーステイラと同じクラスだし、怪物化する前から実力を知っているはずだ。己龍教官からも聞いたよ。怪物と化す前、光の呪文でプチプチ草を呆気なく退治したと。それだけの相手なら、リントくんだって油断しないよ」
「でも」と、なおも水木が食い下がる。
「私達、チェルシーちゃんと同じクラスだけど、あの子が強いのかどうかも知らないよ?」
この発言には、いっときの間が空いた。
ジャンギは難しい顔で学舎の方角を睨みつけ、ぶつぶつ小声で呟く。
「……そうなのか。ふぅん、サフィア教官は君たちに同級生の成果を全然教えてないんだね……」
ジャンギの独り言を聞く限りだと、己龍教官やウィンフィルド教官の受け持ち生徒は、互いの実力や実習結果を教官経由で聞かされているようだ。
媒体について全く学んでいない件でエリオットに受けた指摘を考えても、他のクラスは教官経由で教わっている。
サフィアのクラスだけ、何から何まで不備だらけだということだ。
つくづく教官おみくじは大凶だったと言わざるをえない。
「矢をつがえるスピードはリンナさんのほうが上だけど、正確な狙いはチェルシーさんのほうが上だね。動く的へ確実に当てるってのは冷静じゃないと出来ないんだ」
ピコの代役であれば同じ短剣使いの隼士が第一候補だろう。
だが、彼は原田に多大な嫉妬を抱えていたはず。
リントにしてもチーム戦で小島がやらかしたセクハラを思い返すと、助っ人になってくれるかは怪しい。
同じクラスのチェルシーを加えるのが一番無難な気がする。
「ピコくんと同等のスピードが出せるのは隼士くんだ。彼は飛び道具を使いこなしているからね、囮の他に死角からの奇襲も可能だ」
そこまで言いかけて、原田の眉間に寄った皺に気づいたジャンギが苦笑する。
「うん、判るよ。原田くんと上手くやれるかどうかが心配なんだろう?」
図星だ。原田は素直に頷いた。
「今日の午前中は手取り足取りみっちり個人授業ばりに面倒を見てやったから、その点は解消されたと思うよ。助っ人に関しても、俺が期待しているって言えば実力以上の働きを見せてくれるんじゃないか」
隼士が原田の何に嫉妬しているのか、ジャンギは知っていたというのか。
知っている上で利用しようってんだから、なかなかどうして人心を操る術に長けている。
「けど、張り切り過ぎられても迷惑だぜ?ピコの暴走ならジャンギも見ただろ。自己判断で奇行に走った挙げ句、段取りがメチャクチャになったじゃねーか」
小島は口を尖らせて杞憂を吐き出すが、独断行動で段取りを台無しにした件は小島も人のことを言えない。
むしろピコの暴走は原田のフォローで良い方向に転んだけれど、小島の暴走は結果的な勝利に過ぎなく、段取りの点でいうなら迷惑この上なかった。
これまでの話をまとめて、ジョゼが言う。
「私達に必要なのはスピードで翻弄できる囮ではなく、仲間のフォローに長けた冷静な副官じゃないかしら」
「だったら」と水木が引き継いだ。
「冷静だとジャンギさんのお墨付きな、チェルシーちゃんに頼んでみよっか!」
ざっと表庭を見渡すと、チェルシーのいるチームが模擬戦闘に励んでいるのを見つけた。
すぐさま陸が走っていき、二、三言、チームの面々と何事かを話しあった後にチェルシーを連れて戻ってくる。
「彼女を借りる約束を取り付けてきました。裏庭へ行きましょう、そちらで詳しい話を」
陸に背を押されるようにして原田たちは裏庭へ急ぎ、つくや否やチェルシーからは快い返事をもらった。
「アーステイラ戦を欠席するピコくんの代役を勤めるんだよね?ボクに出来ることなら何でも協力するよ!」
「やったぁ!これからよろしくね、チェルシーちゃん」
喜ぶ水木の隣で、小島は無遠慮な視線をチェルシーに注ぐ。
「弓使いが仲間にいりゃ〜、今より戦略が広がるんじゃないか?」
原田もチェルシーに具体案を話そうと口を開きかけた、まさにその瞬間を狙ったかのようなタイミングで。
「待て。その試合、スクール外の人間が助っ人になってはいけないのか?」と、割り込んできた声がある。
「え……?」となって全員が振り向いてみれば、怪物舎を囲む柵の向こう側にヤフトクゥスと神坐、ベネセが立っているではないか。
ベネセはラクダの手綱を取って原田達をアーシスへ送り届けてくれた乗り手の一人だ。
町長の家に宿泊しているはずだが、どうしてスクールへやってきたのだろう。
「だってこれ、スクールの大会だぜ?スクール外の人間は基本参加無理なんじゃないの」
小島の切り返しに、「今のアーステイラとてスクール外の怪物であろう」とヤフトクゥスが指摘する。
「それはそうなんだけど」「え、でもまだ退学になってないよね?」
ジョゼと水木の答えが重なり、二つの視線がジャンギへ向かう。
ジャンギは困惑に肩をすくめて「町長や教官各位は何も言っていなかったよ。だから俺もてっきり在学中の扱いかと思ったんだけど」と小さくぼやいた。
アーステイラの立ち位置自体が微妙だというのに、よく特別試合の案が通ったものだ。
それはそれとして、ヤフトクゥスと神坐は何故ベネセに同行しているのか。
目で尋ねる原田に気づき、神坐が言い訳する。
「や、俺はスクールの人間が戦うのに異論ないんだけどよ、こいつが」とベネセを顎で指して、続けた。
「どうしても過去の礼を返したいんだと言い張って」
「過去の礼?」
首を傾げる面々に、ベネセ本人が言った。
「過去、薬を探しに旅立った二人を助けてもらった礼だ。恩を受けて礼を返さないのはナーナンクインの義に欠ける。二人が受けた恩を、私に返させて欲しい」
「いや、お礼を言われるほどの事は、していないよ」
謙遜するジャンギへ優しい視線を投げかけて、こうも言い放つ。
「あなたは二人に食料を分けてくれた上、怪物から身を守ってくれた。これ以上の恩があるだろうか。あの旅の後、アービィとナックルは故郷の地で長き眠りについた。従って、私が代わりに礼を返す」
「あの二人が……」とジャンギが驚いているところを見るに、その二人組は、まだ寿命を迎える年齢ではなかったようだ。
旅の後遺症か、或いは疫病にかかっての死か。
「気持ちは嬉しいけど、小島くんが言ったように合同会はスクールの生徒限定試合でね。どうしたもんかな……」
悩むジャンギに提案を持ちかけたのは他ならぬベネセ本人だ。
「スクールの生徒でなくては駄目だというなら、私がスクールに入る。これでも駄目か?」
「え……ええええぇぇぇぇ!!?
裏庭での大合唱は表庭まで伝わり、数十分後にはサフィア教官まで駆けつける事態となった。
22/04/06 UP

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