絶対天使と死神の話

死神編 01.邪悪な存在


とある世界で、一つの魂が輝きを失いつつあった。
その魂は本来ならば、一生輝いていなければいけない定めを持つ。
だというのに、本来あるべきではない邪魔者が介入し、魂から輝きを奪おうとしている。
邪魔者は始末せねばなるまい。その者の死を以て。


冥界――
地獄より地の深くにあるとされる異世界である。
切りたった岩の側には、神の遣いに呼び出されて死神が集結していた。
「休む間もなく任務発生かい。今度は誰の命を狩り取ろうというんじゃ」と横柄な態度で神の遣いに尋ねているのは、黒衣に身を包んだ大柄な男だ。
小柄な爺に身をやつした神の遣いが答える。
「場所は未来のファーストエンド。狩るべき対象は絶対天使だ」
途端に場がざわめき、死神は顔を見合わせた。
「またファーストエンドかよ!あそこは、よくよく邪悪なモンが発生しやすいと見えるな」
ぼやいたのは髪の毛を逆立て、黒いランニングシャツを着こなした少年だ。
隣に座った、覆面姿の黒づくめにも話題を振る。
「しかも相手は絶対天使だぜ。また、お前が狩るか?風」
風と呼ばれた死神は首を真横に振り、小さく囁いた。
「狩っていない。あの時は姿すら確認できていない」
「あー。そうだったっけか」
つい最近――といっても死神感覚での最近だが、風は任務でファーストエンドに出向いていた。
隣でくっちゃべっている神坐の任務を引き継ぎ、ターゲットのトドメを差しにいったのだ。
風は任務を無事完了させて、冥界へ戻ってきた。
任務後に時間の流れを遡って検索した結果、ターゲットが次元移動した原因は絶対天使の仕業であった。
どの天使がやったのかも判明している。会うこともあるまいが。
「で、どうだったんだ?未来のファーストエンドは」
大柄の死神、大五郎にも興味津々尋ねられて、風は一つ訂正する。
「未来は未来でも、俺が前回行ったのは並行世界の未来だ。今回は、そうではない……だろう?」
爺が頷き、皆の顔を見渡した。
「正史の未来ファーストエンドだ。いずれは滅びの道を迎える。だが、助けねばならぬ魂は定命四十七。滅ぶより前に寿命を終える。かの魂が輝きを失わぬまま定命を終えられるよう邪魔者を抹殺するのが、こたびの任務だ」
こうした任務は、神が出している。
神とは、死神を作り上げた神だ。
神が邪悪と定めた命を死に至らしめるのが、死神の任務である。
近年は邪悪な命が大量発生しており、頻繁に任務が発生している。
死神稼業も楽ではない。
「定命が四十七歳って、えれぇ短くね?」と驚く神坐に、大五郎が憶測を重ねる。
「なんぞ異変でも起きて、生態系が狂ったかのぅ」
「正史未来ファーストエンドは、第四次聖戦後の世界。地上は砂に覆われ、海は失われた。生物は死に絶える一歩手前で生き永らえた」とは、神の遣いによる豆情報だ。
並行世界の未来では海があったのに、正史では海がなくなったようだ。
おまけに寿命まで減ったとなれば、並行世界のほうが幸せな未来ではないか。
「聖戦かぁ〜。人類の寿命が減っちまったのは魔導の影響とみて間違いねぇ」
ファーストエンド民を哀れんだのも束の間で、即座に神坐は感情を切り替える。
「討伐対象は絶対天使だとして、守る対象は?」
「現地人だ。名前は原田正晃。性別は男、種族は人間。年齢は十七歳」
爺が名を口にすると、空に対象人物の姿が映し出される。
少々目つきの悪い三白眼に、スリムな体格の少年だ。
特に目を引くのがスキンヘッドで、「輝きって、魂じゃなく頭が?」と神坐が呟いてしまうほどツルツルの頭は光を反射して眩しい。
「坊主でもないのに剃髪とな」と首を傾げる大五郎には、短く風のツッコミが入る。
「ファッションだろう」
そもそも格好に関しては、こちらも他人をアレコレ言える立場にない。
大五郎は着流しだし、神坐はパンクな袖なしシャツだし、風は長袖長ズボンだしで見事にバラバラだ。
古来の死神は、黒いローブに大鎌でスタイルが統一されていた。
それに異議を申し立てたのが神坐で、いつの間にやら服装自由になった。
死神でさえ自由なファッションなんだから、ファーストエンド民が僧侶じゃないのに剃髪しようと勝手である。
「ふむ、しかし魂の輝きか。それほど感じぬがのぅ」
大五郎の疑問に、爺が答える。
「現在は未覚醒。魂が輝きを放つのは三回目の戦闘依頼後だ」
「んなるほどねぇ。今は戦闘も未経験ってか。こんなモヤシちゃんが戦えるのか?」
神坐の疑問には風も同感だが、爺は淡々と覆す。
「心配ない。仲間を庇い一人で複数を相手に勝利する。その際の負傷をきっかけに、魂の輝きが覚醒」
神の遣いが語る未来は、神の観測に基づく。
だが、それは予定外の邪魔者が入らなかった場合に起こりえるであろう未来である。
「絶対天使は、既に接触したのか?」との風の問いに、爺が頷く。
続けて空に浮かび上がったのは、狩るべきターゲットの姿だ。
映った途端、全員が「あっ!」と声をあげる。
白いドレスに白い羽根。
そこまではいいとして、顔に見覚えがあった。
それも、ごく最近データベースで見知ったばかりの顔だ。
テラー=アンバーを、並行未来ファーストエンドへ逃がした張本人ではないか。
テラー=アンバーとは前回、神坐が仕留め損ねて風がトドメを差した狩り対象だ。
邪悪に相応しく、何十もの子供の命を奪った極悪人だ。
「この極悪絶対天使めが、今日という今日こそは年貢の納め時よなぁ!」
いきりたつ大五郎を横目に、風が確認する。
「それで、やつの始末は誰が?」
神の遣いの答えは、シンプルであった。
「全員でかかれ」
「全員で!?」と驚く神坐には、大五郎のツッコミが飛んだ。
「いや、絶対天使が相手ならば全員でかからねば危うかろうよ」
「そこまで強いのか?」との風の問いにも頷き、どこか遠い目で語りだす。
「絶対を主原動に何でもありな奴らだからのぅ……我ら死神とてハイスペックをウリとするが、全力でぶつかりあった経験は皆無。侮っていると、こちらが消滅させられかねん」
これまでに絶対天使との衝突が、全くなかったわけではない。
しかし、全力で戦った歴史もない。
死神と絶対天使が真っ向勝負でぶつかり合った場合、何が起きるかは神にも予測できないのだ。
今回の討伐対象である絶対天使の名はアーステイラ。
擬態は少女を模しているが、実年齢は不明。
「やつを邪悪とする根源は?」と神坐が尋ねると、神の遣いは一旦沈黙を挟んで、空に映し出す。
アーステイラがファーストエンドに降り立った後にやらかした一部始終を――
映像を見終えた死神は全員、眩暈に襲われ力尽きる。
……いや、力尽きている場合ではない。任務は、まだ始めてもいないのだから。
がばっと起き上がり、大五郎は怒りで全身を震わせた。
「おぉ……なんと罪深いッ。思春期の少年を追い詰め、心に傷を負わせるなど!」
神坐も確信する。
「こいつは絶対、奴らの誓いじゃねぇけど絶対に滅ぼさなきゃいけない邪悪だぜ」
全力でかからなければならない対象だというのは、風にもよく伝わった。
絶対天使の魔力リソースは無限、たかが掃除での使用でも底知れない。
だが、どれだけ強大な敵であろうと殺さねばなるまい。
任務を果たすのが死神の存在意義だ。
「ならば、全力でいく」
輪郭線がブレて、一つ、二つと風の姿が増えてゆき、計四名の風が出現する。
「おう、三人ばかしじゃ苦戦必至だ。頼むぜ、風よう」
三人の風――それぞれに名を持つ分身が揃って大五郎の言葉に頷き、本体が号令をかけた。
「では、行くとするか。輝ける魂が邪悪に染められる前に」
暗闇が次々と死神を包み込み、彼らを次元移動させる。
向かうのは未来正史ファーストエンド。サウスト13年、アーシスの町だ。
21/05/01 UP

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