絶対天使と死神の話

野外実戦編 05.スクール変貌


異郷の地サークライトから遥々空を飛んで現れた調査隊の存在は、アーシスの学者に大きな感銘を与えた。
ヘリは自由騎士スクールの新設校舎内へ回収されて、学者連中が日夜解析しているという。
また本人の希望により、フォルテは自由騎士スクールの新学科、学者コースに入学する。
草原地帯の生命体を調べると同時にアーシスの文化も調査するとの話をジャンギ経由で聞かされて、原田たちの脳裏に浮かんだ最初の質問は、というと。
「アーシスからサークライトへは行けないのか?」
小島の疑問にジャンギは少し考え、慎重な答えを返す。
「長距離移動できる乗り物さえあれば、けして行けない距離でもないそうだ。でも実際の調査は当分、現役自由騎士と学者の役目になるだろうね」
まずは足を整える。
ライドできる怪物の飼育、長距離乗っても疲れない乗り物の製造。
そうした動きも新学科のほうで出ているらしい。
自由騎士学科は、変わらず戦力上昇と怪物退治のコツ、パーティ連携を強化していく方針だ。
「うぅ〜、新しい学科は学者用っていうから、てっきり座学ばっかだと油断していたぜ……」
目新しい試みを聞かされて歯噛みする小島に、一旦は水木も「ね、新学科も面白そうだよね!」と話を并せたものの、やっぱりと原田を振り返って「でも、私達は自由騎士になるんだもん。研究は学者に向いた人がなるべきだよね」と確認を取ってきた。
「そうだな」と頷き、原田は思案する。
どちらがより自分向けかと問われたら学者のような気もするが、小島と水木は間違いなく自由騎士のほうが向いていようし、前にも言ったが知らない場所で二人がいなくなるのだけは断じて避けなければいけない。
「サークライトに伝わる文献によるとエイスト文明の最高峰は機械都市にありき、だそうだ。かつては空を飛ぶ乗り物や海に潜る乗り物なんてのも開発されていたらしい」と言ってから、ジャンギは苦笑交じりに付け足した。
「ただ、今の時代で応用できるのは空を飛ぶ乗り物ぐらいかな。地上を高速で走る乗り物もあったそうだけど、怪物が蔓延る中をぶっ飛ばすのは危険だね」
燃料はマナで代用、当時の部品と材質が近いものを選んで再現したのが通称ヘリ、フォルテの乗り物だ。
今は試作の五台しかないが、やがては量産する計画もあるようだ。
「たくさん作られたら、サークライトとアーシスで往復できるようになるかもしれないってこと?」
水木に尋ねられて、あぁと頷いたジャンギが言うには。
現在アーシスとサークライト、及びナーナンクインも交えて、三つの街での交易が検討されている。
ラクダとヘリを併用すれば、より多くの物資が流通するようになるだろう。
自由騎士も通常探索以外に商人の護衛が加わり、探索結果以外での報酬が得られる機会も増えていく見通しだ。
「草原地帯はあらかた先行騎士が掘り返してしまったから、新たな武器や防具を補充する必要がある。そこで自由騎士の諸君にも新しい項目を増やそうって町長が言い出してね」
増えるのは鍛冶と裁縫の二種類だ。
もちろん生徒は任意で取る・取らないの選択が出来、しかし取っておけば将来の収入幅が広がる仕組みだと言われてしまっては、取らざるを得ないような気もしてくる。
裁縫は後衛の防具、鍛冶は前衛の武器を製造する技術である。
どちらも原材料は雑貨屋で取り扱われ、見習いのうちにマイ武具を作っておけば将来の役に立つはずだ。
「学ぶことが多すぎるぜ!」と騒ぐ小島の横で、ピコが腕を組む。
「これまでのように三ヶ所をグルグルするだけじゃ駄目ってことか。武具づくりはチームじゃなくても学べますか?」と後半はジャンギに尋ねたもので、ジャンギは即答する。
「勿論。武具作成は個人でもチームでも受けられるから、月初めに何の授業を取るか計画を立てておくといい」
受けられる項目が増えた余波で、座学も今後は任意授業になる。
ただし模擬戦闘と実技だけは変更なく、チームメンバー全員が揃っていないと引き受けられない。
来月から追加されるとの説明を受け、原田たちは額を寄せて相談しあった。
「将来の夢が現実的になってきたね。私は優秀な回復使いになりたいから、武具作成は〜パスッ!かな」
新項目を全拒否する水木に「あら、でも裁縫は将来の役に立つのではなくて?現状、術師の防具はないも同然ですものね」とジョゼが言い返し、ピコは「原田くんは何を取る予定なんだい?僕は裁縫に興味津々だよ。僕に似合う最高の服を作りたい!それを着たら僕は、より優雅な存在になれるだろうね」と斜め上な話題を振ってきた。
漠然と話しているだけでは計画がまとまりそうもない。
そのうち月締めに原田の家に集まって相談しようと水木が言い出して、そういう段取りになった。


「空を飛ぶ乗り物か。ライド出来る怪物から、えらく進化したものだな」
ダムダム家の夕飯時にて。
ポツリと呟いたヤフトクゥスを怪訝な表情で見つめてウィンフィルドが尋ね返す。
「ヤフトクゥス様は空を飛ぶ乗り物をご存知なのですか?」
この男――ヤフトクゥスがダムダム家へ身を寄せるようになってから随分経つ。
本人の弁を信じるなら平行天界なる異世界から来た魔法生物らしいのだが、ウィンフィルドの兄にして現町長のウェルバーグがいたく彼を気に入り、離れの部屋へ案内した。
以前は姉の使っていた部屋だ。
彼女が学生時代に愛用していた魔術書や魔術道具が散乱して足の踏み場もなかったはずなのだが、ヤフトクゥスが通された翌日には見違えるほど綺麗さっぱり整頓されており、これはとばかりに他の家事を頼んでみたら料理も万能の腕前で。
これまでに雇ってきた下男下女を全員クビにし、兄はヤフトクゥス一人を要人として迎え入れた。
駄賃はいらない、代わりに家賃をタダにしろといった要求もあっさり呑むほど、彼の手際が気に入ったのだ。
そういった訳で、町長の弟でありながらウィンフィルドはヤフトクゥスへの敬語を義務付けられた。
どこの馬の骨とも分からない奴に頭を下げるなど屈辱だが、兄の言いつけには従うしかない。
実家を追い出されたら、自活できない身なのだから。
「あぁ。他の世界では頻繁に見かける乗り物だ。むしろ空を飛べない世界のほうが希少価値であろう」
厳粛に頷くと、ヤフトクゥスの視線がウェルバーグを捉える。
「具体的な製造方法は聞き出したのか?」
サークライトからお越しのフォルテ嬢は町長宅に泊まっている。
ナーナンクイン出身のベネセも同じく町長宅に宿泊しているが、今ではすっかり影が薄い。
「それはまだでございます。しかし、あのような鉄の塊が本当に空を飛ぶとは……驚愕でございますなぁ」
ヘリが実際に飛ぶ様子はアーシスへ運び込む際に、じっくり見させてもらった。
運転席は人一人がすっぽり入る程度の狭さで、フォルテが運転席に収まるとブンブンと耳障りな音を立てて頭上の羽が回り始め、ふわりと鉄の箱が浮かび上がる。
そのまま一定の高さを保って飛んでいき、やがて丸い円を描いた上でピタリと宙に留まったかと思うと、静かに着陸した。
上部の羽も鉱石を原料に作られているのだから、アーシス民がヘリを鉄の塊と称するのも尤もだ。
あれより巨大な飛行機を見たことのあるヤフトクゥスには、さして珍しいものでない。
珍しいと感じたのは、中核のエンジンぐらいだ。
エンジンの大部分は魔導石で出来ていて、マナを吸収して動力を生み出す。
魔導石の表面にはヤフトクゥスでも解読不能な文字、恐らくは土民の生み出した魔法の呪文がびっしり書き連ねてあり、他の部分は機械なのに、ここだけ魔術を取り入れているとは不可思議な作りである。
念の為フォルテにも確認を取ったが、ヘリは発掘時からエンジンが魔導石で出来ていたそうだ。
機械都市と言いつつ魔術を織り交ぜた文化にヤフトクゥスは興味を持った。
いずれサークライトへも出向いて、ファーストエンドの高度文明を調べてみるのは悪くない。
全ては原田正晃、彼のそばで末永く暮らしていくために。
今は町長宅の間借りだが、いずれは自宅を持ちたいと考えている。
そこで正晃とイチャイチャ三昧の日々を送るのだ。
ヤフトクゥスの脳内は原田の笑顔で満たされつつ、しかし表向きは厳粛に夕飯を取ったのであった。


翌日のスクールでは、新学科への申込み窓口が大混雑を呈していた。
これまで新学科への申込みはゼロだったのに、たった一日で何十人もの学科大移動が起きる騒動となった。
彼らを動かしたのは、新学科への興味ではない。外からのお客様、フォルテに対する好奇心だ。
彼女が新学科へ入るというんじゃ、自分も同じ学科に入るしかない。
学科変更申請待ち行列の中に知った顔を何人か見つけて、原田達は驚く。
「え〜、あれってリンナちゃんじゃない?あんなに弓が上手なのに学者科へいっちゃうの!?」
驚いた直後に「まぁ、騎士と学者の学科両立は可能だからね」と背後から誰かに突っ込まれて、慌てて振り向いてみれば、己龍組の回復使いコーメイが両手を頭の上に組んで立っていた。
「学科って両方取れたのかよ!?」と再度驚く小島にも肩をすくめて、コーメイは答える。
「え?うん。最初の説明で教官が言ってたけど?」
従来の自由騎士科は座学の他に疑似戦闘、武器訓練、実技の三つを学び、学者科は座学の他に実地調査、調査器具の取り扱い、応急処置の技術を学ぶ。
新たに加わる鍛冶と裁縫は、どちらの学科に所属していても受けられる特別授業だ。
学科は無論、どちらか一つだけ選んでもいいし、両方取っても構わない。
座学以外は特に時間が決まっていないのだから、好きな時に好きな授業を受けられる。
ただし実技と擬似戦闘は安全性を重視して、受けられる条件に変更はない。
また、休日には補習と称して希望者を募り、スクール前の食堂にて料理教室が開かれるのだとか。
「えーっ、聞いてないぜ!サフィアちゃん、また説明漏れかよ〜」
廊下で騒ぐ小島と頷く水木を眺めて、原田も溜息を漏らす。
どうもハズレ教官のせいで、うちのクラスは毎回遅れを取りがちだ。
今後は自力で情報を集めなければなるまい。
「あらら、君らんとこの教官って抜けているんだねぇ。よかったら、この冊子貸してあげようか?」とコーメイが差し出してきた冊子を一瞥し、「これは?」と原田が尋ね返すと、「新学科のマニュアルだよ」と言われた。
こんな冊子ですら、自分のクラスでは誰も貰っていない。
眉間に深い皺を寄せる原田を見て、いや、これは己龍教官が手作りしたんだよとコーメイは付け足した。
「うちの教官は几帳面だからね、何か説明しなきゃいけないものが出てきた時は冊子を配って目を通せってやってくんの。僕はもう読んだから、君たちに貸してあげるよ」
「ありがとう!読み終わったら、すぐに返すね」と素直に受け取って、水木がパラパラ冊子を捲る。
一ページ目から、びっしりと細かい文字で書き込まれており、廊下で立ち読みするのではなく、家に持ち帰ってじっくり読みたいところだ。
「すごいねー。己龍教官って、こんなのパパッと作っちゃうんだ!」
「サフィアちゃんには無理だよな、こういう細かそうな作業」
冊子を眺めて好き勝手に騒ぐ水木と小島へ手を振り、「返すのは、いつでもいいから。じゃあね」とコーメイは去っていき、もう一度窓口の混雑を確かめてから、原田も幼馴染二人を教室へと促す。
「ねぇねぇ、原田くんはどうする?自由騎士以外にも学科取っちゃう?」と忙しなく話題を振ってくる水木に「今すぐには決められないな。まずは、具体的な内容を知ってからだ」と慎重な答えを返しつつ――
23/10/12 UP

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