絶対天使と死神の話

野外実戦編 04.聖戦


賢者笹川が活躍したとされる聖戦――とは、そもそも、どういった戦いであったのか。
古くはアルカナルガ島に住むファーストエンド最古の種族、新古族が引き起こした内乱であった。
闇の一族が反乱を起こし、これに他四つの一族が対抗。
たかが種族内抗争と思われていた火種は、やがて全土を巻き込んでの大戦争となり、第一次は青の一族ハウディが、第二次は聖の一族ジミーが中心となって戦争を終結させる。
闇の一族は、そのつど魔界へ封じられてきたが、二度の封印を破り地上へ舞い戻ったのが第三次。
やはり全域へ戦火は広がり、追い詰められしファルゾファーム島の聖王が異世界住民の召喚に手を出す。
その時に召喚されたのが、のちに八英雄と讃えられるようになった男、笹川修一であった。
「ん?賢者なのに八英雄なのか?」と首を傾げる小島へ頷き、フォルテが微笑む。
「えぇ、そうなんです。笹川は賢者としての功績ではなく、英雄としての功績を讃えられたのです」
時の賢者は攻撃と回復、両方の魔法を使える大魔法使いであった。
笹川も漏れなく両方の魔法は使いこなせたが、八賢者となるには魔導の研究が足りなかった。
「当時の基準では、独特の魔法を持つ賢者じゃないと駄目だったようです。その割にオリジナル魔法を幾つも開発したシャウニィ=ダークゾーンが八賢者にならなかったのは、彼が誇り高い召喚師だったとの説もありますね」
シャウニィ=ダークゾーンとは賢者笹川の生きる時代にいた、ダークエルフと呼ばれる種族の男である。
人間を遥かに凌駕する魔力と精神力を持ち、加えて異世界から魔物を呼び出す召喚魔法も使えた。
第三次では笹川と共に戦い抜いた仲間でありながら、第四次では闇の一族側へ寝返った。
それでいて終結直後までには、ちゃっかり人間側へ寝返り直していたというんだから、とんでもない奴だ。
賢者笹川とシャウニィ=ダークゾーンは、時期こそ違えど賢者デトラを師とする。
故にシャウニィは魔導の研究に熱心だったが、笹川はというと始終冒険者のサポートに明け暮れて、魔導の研究はさっぱり手つかずだったという。
「賢者笹川はシャウニィ=ダークゾーンに負けず劣らずの高い魔力と身体能力を持ちながら、第四次聖戦の途中で姿を消すまで、常に人間の味方でした」
「聖戦の途中で姿を消したって、なんで!?」
驚く水木へ指を一本差し出し、フォルテは断言する。
「当初の魔法合戦は派手な攻撃呪文よりも、自由自在に召喚を使いこなす者が重宝されていました。召喚は異世界から呼び出すだけではなく、元の世界へ送り返す魔法も存在したのです。賢者笹川はシャウニィ=ダークゾーンの魔法により元いた世界、2003TOKYOへ送り返されたのだと伝承は綴っています」
「えっ、でもシャウニィは終戦までには人間側へ戻ってきたんだろ?それなのに何で笹川を送り返しちゃうんだ!」と小島はパニック気味だが、その疑問は原田も同感だ。
終戦間際で仲間に戻ったんなら、強大な仲間を元の世界へ送り返す意味がわからない。
フォルテは指をチッチと振って小島の間違いを訂正する。
「ノンノン、シャウニィが笹川を送り返したのは闇の一派だった頃です。寝返りなおす前ですね」
「新古族が始めた戦いと言う割に、第四次は殆どシャウニィと笹川のタイマンバトルだったんだね」
ポツリと呟かれたピコの感想を受け止め、フォルテが首をゆるく振った。
「はじめの原因は、きっかけに過ぎません。戦いが全土に広がった時点で誰が英雄になるのか、どの種族が生き残るのかは誰にも予想できなかったでしょう」
聖戦の炎は新古族以外の全種族を巻き込んで、海を蒸発させて大地を焦土と変えた。
厳密には魔法の使い過ぎが世界の受け止められるキャパシティをオーバーして、世界崩壊を引き起こさせたのだと残された書物には綴られている。
「この書を残したのはマクリゥス=キャビンの子孫、ミネクリシュ=キャビン。風化させずに後世まで残す手段として、彼は書を自らの棺に収めました」
「棺?」「待って、マクリゥスって誰?」といった疑問の声が次々上がる中、フォルテは淡々と答える。
「棺というのは棺桶、遺体を収納する箱です。書物を発見した時、粉々になった骨も一緒に入っていましたから、これがミネクリシュの骨だったのでしょう」
「うわぁ」とピコが口元を押さえて青ざめる。
「大丈夫ですよ、我々が発見した時は既に風化していましたから」
フォルテは苦笑したが、それでも一応は具合の悪くなったピコの背中を撫でてやった。
ミネクリシュは自らの死期を悟り、書物と一緒に眠りへついた。
棺桶は地中で眠り続け、やがて後世の住民に掘り起こされる。
骨は丁寧に埋葬され、書物は学者の手により解析されて歴史の一端が紐解かれる。
「第四次聖戦の終結までに全土が焼け野原になったのは事実です。ですが全種族が絶滅を迎えたわけではなく、終結直後、地上には僅かばかりの生き残りがいました。彼らが私達の住む街を作り上げた……学者の見解は他の場所にも街が存在するとの結論にいたり、私も派遣隊の一人として選出されたんです」
「派遣隊の一人?ということは、旅立ったのは君一人じゃないのか」
ジャンギの問いへ頷き、フォルテはすっかり冷めた卵焼きを口いっぱい頬張る。
「ん!美味しい、これのレシピを後で教えて下さいね。そうです、サークライト派遣隊は私一人ではありません。同じくヘリに搭乗して各地へ向かった仲間が三名ほど」
サークライトは年中雪が降り積もる地帯だ。
そこを出発点として東西南北、各一名ずつが旅立った。
雪って何?との質問にも、彼女は微笑んで答えた。
「白くて、ふわふわした氷の粒が空から降ってくるんです。原理は不明ですけどね」
「古代の書物にゃ載ってなかったのかよ?」との小島の割り込みには、困ったように首を真横に振る。
「はい。書物はファーストエンドで起きた過去の歴史や魔法書、或いは技術書ばかりで、この大地に関する気象情報については全く」
「海がねぇのに雪は降るのか。そいつもマナの残滓と関係あるのかねぇ」とポツリ呟いたのは誰であろう。
いつ入ってきたのか、原田の隣に腰掛けた神坐がデザートにと戸棚に隠してあったフルーツケーキをもしゃもしゃ食べながら、じっとフォルテに視線を注いでいるではないか。
「じっ、神坐さん!?」「先生、いつの間に!?」
驚く子供たちをそっちのけに、フォルテが聞き返す。
「雪がふるのと海の存在には、どういった関係があるんですか?」
「海水が風に吹き上げられて蒸気になって、山の上で雪に変化するんだ。だから海のないファーストエンドで雪がふるのは、おかしいと思ってよ」
難なく答えてから、改めて神坐がフォルテに尋ねた。
「お前は海を知っているようだが、それも書物経由の知識なのか?海も気象情報の一つだろうに」
「海が気象情報?いえ、私の言う気象情報とは、雪がふる原因や雲が発生する原因といった、あなたが今おっしゃったような理由付けを指しています」とした上で、フォルテは佇まいを直す。
「ときに、あなたは見たところ人間では――いいえ、この大地に生きたとされる亜種族の、どれにも当てはまりませんね。一体何者ですか。まさか、ゲート通過者……なのですか?」
途端に水木たちが一斉に叫んだ。
「神様だよ!」「死神だ!」
「フフ、さすが美人は聡明だね。そうとも、神坐さんは神だったんだ!」
「……神?」と、この答えは予想外だったのかポカンとするフォルテへ当の神坐が肩をすくめる。
「過去の歴史を紐解いても、ファーストエンドに死神が出現したって記述はなかったようだな。そいつらの言う通り、俺は死神だ。とある任務でファーストエンドにやってきたんだが、思ったよりも長引いちまってね。だが安心しろ、この地に災いを引き起こすつもりはねぇよ」
「それよりも、ゲート通過者って何?」と今度はジョゼに新たな疑問が湧いてきて、話は終わりそうにない。
緊張の面持ちで神坐を睨みつけるフォルテと、厳しい視線を向けられても悠然とする神坐の間に割って入り、ジャンギが皆を促した。
「皆、聞きたいことは多々あるだろうが、まずは町長と学者に彼女を引き合わせたい。フォルテさん、君の持つ情報は俺達に話すよりも然るべき相手に伝えたほうが有力となるだろう。それに君だって、草原地帯の情報を入手しなければいけないんじゃないか?」
「その通り……ですね」
神坐から目を離さずにフォルテが頷き、ひとまずは、お開きとなった。


三人組は途中の道でピコやジョゼとも別れ、神坐と共に四人で歩きながら水木が尋ねる。
「どうしてフォルテちゃんは神坐先生を警戒していたのかなぁ?こんなに優しい人なのにね」
「知らない人だからじゃねーか?」との小島の推理は「私達だって知り合ったばかりだよ?でも全然緊張してなかったじゃない」と即座に否定され、続けて原田が自らの推理を披露した。
「彼女は文献や人間しか信用しないタイプなんだろう」
「そいつぁ〜視野が狭いなぁ!目に見えるモンは何にでも興味を持たなきゃ探索する意味がねぇぜ」
珍しく小島の意見は的を得ており、驚く水木と原田に神坐が口添えする。
「その通りだぜ、小島。何かを見逃したり周りに無関心なようじゃ自由騎士は務まらねぇ。原田、それから水木もだが、好奇心と向上心、これだけは絶対に忘れんじゃねーぞ。今後の冒険に役立つ知恵だかんな」
「はい!」と即座に原田、遅れて水木も「う、うん!」と頷き、小島は大きく伸びをした。
「あー、それにしても長ェ話だったなぁ〜。すっかり肩が凝っちまった」
すっかり日は暮れ、夜になっていた。
三人はスクールに立ち寄らず直接帰路を選んだが、アーステイラがちゃんと報告してくれたかどうかが心配だ。
「ところで」と原田が話し始めたので、四人は耳を傾ける。
「フォルテは何故、神坐さんが人間じゃないと気づいたんだ?」
言われてみれば、確かに妙だ。
神坐は擬態、人の姿を取っており、原田たちと何ら変わりがない人間に見えるはずなのに。
なのにフォルテは、あっさり亜種族だと看破した上で、文献に記されてもいないと見切ったのだ。
「サークライトの人には、人間と亜種族、だっけ?の違いが見えるのかなぁ」
水木は首を傾げ、小島も腕を組んで考え込む。
が、すぐに「駄目だ、眠くて頭が働かねぇ〜!」と考えるのをやめてしまった。
「まぁいいさ、そのへんも学者経由で聞き出した後にジャンギが教えてくれるだろうぜ」
神坐はさして気にしていないのか、さっさと話を切り上げて別れの挨拶をよこしてくる。
「じゃーな、三人とも。夜更かししねぇで早めに寝るんだぞ」
「はーい」と素直な返事を聞いて歩き去る背中を見送りながら、原田も二人を促した。
「それじゃ小島、早く寝るとしよう。水木も、おやすみ」
「またねー、原田くん、小島くん。おやすみなさい!」
今日は簡単な退治で終わるはずだったのに、毎回こうだ、必ず何か予期せぬハプニングが起きるのだ。
おかげで今夜は、ぐっすり眠れるだろう……
23/09/28 UP

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