絶対天使と死神の話

野外実戦編 03.永久の町


見慣れぬ箱で飛来した謎の人物は優雅に会釈すると、にこりと微笑む。
「ふむふむ。皆さんのお洋服ですが上は繊維質、下もそうでしょうか?なるほど、見渡す限り草一面ですもんね。これを利用しない手はない、と」
対して彼女が身につけているものは、明らかに原田たちとは異なっていた。
全身が陽の光を浴びて眩しく輝き、長く眺めていると目がチカチカしてくる。
頭をすっぽり覆う帽子を被っており、帽子の隙間からは細い線が伸びていて、その先は箱と繋がっているようだ。
「あなたの、それ」とアーステイラが尋ねる。
「飛行機ですよね?ファーストエンドには飛行機があったんですか」
すると「ノンノン」と指を振り、謎の少女が言うには――
「あ、その前に。私の名はフォルテ=ルーフェン。ここより遥か遠方の地、サークライトから来ました」
慌てて水木が「わっ、私は水木っていうの、よろしく!」と慌ただしく名乗り返すのも遮り、小島が騒ぐ。
「サークライト!?なんだそりゃ、聞いたことねーぞ!どこにある町なんだ!?」
「どこ……と言われましても、説明が難しいですね。方位レーダーによると、ここはサークライトから見て南に位置するようですが」
ちらりと箱の中を覗いて答えるフォルテにつられたか、原田たちも近寄って箱の内部を覗き見た。
箱の内部は一面に灰色の鉄板が敷き詰められており、チカチカ絶え間なく光る丸い水晶の横にあるのは硝子の板のように見える。
否、硝子板には草原が映し出されていた。この辺りの景色であろう。
灰色の板の中央に、針のついた丸い板がある。フォルテが指さし、原田たちに説明した。
「これが方位レーダーです。出発点は赤、目的地を青で表示してくれますので、行きも帰りも自由自在ですよ」
彼女の話を信じるのならばアーシスの北にはサークライトなる町が存在し、そこには機械文明が存在する。
飛行機ではないとフォルテは否定したが、アーステイラには一人乗りの飛行機にしか見えない。
それとも飛行機ではない、ヘリコプターだ――とでも言うつもりだろうか。
「北はナーナンクインがあった場所だよね。ベネセちゃんは知っている?サークライトってとこ」
水木に問われ、ベネセは首を真横に振った。
「いや。ナーナンクインより北は雪原地帯、深い雪に覆われ視界は閉ざされ、生き物の息吹も感じられない地だ」
だが、過去にはナーナンクインの若者が雪原地帯へ足を踏み入れて特効薬を取りに行ったのではなかったか。
それを踏まえると雪原地帯は徒歩で入れるし、人の住める場所でもあった。
なにより目の前の少女、フォルテが生き証人だ。
「それで……サークライトから草原まで何の用で来たのかしら」とはジョゼの疑問に、フォルテが微笑む。
「これの試運転です」
ぽんぽんと四角い箱を叩く彼女に、重ねてピコが尋ねた。
「これで空を飛んできたのかい?」
「そうです。古文書にはヘリと記されていました。サークライトの作業員が掘り起こし、学者の手を経て飛べるように調整したんです」
そう言って、フォルテは帽子を脱ぐ。
細い線を手に取り、皆にも見える高さで掲げた。
「ヘルメットは通訳を果たします。ですが、これを使わずとも此処の言語は私と同じでしたね。思うにファーストエンドの言語、人間族の言語は古来より一つと想定されます。何故なら、古文書に書かれていたのも私達が普段使う言語と同じでしたから」
「掘り起こし……?あなた達が作ったのではなく?」とのアーステイラにも強く頷き、フォルテは繰り返す。
「掘り出したんです。サークライトの各地には過去の遺物が多く埋もれています。私達は過去の文明を今へ伝えるべく、掘り起こしては実用化させています」
彼女の話を聞く限りでは、雪原地帯の人々は過去の戦争で失われた文明を掘り返して生活しているようだ。
「けど、機械を使用するなら電源が……」と言いかけるアーステイラを横目に、フォルテが箱の下部分にある出っ張りを引っ張る。
バコン!と大きな音を立ててヘリの白い胴体が一部開き、緑の液体が入った四角い箱がお目見えした。
「サークライトの機械は全てマナが動力です。マナとは、そうですねぇ、魔法を発動させるためのエネルギーとでも申しましょうか。マナはそのままでは手に触れることも叶いませんが、魔法を使った後、大気にマナの残滓が残るんです。それを吸引器でかき集めて、抽出、凝縮して液体化させたものが機械を動かします」
アーシスやナーナンクインとは大きく異なり、サークライトは高い文明がある。
それもまた過去の遺物を解析した結果であろうが、今の時代に理解できる住民がいたことがアーステイラを何よりも驚かせた。
アーシスでは現在、自由騎士の足となる乗り物を開発しようとジャンギや町の偉い面々が躍起になっている。
ヘリを見た彼らの滑稽な動揺っぷりが脳裏に浮かび、アーステイラは、こっそりほくそ笑んだ。
眼の前では飽くなき好奇心から「往復できるのかしら?」といったジョゼの質問へフォルテが頷く。
「勿論です。往復の距離も含めての試運転ですよ」
「わぁー!だったら乗せて、乗せて!私も行ってみたい、サークライト」と水木が騒ぎ出すのへは、ちょっと困ったように眉根を寄せてフォルテは首を真横に振った。
「いえ、それは……ソーリィ、無理ですね。このヘリは一人乗りですので」
「とりあえず」と原田も口を挟む。
「ここでいつまでも立ち話というのも何だ、一旦町へ戻ろう」
「そうね」「びっくりしすぎて帰るのを忘れちゃったね!」
口々に騒ぎながら仲間たちは歩き出し、あんたも一緒にどうだと原田が促す前にフォルテも頷き、皆の後をついてくる。
ヘリだと紹介された箱は、草原に置きっぱなしだ。
それを原田が言及すると、フォルテは肩をすくめて苦笑した。
「ヘリは人物認識システムを積んでいます。私以外の人が乗り込んでも動きません」
「怪物が壊しちゃったりしねーかなぁ」とは小島の心配にも彼女は手を振って笑う。
「そんじょそこらの怪力じゃ破壊できませんよ!それに防衛システムを積んでいますから、先ほど倒した怪物程度でしたら軽く撃退できます」
「そういや、さっきの攻撃!ありゃあ何だったんだ!?」と思い出して騒ぎだす小島の背を「話は戻ってからでいいだろ」と原田がグイグイ押して、一同の止まりかけていた足を再び町へと向けさせる。
「そうですね、私も貴方がたの文明に興味津々です。積もる話はゆっくり、どこかでお話しましょう」
両手を併せて嬉しそうなフォルテを背に、ジョゼが水木に囁いた。
「それで……あの人を何処へ連れていけばいいのかしら?」
「こういう時は、やっぱりあそこしかないよ」
子供たちの足は自然と同じ場所を目指して進んでいく。
アーシスの英雄にして街の中心人物でもある、ジャンギの家へと――


学校への報告をアーステイラ一人に押しつけると、原田たちはフォルテをつれてジャンギ宅へ上がり込む。
突然の来訪だというのにジャンギは全く動じず皆を迎え入れたばかりか、美味しそうな匂いと湯気をたてた料理の皿を次々と机の上に並べてゆく。
たまらない誘惑に小島の腹が耐えきれず、ググーッ!と大きな音を立てる中、一人だけ腰掛けずに立っていたフォルテが会釈した。
「はじめまして、異郷の賢人よ。私はフォルテ=ルーフェン、永久の町サークライトに住む賢者の伝言を預かり、人が住む場所を目指して飛んできました」
「永久の町!?」と騒ぐ子供たちを手で制し、ジャンギが問いかける。
「賢人と呼ばれるのは少々くすぐったいね。ときにサークライトの賢者というのは、もしや文献に残る、あの賢者の末裔なのかい?」
「えぇ」と訳知り顔でフォルテは頷き、まっすぐな瞳でジャンギを見つめ返した。
「さすがは賢人、話が早いですね。そうです、サークライトの賢者は皆いにしえの賢者、笹川修一の血を引く末裔です」
聞き慣れない賢者と末裔を名乗る人々の出現に、原田たちは思わずポカンとなる。
アーシスで伝わる賢者は、輝ける魂に直接関係するゼトラただ一人である。
賢者笹川なんて名前は初耳だ。
そう思って原田がジャンギを振り返ると、彼も思案するような顔でフォルテへ頷いた。
「やはり、そうか。賢者笹川の末裔がいるとなればサークライトは恐らく、かつて機械都市と呼ばれた町のあった場所……で、間違いないんだね?」
無言の、だが確信ある頷きで返したフォルテは、相変わらずポカンと呆けたままの子供たちを見渡して、くすっと微笑む。
「賢人以外の皆様に賢者笹川の伝記は、初耳でしたでしょうか?それでは、改めてお話しましょう。かつて、この地にいたとされる七賢者の物語を――」
だが、話す寸前で小島が待ったをかける。
「その前に、飯にしようせ?さっきから腹がグーグー鳴って、話に集中できそうもねぇや」
すかさずジョゼが「あら、小島くんは座学でいつも居眠りしているじゃない。長い物語を聞く集中力なんて、あるのかしら?」と嫌味を飛ばすのも何のその。
「そうだな、それじゃ食べながら話そうか」と苦笑するジャンギの号令を右から左へ聞き流し、小島は一番手前にあった肉の塊を掴み取るとガッついた。
「いただきまーふ!」
23/06/30 UP

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