絶対天使と死神の話

野外実戦編 02.第三の出会い


原田たちの引き受けた依頼は、プチプチ草を七体退治するといった内容であった。
内容自体に文句はない。
文句があるのは、余計なオマケがついてきた点だ。
「お前、あっちのクラスで浮いてんのか?だよなー、怪物の王を名乗っていた奴と仲良くできっこねーよなー」
原田や水木が口を挟む暇もない速さで罵ってくる小島に、アーステイラも辛辣な目つきで罵り返す。
「終わったことをいつまでも、ごちゃごちゃとうるさいゴリラですねぇ。プチプチ草が出現しても、その生意気な口を叩ける余裕があるといいんですが」
そこを「まぁまぁ、二人とも落ち着こうじゃないか」と宥めに入ったのはピコで、「実戦実習は危険だよ、仲間割れは禁物だ」と笑顔を向けただけで、アーステイラときたら表情一変。
愛くるしい笑顔で勢いよく頷くと視線はピコ一直線、原田や小島を視界の隅へと追い出した。
「はい、心得ておりますピコ様!わたしは貴方様のしもべ……どんな傷でも一瞬で治して差し上げますわ」
自らを下僕と呼ぶ彼女に二人はどんな関係なんだと悩む原田そっちのけで、ジョゼがアーステイラへ尋ねる。
「補佐って言っていたわよね。実際には、どこまでフォローするつもりなの?全部助けられているようじゃ、私達の訓練にならないんだけど」
途端にキリッと真面目な顔に戻った絶対天使が言うには。
「回復使いの呪文が不発だった時の治療を許可されています。攻撃には加わりませんので、基本は皆さんの戦いを見守るかたちになりますね。また、依頼対象以外の怪物と遭遇した場合、皆さんの実力を上回る相手に限り、全員が無事に逃げられるよう援護攻撃を行います」
依頼対象への攻撃は許されておらず、結界で守ることも禁じられている。
絶対天使のスペックを考えると物足りないサポートだが、己龍教官も彼女の扱いには苦労しているのであろう。
小島に指摘されずとも、クラスで浮きに浮きまくっているのは誰でも容易に想像できる。
それだけ、あの出来事は強烈だった。
クラスメイトが怪物に成り下がるなど、本来はありえない事態なのだから。
「本当に補佐なんだぁ。だったら、遠くで見ていていいよ。私だって、あれからいっぱい呪文を練習したもん」
楽器を抱きかかえて得意満面な水木にも、アーステイラの反応は薄い。
「ハイハイ。でも実戦じゃ敵は七匹ぴったりと限りませんので、連続で呪文を唱えなきゃいけない事態もありえます。あなたの精神力の見せ所ですよ」
草原地帯は全く怪物の出ない地域ではない。
往復の道のりで、七匹以上との遭遇は充分ありえる。
早くも引け腰になりかけるピコと水木を横目に、ジョゼが自信満々言い切った。
「望むところだわ。七匹倒して終わりじゃ、実戦実習としては物足りないものね」
「相変わらず鼻息が荒いですねぇー、ジョゼちゃん。前世は血に飢えた獣だったんじゃないですか?あなた」と、どこまでも馬鹿にした目つきで蔑んでくるアーステイラには、ついついジョゼの声も跳ね上がる。
「あなたにちゃんづけで呼ばれる筋合いはなくってよ!!」
「ジョ、ジョゼちゃんっ!戦う前の喧嘩は駄目だってば」
慌てて静止に入る水木などジョゼの視界に入るはずもなく、騒がしい口喧嘩を遮ったのは原田の一言であった。
「ジョゼ、そいつに構うんじゃない。俺達は俺達のペースで依頼をこなしていこう」
「そうよね、原田くん。さぁ皆、お喋りは終わりにしてプチプチ草を探すわよ!」
ジョゼの号令で六人は草原一帯を見渡すも、草原に蠢く影は一つとして見つからない。
無意識に歩いていた時はバンバン遭遇したくせに、探すと出てこないのは厄介だ。
緑の絨毯は見渡す限り水平線まで続いており、たまに吹いてくる風が心地よく水木やジョゼの髪を撫でてゆく。
ぽかぽか温かい気候も相まって、うっかり実習であることすら忘れそうになるほど周囲に敵影が見当たらない。
張り切ってプチプチ草を探していた小島やピコも、こうも敵が出てこないとあっては次第にダレてきた。
「草原って、こんなに平和な場所だったかなぁ?まるでピクニックのようだよねぇ」
クルリと一回転して草原を見渡すピコに、小島が頷く。
「ビクビクしてたのが馬鹿らしくなるほど何もいねぇなー。プチプチ草も狩る必要あるのかってぐらい弱ェしよ」
「自由騎士見習いの練習台に使われるなんて、可愛そうな命だよね」と後ろを向いたピコの足が、ぐにっと何かを踏みつけた直後。
『ピギャーーーーーーーーーーーーーーー!!』
大音量での鳴き声が足元から聞こえると同時に、ピコの口からも「ひきゃあぁぁぁぁ!?」と同じ音量の悲鳴が飛び出した。
悲鳴を合図にしたかのように、四方を囲む形で蠢く影が出現する。
「いたぞ!プチプチ草だっ」と真っ先に駆け出したのはベネセで、他の面々は咄嗟に動けない。
早くも弓をつがえた彼女の矢は確実に一匹を貫き、甲高い悲鳴をあげさせた。
「さすがはナーナンクインの戦士ですねぇ。それに引き換え、あなた達ときたら」
アーステイラの嫌味を遮る大音量で「あきゃーー!」と甲高く響いたピコの悲鳴により、ようやくジョゼが我に返る。
「まずいわ、囲まれている!皆、敵を一箇所に集めてちょうだいッ。まとめて炎で焼き尽くしてやるわ!!」
プチプチ草は前方に三匹、後方に二匹、右手に四匹、ピコが踏んづけた一匹で全部のようだ。
囮役のピコは早くも散弾の嵐に見舞われて、水木に癒やしの魔法をかけられている。
「追い立てる場所を決めろ!そこへ誘導するっ」
ベネセに命じられ、すぐさま原田は叫び返した。
「小島の前に集めるんだ!」
「えっ、俺の前ぇ!?」と驚く本人にも「お前の大剣で散弾を防ぐ!」とだけ伝えて、原田は後方へ走り出す。
ベネセ一人じゃ追い立てる手が足りない。かといってピコが動けないのでは、自分が動くしかない。
勢いよく低空を払った鞭はプチプチ草を怯ませるに充分で、ベネセが敵の背後へ回り込む。
彼女の矢が飛び交うたびに後方のプチプチ草は右手へと集められ、左右にいたプチプチ草も小島の元へ移動せざるを得ないように誘導されてゆく。
ベネセは弓矢を完璧に使いこなしている。
これ以上、彼女が自由騎士スクールで学ぶ必要は、あるのだろうか?
――といった疑問が原田の脳裏をかすめるも、今は戦闘に集中しなくては勝てる戦いも勝てなくなる。
前方のプチプチ草は誘導するまでもない。小島の元へ一直線に向かってきている。
ピコのそばにいる一匹以外が小島の前に集められた瞬間、ジョゼの呪文は完成した。
「いくわよ!全てを焼き尽くせ、メルトンーッ」
ごぉっと赤い塊が彼女の両手から放たれて、前方で大きな火柱を立ち上らせる。
以前に見た時よりも数段パワーアップしているのは、伊達に一ヶ月模擬戦闘を繰り返していたのではないのだと原田に告げているようでもあった。
「プチプチ草如きに派手ですこと」
ぼそっと呟いたアーステイラの独り言は右から左へ聞き流し、残り一匹めがけて小島が大剣を振り下ろす。
「こんにゃろー!不意討ちでピコを襲うたぁ、ふてぇ真似してくれんじゃねーか!」
本を正せば余所見していたピコが全部悪いのだが、それはそれ。
彼のお陰でプチプチ草と早く遭遇できたと言えなくもない。
アーステイラの手を借りるまでもなく、プチプチ草を予定より二匹多めに倒した一行は帰り道を急ぐ。
「なによ、これだったら補佐なんていらなかったじゃない」とジョゼの鼻息は荒く、水木も高揚した表情でピコを励ました。
「ピコくんがプチプチ草を見つけてくれたから、夕方になる前に全部終わったんだよ。だから、元気だして?」
最初にやられたっきりでイイトコなしだったピコは冴えない表情で「う、うん」と頷いたのだが、そこへ割り込んできたのはアーステイラで、「すっかり終了モードのようですけど、皆さん、何かをお忘れじゃありませんか?」との一言に、六人は顔を見合わせる。
目的の敵を倒した以上、草原に残る必要はない。
あとは帰るだけだというのに何を言いたいのだろうか、この絶対天使は。
「……騒ぎを聞きつけて近づいてきたみたいですよ?帰るなら全力で逃げたほうがいいんじゃありませんか」
遠くへ耳を澄ます真似をするアーステイラを見て、六人の中で真っ先に感づいたのはベネセであった。
微かではあるが、遠くから伝わってくる振動には覚えがある。
「まずい、奴が来る!全員、全力疾走で退避しろ!!」
「奴!?」と驚く五人も次第に近づいてくる振動を感じ取り、さぁっと顔を青ざめさせた。
恐ろしく巨大なものが地中を移動している。
もしや以前の草原探索で散々酷い目に合わされた、例の巨大怪物ではなかろうか。
遠く離れた場所にしか出ないと思っていたのに、アーシス周辺にも出没するようになっていたとは大誤算だ。
「待って、これがあいつなら他の皆も危ないんじゃ!?」
クラスメイトを心配する水木の腕を取って、原田が走り出す。
「こちらへまっすぐ近づいてきているってことは、他のチームは襲われていないのかもしれない!」
あれは子供を襲う怪物だとジャンギが言っていた。
なら原田たちの元へ来るまでにも、誰かしら襲われていたっておかしくないはずである。
しかし、これまでに誰かの悲鳴や爆音といったものは一切聞こえてこなかった。
敵は脇目も振らずに向かってきている。否、正確には自分を狙っているのだと原田は見当をつけた。
これまでに二度、あれを撃退した自分を――
勢いよく水木を小島のほうへ放り投げると、原田は立ち止まる。
「原田くん、どうしたの!?早く逃げないと」と騒ぐジョゼには背を向けたまま怒鳴り返した。
「俺が引きつける!皆は少しでも遠くへ逃げるんだ!」
しかし逃げろと言われて素直に逃げる人間は、この場に一人もいない。
ジョゼは迷わずUターンで戻っていき、小島も水木と共に原田の元へ駆け寄った。
「無茶言うんじゃねぇ、原田!そりゃあ、あん時はお前一人で倒したけどよ、そうそう何度も上手くいくたぁ限らねーだろ!?」
ベネセも然り、油断なく弓矢を構えて遠くを見据える。
「奴の弱点は覚えているな?原田が逃げないのであれば、戦って切り抜ける他あるまい」
ピコはアーステイラの顔をちらりと見やった後、意味もなくフワァッと髪をかきあげてベネセの横に立ち並んだ。
「レディ達が残るとあっちゃ、僕一人で逃げるわけにもいかないな。原田くん、全員で追い払おうじゃないか」
「なんだ、私達が残らなかったら原田を置いて逃げるつもりだったのか?」
一瞬は睨みつける真似をしたが、すぐにベネセは表情を和らげてピコの肩を軽く叩く。
「勇気ある決断だ。それでこそ私の弟子だぞ」
「お褒めに預かり光栄です、お師匠様」
ベネセとピコの間で流れる空気の違いにアーステイラがムッとなるのもお構いなしに、原田が叫んだ。
「来るぞ!」
一瞬の静けさを置いて、ボコッと眼の前の地面が盛り上がった。
同時に巨大な怪物が姿を現した直後、振り回される巨大な腕を避けるので前衛は精一杯、後ろに下がっていた水木がビクゥッと怯むのへはベネセの叱咤が飛ぶ。
「恐れるな、奴の弱点は頭の複眼だ!水木とジョゼは魔法の詠唱を始めろッ」
言うが早いか弓を構え、上空めがけて矢を放つ。
ベネセの勢いに釣られるようにして、小島も吠えた。
「こうなったらヤケだー!ブチのめして追い返してやる!!」
と言っても弱点は遥か上空、小島に出来るのは飛んでくる岩や草の根などを大剣で防ぐしかない。
後方へ下がった原田も呪文組へと加わる。
瞼の裏に浮かぶイメージは飛び交う巨大な岩。以前ジョゼが唱えた土魔法だ。
ちまちま複眼を潰すよりも巨大な岩で胴体ごと薙ぎ倒したほうが、より威力が強いのではないかと考えた。
やがて掲げた両手の真上には小さな石の塊が浮かび、虚空より飛来した小石が次々と融合していく。
もっとも、それに気づいたのは「……土呪文?バカハゲの分際で、呪文を複数使い分けられるというんですか」と呟いたアーステイラぐらいで、他は攻撃や詠唱に忙しくて見ている暇がない。
「うわぁっ!」と叫んで身をかがめるピコの真正面で、小島の大剣が鈍い音を立てる。
怪物が暴れるたびに大きな岩や草の根土の塊が飛んでくるもんだから、小島とピコは完全に動けない。
唯一届く物理攻撃も、一人では効いているのかいないのか。
「ジョゼちゃんは、と……」
ちらりとジョゼの様子を盗み見て、アーステイラは小さく溜息を漏らす。
体を覆う魔力のオーラは感じ取られるが、呪文が発動するまでには今しばらく時間がかかりそうである。
毎日訓練していても、やはり子供は子供、現役自由騎士と比べるまでもない未熟さ加減だ。
ここは少しばかり絶対の誓いで援護して、バカハゲ達に恩を売っておくか。
そんなふうに彼女が思った時だった。

ファンファンファン……と、アーシスでは聴くことのない金属音が頭上から響いてきたのは。

「え?なんですか、このプロペラ音」
アーステイラが怪訝な表情で空を見上げるのと同時に、ベネセも大声で叫んだ。
「なんだ、あれは!?」
上空に浮かぶのは、逆光でよく見えないが黒い大きな影だ。
影の中心で何かがチカッと光り、間髪入れずに丸いものが幾つもポロポロと怪物の頭上めがけて降ってくる。
それらが全て怪物に当たった瞬間、周辺は白煙に覆われて何も見えなくなった。
『グギャアァァァァアーーーーーーーー!!!』
耳をつんざく怪物の悲鳴に、思わず全員が耳を塞ぐ。
巨大な物体がのたうち回る音も聞こえてきたが、すぐに地面を掘るグムグムくぐもった音へと切り替わり、怪物の気配が恐るべき速さで遠のいてゆく。
「逃げ……た……?」
ぽかんとする一同の前に、頭上を飛んでいた黒い影が、ゆっくりと降りてくる。
やがて影は色を伴い、誰の目にも白くて四角い箱が現れた。
箱の屋根に一本の棒が突き立てられており、棒の上部では四枚の金属板がクルクル回転している。
アーシスは勿論、ナーナンクインでも見覚えのない代物だ。
「何……これ?」と呟いた水木を背に庇い、原田と小島は身構える。
どのぐらい、そうしていただろうか。
唐突にバカン!と勢いよく箱の一部が開いたかと思うと、「ふぅっ!」と息を吐いて勢いよく飛び降りてきた何者かに全員の顔が強張った。
しかし「こ、このぉっ!」と飛びかかろうとする小島は、寸前でベネセに止められる。
「待て!人間だッ」
「人間!?」と聞き返すジョゼやピコの耳にも、意味の通じる言葉が届いてくる。
「イェス、イエース、人間です。どうか武器をお収めください、異郷の民よ。あっ、ここでは私が異郷の民でしたね、ソーリィ」
白い箱から出てきたのは紛れもない人間――だが、聞き慣れない言葉遣いの少女でもあった……
23/04/02 UP

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