絶対天使と死神の話

野外実戦編 01.退治実習特別補佐


翌日、原田は珍しく早朝に目を覚ました。
眠りは浅く、目をしばしばさせながら、薄暗い部屋で身を起こす。
「おう、原田。もう起きたのか」
勢いよく起き上がるや否や、小島は立ち上がってカーテンを開ける。
まだ薄暗いものの、青白い光が部屋を照らした。
「退治依頼、今日からだもんな。俺も興奮して目が覚めちまったぜ!」
本日から、ついに実戦、退治依頼が実習に混ざってくる。
プチプチ草とは、これまでにも何回か戦った。
しかし、これからは補佐なしで戦うのだ。
合同会までの練習で立ち回りを、たくさん練習した。
輝ける魂の修行も併せれば戦力は充分あるはずなのに、不安が消え去らないのは何故だろう。
じっと無言で己の考えに耽る原田の横に座り直して、小島がべらべら話しかけてくる。
「な、模擬戦闘の成績で受けられる退治の難易度が変わるってサフィアちゃん言ってたけど、どういうことなんだろうな?」
どういう事も何も、そのままの意味じゃないか。
模擬の段階が進めば難しい退治も引き受けられるようになる。それだけの話だ。
「俺達はプチプチ草をすっ飛ばして強い怪物の退治を引き受けられたりすんのかなー!?」
興奮を抑えきれない小島に原田は「さぁな」と素っ気なく返してパジャマを脱ぎ捨てる。
「なんだよ〜、待ちに待った怪物退治だぞ?もっと話に乗ってくれたって」と文句タラタラな親友へ振り返ると、朝食を促した。
ダイニングテーブルに皿を並べる小島へ背を向けて、原田は野菜を切り刻む。
怪物を格好良く倒して水木に褒められたい――
かつて、そう考えていた自分がいる。
だが怪物退治を待ちに待っていたかというと、案外そうでもない。
自由騎士になりたかった本当の理由は、外の世界を見てみたい好奇心と、もしかしたら居なくなってしまった両親を探しに行けるかもしれないといった期待が一番大きかった。
やがて死神や絶対天使との出会いを経て自分の出生に触れて、実際に外へ出てみて数々の怪物と戦った後となっては、今更退治実習だと言われても、何の興奮も湧いてこない。
外に出るだけで足はガクガク心臓はバクバクになっていた、あの頃が懐かしい。
そんなに月日が経ったわけでもないのに、原田には遥か昔の出来事に感じられてならないのであった。

「キーンコーンカーンコーン♪さぁ、皆さーん!ついに怪物退治実習が、うちのクラスでも解禁でーす!」
サフィア教官の号令で、教室中が一斉に沸き立つ。
黒板へと群がりキラキラした瞳で依頼を探す連中を横目に、ジョゼが原田に尋ねた。
「私達は、どうするの?今日は模擬戦闘の予定だけど」
「モチロン、怪物退治を引き受けるに決まっているぜ!」と答えたのは小島で、原田が何か言うより早く机を勢いよく叩く。
「俺達の練習成果を見せるチャンスだぞ!誰かが退治した後じゃ遅いしな」
「何が遅いの?」と聞き返す水木にも、小島の鼻息は荒い。
「怪物退治できる実力を示すチャンスが、だよ!」
小島がクラスのナンバーワンを狙っていたとは意外だ。
驚く原田の横で、ジョゼが自信たっぷりに頷いた。
「そうね。私達は合同会で特別扱いを受けていた……その特別扱いがジャンギさんの依怙贔屓じゃないと知らしめるのは今を以てないわ」
黒板に貼られた依頼は、ほとんどがプチプチ草退治であった。
違うのは退治数と依頼報酬ぐらいだが、初めての退治依頼に興奮する生徒たちは次々紙を引っ剥がす。
「サフィアちゃーん、俺達これを引き受ける!」と騒いでいるのは、いつも最前列に陣取っているサフィアちゃんファンクラブの一人だ。
教官はチラッと紙に目を通し、両手をバツの形に組んで駄目出しを告げる。
「ぶっぶぅ〜。それはまだ、あなた達には荷が重い依頼です☆模擬戦闘の成績を見る限り、あなた達に倒せるプチプチ草の数は三匹まで!」
あちこちで驚きやざわめきが上がる中、再度サフィアは実習規定を繰り返した。
「怪物退治は、とっても、とぉ〜っても危険なお仕事ですからネ。模擬だからと手を抜いていたチームや、満足に戦えなかったチームの引き受けられる退治数は一匹のみ!常日頃から模擬を真面目にやっていた良い子チームほど、実習で得をするシステムですっ☆」
ジャンギとエリオットが見ている側での戦闘訓練だったのが、いきなりチームメイトだけの本番になるのだ。
怪我の危険性を考えたら、能力以上の数を引き受けられないのは当然だろう。
言い方は不真面目だが、サフィアの説明は道理である。
「チェーッ。一気に稼げると思ったのによォ」
ベタッと貼り直された紙を原田は、そっと盗み見る。
退治数が十匹と書かれていたのには驚かされた。
今日が初めての退治依頼だというのに、いきなり十匹を引き受けるつもりだったのか。無謀にも程があろう。
ふとファンクラブの一人と目があって、ギンッと睨みつけられた。
「……お前にゃ負けねぇー。輝ける魂だか何だか知らねーが、退治依頼でトップを取るのは俺達だ!」
昨日は媚を売りまくりだったのに、今日の態度はどうしたことか好戦的だ。
再び驚く原田を庇う位置に立って、小島が挑戦を跳ね返す。
「残念だったな、トップに立つのは俺達だ。鉄壁のチームワークを見せつけてやるぜ!」
「そいつぁこっちの台詞だぜ!」
いきりたつファンクラブの面々や「輝ける魂には負けてらんないわ!」といった誰かの気勢が飛び交って教室が騒がしくなる中、教官はパンパンと手を叩いて生徒たちへ注意を促した。
「ほら、おしゃべりばかりしてないで。引き受けたい依頼の紙をセンセイに見せてちょうだい?チームの実力に見合っているかどうかをチェックします」
退治依頼は丸一日かけて行われる。
とはいえ選ぶのにモタモタしていたら、往復の移動時間を含めて夜までかかってしまいかねない。
片っ端から引っ剥がしては、あれは駄目これも駄目と駄目出しの嵐を食らいつつ、ようやく依頼が決まって飛び出していくチームが増えていき、原田が選ぶ頃には枚数もグンと減っており、しかも退治数の多い依頼ばかりが残っていた。
「どうしよう?七匹とか十匹とか、多いのしかないよぅ」
下がり眉になったのは、水木だけではない。
ピコも困惑の表情を浮かべてチームメンバーを見渡した。
「僕達は初心者じゃない。かといってベテランでもない……ここは無難に一番少ないのを選ぶとしようじゃないか」
それにマッタをかけたのはジョゼで。
「あら、でも私達は外の世界を何度も往復したのよ。このクラスではベテランと呼べるんじゃないかしら?」
「いや、往復したのは」「僕は何度もしていないよ!?」
小島とピコの返事が重なり、ピコの音量が競り勝った。
「僕はベテランじゃない!君達と違って」
声の大きさに驚いたのか、まだ残っていた他チームの面々が見守る中、ジョゼも負けじと声を張り上げようとしたのだが、さらに割り込んだのはサフィア教官で、「そうですねぇ、原田くんのチームはメンバーの強さにばらつきがありますからァ」と呟きながら、戸口へ歩いて行く。
じっと見守る生徒たちの前で、がらっと扉を開くと、一人の生徒を招き入れた。
「かねてより相談していた戦闘補佐をつけたいと思いまァす。ご存知の人もいるでしょうけど、己龍教官のクラスにいるアーステイラさんです。彼女が原田くん、あなた方の補佐に回って、戦闘をカバーしてくれまーす!」
「えぇっ!?」と驚いたのは同級生の他には原田一人で、小島なんかは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべており、原田は二度驚かされる。
そっと小声で「知っていたのか?」と水木に尋ねてみると、彼女も頷き小声で答えた。
「原田くんが修行に出ている時にね、相談があったの。退治依頼の時間だけ、アーステイラを私達のクラスに混ぜてもらえないかって」
アーステイラは邪気のない笑顔を浮かべて立っていたが、皆の視線が集中していると判った途端、よく通る大きな声で挨拶をかましてきたのであった。
「こんにちは!各クラスのチーム補佐となりましたアーステイラと申します。魔法でのバックアップは、わたしにお任せくださいね!」
22/11/05 UP

Back←◆→Next
▲Top