絶対天使と死神の話

合同会編 07.ウィンは可愛い男の娘🤭


今日の模擬戦闘は最後まで、ジャンギの指導を受けられずに終わった。
原田たち三人組の帰り道に同行した陸が言うには、これまで放置しっぱなしだった他チームの指導に当たると本人が宣言してきたらしい。
「本当は、あなた方の専属コーチになって欲しいんですが、彼も教官の一人である以上そうはいかないのが現実です。放置していた件で、彼の部下が癇癪を炸裂させましてね。それで仕方なく」
さも残念そうに首を振る陸へ水木が尋ねてみる。
「陸さんや神坐さん達が特訓してくれるっていうんじゃ駄目なの?」
「前にも言いましたが、我々では手加減が出来ません」と、陸は眉を顰める。
「今日は付け焼き刃で指導を行いましたが、納得のいく内容ではなかったのではありませんか?元自由騎士に指導してもらったほうが、より的確な指示をもらえると思います。我々の武器は大鎌ですし、人間よりも高い魔力での戦いを基準としています。魔術対策を知る元自由騎士じゃないと、人間ならではの戦法は判りません」
死神は絶対天使と対等に張り合える魔力があるだけに、魔力には魔力で対抗できる。
ヤフトクゥスの光線を大鎌で掻き消したのも、魔力が源だ。
原田たちは死神ではないのだから、魔力で対抗するよりも魔力を封じるか跳ね返す術で対応するべきだ。
「今日、高位魔法の話が出ていたでしょう。あれが人類の考えし魔法生物対策です。エリオット氏やジャンギ氏は水木さんに期待しているようです。勿論、我々も」
「そういや今日、超ヘッタクソな音色が聞こえてきたけど」と小島が言うのを、水木の怒号が遮った。
「ヘタクソで悪かったですねーだ!まだ習い始めなんだから、仕方ないでしょー!?」
「あ〜。やっぱ、お前だったのか」と、小島は反省の色がない。
「笛か……ずっと使っていなかったから、あれは何のためにあるんだろうと疑問だったんだが」
原田が小さく呟き、水木を見下ろした。
「武器訓練で教わったことが一度もなかったよな。やっと使い方が判って良かったじゃないか」
「サフィアちゃん、何も教えてくれないんだもんねー。怪物舎がなかったら誰も怪物と戦えなかったよ」
水木の文句に陸が口添えする。
「昔は怪物舎そのものがなかったようですよ。ジャンギ氏やエリオット氏の見習い時代は、ぶっつけ本番の実戦だったそうです。そのせいで怪我人や中退者が絶えず、今の形式に改変されたと聞きました」
「うぇぇー、怖っ。超スパルタだったんだな、昔は!」
小島が原田を見やる。
「もし、そんなんだったらピコは真っ先にリタイアしちまったんじゃねーか?」
「あぁ」と頷き、原田は下向き加減に付け足した。
「……俺も、途中でリタイアしたかもしれん。怪物舎があって本当に助かった」
エリオットの同期たるサフィアも地獄のスパルタ見習い時代を突破できたんだから一応は優秀な自由騎士だったはずなのに、こうも教え方が下手なのは、どうしたわけか。
首を傾げる三人に、陸が推測を話す。
「戦士として優秀であるのと、師事の上手い下手は別物ということでしょう。現役時代はソロで活動していたのかもしれません。だから魔術にも詳しくないのでは?」
「ソロで活動って、出来るのかよ?」
小島の疑問には水木が答える。
「できるでしょ。だってジャンギさんも終盤は一人旅だったみたいだし」
「ジャンギは特別だろ?見習いの時から既に英雄扱いされてたじゃねーか」と反論する小島へ陸も頷いた。
「引退後も努力を怠らず、独学で体術と魔術を覚えています。指導もお上手ですし、恵まれた才能の持ち主です。だからこそ我々は彼を原田くんの専属コーチにしたいのですが、本人は色よい返事をしてくれないんですよね」
「あー……教官の責務があるから?」と、水木。
陸は頷き、怪物舎の方角を振り返った。
「加えて片腕のハンデも彼を束縛する原因であるようです。腕が何本あろうと関係ない、我々は指導力を期待しているというのに」
絶対天使の能力を知る死神勢が優秀な指導者を仲間に引き入れたい気持ちは、充分理解できる。
だがジャンギの立場を考えると、断られるのは当然ではないかと原田は考える。
完全ボランティアだから給料が出ない上、実際に戦うのは原田でありジャンギではない。
だから、戦いに勝ったところで英雄に祭り上げられもしない。
専属コーチを引き受けたって何一つメリットが発生しないのだ、ジャンギ側には。
それに怪物舎の管理を引き受けるぐらいだから、教官職への使命感があろう。
原田にばかり、かまけている場合ではない。
怪物舎には全クラスの全生徒を指導する義務がある。
陸にはエリオットの癇癪で渋々といったふうに見えたようだが、本音じゃジャンギも他生徒を放置しっぱなしは不公平だと思ったのかもしれない。
「まぁ、しかし合同会が前倒し開催になったのは彼が教官各位に働きかけた結果ですので、ヨシとしましょう」
最後は明るく締めて、陸が三人の顔を見渡した。
「合同会への意気込みや作戦は、どれくらい固まりましたか?」
それに対する三人の反応は、実に歯切れ悪く。
「いやぁ……全然?」と首を振った小島を筆頭に、水木も悩ましい下がり眉で答える。
「対人戦、なんだよね。回復使いはソロ免除って言われたけど。チーム戦は真っ先に狙われそうで怖いよぉ」
チーム戦は特別編成、バラバラのメンツがクラス代表として選ばれるのだとサフィアは説明していた。
チームは連携が要だというのに、一度も一緒に戦ったことのないメンバーと一緒で勝てるのだろうか。
入学前の魔力測定で水木は高い数値を叩きだしていた。
サフィアが、それを覚えていたら、水木はきっと代表に選ばれる。
秀でた能力が一つもない原田は、チーム戦メンバーに選ばれないかもしれない。
俺が守ってやるから――なんて言おうにも、選ばれなければ守りようがない。
喉元まで出かかった言葉を原田は飲み込んだ。
三人の不安を少しでも和らげようと、陸はサラリと極秘情報を口にする。
本来は当日まで内緒にしておかねばならないサプライズだったのだが。
「あぁ、それならご心配なく。あなた方のクラスは、原田くんのチームが代表です。水木さんの身は、小島くんか原田くんが守ってくれますよ」
「えっ!?」と驚く三人へ優雅な微笑みを浮かべて彼が言うには。
合同会の前倒し自体が原田たちへの特訓利用であり、ジャンギの提案だ。
チーム戦も当然、彼らのチームを代表にしなければ意味がない。
対人戦は対アーステイラの模擬だと考えればいい。
思考を読みあうのは、模擬戦闘やプチプチ草退治よりも確実な戦術向上が期待できる。
「これは秘密事項、大人の事情なのでチームメイト以外のご友人には、ご内密にしておいてくださいね」
三人は揃ってコクコク頷く。
話そうにも、チームメイト以外に親しい友人は居ない。
「――さて、それじゃ俺は家へ戻ります。明日の予定は通常依頼でしたか?頑張ってください」
いつの間にか原田の家へ到着していた。
「あっ」と小さく呟いて、原田は陸を呼び止める。
なんでしょう?と振り返った相手に尋ねた。
「あの、明日か明後日に神坐さんの復帰パーティをやりたいんですが……神坐さんの好物って何なのか、ご存じですか?」
陸は「フルーツケーキだと聞いています」と即座に答えてから、首を傾げる。
「復帰パーティとは?魔力回復は祝うほどの出来事でもないかと思いますが」
そこへ「パーティ!?パーティすんだったら俺も混ぜろ!」と瞳をキラキラさせた小島が割り込んできて、傍らでは水木もキャッキャとはしゃぐ。
「神坐さんの復活おめでとうパーティだね!だったら私にも手伝わせて。おいしいものいっぱい作って、盛大にお祝いしちゃお」
盛り上がる子供たちに再度水を差すほどには、陸も鬼畜ではない。
明日か明後日は神坐の予定を空けさせておこう。
「神坐には伝えておきますか?それとも、当日までサプライズにしておきましょうか」
「じゃあ、サプライズで!あ、でも予定は空けておいてね」
今度こそ陸は帰っていき、三人は家には入らず空き地へ移動する。
三人での合同トレーニング、初日は何となく模擬戦闘してしまったが、今日からは予定を立ててやることにした。
今日の予定は基礎体力作りだ。

だが――
空き地へ到着した直後、三人は嫌なものを目撃してしまった。
草むらで揉みあっているのは、どちらも成人男性だ。
短いスカートを履いた男性の上に、もう一人が馬乗りとなって服を引きちぎろうとしている。
「いやぁ〜〜ん、駄目ぇ、まだ清らかな身体でいたいのぉぉ〜〜」
スカートの人物は悲鳴をあげて身体を揺さぶっているのだが、振り落とせなくて困っているようだ。
なんにせよ、誰かが暴漢に襲われているのであれば、人として見過ごせない。
「げっへっへ、その貧相な雄っぱいを思う存分チュウチュウしゃぶらせてもらうぜ」と下品に笑う男の背中を、小島が指でツンツン突く。
「あ?なんだよ」と振り返った顔面に、力いっぱい拳骨を叩きこんでやった。
「グベラ!!」
暴漢は気持ちよくすっ飛ばされ、道に一回、二回とバウンドした挙句に気絶する。
殴った小島が驚くぐらい、弱っちぃ暴漢だ。
こんな奴を振りほどけないなんて、どれだけ非力なのか。
襲われていた人物は、引っ張られて伸びきってしまった服の胸元を抑えてシクシク泣き濡れている。
「酷い目にあっていたみたいだけど、大丈夫?」
水木が声をかけても原田が助け起こそうと手を差し出しても、譫言のように呟いて泣くばかり。
「いやぁ、ウィン、汚されちゃったのぉ……もうジャンギのお嫁さんになれないのぉ……」
「ん?お前、ジャンギと知り合いなのか」
小島が尋ねるのには、泣きはらした目で答える。
「ジャンギはウィンの王子様なの。前はご近所に住んでいたのに、遠い列に引っ越しちゃったのぉ」
よくよく顔を眺めてみて、三人はゲッとなる。
こいつは男の娘ウィンウィンと名乗っていた、不気味な踊り子ではないか。
ふと、原田の脳裏をジャンギの愚痴がよぎる。
彼は言っていなかったか、ウィンフィルドなるご近所さんにつきまとわれて面倒だから引っ越したのだと。
ウィンウィンがウィンフィルドと同一人物だとすると、こいつがジャンギに迷惑をかけていた張本人?
「あんな奴に、ファーストキッスを奪われちゃった……初めての相手はジャンギって決めてたのにぃ」
「じゃあ、次にジャンギとすりゃーいいじゃん。元気出せって!」
小島が無責任に慰めてポンポンとウィンの背中を叩いているが、ジャンギの与り知らぬ場所で勝手に決めてしまっていいもんだろうか。
「どうして襲われていたの?」
水木の問いに、ウィンウィンは鼻水を啜り上げる。
「ウィンが男の娘だと判った上で襲ってきたのぉ……これでウィンを騙してぇ」と、懐から取り出したのはグシャグシャになった手紙だ。
暴漢にしては綺麗な文字だが、ジャンギの文字を真似したのかもしれない。
まんまと引っかかり、ウィンウィンは酷い目に遭わされてしまった。
三人が今日ここへ来ようと思わなかったら、もっと酷い目に遭わされていたかもしれないのだ。
「さっきの奴、警備隊に引っ張っていこうよ!絶対謝らせてやるんだから」
憤然と水木が立ち上がり、原田と小島も頷く。
襲われていたのが誰であれ、犯罪は犯罪だ。放っておくなんて出来ない。
「あんたも一緒に行こう。被害者がいないと信憑性がない」と原田に誘われても、ウィンウィンは起きてこない。
「警備隊は信用できないのぉ……それに、ウィンがレイプされたって近所に知れ渡るのも嫌だしぃ」
「されてないでしょ?未遂だったよね?」
「クチビル、奪われたしぃ……」
何を言い宥めても、ぶちぶち呟くばかりで、ウィンウィンは全く動こうとしない。
被害に遭っても警備隊と会いたくないのは、以前ジャンギのストーカーだった件で揉めたのだろうか。
「もう、ほっといてよぉ!ウィン、今日はここでふて寝するんだからぁ!」
終いには逆ギレされて、小島が無理やり担ぎ上げた。
「こんなトコで寝てたら別の暴漢に襲われちまうぞ?ほら、家どこだよ。送ってやっから」
「イヤァァー!降ろしてぇ、パンツ見えちゃうゥゥー!」
ジタバタ暴れているが、小島にガッチリ抱えられていて降りられそうにない。
拳一発でダウンする暴漢を退けられないぐらい非力だったのだ。小島相手じゃ手も足も出まい。
気絶した暴漢も小島が片手で吊り上げて、肩にウィンウィンを担ぎ上げた格好で警備隊宿舎に立ち寄った。
続けて、ウィンウィンの家へ行こうと大通りを歩く三人を呼び止める声がある。
「おや、原田くんじゃないか。こんな時間に大通りへ来るとは、三人揃って夕飯の買い足しかな」
ジャンギだ。
手に籠を下げているから、買い物の帰りか。
そうと判った途端、小島の肩の上でウィンウィンがバタバタ暴れる。
「やぁぁ〜ん、ジャンギ見ちゃ駄目ぇ、パンツ見ちゃ駄目ぇぇー!」
ジャンギはウィンウィンなど視界の片隅にも入れておらず、視線はまっすぐ原田に一直線だ。
「今度、俺の家にも夕飯を食べに来てくれるかい?」
「は、はい」と頬を赤らめて頷く原田の横で、小島が騒ぐ。
「俺も一緒に行っていいか!?」
「私もー!」と水木まで騒ぎだすのを見ながら、ジャンギは微笑む。
「あぁ、もちろん。三人で来たって構わないよ」
「あ、ところでよ。こいつ、ジャンギの知り合いか?」
小島の肩の上を一瞥した際には、渋々といった表情で頷いた。
「まぁ、一応ね。昔のご近所さんだ。どうして君たちが彼を運んでいるのかは聞かないが……」
「暴漢に襲われていたの!」
聞かないと言っているのに水木が親切にも教えてしまい、ウィンウィンには、またも逆ギレされる。
「やめてぇぇー!ジャンギに知られちゃう、ウィンがレイプされたって、ファーストキッスを知らないオトコに奪われたって、知ーらーれーちゃーうゥゥゥ!!」
大通りにウィンウィンの悲鳴が響き渡り、近所には隠したい秘密じゃなかったのかと原田は驚く。
そこへ、こそっとジャンギが原田の耳元で囁いてくるもんだから、朱に染まった頬が、ますます赤らんだ。
「な?面倒な人だろ。だから、縁を切りたかったんだ」
「では……この人が、ウィンフィルドさん?」
原田が小声で確認を取ると、ジャンギも頷く。
「あぁ。極力関わりたくない相手なんだがね、悲しいことに彼はスクールの教官なんだ。合同会じゃ必ず会うだろうから、今のうちに覚悟しておくといい」
言われたことを二度三度、何度も脳裏で反芻した数十秒後。
「え……えぇぇぇーッ!?」と、原田は彼にしては素っ頓狂に大声を張り上げたのであった。
21/09/03 UP

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