絶対天使と死神の話

合同会編 03.理解者


明日は待望のスクール休みがやってくる。
ただの休みってんじゃない。
小島と水木、幼馴染二人と初のエッチを致す3P計画決行の日だ。
考えただけで心は逸るが、気を散らして怪我したら元も子もない。
今日の武器訓練では、明日のお楽しみを考えないようにしよう。
……などと、朝は下心にまみれていた原田であるが、スクール校舎が近づくにつれて思い出したことがある。
昨日のジャンギの態度だ。
プチプチ草を倒したというのに、彼は浮かない顔をしていた。
九クレジットもの報酬を払うのに渋っていたのではない。
戦闘内容に納得いっていないように、原田には見えた。
原田自身も、昨日の戦闘には疑問があった。
あんなふうに結界とやらで守られっぱなしでは、何の訓練にもならないと感じたのだ。
一度、ジャンギに聞いてみるべきかもしれない。
あの戦闘は追及点だったのか、否か。
そして、もう一つ彼には聞いてみたいことがあった。
ずっと気になっていた点だ。彼の武勇伝を耳にした時から。


午前の実技授業が始まる直前。
「皆は先に武器訓練を始めていてくれ。俺は少し、ジャンギさんに尋ねてみたいことがある」と言い残して、原田はさっさと教室を出ていく。
「え、ジャンギのトコ行くのか?だったら俺も」
ついていきたがる小島を制したのはジョゼだ。
「駄目よ、私達を誘わないってことは、きっと内密の話なんだわ」
「内密の話?昨日の退治依頼で七匹倒したのに三匹まで差し引かれた件かい?」とはピコの推理だが、ジョゼは首を振って「あれは、あれで正しいのよ。だって結界がなかったら前衛は全員やられていたんだもの。むしろ三匹カウントしてくれたのはサービスでしょ」と増長に釘を刺す。
「そうだね。結界はエリオットさんの機転で使ったんだろうけど、ちょっと甘いよね」
水木もジョゼに同意を示し、小島とピコを見上げた。
「退治依頼はサポートなしで行うのが普通だって、お父さんから聞いたよ」
「ふーん。けどエリオットを同行させたのはジャンギだぞ。なら、ジャンギだって甘々なんじゃ?」
小島は首を捻り、ピコが尤もらしい結論を出す。
「僕らは模擬戦闘を数回しか経験していないからね。本当は規定値に達していないのかもしれない。だからジャンギさんやエリオットさんも心配して、過保護なぐらいサポートしてくれたんじゃないのかな」
「早急に強くなれって言う割には甘やかすって、矛盾しているわ。もっとスパルタでやってくれても、私は全然構わないのに……」
ぶつぶつジョゼが文句を呟き、水木は苦笑する。
「でも、怪我の連続でも強くなれないし。難しいね」
そこへサフィアが入ってきて、パンパンと手を打った。
「さぁ、実技のお時間がやってまいりました〜!今日も依頼を引き受けるチームは黒板から選んで、武器訓練するチームは校庭へ集合!模擬戦闘するチームは怪物舎へ急いでちょうだい☆」
わらわらと各チームが移動する中、リーダー不在の原田チームも校庭へと歩いていった。

小島たちが武器訓練している時間、原田は一人で怪物舎に来ていた。
「おや、原田くん一人でどうしたんだい?チームメンバーが一緒じゃないと模擬戦闘は受けられないぞ」
ジャンギの軽口を手で制し、単刀直入に用件を切り出す。
「昨日の退治依頼ですが、ジャンギさんの目論見とは違った結果になったんじゃありませんか?」
ジャンギは一瞬驚いた顔を見せ、「中に入るといい」と原田を促してきた。
次々集まってきた他チームへの配慮であろう。
原田のチーム以外は、まだ退治を引き受けられる段階にないのだから。
初めて入った怪物舎の事務室は意外やしっかりした造りで、簡易キッチンの側には机が並べられており、書類の束が積み重ねられている。
椅子に腰かけろと勧められて、ジャンギと向かい合う形で座った原田は続きを話した。
「洞察力と回避力を鍛えると言っていたのに、現場では結界が使われました。結界で散弾が弾かれてしまっては回避力が鍛えられません……」
言ってから、背後にエリオットがいるのに気づいた。
彼には険しい視線で睨まれているように思うが、それでも確認しておきたい。
「守られている分、状況の観察は可能ですが、これも本来の目的とは違うんじゃないですか?次の退治依頼はサポートなしでやってもらえませんか」
「いや……それは危険だ。水木さんの魔法が完成していないしね」
ジャンギは原田の提案を否定してから、破顔する。
「けど、受講側に過保護を見抜かれてしまったのか。俺の目論見が、きちんと伝わっていたようで嬉しいよ。そうだ、俺はエリオットに回復サポートしか命じていない。結界を使われたのは俺にとっても誤算だった」
本人のいる前でズバズバ指摘だ。
エリオットが早く外へ出てくれないもんかと内心祈りながら、原田はジャンギの話を黙って聞く。
「次回は陸も同行させよう。エリオットの監視役としてね。ここは大丈夫だ、俺が見ているから」
陸も背後で見ている。視線を痛いほど感じた。
陸が来るならエリオットはいらないんじゃないか、なんて原田は考えもしたけれど、救護士は元々お薬係として同行するのだ。
彼が同行しないんじゃ退治依頼も始められない。
「初戦闘、しかも八匹の怪物に囲まれた緊急事態でパニックだったろうに、そこまで状況を考えられたんなら洞察力は満点だ。君は、きっと優秀な自由騎士になれるね」
「いえ、その……」
真っ向から褒められるのは恥ずかしい。
ましてや今は、背後にエリオットと陸の視線があるだけに。
「……それと、もう一つ、お聞きしたいことが」
一旦、日を改めようかと考えたのだが、今を逃したら聞きに来られる時間がない。
放課後は自主トレで忙しいし、明日は大事な用がある。
明後日は模擬戦闘のターンだが、小島やジョゼの目がある場所では聞きたくなかった。
「なんだい?」と促されて、意を決して尋ねてみる。
「最後の探索……ジャンギさんが引退する原因になった砂漠地帯の探索、ですけど。怪物に片腕を奪われたのは、誰かを庇ったから……じゃないんですか?」
最後の探索にて。
本人の報告では、謎の巨大怪物に不意討ちを受けて成す術もなく片腕をもぎ取られて敗走したとある。
しかし、見習い時代のジャンギと照らし合わせてみると疑問が生じる。
英雄の見習い時代に関しては、町のそこかしこで武勇伝を訊けた。
それによれば、彼は一度も退治依頼を失敗しなかったというではないか。
誰よりも注意深く冷静でいられる男が、不意討ちを食らったりするものだろうか。
万が一くらったとしても、百戦錬磨の彼であるなら、戦況を見極めて離脱出来たはずだ。
その場に残ってボコボコにされるというのは、他に誰か同行者がいたせいでは?
原田が推測を全て話すとジャンギはしばらく黙っていたが、やがて、ふっと表情を和らげる。
「まるで現場を見ていたような推測だ……まいったなぁ、同行者がいるなんて一言も言わなかったのに、君には全部判ってしまうんだね」
背後ではエリオットが驚いているが、原田も当然驚いた。
推測は当たっていた。やはり同行者がいたのだ。
砂漠で出会った人々の記述はあったが、最後の戦いで同行していたとは書かれていない。
何故それを隠して、一人で戦って敗走したと報告したのだろう。
問う前に本人が語りだす。
「確かに同行者を庇っての怪我だが、怪我の原因を彼らに押しつけたくなかったんだ。せっかく外の世界で出会えた、アーシス以外の町から来た人達だったしね。逃げ出すのは容易じゃなかった、同行者が怪物へ飛びかかってしまった以上。俺一人で逃げ出すわけにもいかないだろう?」
砂漠地帯に町があると知ったのは、ジャンギが報告したおかげだ。
ナーナンクインというらしい。
たとえ行き来できなくても、他に町があると知れたのは喜ばしい。
「俺の武勇伝なら、君も町の大人たちから聞いただろ。百戦錬磨の強者だって。なら、俺が慢心して油断するとは考えなかったのかい?」
「いえ、実際にあなたと会ってみて、ますますあり得ないと感じました」
常に模擬戦闘で的確な指示を飛ばせる彼が、実戦で油断するとは到底思えない。
その程度の奴だったら、見習い時代で既に顕著が出ていたはずだ。
もし見習い時代に無敗を誇ったせいで慢心していたとしたら、砂漠地帯へは行きつけなかった。
砂漠は草原を北へ抜けた先にある。
行けども行けども草原が続くもんだから、途中で諦めて戻ってくる自由騎士ばかりだったのに、ジャンギは草原の果てに辿り着いたのだ。
そこまで行けるのであれば、周囲への警戒怠りなく油断なんてするわけがない。
「君は誰よりも俺の過去を、俺の、自由騎士だった頃の素質を理解してくれているんだね……」
ジャンギは目頭をぎゅっと押さえて顔を伏せたが、ややあって感極まった表情を浮かべて原田を見つめた。
「ありがとう。ますます君を好きになってしまったよ」
「え」
思わぬ告白にポカンとなったのは、原田だけではない。
背後で盗み見していたエリオットと陸もだ。
当の本人は屈託なく笑い、力強く頷く。
「俺は君が好きだ。輝ける魂だと判るよりも前から、君が気になって仕方ない。だが安心してくれ、結婚を迫ったり恋人になってほしいと乞う気はないから。ただ、たまには老い先短い男の寂しさを埋めに、家まで遊びに来てくれると嬉しいな」
原田の頭に優しく置かれた手が頬を撫でて、首筋へと抜けていく。
掌の温かさと告白の衝撃とでポヤンと赤く染まった原田を、ジャンギが促した。
「……もう、授業が始まっているんじゃないか?そろそろ戻ったほうがいい。ずっと君と一緒に居たいけど、俺にも仕事があるしね」
午前の授業は半分が過ぎている。
長居するつもりはなかったのだが、思った以上の長話になってしまった。
そっと頭を下げて「失礼します」と別れを告げると、原田は怪物舎を走り去る。
「どうして、なんで、ああぁ、あなたって人は!?」と騒ぎ立てるエリオットの混乱を背に聞きながら。


やっと合流した原田に、海が声をかけてくる。
「よぉ、遅かったじゃねぇか。明日は神坐が戻ってくるってのに、リーダーが弛んでいちゃ困るぜ」
すっかり3P計画で浮かれていたが、明日は神坐も戻ってくる日だったのだ。
小言を遮る大声で小島が割り込んだ。
「ジャンギに用って、なんの話だったんだ?」
「聞いてみたんだ。昨日の退治依頼で疑問に感じた点を」と答える原田へジョゼが詰め寄って、彼がいない時に話した内容を繰り返す。
「原田くんの疑問って、救護士の過剰サポートじゃないかしら。どう?当たっている?」
コクリと頷く原田を見て、水木も納得の表情を浮かべた。
「やっぱり〜。それでジャンギさん、なんて答えたの?」
「予想外だったそうだ。結界を使ったのは命令違反で間違いない」
答えながら、原田は改めてエリオットへの嫌悪がぶり返す。
英雄が上司だなんて羨ましい環境なのに、命令を訊かないとは何様なのか。
「上司の命令を無視するなんて困った部下だなぁ」とピコも呆れ、皆の視線は何となく怪物舎に向かう。
「救護士って眼鏡かけた馬面男だろ?あいつなぁ、ガチで性悪らしいぞ。陸の話だと、珈琲に入れる砂糖の数を間違っても喧嘩腰になるんだってよ」
海も会話に混ざってきて、エリオットの悪口に花を咲かせる。
「陸にもネチネチ嫌味放ってきて、すっげーめんどくせぇ野郎みたいだぜ。お前ら、奴の恨みを買わないよう気をつけろよ」
だとしたら、もう手遅れかもしれない。
本人が居る前で、昨日の不満をぶちまけてしまった。
原田はゾクリと悪寒に背中を震わせたが、まぁ、いざとなったらジャンギのフォローに期待しよう。
ジャンギを思い出すと、頬が熱くなる。
好きだと、はっきり告白された。
たまには遊びに来いとも誘われた。
いずれ、暇を見て遊びに行ってみよう。
ただ、なんとなく小島や水木には、告白された旨を内緒にしたい気持ちがあった。
「陸さんまで!?命令違反する上、意地悪なのに何でリストラされないの」
「性格はアレだけど魔法は優秀だからじゃねぇか?」
輪になってペチャクチャしゃべっていたら、サフィアの注意が「こら〜!そこ、おしゃべりでサボッていちゃダ・メ・ダ・メだぞ〜?」と飛んできた。
「あ、やべっ。あのババアも口うるせーんだよな」と海が悪態を呟き、ジョゼには睨まれる。
「駄目でしょ、教官をババアなんて呼んじゃ。まだ若いんだから」
「若いったって俺達よりは、ずっと年上だろ?つか、何歳なんだよサフィアちゃん」
小島が混ぜっ返すのを「いいから、武器の練習に戻ろう」と止めて、原田も鞭の練習を始めた。
21/08/16 UP

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