絶対天使と死神の話

合同会編 02.私が一番あなたを好き


原田たちに約束通り九クレジットを支払ったジャンギは、浮かない顔で授業を終わりにする。
「初戦闘で三匹ですよ?上々じゃないですか」
上機嫌で酒とツマミの木の実をテーブルに並べるエリオットを睨みつけて、小言を食らわせた。
「俺は回復だけ担当しろと命じたはずだぞ。なんで予定にない結界を使ったんだ?これじゃ回避力も洞察力も鍛えられないじゃないか」
思ってもみない説教には、救護士の眉も跳ね上がる。
「ハァ?そうはおっしゃいますが、彼らの中で一番素早い短剣使いでも全弾命中だったんですよ。私が結界でカバーしてあげなかったら三人とも重傷でダウンしていました」
「それでいいんだよ。初めての戦闘なんだから」と、ジャンギは素っ気ない。
「結界で守ってやったら痛みを知る機会も失われる。君のせいで予定が大幅に狂っちまった」
エリオットもキリキリ眉毛を吊り上げて反論した。
「では、あなたの愛する原田さんがボロ雑巾にされるのを望んでいたと!?とんでもねぇスパルタ教官ですね!私には出来ません、可愛い教え子がボコボコにされると判っているのに補助魔法をかけないだなんてことは」
ぐびりと酒を一口煽り、ジャンギが肩をすくめた。
「前から思っていたんだが、君は過保護すぎるぞ。痛みを知らない奴は強くなれない。痛みを知ることで治療法や回避方法を学んでいくんだからな」
対するエリオットの弁にも熱が入る。
「そんな根性論で強くなる子ばかりじゃないんですよ!痛みで自信喪失する子だっています。まずは勝利の味を知って、怪物に対する恐怖心を拭いさらないと」
実戦は大怪我の連続、実技でのふるい落としには疑問を感じざるを得ない。
人類の未来を守るために育成しているはずなのに、勇気のない奴には、なる資格もないというのか。
ジャンギのように見習い時点で戦う勇気のあった人間には判るまい。
意気地なしの一般人は、怪物と戦うの自体が恐ろしい。
怪物は恐ろしい生き物だと、繰り返し大人たちから教わってきたせいだ。
意気地なしが勇気を身につけるには、まず、怪物への恐怖を消すことだとエリオットは考える。
せっかく武器訓練や模擬で知った戦闘方法を発揮できないまま負けてしまうのは、可哀想だ。
机の上でコロコロとツマミを転がして、ジャンギが呆れの溜息をつく。
「次回は自信をつけた子に補助なしで敗北させて恐怖心を植えつけるのかい?俺よりドSだな、君は。失敗を経験させるのは実戦数が少ないうちじゃないと意味がない。初心者なんだから負けて当然って思わせるんだ。何度も失敗を繰り返して、自分の力で初勝利したほうが喜びも段違いだぞ」
めいっぱいツマミを口の中に頬張って、ガリボリかみ砕きながらエリオットも持論を譲らない。
「補助をなくすのは、完璧に倒せるようになってからに決まっているじゃありませんか。それに大怪我で済むならいいですけど、あなたの愛する原田さんがうっかり死んじゃったらどうするんです!?取り返しのつかない失態ですよ。だったら死なない立ち回りが出来るようになるまで、がっちり結界でサポートしたほうが確実です」
「あなたの愛するって連呼するんじゃないッ。彼は、そういうのじゃないんだから」
頬を赤く染めて怒鳴り返してから、ゴホンと一つ咳払いしてジャンギは反論する。
「死なない立ち回りを覚えさせるのに痛みが必要だと言っているんだ。結界で守られていたんじゃ緊張感も生まれない。どうせ結界で弾かれるんだから、かわさなくてもいいやってなっちまう。それにな、プチプチ草の散弾如きで死ぬ奴はいないよ。せいぜい骨折が関の山さ」
「怪我の恐怖でショック死するかもしれないじゃありませんか!」との金切り声も、あっさり受け流した。
「その前にサポートが回復をかけてくれるんだから、大丈夫だよ。そうだろ?救護士さん」
怪我の衝撃如きで逐一死んでいたんじゃ、これから先は何万回死ぬことになるのやら。
自由騎士は怪我とお友達な職業だ。
怪我しない為の対処法を我が身で覚えなければいけない。
勇気は戦いをこなすうちに身についていく。
仲間だっているのだ。パーティで協力して恐怖を克服していけばいい。
「あの五人だが、君が思うほどには臆病じゃないと思うぞ。ピコくんは気が弱いけれど、仲間を守りたい勇気は持ち合わせているよ。原田くんに命じられて、三匹を引きつける囮になったんだろう?囮とはいえ三匹もの怪物を相手にするだなんて、勇気がなかったら出来ないんじゃないか」
「あれは勇気ではなくヤケクソの無謀ですよ。全弾命中が何よりの証拠です。恐怖でパニックに陥って、状況判断すらできなくなっているじゃないですか」
即座にジャンギの推測を切り捨てて、エリオットは見てきたとおりの結果を話す。
「全員に結界をかけられれば良かったんですが、私は原田さんと小島さんのフォローで手一杯でしてね。初心者のしょぼい魔法でもチマチマかければ何とかなるんじゃないかと思って、水木さんに彼の回復を任せたのは失敗でした。まさか、あれほど詠唱が遅いとは」
悩ましく首を振る救護士に、ジャンギの煽りが飛んでくる。
「初心者なんだぞ?詠唱が遅いのは当然じゃないか。現役を退いて勘が鈍ったんじゃないのかい」
同じく現役を退いて久しい奴に言われては、エリオットだって黙っちゃいられない。
「初心者の子は大概チマチマ唱えられます。あの子が回復使いに向いてないんじゃないですか?」
加熱する言い争いに「やれやれ。結界で守る過保護さがあるんだったら、詠唱の遅い子も過保護に見守ってあげられないもんかね」などと英雄の煽りも止まらず、エリオットの怒りは限界を突破した。
「いっちゃなんですけど、あなただって過保護じゃないですか!?原田さんだけ超絶依怙贔屓してますよね?陸さんの報告で聞きましたよ、彼のチームだけつきっきりで指導したり、模擬の途中で乱入して原田さんの代わりに鞭をふるったり、原田さんの手を握ったりするなど……私が新人だった頃だって、そこまで熱心にマンツーマン指導してくれたことがなかったのに!しかも、新居に招きましたよね?私が行ったことのない新居に!!あんな非力ハゲチャビンの何処が気に入ったんです?非力がいいなら私だってか弱い回復使いなのに、あなたは一度も私に優しくしてくれたことがないですよねぇぇ!?いっつも小言か説教ばかりで!私だって人間なんです!褒められて伸びる子なのに、あなたは全く褒めてくれない!こんな非道が許されていいものでしょうか!!」
感情丸出しのブチキレっぷりには、ジャンギも目を丸くしてエリオットを見つめる。
ややあって「え、えぇと。俺の家へ行きたかったのか?なら、予定の開いている時に来ていいんだぞ」との返事に、エリオットは血走った目を向けた。
「これだけ長々話したというのに、反応するのはソコだけですか!?ならば、はっきり言いましょうッ。私が、この私が誰よりも一番あなたを愛しているんです!輝ける魂がなんだってんです!?ポッと出のハゲなんか、あなたには似合わない。あなたに似合う伴侶は、この私、エリオットだけとお見知りおき下さい、私の英雄様!!」
――そういう話だったっけ?
見習い自由騎士の戦闘補助について話し合っていたはずなのに、論点が著しくズレている。
いや、多分いずれかの遣り取りで彼の地雷を踏み抜いてしまったのだ。
エリオットは優秀な救護士だけど、なんでかジャンギに対して馴れ馴れしく、甘えたがっている節がある。
褒められて伸びるというが、毎回なんだかんだで命令通りに動かない奴を褒めるのは難しい。
「先ほど煽ったのは悪かった。それは素直に謝ろう。だが俺の命令を無視して勝手な行動に出た件を、まだ謝罪してもらっていないぞ。君は立場上、俺の部下であり補助教官なんだから、命令には背かないで欲しいな」
「ですから!部下を強調するんだったら、優しくしてくださいよォォォ!冷たい上司の命令なんて聞く気にもなれません、プンッ!」
愛していると告白しておきながら冷たい上司とも罵られて、ジャンギは次の言葉が出てこない。
怪物舎に着任して以降、エリオットが命令に忠実だった日はなく謝罪は一度も聞けていない。
いつも自己判断で勝手に動いては、こちらの計画を台無しにしてくれる。
なんと可愛げのない部下であろうか。
これじゃ優しくする気も失せるってもんだ。
おまけに好奇心だけは旺盛で、やたらプライベートに首を突っ込んできたがる。
極力干渉してこない陸のほうが五万倍はマシな部下だと思える。
何期生なのか全く記憶にないけれど、彼は恐らくエリオットよりも若い。
若いのに命令に忠実で、よく働いてくれる。
精神面の補助教官として、今年入ったばかりの新人だ。
彼が回復魔法も使えたら良かったのに。
そうすりゃエリオットなんざ、いつでもお払い箱にできる。
このクソッたれな救護士とは五年越しの付き合いだが、万年反抗期はジャンギの手に余る。
エリオットはウィンフィルドや己龍、サフィアと同期の自由騎士だ。
不作、呪われた周期とも呼ばれたのだが、年々の人手不足により彼らが教官に選ばれるとは世も末だ。
自由騎士は死と隣り合わせ、優秀であればあるほど無理をして命を落としてしまう者が多い。
現在、町に残る引退自由騎士は、どいつも人格に問題のある奴か無能ばかりである。
ジャンギだって、そうだ。
英雄だなんだと祭り上げられたところで、片腕では模擬戦で指示を出すぐらいしか出来ない。
だが無能でも、教官として任命されたからには教え子を立派に育ててやりたい。
その為にも、今年こそは物わかりの悪い我儘な部下を服従させねばなるまい。
「判ったよ、じゃあ手始めに何をしてやりゃあいいんだ?」
投げやりな問いに、瞳をキラキラ輝かせてエリオットが答える。
「あなたのお宅に招待をば!そして手料理を食べさせてください、口移しないしスプーンによるアーンで!」
「あーハイハイ。じゃあ今日の帰りに寄って、好きなだけ食べていってくれ」
意味なく甘やかすのは、本来ジャンギの主義ではない。
しかし、こうでもしなければエリオットは未来永劫言うことを聞くまい。
「口移しないしアーンもセットですからね、忘れないで下さいね!?」
原田のように従順で可愛い子にするってんならともかく、なんだって可愛くない面長眼鏡に、そのような大サービスをしてやらなきゃいけないのだ。
「……目突きで眼鏡をパリーンされるのと回し蹴りで眼鏡をパリーンされるのとでは、どっちがいい?」
「どっちを選んでも眼鏡が割れるじゃないですか!ていうか、仕事帰りの団欒でさえ優しくしてくれないんですか?どんだけ私に対してツンドラドSなんです、あなたは!?」
こちらに求められている優しさが、どうにも明後日の方向に斜め上だ。
だんだん構ってやるのも面倒になってきたジャンギは洗ったコップを戸棚にしまい込んで、さっさと歩き出す。
「君は大人だ、両手だってついているだろ。俺に頼らず自力で飯ぐらい食べられるはずだ。まだ文句を言うなら俺の家への出入りは今後一切禁止にして、眼鏡も割るぞ」
「極端すぎますぅぅっ!」と文句を言いつつもエリオットは、彼にしては素直についていった。


帰り際、ピコに呼び止められて原田は足を止める。
「原田くん。今日、僕を名前で呼んでくれたよね。嬉しかったよ!」
予想外の誉め言葉を受けた原田は、ふいっと視線をそらした。
「……咄嗟の緊急時だったからな」
今日の退治実技は、これまでの授業で一番焦らされた。
仲間内には冷静だと見られていた原田も彼なりに動転しており、アイムハイゼンだのアクセレイだのと長ったらしい苗字で呼んでいられる心の余裕がなかった。
そこへ「ちょっと、ピコくん!抜け駆けは感心しないわ」と、ジョゼの声が刺々しく突き刺さる。
「ぬ、抜け駆け?」と驚くピコを押しのけて、ジョゼが原田の隣へ割り込んだ。
「原田くん、今日は初めて私をジョゼって呼んでくれたでしょう。これからもジョゼと呼んでね」
「あ、あぁ」
下向き加減にテレて頷く原田を見て、小島や水木までもが調子に乗りだす。
「だったら、俺も幹夫って呼んでくれよ!」
「私も凛って呼ばれた〜い」
「小島は、どっちで呼んでも短いだろ」と小さく呟いて早足に教室を出ていく背中を追いかけて、なおも小島は「え〜!どっちでもいいんだったら幹夫って呼んでくれてもいいじゃん!」と騒ぎ、「長さで決めるなら凛呼び、アリだよね!」と満面のドヤ顔を浮かべた水木も後に続く。
騒がしく出ていった三人組を見送り、ピコがジョゼに話をふる。
「次のスクール休み、ジョゼさんは何か予定があるかい?もし何もないんだったら、僕と一緒に合同トレーニングしようよ。なに、今日の実技はハードだったからね。もっと練習が必要だと感じたんだ」
せっかくのお誘いだが、ジョゼは首を真横に「ごめんなさいね」と断った。
「休みは家族サービスに努めなきゃいけないの」
「そうか。大変だね、富豪に生まれるというのも」
「そうよ、誰かと同棲するにしても結婚が前提なんですもの。東区の自由が羨ましくなる時もあるわ」
他愛ない会話をかわした後は、二人とも帰路につく。
今日は、ほんの一歩、チームリーダーとの距離が縮まった。
思わぬ大金が入ったことよりも、数倍嬉しかったのだ。原田が名前で呼んでくれたのは。
21/08/12 UP

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