絶対天使と死神の話

怪物の王編 06.はじめましての告白


アーステイラは何処へ消えたのか。
――彼女は雪原地帯と山岳地帯の狭間に結界を張り、その中に隠れていた。
隠れた理由は、言うまでもない。
愛しのピコから変貌後の姿について、あれやこれや言われたくなかったせいだ。
だが、今はアーシスを離れてしまったことを酷く後悔していた。
「あぁぁぁ……セックスした〜〜〜〜い!!」
結界内にアーステイラの悲鳴が響き渡る。
これが変貌前のカワイイ女子姿且つ高音ボイスで放たれるならともかくも、鬼女みたいなツラの女が野太いオッサンの銅鑼声で発しているってんだから、そりゃあ恋人の目を逃れて結界内に引きこもるのにも納得だ。
「あぁぁ、アナル、アナルにオチンチンが欲しいよぉぉ〜〜う!」
なら、その辺の怪物を引っ張ってくればいいんじゃ?などと突っ込んではいけない。棒だけに。
棒は棒でもピコの棒が欲しいのだ。他は要らない。
闇堕ちしたといっても、理性まで手放したわけではない。
誰彼構わず誘拐してきて棒にするほどには、落ちぶれていないつもりだ。
しかし、この顔で迫ったとしてピコが了承するかは非常に危うい。
自分で見ても酷い顔だ。元の名残が一欠も残っていない。
限りなく百パーセント確実に断られるであろう。
長い平行神界の歴史上、天罰を受けた天使の数は非常に少ない。
アーステイラが産まれてから今に至るまで、天罰を受けた天使は自分一人だ。
この姿は一生なのか、そうでないのかも判らない。
元の姿に戻りたいのに、絶対の誓いが使えないせいで戻れない。
今のアーステイラは絶対天使ではない。天使ですらなく、ただの怪物だ。
それでいて理性は残っているのだから、絶望的である。
死神の前では格好つけて怪物ぶってみたが、あとでピコはドン引きしてしまったかもしれないと考えると、ごろごろ転げまわりたい衝撃にかられた。
原田が輝ける魂だと判ったのは、神坐と遭遇した直後、脳裏に浮かんできたのだ。
自分でも知りえなかった情報が、すらすらと。
あれを使って治せないかとも考えたが、用途がイマイチ判らない。
そもそも、輝ける魂とは何なのか。バカハゲが輝くのは頭だけで充分だ。
絶対天使は神が定めた寿命を終えるまで、何をやっても自分で命を絶つことはできない。
死ぬには何者かに倒されるか、同種にやられて浄化されるしかない。
アーステイラは死にたくない。
せめて、もう一度ピコと再会して、ぐったりするほどセックスしたい。
その後だったら浄化でも何でも受けてやる。
これまでの記憶は全て失われるが、死ぬわけじゃない。
リセットして生まれ変わるだけだと聞いた。
誰から聞いたかってぇとリトナグラリッチおつきの天使、ヤフトクゥスからだ。
ピコの事も当然忘れてしまうだろうが、構わない。もう一度出会い直せばいいだけだ。
あの護衛戦士、ヤフトクゥスは今頃ファーストエンドに到着しただろうか。
闇落ちしたアーステイラを血眼で探し回っているはずだ。
結界を張っている以上、簡単に見つからないとは思うが、出たら一瞬で見つかってしまう。
彼に取引は一切通じない。
無駄に真面目で熱血漢、思い込みの激しい猪突猛進なのがヤフトクゥスの特徴である。
ピコと思う存分セックス三昧してから浄化してくれと頼んだって、有無を言わさず浄化されるのは頼む前から判り切った結果だ。
彼に見つからずしてピコとセックスするには、どうすればいいのか。
アーステイラは出口のない迷路で延々悩み続けるのであった。


翌日、小島は盛大に寝坊した。
というのも、その前日――
いつものように夕飯を食べて風呂に入って、さぁ寝ようとベッドに入った後。
いつもなら即熟睡して次の日まで起きなくなる原田が、闇の中で話しかけてきた。
「まだ……起きているか?」
「おう」と返してから原田が起きている事実に二度見する小島に、原田がポソポソ小声で囁く。
「あんな話をしたせいか、気持ちが高ぶってしまって……眠れないんだ」
あんな話とは当然、アレのことであろう。次の休日に致す予定の3P計画だ。
なお、次の休日までは後五日もあり、正直に言って小島は待ちきれない。
気持ちが高ぶっているのは、こちらも同じだ。
寝ないと明日の授業に響くと判っていても、なかなか寝つけるものではない。
「なら、今のうちに予行練習しておくか?」と持ち掛けたら、原田には眉根を寄せられる。
「尻の穴を鍛える話なら断ったはずだぞ」
「いや、あれは、ほんのジョーダンだから!」
小島は慌てて言い繕った後、本題を切り出した。
「そうじゃなくて、その、だな。原田は何処が感じるポイントなのかなーってのを知っておきたくてよ。自分で弄っている時に気持ちいいのは、どことどこだ?」
視線を下向き加減に逸らしつつ、原田が答える。
「……ここと」と胸を示し、続けて股間を指さす。
「ここだ」
「うん、チンチンは男なら大体そーだな」と頷いて、小島は手を伸ばす。
原田の身体に触れるか否かの距離で手を止めて、暗闇で笑みを浮かべた。
「乳首かぁ。男で乳首感じるってのは珍しいんじゃないか」
「し、仕方ないだろ……気持ちいいんだから」と、原田は口元に手をやって小声で答える。
「悪いたぁ言ってねーよ。ただ、お前が抜く時って水木とシてる妄想なんだろ?なのに乳首を弄るのか」との小島の深い突っ込みにも、やはり囁きで返した。
「……触られたい、触ったり舐めたりしてほしいんだ」
原田の頬が上気しているのは、布団の中が蒸れて暑いからじゃない。
じんわり額に汗を浮かべて忙しなく視線を泳がせており、全力でテレているのが丸わかりだ。
「ほほー。んじゃあ、俺が触るのもオッケー?」
ちょんっと指先で触れたら原田はビクッと体を震わせて、小島を軽く睨んでくる。
「触るのは休日まで、お預けだッ」
「あー悪ィ、フライングしちゃって」
咄嗟に謝っておいたものの、小島もドキドキ激しく高鳴る胸を手で押さえつけた。
軽く触れた程度で、ここまで敏感な反応を見せられるとは思ってもみなかった。
自ら気持ちいいと告白しただけはある。
きっと触ったり吸ったり摘まんだ日には、可愛く喘いでくれるに違いない。
早くも小島の脳内では原田が激しく汗を飛ばして喘いでおり、次の休日まで我慢できる気がしない。
現実でも原田が可愛く喘いで悶える姿を、早く見てみたい。
鼻息が荒ぶる小島に気づいているのかいないのか、原田は視線を外してポツリと呟く。
「小島は、どこをどうされると気持ちいいんだ……?」
恥ずかしがる彼を目の前にして、ガンガン上がっていく興奮を鎮めるのは一苦労だ。
それでも小島は精一杯、平常心を装って答えた。
「あー俺?俺はチンチン一択だ!チンチンを擦ったり舐めたり、しゃぶったりされたら気持ちよくてイキまくっちまうだろーなー」と言い切ってから反応がないのに気づいて小島が原田を見やると、原田は小島を見つめて静かに問い詰める。
「気持ち良いのを知っているということは、過去、誰かに舐めてもらったのか?」
まさか自分の恋愛歴を幼馴染に疑われるなど、予想外にも程がある。
小島は盛大に泡を食って、過去の恋愛歴を全否定した。
「な!ナイナイ、舐められたら気持ちいいんじゃないかって予想だよ!!」
誰かに恋をしたのは原田が初めてだ。
五歳になるよりも前、出会ってしばらくして、すぐ好きになった初恋の相手なのだ。
他の人に寄り道する隙間なんぞ、ありゃしなかった。
ふと、ピコのすました顔が小島の脳裏を横切った。
あいつなら、もっとスマートに進められるのかもしれない。恋愛を。
だが所詮、ピコはピコ。自分は自分だ。
初体験、ピコのようには上手くいかないかもしれないが、自信喪失は禁物だ。
初回がどんな結果に終わろうと、次で頑張れば挽回のチャンスはあるはずだ。
「口で咥えてもらうのって気持ちよさそうじゃん。暖かい温もりに包まれる感じで」
「口で」と呟き、しばらく考え込んでいたが、やがて原田は困惑気味に尋ねる。
「いや、しかし。お前の、その、アレは俺の口に入るようなサイズだったか……?」
小島のナニは幼少の時点で充分ビッグサイズ、比較して小さいと散々煽られた記憶だ。
煽られたこと自体は水に流したからヨシとして、あれから更に成長したと考えると、とてつもなく巨大になっているのではないか。
口に咥えるのはおろか、下手したら尻の穴にも入らないのではと原田は戦慄する。
「なんだったら、今のうちに確認しておくか?」
颯爽とズボンに手をかける親友へマッタをかけて、原田が視線を逸らす。
「い、いや……今はいい」
その身体が小刻みに震えているのに気づいたか、小島はそっと彼を抱き寄せる。
「なんだ、怖くなっちまったか?けど大丈夫だぞー。ケツの穴ってなぁ、意外と広がるもんだからよ。でなきゃ、でっけぇクソをひり出せないだろ?」
妙な安心のさせ方にクスリと笑い、腕の中で原田が視線を合わせてくる。
「排泄物よりも大きいだろ、お前のは」
「んー。どうかなぁ。思い出ってのは美化されるもんだし。とにかく一度確認しとけよ」
小島が何故そこまで見せたがっているのかは、さておくとして。
自分が本番で予想外の事態に臆してしまう可能性は絶対にないとも言い切れない、と原田は考える。
事前確認は必要だ。
パンツを脱いで「ほら」と見せられたブツに、原田は息を飲む。
でかい。
あきらか幼少時よりも巨大化している。
あれから十年近く経っているんだから当たり前なのだが、こうやって目の当たりにするのは衝撃的だ。
いや、それよりも、この時点で巨根だと目視で判るサイズなのだ。
勃起したら如何ほどまで大きくなるのかが未知数である。
フル勃起で突っ込まれたら、自分の尻は無事でいられまい。
メキメキと尻から真っ二つに避けていくのではあるまいか。想像しただけでも恐ろしい。
すっかり無言と化して青ざめる原田を見下ろして、小島が気遣ってくる。
「えぇと。大丈夫だぞ?痛くないよう念入りに準備するしさ。そこんとこの知識はバッチリだから安心しろよ」
小島を信じたいのは山々なのだが、この幼馴染は多々暴走するから油断がならない。
すぐには相槌を打てない原田に軽く苦笑し、小島は目元に滲んだ涙を拭ってやった。
「今まで散々約束をやぶってばかりだった俺を、お前が信用できないのは判るけどさ。お前が嫌がるような真似、もう絶対しないって誓ったんだ。お前が俺の告白を受け入れてくれた時に」
安心させようと声をかけてくれているのは、痛いほど伝わってくる。
彼が今、本音で話しているのだというのも。
それでも恐怖が先に立って、うまく返事が出来そうにない。
こういう時は、平常心だ。
素早く平常心に戻って、小島を安心させてやらねば。
原田はスンスン一心不乱に小島の匂いを嗅いだ。
小島の匂いは日向に干した布団と同じで、人を包み込む温かさがある。
本当にそのような匂いがするのではなく、あくまでも原田の脳裏に浮かぶイメージだ。
彼の匂いを嗅ぐと、不思議と心が安らいで落ち着きを取り戻せる。
どんなに落ち込んでいても、恐怖に震えていたとしても。
目一杯匂いを吸い込んで、ようやく平常心に辿り着いた原田は小島を見上げて微笑んだ。
「すまない、怖気づいたりして。未知の行為は何であろうと怖く感じてしまうんだ。でも、当日はお前を信じて挑みたいと思う」
小島は大きな音を立てて唾を飲み込んだかと思うと、不意に「あ、あぁ。俺、ちょっとトイレ行ってくる!」と言い残すや否や、ガバッと跳ね起きてトイレに駆け込んでいった。
返答と呼ぶには、あまりにも唐突な反応で、原田はポカンと取り残されてしまった。
ふと、気持ちがすっきりしている自分に気づく。
きっと、小島と色々話したおかげだろう。今夜も熟睡できそうだ。
布団をかぶった途端スヤスヤ眠った原田と異なり、小島はトイレで自分を落ち着かせるのに時間がかかった。
故の寝不足だ。
水木に起こされて小島が目を覚ましてみれば、体のあちこちが痛い。
昨夜は、あのままトイレで寝てしまったらしい。
まったく。昨夜の原田ときたら、反則級の可愛さだった。
思い出すと、ついつい頬肉が緩んでしまう。
「もー。小島くん、ニヤケてる場合じゃないよ?早く出ないと遅刻しちゃう」
水木に怒られながら、昨晩の会話は二人だけの秘密にしておこうと小島は考えた。
まぁ、しかし原田の感じるポイントぐらいは教えてやってもよかろう。
本番で恥をかきたくないのは彼女も一緒だろうし。
なので水木の耳元で「原田の気持ちいいポイントは乳首とチンチンだぞ」と囁いてやったら、水木には「うえぇっ!?い、いきなり何を言い出すの?」と思いっきり驚かれてしまい、そこへ原田の疑問が追いかぶさる。
「二人とも、いつまでトイレに籠っているつもりなんだ?鍵をかけるから早く外に出てくれ」
「おー悪い悪い」と謝りトイレを出ていきがてら、小島は水木にだけ判るよう片目を瞑って囁く。
「休み時間に詳しく話してやるよ」
「えー?う、うん」
釈然としない水木も小島に続いてトイレを抜け出し、三人は揃ってスクールへ向かった。


スクール前では、やけに周辺がざわめいていた。
どの通行人も生徒も落ち着きのない顔で、しきりに空を見上げては何事か囁きあっている。
「空に何か浮かんでいるのか?」
何気なく小島も空を見上げて、あっと叫ぶ。
何か、どころではない。
人が浮かんでいるではないか。
「え?何あれ、人?」と水木に尋ねられたって、小島も原田も答えようがない。
空に浮かんでいるのは金髪の男だ。
真っ白な服をまとい、背中に羽根がついた姿には何処か見覚えがあった。
そうだ、アーステイラと似ている。
あいつも確か空を飛べたはずだ。
背中の羽根は飾りではないと言わんばかりに。
原田が彼女を思い出したのと頭上の男が眼下に視線を落としたのは、ほぼ同時のタイミングだった。
「――そこの、ミラクルプリティキュートに魂が輝いた君ッ!」
訳の判らない言葉を叫んだかと思うと、地上まで急降下で舞い降りた男に顎をくいっと掴まれて、動転したのは当の原田だけではない。
その場にいた全員が、突然の出来事に硬直する。
見知らぬ男は、じっと原田の目を覗き込んで熱っぽく囁いた。
「おぉ……やはり、やはりだ。間近で見ると、ますます麗しい。君、名は何というんだ?いや名など、どうだっていい。俺と愛し合おう」
囁いたばかりか顔を近づけてキスしようとしてくるもんだから、一気に硬直の解けた原田は滅茶苦茶に暴れだす。
「え、あ、は、放せッ!」
ぐいーっと力いっぱい押したのに男との距離は一向に広がらず、逆に腰に手を回されて抱き寄せられた。
「恥じらう君も愛らしいな。だが、そんな恥じらいはパァーッと吹き飛ばしてやろう。俺とのセックスで快楽に溺れるといい!」
最早、何を言われているのか全く理解できない怖さが、こいつにはある。
怖いがしかし、だからといって固まっていたら遣られてしまう。
初めては自宅で幼馴染とするって決めたのだ。
通りすがりの強姦魔と青姦なんて最悪な真似は、絶対にお断りだ。
「結構だ!!それより俺はスクールに行くんだ、さっさと手を放せ!」
原田の怒鳴り声で周りの人々も硬直が解けたかして、真っ先に小島が殴りかかった。
「てめぇ、原田に馴れ馴れしくすんじゃねぇっ!」
しかし振り回した腕は空を切り、余裕で小島の一撃を避けた男は、ふわりと舞い上がる。
片手には、しっかり原田を抱きかかえたまま。
「ここは少々騒がしい。公園で愛し合おうじゃないか」
情熱に潤んだ瞳を向けられたって、赤の他人が相手じゃ微塵も心が傾かない。
会話が通じない苛立たしさから眉間にはビッチリ縦皺を寄せて、原田は必死に主張を貫いた。
「さっきの話、聞いてなかったのか!?俺はスクールに行きたいんだ、公園じゃない!」
が、その程度で諦めてもらえると思うほうが間違いだ。
男は原田の返事など最初から期待していなかったのか、彼を抱えて超高速で飛んでいき、慌てたのは残された小島と水木だ。
「ま、待てーッ!待ちやがれ、この野郎ー!」
走り出した小島の背中へ水木が叫ぶ。
「こ、小島くん、一人で追いかけるのは危ないよ!」
小島は一度だけ振り返り、「水木!お前はジャンギか陸に連絡してくれ、俺は奴を追いかける!!」と叫び返すや否や、一目散に走っていった。
21/07/19 UP

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