絶対天使と死神の話

怪物の王編 05.はじめての計画


――その日の夜、第二の絶対天使がアーシスの上空に現れた。
だが、すぐに気配の持ち主は遠ざかり、地平線の彼方へと消えていった。

「どう思う?」と風に切り出され、大五郎が答える。
「単純に見切りをつけたんだろ。アーシスにいないから他を探してみよう、と」
しかし同種と言えど、闇雲に探して見つかるのだろうか。
アーステイラは完全に気配を絶った。
地上の何処を探しても見つからないのは、結界を作って隠れたと考えるべきか。
何故、隠れたのか。
絶対の誓いを破った罰を受けたのだとしても、逃げる必要はないはずだ。
自分を討ちに第二の絶対天使が放たれることまで予期した上での行動だったら、追手にも見つけられまい。
アーステイラが見つからないとなったら第二の絶対天使は、どんな行動に出るのか。
大人しく帰るとは到底思えないし、最初の絶対天使同様、原住民にコンタクトを取ろうとするかもしれない。
原田と接触されたら、またしても輝ける魂への危機が訪れてしまう。
大五郎が神の遣いに聞かされたのは、第二の絶対天使がファーストエンドの滅亡を防ぐキーとなる可能性だ。
原田を使って絶対天使を仲間に引き入れろと言われたが、正直な処、不安要素のほうが大きい。
原田 正晃は、優しくされた程度で心が絆されてしまう未熟な少年だ。
彼だけに絶対天使の説得を任せるのは寝返りの心配がある。
絶対天使は死神と違って、異世界に渡っても能力に制限がかからない。
もし蘇生の力を使って原田の両親を復活させたりしたら、原田はコロリと絶対天使を信用してしまうだろう。
第二の絶対天使とは会わせないほうが良いのではないか。
しかし、もし相手が先に接触してしまったら――?
「空に追わせる。手は出さない、様子見に留める」
ぽつりと呟いた風を見て、大五郎が溜息をもらす。
「手数が一つ減っちまうが、まぁ、それが妥当じゃろうな」
第二の絶対天使は現在、遠く離れた東の地に留まっている。
気配を消される前に監視をつけておこうと風は考え、空を向かわせた。


商店街へ立ち寄った原田たちは、水木家のおかずを買った帰りに奇怪なものを目撃した。
丈の短いスカートを履いた三つ編みおさげの男だか女だかパッと見どちらとも言いかねる中性的な印象を持つ人物が、路上で激しく踊り狂っている。
ハープを演奏する詩人が側に座り、激しい曲調に併せて踊っているのは先ほどの人物だけで、ほとんどの通行人が踊りから目を背けて早足に去っていく。
足を止める人の数は、まばらだ。
踊りに併せて手拍子する人もおらず、曲が激しい割には全然盛り上がっていない。
「なんだ、あれ?」と指さす小島に水木も小首を傾げ、「路上公演かな?」と呟く。
こうした演者や踊り子自体は珍しくない。
しかし、行きかう人々があからさまに視線を合わせないようにして通り過ぎていく様は珍しい。
踊り子なら、大抵は歓迎されるはずだが……
踊っている人物に見覚えがあるように原田には感じられた。割と最近、町の何処かで見た記憶だ。
ジャン、と一かきハープが鳴って曲が終わる。
同時にバッと両手を挙げてのキメポーズに、ぱらぱらと拍手があがった。
「カ・イ・カ・ン……!」と呟いた踊り子は全身汗だくで、だが声はハッキリ男性のテノールだった。
「えっ、あれ、男かよ」と驚く小島に見物の一人が振り返り、「男の娘って言うんだってよ」と看板を指し示す。
示された看板には、やたら丸っこい文字で男の娘ウィンウィンと書かれていた。
「オトコのムスメ?男なのか娘なのか、はっきりしてほしいよなぁ」
どうにも理解できない顔で小島はぼやき、水木も眉をひそめて「娘って歳に見えないよね」と彼女にしては直球な発言を漏らす。
確かにウィンウィンなる者は、骨格がどう見ても成人のそれだ。
贔屓目で見ても、娘世代を名乗るのは、おこがましい。
そのウィンウィンが、こちらを見たかと思うと、ぱぁぁっと顔を輝かせて小走りに駆け寄ってくるもんだから、三人は全員ド肝を抜かされた。
「こ、こっち来る!」
最速スピードで距離を詰めてきた男の娘が発したのは「ウィンウィンのダンス、見てくれてあっりがと〜☆」という、気持ち悪いほど若い子ぶった一言であった。
顔と全然あっていなくて、キッツイ。
それどころか一番背の高い小島の頬にキスしてこようとするもんだから、小島は全力で押し返す。
「よせっつーの!」
「あぅんっ」とひ弱な悲鳴をあげて、あっさりぶっ倒れたのを幸いとし、三人はその場を逃げ出した。
「マジで何なんだよ、ありゃあ!」
「踊り子さんが、こっちに触れてくるなんてマナー違反だよね!?」
と、口々に叫びながら。

家の近くまで戻ってきても小島の怒りは持続しており、ぶつぶつと文句を吐いていた。
「ったく。キスされるんだったら、あんな気持ち悪いオッサンじゃなくて原田にぶちゅっとやってほしいぜ」
「人前で出来るか、そんなこと」と原田は不機嫌に返して、小島に顔を覗き込まれる。
「ん?じゃあ、人前じゃなかったらしてくれるんだ」
「……してほしいのか?」と原田に聞き返された小島は、満面の笑顔で頷いた。
「もっちろん!」
「ずる〜い!」
水木まで騒ぎ出し、「だったら私にもしてほしいなぁ」と上目遣いに原田を可愛く見つめてくる。
さすがに恥ずかしくなってきた原田は二人を促した。
「こんなの、往来でする話じゃないだろ……ひとまず、中へ入ろう。水木も一緒に来てくれ」
「うん、いいよ」と水木は屈託なく頷き、原田家へお邪魔する。
「わぁ〜ホントすっきりしたよねぇ、原田くんち!」
ぐるっとリビングを見渡して花瓶に差した花が枯れているのに気づいた水木は、そっと枯れた花を抜き取ってゴミ箱へ放り込む。
「これ、アーステイラがやっていったんでしょ。原田くん達、こういうのは絶対飾らなさそうだもんね」
「あー花瓶なんてあったのか、全然気づかなかった」
今初めて知ったようなことを小島が口にし、原田も全然気がつかなかった自分に驚く。
花瓶に差した花が枯れているかどうかなんて、気にも留めていなかった。
入って一歩目に気づいた水木には脱帽だ。
「え〜。いつもスクール行く時と帰ってきた時、リビングを必ず通るじゃない」と水木に突っ込まれ、小島は頭をかきかき言い訳する。
「や、通るこた通るけどよォ。ほとんど通り道って感じだな。俺が家ん中で重要だと思うのは、寝室と風呂場とトイレと台所だからよ」
「リビングで寛いだりしないの?」と、水木。
「ほとんどしねーな」と答える小島を見て何を思ったのか、すとんとソファに腰を下ろして原田へ手招きした。
「じゃー原田くん。耳かきしてあげるから、膝の上に寝ころんで?」
膝枕での耳かき。
彼女の太腿の柔らかさを妄想したのは、一度や二度ではない。
瞬く間にカァ〜ッと赤く染まった原田を一瞥して、小島が騒ぎ出す。
「あー!そういうのは俺がやろうと思ってたんだ!!水木ずりィーぞ!」
「リビング全然使ってなかったのに?そういうの、アイディアの盗用って言うんだよ」と、やり込められて小島がウググとなったのも束の間、水木は笑って立ち上がる。
「も〜。小島くんってば、もったいなさすぎ!せっかく原田くんと同居しているんだから、もっとおうちを有効活用しないと」
「有効活用とは?」との原田の問いに、水木は廊下の奥をチラリと見てから答える。
「これだけ部屋があるんだし、拘りを持ってみようよ。自分好みの家具や雑具を飾ってみたり、食器を選んでみたり、寝具を変えるだけでも気持ちがリフレッシュされるよね。リビングも、ただの通り道じゃなくて憩いの場にしてみたら、どうかな?今日一日あったことを二人で話し合ってみるとか、ね」
小島と同居するようになっても、家は食べて風呂に入って寝るだけの場所であった。
水木とも同居したら、家がもっと楽しくなりそうだ。
だが彼女には父親が残っているし、一人娘だから無理は言えない。
「寝室はバラバラなの?」と奥をしきりに気にする水木へ小島が「一緒だぞ」と答えるや否や、水木は「え〜!ずるーい」と本日二度目のズルイを発し、ぷぅっと頬を膨らませる。
「私も原田くんと一緒に寝た〜いってか?こいつは同居の特権だぜ」
やたらご満悦な小島と、むくれる水木にも原田は声をかけた。
「その……その件とは微妙に異なるかもしれないが、二人に話がある」
「ん?何々」と、たちまち興味津々に詰め寄ってきた二人の顔を見渡して、ぼそぼそと囁いた。
どこか視線を上向きがちに逸らしながら。
「……その、初めてを迎えるにあたり、俺なりに考えてみたんだ」
「初めてって?」
話が唐突に始まりすぎて、何の初めてやら小島にも水木にも、さっぱりだ。
ごくりと唾を飲みこみ、なおも原田は二人と視線を合わせずにポソポソ小声で囁く。
「初めてのキスは、お前らのどちらでもなかった……だから今度こそ初めては、お前らとやりたいんだ」
「え、それってつまり」と水木も固唾を飲んで、原田を凝視する。
「一発ヤろうってお誘いか!?」
小島の問いに一旦は視線を戻して原田は頷くが、すぐに「あ、あぁ……だが」と視線を床に逃がして続けた。
「どちらとやるにしても、どちらを先にするかで揉めそうな予感がしたんだ」
「だからってナシはナシだぜ!ナシナシのナシだッ!」と騒ぐ小島は必死なのが、ありありと見て取れる。
水木も同感だ。原田とのエッチお預けは、三日三晩断食するよりも厳しい。
「お前が決めた順番で構わねぇ!どっちと先にヤりたいんだ」と騒ぐ小島を手で制し、原田は真っ向から二人を見据えて言い切った。

「二人同時にやりたい。俺の家で」

――直後、リビングは静寂に包まれた。
小島と水木、どちらも今し方聞いたばかりの宣言が耳元で反芻される。
二人同時にというのは、つまり前は水木が受け止めて後ろは小島がイタダキということだ。3Pだ。
全員初めての性行為で3Pは、ハードルが高すぎやしないか。
真面目且つ慎重な原田とも思えない究極の選択に、二人とも開いた口が塞がらない。
原田に選んで欲しいとは言ったが、そう来るとは予想外だった。
しかし、だからといってどっちが先でも喧嘩勃発は想像余裕だ。
彼は真面目であるが故に、どちらを先に取ることも出来ず、この結論に辿り着いたのだと思われる。
「いいぜ、やったろうじゃんか」
小島は不敵な笑みを浮かべて、言い放つ。
「えぇぇ!本気で!?」と驚く水木へ頷き、「何事も経験だ」と開き直りをかましてきた。
「嫌なら、お前はリタイアしたって構わないんだぜ?」
小島の煽りは効果覿面、頬を真っ赤に水木がいきり立つ。
「べっ、別に原田くんとするのが嫌なんじゃないんだからね!ただ、小島くんに裸を見られるのは嫌だなぁと思っただけで」
「へっ、俺ァお前にケツ穴の奥まで見られたって平気だぜ?今更気取る仲でもねぇーだろうが」との小島の挑発には、水木も眉毛を吊り上げ「そんな汚い穴、頼まれても見ないし!」と吐き捨てた。
「小島に見られて嫌だと思うのは、眼中にない相手だからか?」
原田の問いに、ぷぅっと頬を膨らませて水木が愚痴る。
「違うよぉ。小島くんだって大事な友達の一人だよ。けど、小島くん……絶対なんか言うもん。私の胸を見て」
「待て、巨乳好きはフェイクだってーの!」と慌てて小島も言い繕う。
「ホントに巨乳が好きだったら、原田を好きになると思うか!?」
じっと原田の胸元に視線を注ぎ、すとーんとしているのを確認がてら、水木は素直に頷いた。
「そうだね。じゃあ、私の胸を見て感想を言うのは今後一切禁止だよ」
「言わねーよ!くそっ、相当恨んでんな?」
小島のぼやきに「当然だよ〜。これでも気にしてるんだからね」と水木が追い打ちをかけるも、「……いや、水木の胸は大きくないほうがいい」と呟いた原田には、しっかり反応して頬をますます赤らめる。
「も、もぉ、原田くんってばダイタンだよぉ」
「恋人になった以上、思ったことは全解禁だよな。俺もダイレクトに言わせてもらうぜ、原田。お前は水木に突っ込んで俺に突っ込まれるわけだが、お前ひとりに負担がかかりすぎじゃないか?」
ダイレクトすぎる小島の突っ込みに原田は軽く硬直し、水木が彼の代わりに結論づける。
「そんなの、負担がかからないようにすればいいでしょ!」
それもそうかと頷き、小島はニヤニヤする。
「上に重なるのは水木がペシャンコになるから三の横並びになるとして、使うとすりゃ〜寝室のベッドしかねぇな」との具体案には原田がマッタをかけた。
「今日、するわけじゃない。具体的な話は次の休日にしよう……」
恥ずかしさが限界まで到達したのか、目は泳ぎまくりだわ耳まで赤いわ、片手は首筋に浮かんだ汗をしきりに拭っており、照れる仕草が可愛いったらない。
しばらく二人揃ってテレる原田に見とれていたが、遠くで聞こえる夕暮れを告げるチャイムの音にハッと我に返った水木が踵を返す。
「そ、そうだよね。今日すぐには無理だよね!そ、そうだ、お父さんに夕飯作らなきゃいけないから、もう帰るね!それじゃっ」
慌てて出ていく背中を見送り、小島が原田を促した。
「そうだ、次の休日までに風呂ん中で穴の訓練しとこうぜ!」
「く、訓練?」と引きつる相手の腕を取り、「当日までにケツ穴を解しておけば、入りやすくなるだろ!?」と満面の笑顔で言い放ったのだが。
「だから、うちの風呂は二人も入れないって言っているだろ!」
怒鳴り声と共にシャットアウトされた上、逃げられた原田に寝室のドアもぴしゃりと閉められて、小島は平謝りする羽目に陥ったのであった。
21/07/14 UP

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