絶対天使と死神の話

怪物の王編 04.悶々


原田が怪物の王退治に一役買えるかもしれない――
ジャンギは、スクールの教員に話を持ち掛けた。
原田を覚醒するには、怪物舎での訓練だけでは間に合わないと想定しての判断だ。
「そうだったの……原田くんが賢者の生まれ変わりで、アーステイラが邪悪な生き物に……ごめん、理解の容量オーバーしちゃった。保健室で休んでくるねっ☆」
そう言い残し、原田の受け持ち担任はスタコラ離脱していった。
話し始めて十分と経たないうちに。
「すみません、頭の容量が足りていない教官で」
身も蓋もない慰めをかましてくる己龍にジャンギも頭を下げる。
「突然こんな話を持ちだされたら、ああいった反応になるのは当然です。私も陸氏に話を通された時には驚きましたし、信じられませんでした」
そこを「私だなんて他人行儀な喋り方は、おやめください。いつもどおりの"俺"で構いませんよ」とウィンフィルドに遮られたばかりか熱っぽく両手で手を握られて、即座に振り払ってからジャンギは話を続けた。
「い、いえ。一応ここは公の場ですから、それ相応の態度で話をさせてください。とにかく、原田くんを一刻も早く覚醒させるためにはスクール全体の協力が必要です。当面は私の費用もちで依頼を出させてもらいます。出す依頼はプチプチ草退治。これを原田くんチームに任せます」
「プチプチ草ですか。しかし、プチプチ草ばかりに強くなっても彼女には勝てませんよ?」と、己龍が口を挟む。
彼を一瞥し、ジャンギは己の構想を明かしてきた。
「攻撃をかわす判断力と回復魔法の詠唱を高める。これがプチプチ草退治で出来る訓練内容です。マスターしたら、次の獲物を与えます。今の彼らに必要なのは戦いの基礎知識です。それに、魔法生物に五大元素をあてるのは得策じゃない。対アーステイラ戦は回復使いの水木さんが攻略の要となりましょう」
「まさか――彼女に高位呪文を覚えさせるのですか!?彼女はまだ一年目のヒヨッコですよ」と驚くウィンフィルドの横で、己龍が小声で尋ねる。
「高位呪文、とは?」
ウィンフィルドが答えるよりも先に、ジャンギが己龍の知りたい答えを教えてくれる。
「封印と結界。魔法生物を相手にするには最低でも、この二つのどちらかが必要です」
封印は怪物の術発動を封じ、結界は術の威力を妨げる。
どちらも守りに入った術だ。
守ってばかりでは勝てないのでは?
首を傾げる己龍に、ウィンフィルドが補足した。
「魔法生物の弱点は、魔力に頼り過ぎている点。逆にいえば、魔法さえ封じてしまえば後は如何様にもなります」
「……本当に」と己龍が呟いたので、二人ともン?となって彼を見る。
視線に後押しされる形で、己龍は本音を吐き出した。
「本当に、アーステイラは魔法生物……人ではない存在だったんでしょうか」
彼女と同居していた期間は非常に短かったが、怪物とは思えないほど人間臭い少女だった。
束縛される生活に頬を膨らまして抗議したり、友達を言い訳に寄り道したがったり。
恩人であるはずの己龍に対して、お風呂は絶対に覗かないでくださいねと何度も念を押してきたり。
好きな食べ物はフルーツ全般で、嫌いな食べ物は青野菜。
食後の青野菜ジュースを、この世の終わりみたいな表情で飲み干す様は、スクールに通う他の少女と変わらない。
チームの子とも上手くやっているように見えた。
休み時間にキャッキャと戯れる姿を何度か目撃している。
笑顔の可愛い女の子だった。
睡眠中での乱れ具合も、そそるものがあった。
あの子が怪物として退治されてしまうのは、胸が苦しくなる。心が痛い。
例え期間が短くとも、一緒に暮らしたし受け持ち生徒でもあったのだ。
できることなら彼女を救ってあげたい――
「いえ、彼女は何らかの理由で突如怪物化してしまったようです。あの日は禍々しい気配を発していましたが、以前の彼女からは魔法生物の気配を感じませんでした」とジャンギは断言し、苦悩に頭を抱える己龍を慰めた。
「大丈夫。退治ではなく浄化です。アーステイラを元に戻せるのは、賢者の生まれ変わりである原田くんだけです。ですから我々は彼をサポートして、戦いの基礎を叩きこむんです」
しかし、と疑問を呈してきたのはウィンフィルドで「彼らは女子を殴れるのですか?」とのこと。
スクール生徒は思春期の少年少女、原田とて例外ではない。
クラスの女子と似たような姿の怪物に暴力をふるえるのか否か。
アーステイラと戦っても、攻撃できないんじゃ浄化以前の話だ。
「森林地帯では人と同じ姿の怪物などザラに遭遇します。人を惑わすには、か弱い姿を取るのが効果的ですからね。魔法生物も然り、大抵が女児の類似です。幸い怪物舎には養殖サンプルが揃っていますから、そいつで慣れさせましょう」
あっさり流した英雄には、己龍のほうが気後れしてしまう。
現役時代、己龍は森林地帯に足を踏み入れなかった。
今にして思えば、踏み入れなくて正解だったとも言える。
森林には人を惑わす怪物や、女子の姿を取る怪物がいると聞かされては。
「ジャンギさんも現役時代は女子の姿をした怪物を棒で殴ったり牽制したり、おっぱいの先っぽをツンツン突いたり、お尻の穴に棒をグリグリ差し込んだりしてアハンウフンさせたのですね……」
遠い目で語るウィンフィルドには「やっていません、そんな真似」と真顔で突っ込み、ジャンギが肩をすくめる。
「原田くんの武器は鞭です。鞭なら過剰なダメージを与えることなく、動きを捕縛できると思いますよ」
「ほほぅ。女子の姿をした怪物を鞭でビシバシ……想像すると興奮するシチュエーションですね」
明後日の方向に暴走を始めたウィンフィルドなどジャンギはもう見ておらず、視線を逸らして真面目に続けた。
「己龍教官、スクールでは毎年恒例の行事がありましたよね。あれを前倒しで開催して、原田くんの訓練に使わせてもらえませんか?」
「あぁ……合同会ですか?」と、己龍もウィンフィルドを視界に入れないようにしながら答える。
「ですが今の段階ではまだ、どのクラスも魔術使いが育っていないのでは」との予測を遮ったのは、ウィンフィルドの鼻息だ。
「いいえ、完璧ですよ!我がクラスに関しては万全に仕上がっております。サフィア教官の脳筋クラスや、己龍教官の平凡クラスと一緒にしないでいただきたいですねッ」
自分の手柄の如し勢いだが、入学式の段階で魔力の高い子ばかりを選んでいるのだから当然だ。
サフィアは自分に興味をもっていそうな子を優先して選んでいた。
ジョゼリア=アイムハイゼンは高魔力の魔術使い勢で、唯一サフィアが分捕った生徒だ。
後は全員ウィンフィルドに取られてしまった。
ウィンフィルドが呪術使いを選ばなかった理由は、往古 要の魔力の低さにあった。
彼女は物珍しいという理由だけでサフィアが選んだ。
原田と小島と水木を三人セットで取ったのもサフィアだ。
こちらは確か、入学申請書を出した日付が同じだったからといった適当な理由だった気がする。
最初の頃は一人ずつ選んでいたのに、途中で面倒になってきたのか二人三人まとめ取りになった後のことだ。
水木が中盤まで残っていたのは、回復使いな面もあろう。
ウィンフィルドは攻撃力重視、魔術使いを贔屓する面がある。
魔術の対戦相手として考えるなら、ウィンフィルド組の生徒は申し分ない。
己龍組の生徒は尖った能力こそないけれど、バランスの取れた子で揃っている。
そして圧倒的に女子が多い。
男子をサフィアに殆ど取られたせいだが、女子の姿をした怪物と戦うなら己龍組も原田の役に立てよう。
今年の合同会は、自分の受け持ち生徒たちにも見せ場を与えられると己龍は確信する。
そこへドバーン!と扉を勢いよく開けて、サフィアが復帰してきた。
「怪物化したアーステイラが魔法だけを使ってくるとは限らないんじゃないかしら☆」
「どういう意味です?」と尋ねるウィンフィルドへ意味もなくウィンクを飛ばしながら、彼女が言うには。
「王クラスの魔力だったんでしょ?なら、他の怪物を引き連れてくるのも充分考えられるわ」
そ・こ・で、と指を振り振り自クラスのアピールを始めた。
「サフィアちゃんのファンクラブも一役買っちゃう!対雑魚戦の模擬として☆」
「いや、でも、あなたのクラスの生徒じゃないですか、原田くん……」
冷めた視線で突っ込んだのはウィンフィルドで、傍らのジャンギや己龍にも同意を求める。
「同クラス生徒での対戦は合同会の主旨と異なります。日程を考えても無理ですよねぇ」
「そうですね……合同会で原田くんに学ばせたいのは術使いとの戦いですし、脳筋は度外視でしょう」
バッサリな己龍と比べると、ジャンギはサフィア寄りの意見を出した。
「いや、お二人のクラスに前衛が揃っていないようでしたら、同クラス対戦も視野に入れるべきです」
「さっすがー!話が分かるゥ、英雄様〜☆」
サフィアがジャンギに抱きつくのを見て、ウィンフィルドの眉間には幾筋もの縦皺が刻まれる。
彼を気遣ってか、即座に己龍も言い返した。
「いえ、私のクラスはバランス重視ですので前衛も一通り揃っています」
「そうね、火力は全然だけど」とサフィアもやり込めにかかり、ちらっとジャンギへ色目を送る。
「うちのクラスは凄いわよ〜?木の的なんて片手の一振りで木端微塵にしちゃうんだから☆」
彼女のクラスに在籍する前衛陣は、七割方ガッチリマッチョのムサ男子だ。
「そうですね……原田くんはバランスタイプですから、極端に尖った子をあてたほうが訓練になりそうですね」
少し考え、ジャンギが一つ提案する。
「今年の合同会は趣を変えて、チーム戦とは別にソロ戦もやってみませんか?同クラス対戦ありの勝ち抜きトーナメント戦にすれば、原田くん以外の生徒も盛り上がれると思うんですが、どうでしょう」
「例えばサフィア教官組の小島くんと原田くんが戦うカードも、あり得るってことですか?」とはウィンフィルドの問いに、サフィアが乗ってくる。
「いいわね幼馴染対決、それだけでも客が呼べるネタよね。親御さんや町の人々も招待して大々的に盛り上げちゃいましょ☆大会に乗じて屋台や賭けを許可すれば、赤字続きのスクールも財政が潤って一石二鳥じゃない!?」
ガツガツしすぎな本音をぶちまけるサフィアに男三人は内心ドン引きしつつ、頷いた。
「金儲け根性はさておき、町の人々への公開は名案かと思います」
「では、その段取りで進めていきましょうか」
ジャンギの賛成にウィンフィルドが請け合い、手帳に何やら書き留める。
彼は富豪や商人と強力な横繋がりを持つ。
屋台の手配もウィンフィルドに任せておけば安心だ。


いつの間にかアーステイラ浄化がスクール全体を揺るがす大事になった――なんてのは本人には与り知らぬ話で、本日の原田チームは依頼実習を引き受けた。
薬草収集の簡単な依頼で、そつなく終わらせた後は昼飯を挟んでの座学が始まる。
座学中、原田はポケットに手を突っ込んだ格好でゴムボールを握って過ごす。
休み時間もトイレの個室にこもって、ゴムボールを握り続けた。
家だと小島の目があるせいで、気が散ってしまう。
ジャンギは二人でトレーニングしたほうが長続きすると言っていたが、原田としては一人でやりたいのだ。
これまでも、何かを訓練したい時は一人でやってきた。
一人はいい。際限なく集中できる。
誰かとの比較もないから、才能のなさに落ち込むこともない。
自分一人の高まりを感じられるのが、最高に良い。
手にボールの匂いがついてしまったのは難だが、手首のみならず腕全体が鍛えられている感覚がある。
ずっとこれを続けていけば、いつか全く手首を痛めなくなれるだろうか。
眠たい座学なんぞ右から左へ聞き流し、原田はゴムボールを握るのに意識を集中させる。
だが本日の午後は、いつもと違っていた。
いつもなら座学の時間は爆睡しているはずの小島が「なぁ、なぁ」と隣で原田の腕をツンツンしてくるせいで、集中力が途切れてしまった。
「……なんだ」と不機嫌に返したら、小島は何処か落ち着かない様子で囁いてくる。
「溜まってんだったら、俺が手を貸すぜ。こんなトコじゃなく家で」
何を言われたのか判らず、原田は怪訝に眉を顰める。
先に答えが判ってしまった水木は、小声で小島を嗜めた。
「ちょ、ちょっと。授業中に何を言い出すつもりなの、小島くん」
「なんだ、小島は何が言いたかったんだ?」と原田が水木に問うと、彼女はポッと頬を赤く染めて「え、そ、それは……」と口籠り、視線を外してしまう。
仕方なく小島本人に問うと、小島も視線を上向きがちに逸らしながらボソッと答えを寄越してくる。
「だからァ。欲求不満なんだろ?お前」
「……は?」
「その手の動き、俺には判るぞ。ポケットの中でチンチンさすってたんだろ」とまで直球で言われて、やっと彼が何を言わんとするのか判った原田は、思わず大声で怒鳴り返していた。
「誰がするか、授業中にそんな真似ッ!」
原田の叫びが響き渡り、静まり返った教室でサフィアのお叱りを受ける。
「はい、そこ〜。授業中におしゃべりしてるなんてダメダメだ・ぞ?」
また必要以上に目立ってしまった。
あちこちでクスクスと忍び笑いが起きて、原田は恥ずかしさに堪えながら、深く座り直す。
いつも通り居眠りしてりゃ〜いいものを、何故こちらを凝視しているんだ、小島のやつ。
今日の実技で物足りない依頼を選んだ俺への腹いせか?
と、怒りにゆだった頭で考えていたら、小島がひそひそと謝ってきた。
「ワリィ。ずっと体をユサユサしてたから絶対そうだと思い込んじまって」
握力向上で昂るあまり、無意識にボールを力強く握り過ぎていたようだ。
次からは気をつけよう。
二度と、このような恥ずかしい勘違いをされないように。
……まぁ、性的に溜まっているのかと問われたら、全く溜まっていないとも言い切れない。
原田は反対隣で真っ赤に染まった水木を眺め、ぼんやり考える。
独り暮らしだった頃は、水木の裸を妄想して抜いていた。
それが出来なくなったのはアーステイラの同居がきっかけで、今は小島との同居に切り替わり、すっかりご無沙汰になってしまった。
心が通じ合っていると判った今は本人とエッチすればよいのだが、最初の一歩が踏み出せない。
なんといって切り出すべきか。
初めてを水木と迎えるにあたり、心配事はもう一つあった。
小島の反応だ。
水木と先にやると言ったら、彼は、どう受け取るのだろうか。
水木が想い人だと判明した直後の小島の落ち込みっぷりときたら捨てられた子犬の如きで目も当てられず、原田の心はボコボコにサンドバッグされた。
かといって小島を先に回せば、水木が同じ反応を見せるかもしれない。
いっそ三人で仲良く初めてを致すべきか。俗に言う3Pだ。
水木とは何度も脳内セックスしているが、小島とは妄想したことがない。
どうやってやるんだ?
こんな疑問、誰かに聞くのは恥ずかしい。
俺は穴が一つしかないけど、水木は二ヶ所ある。
ならば水木を真ん中に、と考えて原田は脳内に浮かんだ案を破却する。
水木を真ん中に挟むのは駄目だ。
小島のあんな巨大なブツを突っ込んだら、前でも後ろでも水木が壊れてしまいかねない。
それに前も後ろも、出来る事なら自分だけが独占したい。
水木を一番奥に、原田、小島の順番で重なる。これがベストだ。
最難関は水木と小島が、この案に頷いてくれるかどうか、だが……
己の考えに没頭していた原田は肩を叩かれて、顔を上げる。
「どうしたんだ?授業、終わったぜ」
小島だ。
水木もクイクイと原田の上着の裾を引っ張り、見上げてきた。
「原田くん、一緒に帰ろ〜。あのね、今日はちょっと寄り道していい?お買い物したいの、今晩のおかず」
オカズの一言をスイッチに、先ほどまでの邪な3P計画が原田の脳裏にありありと蘇る。
気恥ずかしさから二人の笑顔を直視できず、原田は下向き加減に教室を出た。
21/07/12 UP

Back←◆→Next
▲Top