絶対天使と死神の話

英雄編 07.ひとまず、目的達成?


集落内にアーステイラがいたと知ってもジャンギに驚きは少なく、却って驚く原田たちに彼が言うには。
ナーナンクインへ足を踏み入れた直後、生き物の気配が一切感じられなくなった。
住民だけではなく、自分たちや家畜の気配も感じない。
すぐにピンときた。
もしや、集落全体を包み込む形で大掛かりな結界が張られているのでは?
ジャンギの推測にベネセは、そうだと頷く。
集落周辺に幾つかの媒体を設置して、気配を消す術をかけてある。
高い壁で周りを囲まずとも怪物に襲われないのは、これのおかげだ。
砂漠で暮らしていた頃からの風習だとも言われて、ジャンギは納得に至る。
砂漠の怪物は草原の比ではない強さと大きさだ。壁を作ったとしても防ぎきれるかどうか。
だが、気配そのものを消してしまえば見つかるまい。
怪物をやり過ごすのには成功した砂漠の民も、病魔には勝てなかった。
幸い、草原地帯に疫病は影も形もない。
これまで何人アーシスの自由騎士が集落を訪れたかも一応尋ねてみたが、ベネセ曰く、草原で集落を訪れた異民はアーステイラとピコの他に一人しかいないと言う。
何故ここで立ち止まって集落を作ったのかといえば、砂漠との距離を測った上での決断だ。
ラクダ換算で砂漠から離れすぎず、近すぎず。それが、この位置なのだ。
草原で疫病の特効薬を大量生産して、いずれは砂漠へ戻る計画だ。
二人の勇者が持ち帰った試薬品を元に研究を進めている。
研究の結果、病原菌は怪物の体液だと判った。
汗や糞尿が大気に混ざって人間の町まで届き、人体に悪影響を及ぼす。それが病魔の正体だ。
「え〜?でもアーシスじゃ怪物の血液を水に替えて使っているけど、誰も発病したことないよ」
水木の言葉にベネセは目を丸くする。
「し、しかし研究者は体液で間違いないと言っていたぞ!特効薬の原料となるシロツメ草を怪物が食すことで、体内の毒素を薄めるんだと」
「シロツメ草の話なら、俺も聞いたよ」と、ジャンギ。
情報源は砂漠で出会った二人組、アービィとナックルだ。
雪原地帯でしか育たない植物で、他の土地では繁殖させられない。
摘み取った後は汁を絞るか粉にして保管する。
草の存在は占いで知った。
本当に効くかどうかは、実際に試してみないと判らなかった。
「本当に効き目があったんだ。占いってスゴイね」と喜ぶ水木にベネセが自信満々な笑みで頷く。
ナーナンクインの民は占術と呪術に通じており、砂漠の厳しい環境も、その二つで凌いできたのだ。
集落を囲む結界は、呪術に含まれる。
アーシスでの結界は回復魔法に分類される。この差異は、古文書解釈の違いであろう。
術書の多くは研究者が発掘したものだ。その頃は戦える者がいた。
町の繁栄と共に一旦は戦いを忘れた砂漠の民も、疫病に追われて集落に逃げ込んでからは、再び腕を磨いている。
「呪術かぁ〜。要が聞いたら、喜びそうだな」
小島の脳裏にボサボサ頭の少女が浮かび上がる。
そうだ、ピコは見つかったんだし、ひとまずアーシスへ戻ってもいいんじゃなかろうか。
皆に相談すると、ソウルズは眉間に深い皺を刻んで反対した。
「アーステイラは、どうするつもりだ。ここへ放置するわけにいくまい」
「一緒に連れ帰るしかないよ」とはジャンギの弁で「ここで戦うのはナーナンクインに迷惑がかかってしまうからね」との事だ。
しかし、連れ帰ったら帰ったでアーシスが大混乱に陥りやしないだろうか。
問題の当人は、のんびりお茶など啜りながらナーナンクインの民と雑談に興じている。
再会したら即戦闘になるのだとばかり思っていたジョゼは拍子抜けしたが、こうして眺めている限りだとアーステイラは怪物に姿が変わっただけで、さして危険性を感じない。
「アーシス近辺で結界を張れば、町への被害や怪物の乱入も気にせず戦えるだろ。近くで例の巨大怪物が出現したという報告も聞かないしね」
「あの怪物を町まで誘き寄せる結果になったとしても?」
ソウルズの懸念は、外に子供を出さなきゃいけない点だ。
気配を抑えられる怪物が出現したのは、普段の遠出では同行しない子供たちが一緒だったせいだ。
自由騎士は全員大人、これまでに報告があがらなかったのも当然だ。
「外になら見習いも何度か実習で出ている。それでも周辺での報告がないんだ。遠方までは嗅ぎつけられないと見るのが妥当だろ」
ジャンギは、きっぱり断言し、ベネセを振り返る。
「怪物が現れるようになったのは最近だと言っていたね。具体的には何日前からなんだ?」
ベネセは指折り数えて「二日……いや、今日で四日前か」と答えた。
アーステイラが結界を解いてピコを誘拐した時期と大体重なる。
怪物の出現は、彼女の魔力と何らかの関係がありそうだ。
だとすると、やはりアーステイラをアーシスへ連れていくのは問題が生じる。
あの怪物をアーシスまで近づけるのは勘弁だ。
「どのみち怪物も放置しておけないんだ。アーステイラと怪物、二つの問題を一挙解決しようじゃないか」
ジャンギの決断には全員が驚かされ、がたんと勢いよくヤフトクゥスが席を立つ。
「言うのは簡単だが、どう退治する気だ?正晃はアーステイラとの戦いで手一杯、我らだけでは手が足りぬ」
二回戦って二回とも大ダメージを与えたのは、原田の攻撃のみと言っていい。
ベネセと神坐の攻撃、それからヤフトクゥスの攻撃も致命傷には程遠い。
複眼が弱点だと言われても、飛び道具でやっと届く範囲だ。追い返すのがせいぜいで、倒すに至らない。
「原田くん達が結界内で戦っている間、周辺に護衛の陣を置こう。何回襲われようと何度だって撃退して、アーシスへ近寄るのは危険だと怪物に判らせるんだ」
現役自由騎士を全員配置すれば、撃退できないこともない。
ナーナンクインの狩人にだって撃退は可能だったのだから。
「お前たち草原の民はアーステイラとピコを連れてアーシスへ帰郷する。これで間違いないな?」とベネセに確認を取られて、ピコを含めた全員が頷く。
ピコは、ふわさっと髪をかきあげて、さわやかに微笑んだ。
「ここに住むのは楽しかったけれど、帰れるっていうなら皆と一緒に帰るよ。だってアーシスは僕が輝くに一番相応しい場所だからね」
「ナーナンクインじゃ駄目だったの?」と水木が尋ねると、ピコはバチーン☆とウィンクで返す。
きっと今のは彼流の照れ隠しだ。
「帰るのはいいとして、二人も増えやがんのか……」
悩む神坐へはベネセの祖母が「必要であればラクダを貸そう」と提案を持ち掛けてきた。
「いいの!?」と驚く一行には、こうも付け足して。
「あぁ。ただ、素人がラクダを駆るのは難しい。だから乗り手も何人か同行させよう」


人数分のラクダを借り受ける約束を族長と取りつけて、この日は集落で一夜明かすことになった。
ベネセは神坐を己の家に泊らせたいようであったが、丁重にお断りして広場にテントを建てさせてもらう。
というのも、彼女が泊らせたがっていたのは神坐ただ一人であったせいだ。
広場に建てたのは簡易テントではなく、集落の民が所持していた大きなテントだ。
これなら全員で寝られる。
ピコはアーステイラと一緒に新築へ帰っていった。
最後に熱い夜を繰り広げるのだとはピコの談であり、彼は原田が思うほどには繊細でもなかった。
「何なんだ、ありゃあ?なんであいつ、神坐だけ超依怙贔屓しているんだ」
首を振り振り悩む小島の横で、水木も口を尖らせる。
「ねー。ベネセちゃんちは広いんだから、全員泊めてくれてもいいのに〜」
「一目惚れじゃないかな」とはジャンギの予想で、「一目惚れぇ?」と声を裏返したのは本人だ。
「絶対天使じゃあるまいし、勘弁してほしいぜ」
そこへ「惚れられるのは嫌なのか?」と突っ込んだ質問をしたのは、ソウルズだ。
「嫌じゃねーけど、出会って間もない相手に好きって言われてもなァ」と返して、神坐は原田を振り返る。
「お前だって、そうだろ?」
こちらに振るってのは、ジョゼとの関係を指しているのだ。
原田がジョゼに告白されたのは、出会って間もない頃だ。確かに、あの頃は面食らった思い出だ。
だがチームを組んで仲良くなってきた今、嫌か否かと問われると、案外嫌ではない。
ベネセと神坐の間にも、仲良くなるだけの時間が必要だ。
ただ、彼女とは仲良くなってほしくないと原田は考えているのだが。
「普段非モテな種族が無理をするんじゃない。モテて嬉しいのであれば素直に喜んでおけ」
ヤフトクゥスに煽られた際には、神坐もビキビキと眉間に青筋を立てて応戦する。
「死神は非モテなんじゃねぇ。いつもは原住民と不干渉を貫いているだけだ」
「いつもは?じゃあ今回は特別なのか」とジャンギに聞き咎められて、素直に頷いた。
「まぁな。ただの絶対天使退治が、世界の未来を変えるまでに発展したんだ。住民と絶対不干渉ってわけにもいかなくてきてな」
「絶対天使退治!?えっ、じゃあ、神坐さんがスクールに来たのって、アーステイラを倒す為だったの?」と驚くジョゼを見て、あぁ、そういや神坐の目的を彼女には一度も話していなかったと原田は気づく。
それもそのはず、アーステイラとの悶着にジョゼは一切関わっていない。
「三人だけで退治する気だったと?フン、我らも舐められたものだな」と見下し視線を送ってくるヤフトクゥスを睨みつけて、神坐が吐き捨てる。
「勝算があったからこそ来たんだ。あんま死神をバカにするんじゃねぇぞ」
「まぁ本来は戦う予定だった絶対天使と死神が今じゃ手に手を取って共同作戦だってんだから、未来ってのは神様にも予想できない代物だよなぁ〜」
剣呑とした雰囲気を和らげたのは、小島の横入りだ。
水木も「二人が手を結んだのは原田くんが輝ける魂だったからだよね。ならアーステイラが退治されなくて済んだのは、原田くんのおかげだね!」と乗っかって、原田を見つめてニッコリ笑う。
「その、輝ける魂なんだけど」とジョゼが割って入り、神坐を見た。
「あなたが知っていたという事は、輝ける魂はファーストエンド以外でも生まれるんですか?」
神坐はパタパタ手を振り、彼女の間違いを正す。
「いや、ファーストエンド限定だ。俺の知識は神の遣いを通しての又聞きでしかねぇが、それによると輝ける魂は賢者ゼトラの転生なんだそうだ。賢者ゼトラはファーストエンド民、だから他の世界に輝ける魂は存在しねぇ」
「だが、正晃にゼトラだった頃の記憶はないのだろう?記憶を引き継がぬのでは転生と呼べまい。魔力の引継ぎだけでは元がゼトラかどうかも判らぬのではないか?」
ヤフトクゥスの疑問に神坐は腕を組んで考え込む。
「……言われてみりゃ、確かにその通りだ。術を使えるのに記憶が引き継がれねぇってのは、長きに渡る転生サイクルの途中で何らかの異常が発生した、のか?」
そんな謎は、ここで額を突き合わせたって答えが出るものではない。
早くも考えるのを放棄した小島は、ふがぁ〜〜っと大きく欠伸をかました。
「あー、眠い!腹減った!風呂入りてぇ!そうだ、サボチンチン、俺も一本貰ってこようかなぁ」
「サボティーンだってば!」と訂正する水木のお腹もググーッと切ない音を鳴らして、彼女を赤面させる。
「謎の究明は全てが終わった後にやるとして、今は飯を用意しないとね」
ジャンギが腰を上げて、テントの外へ出ていくのへはソウルズと神坐もついていく。
「怪物を狩るのか?だったら俺も手を貸すぜ」
神坐の申し出に頷いて、ジャンギは前方を指さした。
「うん。ナーナンクイン民は草食で我慢できても、俺達には無理だからね……この辺だったらウィックルホップスが生息しているはずだ。そいつを狩ろう」
「ウィックル……?そいつが食べられる怪物か?」との追加質問にはソウルズが「大抵の怪物は食べられる」と答えて一旦テントに戻ったかと思うと、すぐに剣と盾を手に出てきた。
「ウィックルホップスは耳が長くて小柄な怪物だ、見つけたら合図してくれるだけで構わない。あとはソウルズが倒してくれるよ」
ジャンギの指示を、神坐は「や、俺にも戦わせろよ。何匹だろうと相手じゃねーぜ」と自信満々跳ね返す。
名前すら知らない怪物と戦おうってのに、一体どこから湧いてくる自信なのか。
ジャンギは苦笑しつつ、血気盛んな死神を宥めに回る。
「こちらに突進してくるから、盾で受け流してカウンター気味に斬りつけるのが一番楽な戦い方なんだ」
大抵は草むらに隠れているから、長い耳を見つけたら石を投げてくれと頼まれて、神坐は渋々頷いた。
盾なんかなくたって、大鎌で先制すれば大抵の生物は一撃即死だ。
だが、まぁ、ジャンギは気を遣って言ったんだろうし、あまり無下にするのも今後の関係に悪影響が出よう。
言われた通り、長い耳を片っ端から見つけ出して石をポイポイすること約二十分間。
ソウルズの傍らに怪物の屍が、こんもり二つほど小山を作った辺りで狩りは終了となった。
飛びかかってくるウサギみたいな生き物を盾で防いで剣で斬る。
ずっと、その繰り返し作業だった。
ソウルズも、なかなかに忍耐強い。さすがは元自由騎士と言うべきか。
これが小島であれば、ものの五分と経たずに飽きていたかもしれない。
「皮ごと丸焼きにするんだ。美味しいぞ」とジャンギは微笑み、屍の山はソウルズが全部担ぎ上げた。
テントに戻った途端、子供たちが一斉に「ご飯ですか!?」と掴みかかってくる。
どいつもグーグー腹の虫を鳴らして、我慢の限界値を越えた表情を浮かべていた。
非常食に手を出さず、かといってナーナンクイン民にサボティーンをねだりにも行かず、大人しく待っていてくれたようだ。
テントの外で枯草を積み上げたジャンギは、ヤフトクゥスに命じる。
「さぁ、火を起こしてもらえるかい。俺達は狩りで疲れたし、原田くん達は空腹の限界だ」
狩りにつきあいもしなかった絶対天使は「いいだろう」と横柄に頷くと、枯草に炎の呪文を放った。
22/02/23 UP

Back←◆→Next
▲Top