絶対天使と死神の話

英雄編 05.異常事態発生中


太い胴体と長い腕、頭には無数の複眼。
砂埃と共に飛び出してきた怪物は、南東でも遭遇したやつと同じ種であった。
またしても、飛び出す直前まで気配や魔力を感知できなかった。
「またこいつかよ!」と怒鳴る神坐へ「こいつの弱点は複眼だ、全員下がって頭を射抜け!」と少女が叫び返す。
射抜けと言われても弓矢を持っているのは少女だけで、あんな高い場所では鞭も剣も届かない。
「うおぉぉーりゃぁぁぁー!」
少女の助言を聞いていなかったのか、小島が大剣で斬りかかる。
ガキンと鈍い音がして、「あでぇ!?」と弾かれた小島の首根っこを掴んで、ソウルズが後方に引きずり倒した。
「胴体は剣が通らん、前の一戦で学習しなかったのか!」
「そうだ、胴体は矢をも弾く……上を狙うしかないんだ!」と、少女も声を揃えて上空を仰ぐ。
「上ね、判ったわ!」
後退して怪物との距離を取ったジョゼが詠唱に入り、飛び交う岩の類はソウルズが盾で受け止める。
同じく距離を取った少女が弓に矢をつがえるのを横目に、水木と一緒に後退した原田は怪物を睨みつけた。
せっかく古代の遺物を借り受けても、弱点を狙えないんじゃ戦いたくても戦えない。
悔しさが表に漏れていたか、ジャンギには小声で慰められた。
「原田くん、ここは戦える人々に任せておこう。君の出番は、ここじゃない」
魔法なら、相手がどれだけ大きかろうと高位置だろうと確実に当てられる。
ただ問題は、あの怪物に魔法が効くのか否かだ。
ヤフトクゥスが光線を撃ち込んだ時は、全く効いているように見えなかった。
頭を狙って撃ち込んでいたのだから、当然何発かは複眼にも命中していたはずなのに。
それとも、あの時は一人でやっていたから駄目だったのか?
大勢で一斉に狙えば倒せるのだろうか。
ジョゼを振り返り、ヤフトクゥスにも目線をやった原田は、焦る頭で必死に考える。
輝ける魂が呪文知らずで魔法を唱えられるんだったら、彼らの魔法を真似できないものか。
ただ黙って見ているだけなんて、嫌だ。俺にだって出来ることがあるはずだ。
原田は脳裏にジョゼの魔法を思い浮かべる。

炎。
赤い炎が、ごぉごぉと燃え盛る。
炎は大きく広がり、プチプチ草を二匹まとめて包み込んで、さらに大きく形を変える。

原田が目を瞑って想像している間にも、少女は目にも止まらぬ速さで矢を放っており、そのスピードたるや合同会で見たリンナに勝るとも劣らない。
「すげぇ!お前も合同会に出りゃ〜よかったのに」と褒める小島は「合同会?なんだ、それ!いや、無駄話している暇があるなら私の盾になれ!」と少女に怒られて、慌てて彼女の前に陣取った。
飛び交う岩や木の根っこを防ぎつつ、小島の雑談は止むことを知らない。
「合同会を知らないってこたぁ、スクール通ってねーのかよ!?入学しろよ、面白いぞ」
「お前が何を言っているのか全然判らん!今は戦闘に集中しろッ」
少女も少女で小島の戯言なんか無視すりゃいいのに、逐一相手にしてあげているってんだから、お人好しだ。
しかも話していながら狙い狂わず、矢は全部複眼に当たっている。
相当の手練れだ。こんな腕前の子がスクールに通っていないとは。
――いや、彼女は話の前後を考えるに、ナーナンクインの民だ。民だった、と言うべきかもしれないが。
あの口ぶりからすると、町は壊滅して久しいのではないか。
そして今は草原の何処かで集落を作って生活している?
にしては、現役自由騎士の報告で全然あがってこないのをジャンギは不思議に思った。
この怪物にしたって、そうだ。
少女は攻略法をご存じのようだが、アーシスで話題に出たことは一度もない。
アーシスから、そう遠くもない場所に出没する怪物を、現役自由騎士が誰も目撃していないのは不自然だ。
一体いつから砂漠の民は草原に移住していた?
怪物にしても、誰彼構わず襲っているわけではない――?
深く考え込んでいたジャンギは、急激に高まった魔力の波動に気づいて振り返る。
背後には「いくわよ、メルトン!」と叫んで炎の呪文を放ったジョゼがいたが、彼女ではない。
高魔力の発信源は、水木を庇う位置に立っていた原田だ。
瞼を閉じたまま、片手を前方へ突き出す。
広げた掌には赤い塊が生み出され、一気に怪物目掛けて飛ばされた!
「えっ!?」と驚くジョゼやジャンギが見守る中、赤い光は一直線に怪物の頭上へぶち当たり、やつに『ゴゲガガガッ!!』と鳴き声を吐き出させる。
「いいぞ、原田!俺も加勢すんぜっ」
続けて高く垂直ジャンプした神坐が怪物の頭に飛び乗った上で大鎌を一閃した。
ぱぁっと真っ赤な大輪が飛び散ったのは、複眼を幾つかまとめて掻っ切ったのだと思われる。
『ゲギョグルルアアァァァーッ!』
怪物が苦し紛れに腕を振り回してくるのを難なく避けると、神坐は少女の横へ着地した。
初回では不意討ちを食らって動けなくなった彼だが、襲撃二回目ともなると動きにキレがある。
「す……すごいな、あの高さまで飛べるのか。お前、一体……?」
唖然となる少女に「今は戦闘に集中しろって。あとで教えてやるよ」と笑顔でウィンクするほどの余裕だ。
少女はポッと頬を赤らめる。
「あ、あぁ」と再び矢を番えて狙う前に、決着はついた。
『グロロロロ……』と低く唸っていた怪物が、突如地面に引っ込んだかと思うと全速力で逃げてゆく。
もりもり地下を掘り進みながら逃げていく背中を見送って、全員がホッと安堵の溜息を漏らしたのであった。


「さて……」
改めて一行は少女と向かい合う。
「君は砂漠地帯から草原へ移住してきた元ナーナンクインの住民だと思って間違いないかい?」
ジャンギの問いに少女は頷き、ベネセと名乗る。
「ナーナンクインは疫病で滅びた。約十年前に。難を逃れた者は草原へ逃れて集落を作り、そこで暮らしている」
ちらと遠方へ目をやり、小さく呟く。
「ここ数日なのだ。あのような怪物が出没するようになったのは」
「えっ!?じゃあ、前は居なかったのかよ」と驚く小島の隣で原田も質問する。
「お前の集落付近にも、さっきの怪物は出現するのか?」
「そうだ」と頷き、ベネセは話を続けた。
気配を感じさせない怪物は集落の外に出た人間の、それも女子供を集中的に狙ってくる。
男衆だけで討伐に出ると、まず遭遇できない。
女子供を囮にする案も出たが、これに強く反対したのがベネセだった。
奴を狩るのは、女であり子供でもある自分が適任だ。
彼女は怪物討伐を宣言して、集落を後にした。
「いざとなったら一人で戦う覚悟もあった。だが、まさか草原で出会った人間が狩人ではなかったとはな」
原田たちが手に持つ武器を一瞥して、彼女は溜息をつく。
やはり、こちらを最初は仲間だと認識していたのだ。
だから弓矢を構えろと指示してきたのか。
「砂漠の民は戦える者がいないと昔、聞いた覚えがあるんだが、時代は変わったんだね」
「誰から?」と聞き返すベネセへジャンギは微笑み、「砂漠で出会ったナーナンクインの民にだよ」と答える。
それだけで伝わったのか、少女は、あぁ……と小さく感嘆を漏らしてジャンギを見上げた。
「もしや、あなたがジャンギ=アスカスか?アービィとナックルを砂漠で助けたという放浪の剣士」
「剣士ではないけれど、そうだよ。その二人の名前は知っている」と答える彼へ深々と頭を下げてベネセは感謝の意を告げる。
「ありがとう。あなたが二人を助けてくれたおかげで薬は無事に持ち帰られた」
「でも、さっきナーナンクインは疫病で滅びたって」と言いかける水木を遮り、ベネセは鋭い眼光で言い放つ。
「薬は持ち帰れた。しかし、蔓延は食い止められなかった。遅かったのだ、戻ってくるのが」
アービィは父親が疫病に感染したが為、ナックルと共に旅へ出ざるを得なくなった。
二人は旅の途中でジャンギと出会って戦い方を教えてもらい、前途多難な道のりを乗り越えて薬を入手する。
しかし薬を持ち帰った二人を待ち受けていたのは、疫病が全域まで広まったナーナンクインの惨状であった。
もはや試薬品程度で、どうにかなる人数ではなく、病にかかっていない面々は町を捨てて草原へと旅立った。
「ここからだと、ラクダで二日駆け抜ければ辿り着く距離に我らの集落がある」
砂漠からは遠く離れてしまったけれど、いざ住んでみれば草原も悪くない。
一帯を覆う草は味付けすれば美味しく食べられたし、砂漠と比べて生息怪物が格段に弱い。
男衆は草刈りに勤しみ、片手間に襲ってくる怪物を片付けた。
「ただ、怪物を美味しく調理する方法が見つからなくてな。もし知っていたら教えてほしい」
ベネセに請われて、水木は満面の笑顔で受け止めた。
「うん、いっぱい教えてあげる!あのね、怪物ごとに調理の方法が違うんだよ」
その辺の雑草を味付けして食べるとは、なかなかにハングリーな生き様だ。
草原の民たるアーシスの住民でも思いつかなかった食事に原田は驚き、ベネセに興味を持った。
「集落の名前は何というんだ?」
興味津々な彼の問いに「ナーナンクインだ」と答えて、ベネセは原田ではなく神坐へ問い返す。
「……その。集落について尋ねるということは、我らの集落に興味がある、のか?」
「ん?まぁ、そうだな」と神坐はジャンギへ素早く目配せして、ジャンギも僅かに顎を引く。
人の集まる場所にアーステイラが向かったと推測するなら、新生ナーナンクインも調べておかねばなるまい。
「けど、余所者は駄目ってんなら諦める」と言いかける神坐の両手を、がっちり己の両手でベネセが包み込む。
些か情熱がかった瞳を熱く潤ませて、彼女が言うには。
「是非!とも!案内させてくれ!それと……あなたの名前も教えてほしい!!」
「あー、そうだな。名乗るついでに俺以外の名前も教えとくか」
両手を熱く握られたまま、神坐は目線で仲間を紹介する。
「俺は神坐で、こっちが原田。そこのちっこいのは水木で隣のでっかい奴は小島。長い髪の子はジョゼリアだ。んで、ジャンギの隣で仏頂面してんのがソウルズ、原田の背後で鼻息荒くしてんのがヤフトクゥスだ」
「あー!静かだと思ったら、いつの間に原田くんの後ろに回ったの!?」
背後を振り返ってキャンキャン騒ぐ水木など、ベネセは見てもいない。
視線は神坐に一点集中、距離の近さに原田はムッとなった。
無論、近いのはベネセだけにあらず、背後の変態天使もだが。
さりげなさを装うつもりで、しかし露骨に神坐の腕を掴んで自分の元へ引き寄せると、原田は号令をかけた。
「ナーナンクインまでの距離が近くなったんなら好都合です。急いで行きましょう」
「お、おう。そりゃいいんだが、さっきの怪物対策も考えとかないと、これから何度も奇襲されちまうぞ?」
神坐に突っ込まれる原田を見て、ベネセが意地悪な笑みを口元に浮かべたのも一瞬で。
ぐいっと反対側から神坐の腕を引っ張って、彼に「うぉっとぉ!?」と、たたらを踏ませた。
「神坐、怪物が出現する前には必ず予兆がある。地面を伝う振動だ」
「な、なるほど?」と頷く横から原田にグイグイ引っ張られて、またも神坐はバランスを崩す。
「ちょ、まて、お前ら、さっきから何で俺を引っ張りまくってんだ!?」
ベネセと原田は今やライバル心を隠そうともせず睨みあい、間に挟まれた神坐は、たまったもんじゃない。
えいっと勢いよく双方を振り払うと、仕切り直しにジャンギへ話を振った。
「さっきの奴に女子供が狙われるってんじゃ、俺達は格好の餌食だ。新生ナーナンクインまでの距離、お前なら、どうやって切り抜ける?」
「ラクダで二日かかるんだったか……」と呟き、ジャンギはしばし考える。
場所が判明しているのなら、少しでも早く辿り着きたい。
ベネセの乗るラクダに神坐か水木を同伴させてもらって、ヤフトクゥスが誰か一人を抱えて飛ぶとして、残りの面々は、どうやって移動すべきか。
悩むジャンギに神坐が、ひそっと自己アピールをかましてくる。
「俺も一応、空を飛べるんだぜ。まぁ、空を飛ばなくてもラクダと同じスピードで走りゃいいんだけどさ」
「本当か?いや、でも君に誰かを抱えさせるのは申し訳ないな」と、明らかに貧弱なチビだと言わんばかりな反応をジャンギに見せられて、多少気を悪くしながら神坐は言い返す。
「言っとくけど、俺ァ人間よりも腕力あっからな。二人ぐらいまでなら背中にオンブして前にダッコで走れる余裕があるんだ」
神坐に任せたとしても、まだ人数が余る。
二人が何に頭を悩ませているのかが伝わったのか、ベネセも申し出た。
「このラクダは三人まで乗れる」
「えっ、三人も乗れるのか!よっしゃー乗ったァ!」
勢いよく小島がラクダに飛び乗って、ラクダを驚かせる。
「えーっ、いいなぁ、私も乗ってみたい!」と騒ぐ水木を制したのはソウルズだ。
「抱きかかえるのは神坐とヤフトクゥスだろう。なら、背丈の小さい者を優先して抱えるべきだ」
「ひどーい、遠回しにチビッコって言った―!」と怒る水木は、神坐が「遠回しっつーか直球だったぞ、今のは」と慰めになっていない言葉をかけて、背にオンブする。
「ジョゼリアと原田は羽虫男の担当か?」と尋ねるベネセに「誰が羽虫男だ!」とキレるヤフトクゥス。
周りの騒音を一切気にせず、神坐は原田へ手を差し出した。
「ほら。掴まれよ、ダッコしてやっから」
途端にボッと赤くなる原田を目に入れて、「待てェイ!正晃は俺が抱えるに決まっておろう」とキレ散らかす絶対天使には、すかさず神坐の追い打ちが決まる。
「ヤフトクゥスは俺より、でっかいんだ。だったら大人二人を抱えるのぐらい、造作もないよな?頼んだぜ、ソウルズとジャンギの運送を」
細い原田と、ちっこい水木でセットなら、ジャンギが神坐に余計な心配をせず済む。
要は、そういうことだ。
原田は妙に意識してしまった自分を恥じ、それでも神坐に抱えられた瞬間にはドキドキ胸を高鳴らせる。
ラクダは小島がコブの上、ジョゼがコブの後ろへ跨って、ベネセがコブの前に座って手綱を握った。
「――では行くぞ、集落へ!」
ベネセの号令の元、ラクダが地を蹴るのに併せて神坐も走り出し、ヤフトクゥスは、ふわりと空へ舞い上がった。
22/02/07 UP

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