絶対天使と死神の話

英雄編 04.草原の狩人


翌日も午前五時に町を発ち、ジャンギの感知を頼りに北を目指す。
どのくらい距離があるのか?と小島が問えば、ジャンギは砂漠地帯へ辿り着くまでに三年かかったと答えた。
「げぇー、そんな遠いのかよ!砂漠地帯って」
早くも小島は悲鳴をあげて、傍らでは水木がヤフトクゥスを見上げる。
「やっぱり変態天使に空を飛んで見てきてもらったほうが早くない?」
ヤフトクゥスだけが飛んで来たら、アーステイラも警戒して余計逃げてしまいかねない。
それに彼一人ではアーステイラを見つけ出せなかったのを忘れてはいけない。
「ジャンギ、貴様が過去に探索したのは徒歩での話だろう?他の足を見つければ距離も時間も短縮できよう」
ヤフトクゥスに促されて、原住民が全員「足?」と首を傾げる中、神坐が「なら、今から戻って荷車でも借りてくるか?」と聞き返す。
絶対天使は首を真横に「違う、荷車では徒歩と大差あるまい。俺のいう足とは瞬間移動の魔法ないし乗りこなせる怪物だ。ないのか?そういったものは」と否定した。
「あー……」
神坐は原住民の顔を一通り見渡した後、言葉に詰まって答えを失う。
瞬間移動できる魔法があるか否かと問われたら、今のファーストエンドには存在しないと思われる。
あったら当然、自由騎士がバンバン使っていよう。
ライドできる怪物にしても然り、馬や牛に似た生物は町で見かけたが、あれは恐らく全部食用だ。
怪物を乗り物とする発想自体、ないのではなかろうか。ジャンギが徒歩で探索していた点からも。
「乗りこなすって、怪物を?お前バカだろ」
馬鹿の代表格みたいな小島に嘲笑われては、ヤフトクゥスも気分を害して言い返す。
「馬鹿は貴様らだ。怪物は貴様らよりも逞しい。上に乗れば体力も温存できる、いいことずくめではないか」
「怪物に乗るって、どうやって?戦って弱らせてから?いや、でも、そんな真似をするんだったら自分で歩いたほうが体力温存になるよなぁ」
ジャンギが難色を示し、ソウルズに相槌を求める。
ソウルズも眉間に皺を寄せて、重々しく頷いた。
「大人しく背に乗らせてくれる怪物がいればよいのだが」
自由騎士だった二人が眉をひそめて言うからには、大きな怪物は漏れなく荒々しい気性ばかりなのだ。
やはり面倒でも歩いていくしかない。徒歩で移動して三年かかる道のりを。
三年かかるとあっちゃ小島や水木が嫌がるのも道理、どうにか距離を短縮する方法はないものか。
考え込む神坐の脳裏に、ふっと光が差し込んだ。
「そうだ、輝ける魂なら!」
「え?」と呆ける面々に重ねて思いつきを披露する。
「輝ける魂は全ての魔法を使えるはずだ。賢者ゼトラのルーツを引き継いでいる以上」
皆の視線が原田へ一点集中、一番慌てたのは当人である。
「ま、待ってください、神坐さん!魔法と言われても、俺には全然……ッ」
昨夜も思ったのだが、呪文の一文字さえ脳裏に浮かんでこないのに魔法を使えと言われても無理だ。
それに、もし失敗してしまったら?
どんなデメリットが起きるかも判らないものを使うのは危険じゃないか。
戸惑う原田の双肩にグワッと両手で掴みかかり、神坐が諭してくる。
瞳は爛々と輝き、持論に相当な自信が伺えた。
「大丈夫だ!そんだけ魔力が高くなりゃあ絶対失敗しねぇし、呪文だと考えっから難しくなるんだ。いいか、瞬間移動ってのは本来覚えている場所へ一瞬で飛ぶ魔法なんだが、距離短縮として使えない事もねぇ。お前は最初の探索で五万Y歩いた。なら、体感で覚えてんだろ?大体の長さを」
「え、あ、はい?南東に向かった時の、ですか?」
混乱する原田へ神坐は力強く頷き、真っ向から瞳を覗き込む。
「そうだ。あの長さを一気に飛び越える想像を脳内に浮かべろ。そうすりゃ勝手に呪文が発動して、一瞬で長距離移動できるはずだ」
唇が触れあいそうなほど近すぎる距離に、原田の頬は熱くなってきた。
駄目だ、今は邪な下心でドキドキしている場合じゃないというのに。
「待って、それだと原田くんだけ飛んでしまうんじゃないの?」とジョゼが横入りしてくるのへも、振り返った神坐は笑顔で答えた。
「その通り、だから全員原田の服なり腕なりを掴んでおけば一緒に飛べるって寸法だ」
「いや、しかし、それは危険じゃないか!?」とジャンギも割って入る。
「飛んだ先に怪物がいても回避できないぞ」
神坐は原田に掴みかかっていた手を離してジャンギの肩に置いた。
「そこで、お前の出番なんだよジャンギ。お前が前もって怪物の気配を感知した上で、安全な場所まで瞬間移動するんだ」
「俺の感知範囲は、そこまで遠距離じゃないぞ?」
なおもジャンギは抵抗してきたが、神坐が持論を押し通す。
「ちょこちょこ飛ぶだけでも距離短縮になんだろ?三年歩き通すよかぁ」
小島にコソッと「怪物に乗る案と距離短縮案。お前なら、どっちがいいと思う?」と耳打ちされて、原田は両者を秤にかけてみる。
ジャンギのいう危険さえ回避できるなら、距離短縮案は悪くない。
問題は、思い浮かべただけで発動してしまう点。
うっかりアーシスを脳裏に浮かべようもんなら、スタート地点に戻りかねない。
怪物に乗っかるのは危険だ。怪物に負けたら人生まで終わってしまう。
だが、うまく乗りこなせば歩くよりもラクチンだろう。
どちらも一長一短、ぶっつけ本番で試さなければいけないのが一番の難関だ。
「こうして話している間にも太陽は昇ってしまう。アーステイラを一刻も早く見つけたいんだったら、さっさと移動しよう」
神坐の手を振り払い、ジャンギが踵を返して相談を終わりにさせる。
神坐は肩をすくめて、小さく嘆息した。
「……判ったよ。満場一致じゃなきゃ原田もやりにくいだろうしな」


初日と同じ方法で、ジャンギの感知で危険回避した方角へ歩いていく。
北も無限の草原が広がっており、現役時代のジャンギは、よく途中で心が折れなかったものだ。
ジャンギだけじゃない。
現役自由騎士は、全員この草原地帯を通過して森だの砂漠だのを目指して歩き回っている。
いずれ自分も現役になる予定だったとはいえ、全く変わらぬ景色に原田は小さく溜息をつく。
外に出てみたい。外の世界を歩き回りたい。
平凡に生きたい原田にも、一応そんな夢はあった。
だが、どうだろう。実際に歩き回ってみた外は緑の絨毯が広がるだけの単調な世界であった。
いや、もちろん単調に感じるのは怪物と遭遇しないからで、遭遇しないようジャンギが気を遣っているというのも判った上で言っているのだが。
「どうした、疲れたのか?疲れたのであれば俺がダッコしてあげてもよいのだぞ」
怪物は出現せずとも、始終馴れ馴れしくヤフトクゥスが身体を触ってくるので気を抜けない。
「オイ、原田にベタベタしていいのは俺と水木だけの特権って言っただろ!?」
怪しい動きに気づいた小島が怒号を張り上げて、ソウルズに「やかましい!怪物を呼び寄せる真似は慎め」と怒られるまでが一連のパターンだ。
ジャンギは騒がしい面々に苛ついたりせず、無言で歩いていく。
この鋼の精神があったからこそ、砂漠地帯まで行きつけたのだ。
改めて彼を尊敬すると同時に、本当に自分は自由騎士になれるのだろうかといった不安も原田の心に押し寄せる。
アーステイラを追いかけるだけだというのに、もう探索に飽き始めているような自分が。
ちらりと空を見上げるが、太陽は昇ってこない。まだまだ歩かなければいけない。
知らずテントで休みたがっている自分に自分で気づいて、原田は愕然となった。
まだ全然疲れていないのに、俺は何を考えているんだ。ジャンギに申し訳ない。
「――ん?」とジャンギが声を出したのは、原田が脳内で懺悔を唱えた直後であった。
「どうした、ジャンギ。アーステイラを見つけたのか」と尋ねてくるソウルズへは首を振り、「……いや、人の気配だ」と答えた。
この辺りを探索中の現役自由騎士だろうか。
「どんどん近づいてくる」と呟いて、足を止めたジャンギは小島に命じた。
「草原にいるからにはアーシスの人間だと思うが、念のため、全員武器を携帯しといてくれ」
「えっ!?」となったのは小島のみにあらず、水木やジョゼ、原田もだ。
驚く子供たちに補足したのはソウルズで、「自由騎士だからといって皆が皆、理念で動いているわけではない。他人の収穫物を横取りする外道も存在する」と険しい視線を気配の方角へ向けて吐き捨てた。
「えぇ〜ごろつきが出るのなんざ、町ン中だけにしといてほしいぜ」
小島は口を尖らせて、それでもジャンギに言われた通りジョゼに杖を、原田には鞭を手渡す。
盾と片手剣をソウルズに渡して大剣を取り出した頃には、目視でも人影が見えてきた。
地平線に目を凝らして、原田もン?となる。
人の影にしては形がおかしい。
気のせいか、足が四本あるような……
「何だ、あれは!怪物なのか!?」とソウルズが叫んだので、見間違いではないと原田は確信する。
尤も、確信したのは相手が到着した後だった。

一行の前に現れたのは、四つ足の生物に跨った人間であった。
四つ足の生物は馬とも牛とも言い難い、怪物改良の家畜とは一線を画した謎の生物としか言いようのない姿で、背中がボコボコと二つの山で盛り上がっている。
盛り上がった二つの隙間に跨っている人物も、見覚えのない相手だ。
えらく幼い顔つきで、もしや原田よりも年下なのではあるまいか。
矢筒を背負い、茶色がかった髪の毛を一房に縛っている。
一人で探索していたにしては軽装備だ。やはり強盗の類なのだろうか?

「なんだ、ライド可能な怪物は居るのではないか」
ポツリと呟いたヤフトクゥスへ真っ先に反応したのは、今し方到着したばかりの人物で。
「怪物?違う、これはラクダだ」
聞き覚えのない生物名に、原田たちは揃って「ラクダ!?」と驚いた。
「そうだ、ラクダだ。まさか、その歳で見たことがないと言うつもりか」
更なる衝撃発言に驚きすぎて、子供たちは言葉が出ない。
彼らの反応に眉をひそめていた少女も、やがて会話の食い違いに気づいたようだ。
「……んん?もしやラクダ自体を、知らない……のか?むぅ、これだから怠惰を貪る若者層は」
腕を組んで考え込む少女を見上げて、ジャンギが問う。
「ナーナンクインからラクダで砂漠を抜けて、草原まで来たのかい?たった一人で?」
皆と違って彼だけはラクダに見覚えがあった。
現役だった頃、砂漠で出会った二人組が連れていた生き物だ。
ただしジャンギが見つけた時点でラクダは地に横たわり死にかけていたから、乗れるとは知らなかった。
二人は、あれを食べようとしていた。
だから、てっきり家畜だとばかり思っていたのだが。
ジャンギの問いにも首を振り、少女は言う。
「いや。ナーナンクインを出たのは昔の話だ。今は草原へ居住を移した。お前ぐらいの歳なら、知っていてもおかしくないはずだが……もう歴史を忘れてしまったのか」
「草原?だったら、君はアーシスの子なの?」との水木にも、やはり首を振って否定する。
「アーシス?違う。私の今の住処は」と言いかけて、ハッとなった彼女はラクダから飛び降りた。
何だと問う暇もない。
土煙を巻き上げて、巨大な何かが勢いよく飛び出てきたとあっては――!
22/02/02 UP

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