絶対天使と死神の話

英雄編 02.恋人がいたって本当ですか!?


この日はジャンギの家に全員で泊まる運びとなった。
家主以外は全員がリビングで雑魚寝すると決まり、納戸から出した布団がリビングに積み重ねられる。
布団を出した後、風呂を掃除するといってソウルズはリビングを出ていき、ジャンギは食事の支度を始める。
いそいそとリビングに布団を敷きながら、水木がジョゼに他愛のない雑談を振ってきた。
「そういえば、テントですぐ寝ちゃったから言い出せなかったんだけど」
「何?」
「……おトイレって、どうすればよかったのかな?」
原田や小島といった男子もいる場所で振る話題ではない。
ジョゼが返事に窮していると、聞いていないと思っていた小島が話題に加わってきた。
「やっぱ野グソじゃねーか?」
「やっぱり、そうなのかなぁ」と納得しかかる水木へジョゼが待ったをかける。
「そ、そうとは限らないんじゃないかしら!お風呂の代用品があるなら、トイレの代用品だってあるはずよ!?」
「けど、あるならあるで教えてくれそうなもんじゃね?」と、小島。
水木も深く頷いた。
「食事と寝る方法は教えてくれたのに、なんでトイレだけ省いたのかって考えたら、やっぱり野――」
「簡易トイレの話かい?」と、水木の言葉途中で混ざってきたのは他ならぬジャンギだ。
ダイニングテーブルに、今し方作ったばかりの料理を並べている。
「あっ、あるんですね、トイレの代用品」
ホッと安堵の溜息を漏らすジョゼに微笑み、ジャンギが答えた。
「用足しの最中は危険だから、簡易トイレが作られたんだ。箱に跨る形で用を足すんだが、四方向を囲む小結界が張られて中の様子は見えなくなる。怪物に見つからないようにね」
用を足した後は箱を地面に埋める。
そうすることで匂いごと始末できるのだと言われた。
「……なんて、食事前にする話じゃなかったかな」と苦笑するジャンギを余所に、小島と水木は盛り上がる。
「すげーな!完全に見えなくなるんだったら、他の事にも使えそうじゃん」
「他の事って?」
「箱に跨ったまま原田の後ろに回って驚かすとか!」
姿を消せるからといって、悪事方面の用途を考えないのが小島の良いところだ。
「姿は消えるけど、音は外にも聞こえるよ」とジャンギは笑い、皆を促した。
「布団を敷き終えたら飯にしよう。風呂も入れておくから、明日に備えて、じっくり体を休めるように」
ソウルズを呼んでくると言い残してリビングを出ていったジャンギを目で見送りつつ、小島は先ほどの話で盛り上がる。
「ジャンギは現役時代、何日もかけて探索しまくったんだろ?じゃあ、この広い大地にはジャンギのウンコが詰まった箱が、あちこちに埋まっているんだな!?」
「や、さすがに地に還ってんだろ」と突っ込んだのは神坐だ。
「それよか今の雑談のおかげで、雨が降らないのに草原地帯が枯れない理由も判ったような気がするぜ。この辺の土は養分に溢れているってわけか」
「雨?」と首を傾げる原田には、続けて付け足した。
「あぁ、空から水が降ってくるのを雨って呼ぶんだよ。今のファーストエンドじゃ降らないようだが」
「今のってことは、昔は降っていたのね……どうして降らなくなってしまったのかしら」
腕を組んで考え込むジョゼにも、神坐は考えつく限りの予想で答えてみる。
「海が干上がったのと関係するんじゃねぇか。水場が異常に少なくなったせいで、水蒸気の発生が少なくなってんのかもしんねぇ。けど、その割に雲は浮かんでいるんだよな……なら、ここでは降らないだけで他の地域じゃ降ってんのか?それならそれで、海も復活しそうなもんだけど」
神坐の言うことは半分以上が現地人の理解を越えており、それでも原田は聞き漏らすまいと耳を傾ける。
これまで彼とかわしてきた雑談は、ほとんどがファーストエンドに関する質問ばかりだった。
ファーストエンドではない別の何処かと思わしき話を聞けるのは、実に興味深い。
「海って風の兄弟だろ?」と小島が言うのには「そっちの海じゃねぇ」と神坐が断り、両手を広げる。
「湖のでっかい版だ。昔は至る場所にあったんだが、今は全部蒸発しちまった。聖戦の影響で」
「そっかぁ……水場が全部干上がっちゃうなんて怖いんだね、聖戦って」
ぽつりと水木が呟き、場が静まり返ったのも一瞬で。
ソウルズを連れてジャンギが戻ってくる頃には、小島がふった別の話題で盛り上がっていた。
「なぁ、神坐は何でファーストエンドの歴史に詳しいんだ?学者だったのか?神様にも職業ってあんのか?」
「あー、一応この任務に就く前、前知識を教わってっからよ。俺の知識は、あくまでも神の遣い経由での受け売りであって、俺自身が調べたわけじゃねぇ」と答える神坐へ本題を切り出す。
「んじゃあメイカイってのは、どこにあるんだ?ファーストエンドとは全然違うのか?それとも、ファーストエンドのどこかにある街なのか!?」
ぐいぐい迫りくる小島の鼻息に押されるようにして、神坐は視線を外しながら、ぼそっと答える。
「あーいや、異世界って言って判るか?ファーストエンドの外にある世界なんだが、冥界は」
「異世界なら子供の御伽噺にも出てくるよ」と答えたのは、ジャンギだ。
「古の時代には、その異なる世界から天使や妖精がファーストエンドの地に降り立ったのだと古代文献に書かれている。過去には異世界へ移動できる魔法もあったらしい」
「えぇー!すごーい、じゃあ、その魔法を使えばメイカイにも行けるんだ!?」
瞳をキラキラさせた水木に勢い込んで尋ねられ、ジャンギは強く頷いた。
「呪文書が見つかれば、ね。ただ、一部の異世界は人間に適さない大気もあったそうだ」
神坐も納得したように頷き、ジャンギを見上げる。
「それで、お前らは俺が死神だと名乗った時、あっさり受け入れたのか」
「あっさりではない。あの時点では半信半疑だったのだ」と断ったのはソウルズで、ジャンギを一瞥したのちに神坐へ向き直る。
「お前や陸といったか、お前の仲間は原田が覚醒する前から輝ける魂だと確信していた。古代文献にない以上の知識も携えていた。神だという名乗りも情報自体も嘘ではないかと常に疑っていたのだが、実際に原田は輝ける魂として覚醒した。こうなってしまっては信じる他あるまい」
「ほぅ、貴様らが死神を疑っていたとは意外だな。俺という生ける超常現象を目の当たりにしていながら、まだ信じきれていなかったとは疑りぶかいことだ」と茶化してきたのは、ヤフトクゥスだ。
偉そうに腕組みなどして立っているが、ずっとリビングにいたくせに布団を敷くのを全く手伝わなかった。
「言っただろ、俺達は擬態を見破れない。君の事は人間だと思っていたし、空飛ぶ現場を俺は見ていなかったし」
そう言いながらジャンギが椅子に腰かけたのを見て、子供たちも思い思いの場所、空いた椅子やソファ、布団の上に腰を下ろす。
「アーステイラは出会った最初から飛んでいたんだ。なんで、ちっとも不思議だと思わなかったんだろう」
ポツリと呟いて、原田は卵焼きを口に運ぶ。
「え?そうだったの?」と驚く水木や小島へも頷き、はじめましての状況を脳裏に思い浮かべる。
何故飛んでいるのかを疑問にも思わなかったのは知らない顔であったのと、ふわふわ低空飛行しながらつきまとわれて鬱陶しいといった苛立ちが勝ったせいではないか。
彼女は背中に小さな羽根が生えていて、あれで飛んでいるんだと合点したのを覚えている。
改めて考えてみりゃあ、あんな小さな羽根で飛べるわけがないのに。
部屋の片づけにしても、疑いもせず魔法だと納得してしまった。
神坐を神様だと信じたのは、彼が夢の中で悩み相談なんてのをやってのけたからだ。
だが、思い返せばアーステイラも似たような真似をやっている。
原田の心を読んで、想い人の名を言い当てた。
絶対天使だと名乗られていたにも拘わらず、異種族の可能性を一度も考えなかったのは何故なんだ。
自分でも当時の自分が理解できず、原田のスプーンは止まってしまう。
「お前、アイツのこと嫌ってたもんなぁ。あんま考えたくなかったんじゃねーの?」
軽い調子で小島は慰め、口の中いっぱいに焼肉を頬張って、くっちゃくっちゃ噛みしめる。
「嫌いだったのかい?いや、だって彼女とはクラスが違ったんじゃ」と一旦は驚いたものの、しかし項垂れて言葉の出ない原田を庇うようにジャンギは言い直した。
「……まぁ、クラスが違っても出会い方次第で好きにも嫌いにもなるか」
「そうだ」
気づけばソウルズが、こちらをじぃっと見つめている。
「クラスが違ってもレナと恋仲になった、お前のようにな」

ぽろり、とジャンギの指からスプーンが滑り落ち。
リビング全体の時が止まった。

えええぇぇーーーーーーーっ!?ちょ、ちょっと、その話詳しく!!?」
思わず小島が前のめりに乗り出す横では、水木も取り皿をひっくり返す勢いで興奮する。
「ジャンギさんって恋人いたの!?全然知らなかった!お父さんからも聞いた事ないよ、その噂!!」
「私の両親も知りえませんわ!一体いつ頃のお話なんですの!?」
泡食ったジョゼに尋ねられ、ソウルズが答えた。
「見習い時代の二年目だ。ジャンギは隣のクラスに属していたレナ=アピアランスと意気投合して恋に落ちた。当時すでに俺やジャックス、ガンツとファルが愛を打ち明けていたにも関わらず!」
「へぁ!?あ、愛!?」
拾い上げた取り皿を、またも取り落とした水木が、ソウルズの顔をマジマジ眺める。
見事なまでの仏頂面で、赤面したりテレてもいない。
「いや!いやいやいや、待ってくれ、愛の告白はジャックスとファルのしか聞いてないぞ!?」と狼狽える本人を睨みつけて、ソウルズが呪いの言葉を吐きかける。
「ガンツは毎日言っていたはずだ、お前を愛していると!俺も……俺も言ったぞ、愛するお前を守る為に全力で戦うと。だというのに、お前は俺達の見ている前でレナとイチャイチャ三昧を繰り広げ」
「えっ、いや、好きだとは言われたけど愛しているとは全然!?」
言った側と言われた側でニュアンスの温度差が発生しているのは、さておき。
唐突に始まった過去の恋バナには、原田も驚かされた。
レナという全然聞き覚えのない名前にも。
しかもジャンギは同クラスのジャックスとファルに告白された上で、違うクラスにいたレナを選んだのだ。
一体どういう人だったのだろう、レナとは。
原田がチラリとジャンギを見ると、ジャンギも原田をチラリと見て、困惑の八の字眉毛で言い繕ってくる。
「え、えぇと、これは若い頃の話で、もう終わった恋だから気にしないでくれると嬉しいんだけど」
「終わったって、どうして?フラレたのか?それともフッたのか?喧嘩別れか!?」
荒い鼻息で小島が深く突っ込んだ質問を飛ばし、水木も興味津々ジャンギに答えをせがんだ。
「そのレナさんって人、今でも生きているの?現役時代は何使いだったの?この家と、ご近所だったりする?」
「消えたのだ」と答えたのは、またしてもソウルズで。
ジャンギ以外の全員がハモッて尋ね返す。
「消えた?」
「そうだ。ある日突然、姿を消した。現役自由騎士は町の周辺を探索したが、誰一人として彼女を見つけることは叶わなかった。レナは死体一つ残さずして、我々の前から忽然と消えてしまったのだ」
当時は模擬戦闘なしのぶっつけ本番で怪物退治依頼を受けていたから、怪物に何らかの奇病を植えつけられたのではないかと人々は憶測しあった。
怪物による伝染病の種類は、今でも解明しきれていない。
中には死体を溶かしてしまう病気があったとしても、否定できない。
だがレナの失踪を追いかけていくうちに、解決できない謎にぶち当たる。
「アーシスにアピアランスって苗字の家は、何処にもなかったんだ」
レナの家は、アーシスの何処を探しても見つからなかった。
おまけにレナの親にあたるはずの人物も、町帳簿に名を残していない。
どこで暮らしていたのか。
親は誰だったのか。
何もかもが判らず、追跡する手立てをなくして、レナの件は謎のまま葬り去られた。
「え、でも、ジャンギさんは恋人だったんでしょう?おうちへ遊びにいったりは」
動揺するジョゼへ困ったように微笑み、ジャンギが首を振る。
「彼女には誘われなかったからね」
「そっか。なら、仕方ねぇや」と頷いたのは意外にも小島で、ジョゼを見やって「お前だって、いくら好きだからって言っても原田んちに押しかけたりしねーだろ?」と相槌を求めてきた。
「あ、当たり前でしょう?婚姻前の女子が遊びに行けるわけないじゃない!」
即座に切り捨ててから、ハッとなってジョゼが口に手を当てる。
慌ててジャンギを振り返ると、弱々しい笑みと目が合った。
「誘わないってことは来てほしくないのかと思って遠慮してたんだ。けれど……あんなふうに突然別れがくるんだったら、家の場所ぐらいは聞いておくべきだったと後悔したよ」
見習い時代といえば、まだ十代だ。
そんな若い頃にショッキングな別れを経験したから、以降は、ずっと独り身でいたのだろうか。
しんみりする雰囲気をブチ破るように、ヤフトクゥスの無遠慮な質問が飛ぶ。
「そのレナという者が異種族や怪物だった可能性は、ないのか?」
「怪物?いや、人の成りをしていたぞ。魔力は高かったが、それもあの周期の中ではというだけで、当時の現役術使いと比べたら低かったんじゃないか」と答えたのはソウルズで、ジャンギにも確認を取る。
ジャンギは頷き、神坐とヤフトクゥスを見た。
「その考えは、なかったなぁ。異種族や異世界なんてのは寓話でしか見聞きしないものだったからね。町に紛れ込んでいるなんて、あの当時で考えつくはずもないだろう?でも道恵が赤ん坊を拾ってきた時、不意に思ったんだ。レナも、ああして誰かが外で拾ってきた子だったんじゃないかって」
「えっ!?外の世界に捨て子って、そんなホイホイ見つかるもんなの?」
皆が驚く中、一人だけ見当違いの疑問を口にした奴がいる。
「なぁなぁ、ジャンギってさ、ずっと原田の父ちゃんを呼び捨てにしてっけど、知り合いだったのか?」
小島だ。
話の前後をすっ飛ばして、道恵の名前だけに反応したらしい。
予期せぬ方向の質問にはジャンギも一瞬ポカンとなり、すぐに破顔した。
「あぁ。あの二人は俺の生家で働いていた下男下女だったからね、スクールへ通う前まで」
今は亡き両親と英雄の意外な繋がりを聞いて、原田は開いた口が塞がらない。
てっきり、スクール時代の先輩ないし後輩だと予想していたのだが。
「んん、だから、つい昔の癖で呼び捨てに……ごめんね、原田くん」
ジャンギに謝られたので、原田も頭を下げる。
「いえ……俺が拾われる前に両親を雇ってくださっていて、ありがとうございました」
「俺が雇っていたんじゃないよ。雇い主は俺の親だ」と訂正しておきながら、ジャンギは嬉しそうに微笑んだ。
すっかり冷めてしまった料理を見渡して、皆を急がせる。
「さぁ、雑談は、これぐらいにして食事に戻ろうか。飯を食べたら風呂にも入るように。うちの風呂は広いからね、二人一緒でも大丈夫だよ。水木さんとジョゼさん、原田くんと小島くん、ヤフトクゥスと神坐で入ってくれるかい?俺とソウルズは一番最後で充分だ」
即座に神坐とヤフトクゥスの双方が声を荒げて「断る!」「なんで俺とこいつがセットだよ!?」と嫌がるのへも「一人ずつ入っていたら寝る時間がなくなるだろ?悪いけど、どうあっても二人セットで入ってもらうぞ」と、ジャンギは笑顔で圧して黙らせにかかる。
そこへ小島が「お前こそソウルズと一緒で平気なのか?襲われちゃっても知らねーぞ」と余計な杞憂をかまして、ソウルズに「俺を何だと思っているんだ!?」と金切り声で怒鳴り散らされて、リビングは騒然としてきた。
やがて思い思いに「だったら私は原田くんと入りたい!」「何言っているのよ、水木さん!?婚前の女子が、はしたない」と他の面々まで騒ぎ出すもんだから、収拾がつきそうにない。
「あぁ〜、もう、判ったよ。じゃあ、自由な組み合わせで入ろう。うちの風呂は広いから、三人でも余裕だよ」
しまいにはジャンギが匙を投げ、あとは飯を平らげるので夢中になった。
22/01/07 UP

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