絶対天使と死神の話

定められし天命編 09.失われしものとの再会


原田の帰還は、一歩戻った瞬間に街中の噂となった。
新生輝ける魂を一目見ようと自由騎士スクールへ押しかけてきた町の人々は、門扉を守る警備隊に蹴散らされる。
学校側も、そこは前もって対策を考えていたと見え、やがては野次馬も諦めて帰っていった。
「しばらくの間は警備隊がスクールを警護してくださいます。皆も原田くんの噂を吹聴して回っちゃダメ・ダメですよぉ?」といったサフィアの小言を右から左へ聞き流し、同級生の視線は原田に釘付けだ。
一ヶ月前と比べて、どこがどう変わったようにも見えない。
だがサフィアの弁を信じるのであれば、原田は一ヶ月間どこかで修行に明け暮れた挙げ句、真の力に目覚めて戻ってきたのだ。
輝ける魂は魔術使いや回復使いにも使えない魔法がつかえると、もっぱらの噂だ。
休み時間に入り次第、数々の魔術を見せてもらう気満々だった同級生たちは、休み時間に入ると同時に黒服の保健医に連れて行かれて教室を出ていく原田の背中を、ただ見送るしかなかった。
「ねぇ、原田クンどこへ行ったの?」とチェルシーに尋ねられて、小島と水木が席を立つ。
どこへ行くのかと訊かれる前に大声で言い残して、教室を飛び出していった。
「俺達が様子を見てくる!お前らは残ってろ、あとで教えてやっから」
「えー!何だよ、それ!お前らが野次馬できるなら、俺達だって」と、いきり立つ同級生らはピコとジョゼが宥めに回る。
「駄目よ。何をするにしても大勢に見られながらやったんじゃ、失敗してしまうかもしれないわ」
自信満々言い切るジョゼの横では、ピコが、ふわぁっと前髪をかきあげた。
「その点あの二人なら原田くんの幼馴染だからね、原田くんも緊張しないだろう。大丈夫。あとで小島くんが必ず教えてくれるよ、僕らは彼を信じて待とうじゃないか」
原田と小島をよく知るチームメイトが言うんじゃ、そうなのかもしれない。
教室を飛び出しかかっていた生徒も自分の席へ戻り、三人の帰りを今か今かと待ち構えた。


神坐に連れられて原田が向かったのは怪物舎であった。
「やぁ原田くん、久しぶり。どうしたんだい?休み時間に来るなんて」とのジャンギの軽口を遮り、原田は単刀直入に要件を伝える。
「以前の約束を果たしに来ました」
一瞬ポカンと呆けてもジャンギの理解は早く、すぐに「あぁ」と小さく溜息を漏らした後は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「そうか。一ヶ月間の修行で成果を物にしたんだね。お疲れ様、原田くん」
「さっそくで悪いんだが」と割り込んできたのは神坐で、いいと言われる前から怪物舎へ上がり込む。
「ここでやるぞ。そこの眼鏡男、お前は外で待っていてもらえるか?」
「な!誰が眼鏡男ですってッ!?」とキレかけるエリオットは陸に袖を引かれて、勢いよく振り払った。
「私がいちゃ拙いことをするおつもりですか?いいえ、出ていきません!ジャンギさんに何かあったら自由騎士スクールの一大事ですからね!」
でんと椅子に居座って、テコでも動きそうにない。
頑ななエリオットを一瞥し、軽く肩をすくめた神坐は原田とジャンギを促した。
「んじゃあ、俺達が出ていくか。ジャンギ、ご足労だが付き合ってくれ」
「いいとも」と揃って出て行きかけるのにも、エリオットの怒号が飛ぶ。
「どこへ行かれるんですか、ジャンギさん!次の授業が始まってしまいますよ!?」
それに応えたのはジャンギではなく、神坐で。
「あぁ、それなら心配いらねぇ。今日は模擬戦闘を全クラス休みにしてもらったんだ。その証拠に今日は、どのクラスの生徒も来ていないだろ?」
怪物舎に勤めている二人ですら初耳な情報を後出しで伝えてくる。
ジャンギは、ちらりと陸を見て、彼が平常心でいるのを確認した後に神坐へ視線を戻すと小さく呟いた。
「そういう大事な変更は前もって教えてくれると助かるんだが……まぁ、いいや」
きっと知らせたら、今日は学校へ来てくれないかもしれない。そう思われたのだ。
怪物舎の仕事は模擬戦闘のみにあらず、怪物の世話や事務処理も含まれる。
だから生徒が全く来ない日であろうと、ジャンギは怪物舎に詰めている。
それを知らない陸ではないはずなのだが、所詮は彼も神の仲間、部外者であるが故にジャンギへの信頼感は薄いというわけか。
「それじゃ悪いけど、エリオットは留守番していてくれ。この埋め合わせは、あとでちゃんとさせてもらう」
ジャンギが笑顔で言い繕っただけで、エリオットは満面のニッコニコ。
遅れて駆けつけた小島と水木がビビッて一歩引くほどの眩い笑顔で、原田たちを快く送り出した。
「え〜。なんだあれ、気持ち悪ィ」
歩きながら何度も後ろをチラチラ振り返って小島が呟くのへは、一度も振り返らずに神坐が突っ込む。
「判り易くて可愛いじゃねぇか。あいつならジャンギの食べ残した残飯でも喜んで受け取りそうだよな」
あんまりな評価だが、或いは、神坐の言う通りかもしれない。
残飯を笑顔で食べ散らかすエリオットの姿が脳裏に浮かび、ジャンギは頭を振って嫌なイメージを打ち消した。
ひとまずエリオットの件は頭の隅に追いやって、原田をじっくり眺めてみる。
一ヶ月前と比べて、どこがどう変わったのか。
まず、大きく変わったのは感知できる魔力の量だ。
修行前は膨大な魔力を感じたのに、今の原田からは他の生徒と同じ量ぐらいの魔力しか感じ取れない。
と言っても、衰えたのではない。恐らくは魔力の放出を抑える修行を積んだのだ。
古文書によると、過去のファーストエンドにいた賢者と呼ばれる人々が会得していた技である。
自力制御できるのであれば、彼の魔力を悪用しようと企む者も出てこまい。
肉体にも微弱な変化が見受けられる。
以前よりも腕や足に筋肉がついた。
確か魔術修行をしていたはずなのに、何故筋肉がついたのであろうか。
ジャンギは首を傾げたが、本人に尋ねる前に先頭の神坐が立ち止まる。
いつの間にかスクールの敷地を遠く離れて、原田の家の前に到着していた。
「原っぱでも良かったんだがよ、途中で野次馬に来られたりしたら原田が落ち着かないだろ」とは神坐の弁で、原田家に上がり込んだ後は全員リビングに落ち着いた。
「さっそく輝ける魂の本領発揮か!んで、何やるんだ?ジャンギは何の関係が」
矢継早に尋ねてくる小島を片手で制し、原田が答える。
「悪い、少し静かにしていてくれ。精神を集中させないと上手く術が発動しない」
眉間に皺を寄せた小難しい顔で言われては、さすがのお喋りも黙るしかなく、水木と一緒に一歩下がって様子を見守った。
神坐に手招きで呼び寄せられたジャンギは、原田の真正面に立たされる。
「今から、あんたの腕を輝ける魂の術で再生する。寿命も然りだ。術で伸ばしてやるから、大人しくしてろ」
「えっ!?寿命!?」「腕の再生!?ってなんだ!?」
遠目に見守る外野二人が騒ぐのを横目に、ジャンギは神妙に頷いた。
「判った」
輝ける魂の術に関してなら、多少は古文書経由で知っている。
死者を生き返らせる術や重症重病患者を完治させる術、広範囲に渡る五大元素にない攻撃呪文、建物一つを守れる結界、全ての魔法を封じ込める術……
今の術使いや回復使いには及びもつかないほど、強力な術の数々だ。
書物の上での絵空事でしかなかった魔術が今、自分に向けて使われようとしている。
怖くないかと言われたら、怖いに決まっている。
だが、若輩の見本となるべき英雄が怖がっていたんじゃ何にもならない。
知らず歯を食いしばりながら、ジャンギは無言で術の発動を待った。
原田も瞼を閉じて、棒立ちになる。
何か話しかけようとした小島は無言で神坐に制されて、再び後ろへ下がって見守った。
待つしか出来ないのは歯がゆいが、魔術の発動で小島と水木に手伝えることは何もない。
やがて原田の身体を白い光が包み込み、ぼうっと全身を光り輝かせる。
優しい、それでいて確かな力強さを感じさせる光だ。
瞳を閉じたまま、原田が片手をジャンギへ差し出した直後、ジャンギの義手に変化が起きる。
否、変化が起きたのは義手ではない。
ジャンギの身体だ。
「うっ……!?」と小さく呻いたジャンギが、義手を片手で押さえて跪いた。
構わず、白い光は原田の腕を伝ってジャンギの義手をも包み込む。
「だ、大丈夫なの?ジャンギさん」
八の字下がり眉で囁いてくる水木には、小島も困惑の表情で「お、俺に訊かれたって判るわけねーじゃん」と答えるしかない。
なにしろ、初めて見る魔法だ。どういった結末になるのかも予想できない。
二人が見守っている間にもジャンギの額には大粒の汗が浮かび、義手がポロリと床に落ちた。
だが「あっ……!」と水木が叫んだのは、それに驚いたんじゃない。
義手のあった場所に光の束が結集して、次第に腕の形へと姿を変えていったからだ。
ただの光でしかないと思っていた塊は肉感を伴い、右肩の付け根から、だらりとぶら下がった。
呻くジャンギの左肩を優しく叩いて、神坐が声をかける。
「どうだ、動かせるか?お前の右手」
「右、手……?」
そっと左手を右側に動かしてみると、そこには確かに腕の感触があり、ジャンギは、あっと驚いた。
義手は床に落ちたままだ。右には何も嵌っていないはずなのに。
二度三度、何度も何度も信じられないといった顔で右腕を触っては離す英雄に、原田も囁きかける。
「動かせますか?ジャンギさん。俺と握手して下さい、右手で」
差し出された右手を見て、ジャンギの喉がゴクリと唾を飲み込んだ。
「う、うん……」
動かそう。
そう意識するよりも先に、ジャンギの右手は易々と動いて原田の右手をしっかりと握った。
22/09/07 UP

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