絶対天使と死神の話

定められし天命編 07.かわってゆく日常


原田が学校を休むようになって数日後には、アーステイラが復学した。
元々は原田の願いをかなえる為に入学したのだが、ピコとの出会いを経て新たな目的を見つける。
愛しきピコの願いを叶えてあげる――これしかない。
しかし彼とクラスが違うのは、やはり致命的だ。
聞けば、このスクール。三年間クラス替えがないらしい。
同じチームで三年過ごして連帯感を育むのだと、担当教官が言っていた。
その割にアーステイラは入学時に組んでいたチームから外されて別チームへ移動させられた。
どういう訳かと教官へ直接尋ねた処、なんでも前のチームの女子たちが、こぞってアーステイラとのチーム編成を嫌がったのだとか。
怪物の王として君臨した姿に恐れをなしたのだと教官には気を遣われたが、そうではあるまい。
はっきり言うと、ドン引きされたのだ。
公でフハハ笑いをする女子など、仲良くやっていける気がしまい。
おまけに全裸だ。全裸を人々の前で大公開してしまった。
復学したら何か言われるんじゃないかと内心ビクビクしていたのだが、今のところ、件の全裸大股開きで冷やかしてくるような同級生は一人もいない。
そればかりか、存在を丸ごと無視されているかのような扱いだ。
新たなチームメイトは、さすがに丸無視とまではいかないものの、どこか余所余所しい。
自分が置かれた環境に、アーステイラは虐められっ子の心境を考えた。
三年間クラス替えのない学校で村八分に遭ったりしたら、その子は何処に居場所を見出すのか。
この学校は、何から何まで不備が目立つ。こんな学校へ通わざるをえない子どもたちも不憫でならない。
――とアーステイラが憤ったところでスクールが改善されるでもなし、当面は嫌でも不備だらけの学校へ来るしかない。
クラスやチームの面々と仲良くする気など全くない。
アーステイラが自由騎士スクールへ復学した理由は、ただ一つ。
朝も昼も夜も、かかさず愛しのピコと愛を重ねる。それだけであった。


昼休みは仲良しグループで弁当を広げる憩いの時間だ。
「どうよ、旧怪物の王とは。仲良くやっていけそうか?」
リントに話題を振られて、謙吾は仏頂面で答える。
「回復使いとしての能力なら問題ない」
アーステイラは謙吾のいるチームへ再編成された。
謙吾のチームにいた回復使いが、アーステイラのいたチームとの入れ替えになった。
復学と同時の変更で、理由は詳しく説明されなかったが、薄々予想できる。
前のチームの面々が、彼女とは上手くやっていけないと判断したのであろうことは。
アーステイラは一時期、怪物化していた。
輝ける魂のおかげで人間に戻れたが、またいつ同じような事態が起きたらと考えると、とてもチームを組めたもんじゃない。
退学させられるんじゃないかといった噂も流れていた。だが、彼女は復学した。
魔術の能力を惜しんだのかもしれない。
彼女はプチプチ草との初戦闘で、あっさり退治したそうだから。
光の魔法を習得しており、回復使いで攻撃魔法を唱えられるのは、今のところクラスで彼女一人だけだ。
回復呪文に関しても問題ない。効果のほどは今日、身に受けたばかりだ。
プチプチ草の散弾で受けた打撲の痛みが一瞬で消えた。
詠唱も救護士並みに早いんじゃ、道理で退学にならないわけだ。
アーステイラは一年目の段階で、見習いを遥かに越えた素質がある。
回復使いという立場上、目立たない位置にいるが、このクラスで一番優秀なのは彼女に違いあるまい。
「そんなのは聞いてないっての。チームの一員として仲良くできそうな性格か?って聞いたんだ」とリントには肩をすくめられ、傍らのコーメイにも駄目出しを食らう。
「一年未満でチーム変更させられるなんて、よっぽどの事態でしょ。性格に難がありそうな感じだった?謙吾の手に負えるんだったら、まぁ、いいけど」
改めて、謙吾は午前中の依頼実習を思い返す。
アーステイラはチームリーダーの命令に従順で、これといって問題発言もなかったはずだ。
そうした様子を二人に話すと、リントは腕を組んで「ふーん……問題児じゃないのにチーム変わったのか」と考える仕草を見せ、コーメイが適当な推測を披露する。
「彼女が前にいたのって雑談チームだったっけ。だったら、実力の高いチームへってんで謙吾のいるチームに入れたのかもね」
「え?そういう移動ってアリなのか」と驚くリントへ尤もらしく頷いて、コーメイが言うには。
一番最初のチーム結成こそ生徒に一任されているものの、ある程度の期間がすぎると教官の判断で、バランスの悪いチームや実力が揃わないチームはメンバー変更対象になる場合がある。
かの英雄ジャンギも一年目でチームメンバーを一新させられたおかげで却ってチームの功績が高まったのだとコーメイは話を締め、これは隼士からの又聞きだけどねと付け足した。
「ジャンギさんが見習い時代から凄かったのは、ジャンギさん自身が凄かっただけだろ」
リントは口を尖らし、かと思えば教室内をキョロキョロ見渡す。
「んで、噂の出どころは何処へ行ったんだ?今日は食堂飯か」
「そんなの聞かなくても判っているでしょ」と、コーメイ。
「怪物舎だよ。憧れの英雄様と昼飯するのが日課になっている奴は多いからね、隼士もその一人だよ」
「えーっ!?怪物舎って授業外でも入れたのか!」と二度驚く親友に、コーメイが肩をすくめる。
「え?何?リント知らなかったの?ジャンギさんのファンな癖して?特にファンじゃない僕でも知っていたのに、遅れてるぅ」
「だ!だって、怪物舎は模擬戦闘以外で入っちゃ駄目だって己龍教官が……!」
泡を食うリント、からかうコーメイを眺めながら、謙吾も素早く教室を見渡した。
リントの双子の姉リンナは、今日も不在だ。
学校に来ていないのではない。昼になると姿を消す。
合同会前までは謙吾がいようがいまいが、リントと一緒に昼飯を取っていたはずの彼女が。
ソロ戦決勝でリンナを完膚なきまで叩きのめした謙吾を待っていたのは、リントの祝福であった。
双子の姉がやられたというのに、その心配をするでもなく謙吾すごいよと満面の笑みで褒め称えられて、この時ほど幸せを実感した日はない。
その翌日からだ、リンナの弟ストーキングが途絶えたのは。
リントが何をやっていようと素知らぬ態度で過ごし、昼は何処かで飯を取る。
午後の授業までには戻ってくるが、弟にベタベタ絡んだりせず、淡々と実技や座学を受けている。
リントに事情を尋ねると、リンナの態度が変わったのは合同会終了後だという。
今日に至るまで、姉弟は会話の一つもしていない。
だというのにリントは清々したと笑い、寂しがっている様子は見受けられない。
生活に支障が出ているのではと心配する謙吾に、リントは今までのほうが余程支障だらけだったと苦笑いした。
ソロ戦決勝は私怨の混じる戦いであったが、結果的にリンナが弟離れするきっかけになったのであれば、リントにとっても最良の結果だったのだ。
リントに嫌いなおかずを押しつけられながら、謙吾は入学以降けして味わうことのなかった昼飯時の安らぎを、今日初めて味わった。


不備だらけな学校だとアーステイラは嘆いていたが、自由騎士スクールの改善案は水面下で着々と進められており、町長と商人の承諾を得て新校舎の建設工事が来月から始まる見通しとなった。
新校舎は怪物舎の隣に建設される。
現役学者至っての要望で、怪物舎が本来は学者御用達のビオトープだったのにも関係する。
野生の怪物ではなく、養殖された怪物を実験台に使用したい。要は、そういうことだ。
他にメンタルケアラーが保健室配属へ異動したり今の校舎に校長室が出現したりと、細かな変更が行われていた。
これらを指示したのは、全て街の英雄ジャンギだ。
スクールの校長でもある町長を口説き落としたのが、彼の一番の功績であろう。
これらの変更、及び来月から発足する新学科の件は教官経由で生徒たちへ伝わり、新たな震撼を生み出した。
「どうする〜?小島くんは変更なしだろうけど、ジョゼちゃんとピコくんは新学科、取る?取らない?」
水木に話題を振られて、ジョゼは挑戦的な笑みを浮かべる。
「聞くまでもないでしょ、取らないに決まっているわ。私の夢は自由騎士になる事ですもの」
怪物研究で開かれるのは学者の道であり自由騎士とは異なる為、もしチームメンバーで新学科を希望する者がいるならチーム再編成もやむなしと言われては、全生徒に動揺が走るのも無理はない。
「僕も自由騎士の一択だ。学者になるって予定は考えられないなぁ」と答えるピコを小島がからかった。
「ホントか?学者だったら痛い思いも怪我もしなくて済むぞ」
以前のピコだったら、即座に新学科を選んでいたかもしれない。
草原を数歩いっただけで膝から崩れ落ちていた、あの頃の臆病な彼であれば。
「学者は僕に向かないよ。研究室にこもって何日も過ごすなんて、耐えられないな」
ピコは、ふっと鼻で笑って髪をかきあげる。
臆病は治っていないが、あの頃とは違う。
ベネセという心強い師匠が出来た上、短剣使いの進むべき道も見えてきた今、学者に転向するなどあり得ない。
水木がベネセを見ると、彼女も力強く答える。
「我々の道は一つ、自由騎士だけだ」
「おう!」と元気よく小島が手をあげ、全員で頷いた。
「ここには今、居ないけど……原田くんも当然、自由騎士の道だよね?」
ピコに尋ねられた水木と小島は、双方同時に叫び返す。
「当然だよー!」「決まってんだろ!」
聞かなくたって判る。
幼馴染がなるからってだけじゃない。
正義感と真面目が同居する彼なら絶対に自由騎士の道を選択するはずだと、水木と小島は信じて疑わなかった。
「さぁ、皆の進路が判ったところで依頼実習に励みましょうか」
ジョゼが踵を返したところで、誰かが彼らを呼び止める。
「ちょっと宜しいでしょうか」
聴き慣れない声に振り向いてみれば、そこにいるのは上から下まで黒一色の男性。
別クラスの担当、己龍教官ではないか。
「なんでしょうか?」と答えるジョゼへ己龍は微笑み、ある提案を持ちかけてくる。
「少し頼みたいことがあるのです。うちの生徒、アーステイラさんの件なのですが……」
しばし話を聞いた五人は、やがて全てを聞き終えると。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
その場で激しく大合唱したのであった――
22/08/14 UP

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