――ひとしきり宴会で盛り上がった後。
帰るまでの自由時間が与えられ、見習いは町の探索を許された。
「今回の遠征練習は驚きが多すぎて、お腹いっぱいだよぉ」
はぁっと溜息をつくレーチェへゲフッと大きなゲップと一緒に「お腹いっぱいだったのは、さっきの宴会もだよな」とグラントが返し、彼女を嫌な顔にさせる。
「もぉ、グラントって、どこに行っても食べることばっかりなんだからー」
ナーナンクインも変わった町並みだったが、ローゲルリウナは、もっとだ。
異世界と言っていいレベルだろう。
町並みから住民まで、全てが童話に出てくる世界のようだ。
周辺を木々で囲まれているおかげか、空気がアーシスよりも澄んでいるように感じる。
住民は全員緑色の素っ裸で、それでいて目を覆うような破廉恥さも下品さもない。
異種族――失礼だが、そう表現したほうが分かり易い外見だ。
だが異種族にしか見えない彼らが話した本物の異種族の話も、レーチェを驚かせるに充分な内容だった。
「森へ侵入した異種族は、精霊族とは全く異なる属性を持っていた」と切り出したのはファントムだ。
全身に闇を纏っており、手引者を尋問して判ったのは異種族が自らを『魔族』と名乗っていたそうだ。
ピクリと原田は反応するも、皆と同じように初めて知ったような顔で驚いておく。
やはり森林地帯に魔族は来ていたのだ。
だが幼き原田を森の入口で捨てた後、そいつは何処へ去ったのか。
手引者にも、それ以上は判らずじまいで、さりとて森の外へ出るのも躊躇が生じ、捜索は断念された。
再び会えるとは思ってもみなかったとファントムは重ねて感謝を述べて、町での自由行動、及びお土産に何か持って帰るのを快く許可してくれた。
「金持ってきてなかったからさぁ、自由にお持ち帰りオッケーってのは嬉しいよな」
グラントは片っ端から道に生えている草を引っこ抜いて、鞄へポイポイ入れている。
そんなものを持ち帰ったって、家へ辿り着く頃には萎れているんじゃなかろうか。
それよりも、写生道具を持ってくればよかったとレーチェは後悔した。
この風景を目だけではなく、なにかに残る形で保存しておきたい。
といっても絵心が全く無いから、たとえ道具を持ってきていたとしても絵に残すのは無理であろう。
少し離れた場所で椅子に腰掛けて、シャッシャと羊皮紙に筆を走らせているのはソマリだ。
「ソマリって、いつも筆記用具持ち歩いているよね……」
ぽつんと呟いた独り言に、ちょうど近くまで走ってきたポリンティが反応する。
「依頼のちょっとしたことでも新たな発見があるんだって、そういうのを全部書き記しておくんだって、前に本人がチームメンバーと話していたのを聞いたよ」
「へー……マメだねぇ」
メモを取る自体考えたこともなかったレーチェは、素直に感心するしかない。
そういや今回の探索でも、ソマリは熱心にファルや焔の一言アドバイスを書き取っていた。
あとあと読み返して次に活かすのか。生真面目な彼女らしいとも言える。
「あっ、そうだ、レーチェ。あっちに布を置いてある家があってさ、お土産に一枚ずつ持っていっていいって言われたんだけど、見にいこ?」
ポリンティの指差す方向を見ると、ぽっかり穴が空いた岩に収まるようにして、机いっぱいに布らしきものを並べた場所が見える。
服を着ない文明なのに布が置いてあるとは、どういうことだ。
首を傾げるレーチェをポリンティが急かしてくる。
「織物だよ、全部手作りの!一枚一枚、全部模様が違って綺麗なんだぁ……あなたも絶対気にいるって!」
無言で首をひねっているのを、行くのを渋って腰が重たいんだと勘違いされたようだ。
レーチェは思案を打ち切って笑顔で頷いた。
「いこっか!」
ポリンティも「ウン!」と勢いよく頷き返すと、レーチェの手を引っ張って走っていく。
少しでも遅れたら、いいのが取られてしまうと焦っているようでもあり、レーチェは内心苦笑する。
そんなに急がなくたって大丈夫だよ。
織物に興味ありそうな人なんて今いる中じゃ、ほとんどいなさそうじゃん……
ワーグとフォースは町の外れまで歩いてきた。
目に映るもの全てが珍しく、キョロキョロ見渡しているうちに端っこまで来たと言ったほうが正しい。
「あ、あのさ。俺がいなくても……その……」
ぽそぽそ下向き加減に囁いてくるフォースへ一瞬、ん?となるも、ワーグは瞬時に理解する。
「今回はお試し遠征っつってたろ。誰も出る幕がねぇんだ、メンバーの能力判断は出来ねぇよ」
新クラスでのチーム編成で、フォースは一人だけリントのチームへ入れられた。
それを本人も気にしているだろうなと思っていたら、案の定。
確かにバランス面で考えるなら、チームに魔術使いは一人で充分なんだろう。
だが、チームメンバーには相性も存在する。
パッパラパーな能天気に囲まれたチームで、フォースが気をやられないかといった心配はワーグにもあった。
リントのチームには一応、謙吾という真面目キャラもいるこたいる。
が、見るからに話しかけづらそうだし、あとはベネセぐらいか、フォースと話が合いそうな真面目は。
ポリンティは元同クラスだが、記憶にも残らない雑魚だ。
奇天烈な髪型や始終高いテンションなのを考えても、フォースと気が合いそうに思えない。
「うまくやれそうか?お前こそ」
「……判らない。まだ、お試しだし……」
フォースは見るからに落ち込んでいる。
それもそうだ、仲良しは誰一人いない疎外感MAXなチームにいたんじゃ。
「まぁ、チームは違ってもクラスは一緒なんだ。休み時間や座学でいっぱい話そうぜ、前のクラスみたいによ」
「座学の時間は雑談禁止だろ」としときながらも、フォースは嬉しそうに微笑んだ。
「休み時間だけじゃなくて放課後も、また遊びに誘ってくれると嬉しいんだけど」
「たまには、お前から誘ってこいよ。どんなんだか気になってんだ、お前んち」
間髪入れずにやり返しながら、ワーグもニヤリと口元をあげる。
「えっ!」と硬直する相手の胸を指でドスドス突き、深く追求した。
「それとも何か、俺は招待できねぇってか?部屋にヤバイ本を散乱させてんじゃねーだろうな」
「しっ、してないよ!グラントじゃあるまいし!!」
頬を真っ赤に叫ぶフォースを、不意にワーグが「シッ」と制する。
何かと怪訝に見やれば、視線はフォースではなく真正面へ一直線に注がれていた。
正面の少し離れた場所にいるのは、神坐と原田だ。
何を話しているのかは、ここからでは聴こえない。
「あの斡旋所職員……死神ってハナシだが、原田と距離が近すぎると思わねぇか?」
ワーグの詮索に、フォースは改めて考える。
死神というのも異種族の一種だそうだ。宴会の座で、ファントムが言っていたのを思い出す。
「お前からも闇の属性を感じるんだが、何者だ?」
ファントムに直球で尋ねられた神坐は迷わず「俺は死神だ」と答えて、原田たちを驚かせる。
そればかりかファーストエンドへ来た経緯まで洗いざらい話すもんだから、原田は開いた口が塞がらない。
「輝ける魂の輝きを、闇属性の者が守る、だと……?」
マナに侵食された住民は、こぞって首を傾げて半信半疑の体を見せる。
「それって、そんなにおかしいことなの?」と水木が問うと、ズシーは悩ましい視線を神坐へ向けて頷いた。
「闇は聖に触れるだけで焼き焦がされ、聖は闇に侵食されると精霊族の残した文献には書かれていた」
侵食というのは、ファントム達のようになるということか?
「でも、俺の身体は何ともありませんが」「あぁ、そりゃあ本性で触れたらの話だろ」
原田の疑問と神坐の回答が重なる。
えっとなって振り返った原田には目で応え、神坐が判りやすく皆の疑問を紐解いた。
「俺達は異世界で活動する際、必ず擬態を取るんだが、気配を原住民と同一にするついでに相対する属性への耐性も高めておくんだ。だから擬態している間は聖なるものに触れたって平気だし、闇であることも気づかれない……はずだったんだがな」と言葉尻は疑問に代わり、じっとローゲルリウナ住民を見つめる。
「お前らの感じる属性ってな、擬態でも誤魔化せねぇのか?」
「そうだ」とファントムは頷き、じっと神坐を見つめ返す。
「我らが感ずるのは全て本性。我らの眼に偽りの姿は通じぬ」
「じゃあ、あんたの目にゃ〜神坐は今、どういうふうに見えてんだ?」と、これは小島の疑問にファントムは腕を組み、ありのままを伝えた。
「黒いモヤを絶えず周囲に纏い、背丈より巨大な鎌を背負っている。耳は上方向に尖り、肌は浅黒く、瞳は銀色に輝いている」
「え、怖!」「そんな姿なんだ、本当は!?」
子どもたちは一斉にざわめき、小島が神坐の瞳を、まじまじと覗き込む。今は茶色だ。
「や、これは擬態だからな?」と本人にも言われて、銀色の瞳とは一体どんなものかと原田は脳内で想像する。
キラキラ輝く瞳が浮かび、案外綺麗なんじゃないかと考える原田の横で「ね、ヤフトクゥスやアーステイラも本当の姿が見えるのかな!」「俺も見てみてーぜ、あいつらの本性!」と水木や小島が騒ぐ。
「あ〜、あいつらはあの容姿のまんまで背中に白い羽根が生えているだけだぜ」と神坐が言う傍らでは、ワーグが突っ込んだ質問をファントムへ飛ばした。
「死神の闇を感じ取っていながら、一緒に町まで通したのは何故なんだ?」
「シャンティが信頼をよせていた。それだけで充分だ、我らが信用するには」
簡潔な返事に「あんな遠くにいたのに、よく見えたねぇ!」と驚く水木には「あぁ、モンスターの目を通して見ていたんだ」とイレントが断り、そういや彼らは森林地帯の怪物全てを操っていたんだった。
「こいつが騙されていたとは考えなかったのかよ」との追加質問にも、ファントムは首を真横に「ゼファーの化身を騙すことはできん。我らよりも鋭い感性を持つ者だぞ」と化身への信頼の厚さも垣間覗かせた。
そんな話を思い出しながら、フォースは原田と神坐を遠目に眺める。
こうして見ている分には、二人とも自分たちと何ら変わり映えしない風貌だ。
「まだ赤ん坊だってのに信頼していたってのも、すごいよね……」
「それだけ何人もの化身が同じ感性だったんだろ」と一刀両断すると、ワーグはフォースへ向き直る。
「ファントムの持論だと原田は死神が闇だと判った上で信頼しているって結論になる……けど、それと騙されているかどうかは別モンだろ。死神は何を企んでやがるんだろうな?輝ける魂と接触することで」
「輝きを守るって言っていたよね」とフォースは相槌を打ち、自分なりに予想してみた。
「十七年前、森の入口で原田を放置したのは闇の属性を持つ魔族だった。けど魔族は何故、入口に捨てるだけで終わらせたんだろ。入るのに苦労する場所から誘拐してきたってのに」
「そりゃあ……」とワーグも考え込み、思いついたことを並べてみる。
「捨てるまでが、その魔族の限界だったんじゃねぇか?だから、同じ闇属性の奴が拾うと賭けてみた……」
「もし、魔族と死神が裏で通じていたとしたら?手懐けて、油断しているところを闇に染めるつもりなんじゃ」
そこまで予想した時だった。
「それはありえんな」と横入りしてきた者がいたのは。
「ソウルズさん!」
ワーグとフォースの声が重なる。
「俺とジャンギが奴の正体を知ったのは今ではない。遠征練習よりも、かなり前の段階だ。もし、お前らの言うように悪巧みがあったとすれば、俺達の目が光る場所に居続けるメリットがない。己の身への危険が増すだけだ」
「かなり前から知っていたんですか!?」と驚くフォースの横で「何で予め教えてくれなかったんですか!」とワーグも声を荒げ、ソウルズには優しく頭を撫でられて「だから、さっきも言っただろう。場の混乱を避けたのだと」と宥められるワーグに、フォースは二人の距離の近さを感じずにいられない。
原田と死神の距離なんかよりも、ずっと気になるじゃないか。
遠征前までは、ワーグが一方的に憧れているだけだったはずなのに。
自分が違うチームで過ごしている間に、二人の間で何があったというのだ。
フォースは心にモヤモヤを抱えながら、ソウルズの横を歩いて嬉々とするワーグの後ろを歩いていった。
原田と神坐は、今後の計画を話していた。
「この遠征が終わったら俺達は魔族の足取りを追いかけるつもりだが、お前は自由騎士の修行があんだろ。だから、アーシスで俺達の帰りを待っていてくんねぇか?」
原田は、しばし俯いて黙っていたが、やがて顔をあげると神坐を見つめた。
「それは……どれくらいかかるんですか?」
その顔が、あまりにも悲しげだったもんだから、神坐は慌てて原田を慰めに回る。
「や、追いかけるったって各地を回って魔力の残滓濃度を調べるしか出来ねぇんだがよ。何も見つかんなかったら、すぐ戻って来るし!」
何度も頭を撫でくり回されて、ぎゅっぎゅと力強く抱きしめられた処で、原田がぽそっと囁く。
「……判りました。お帰りを待っています」
憂いが消えたと判り、神坐も原田を抱いた腕を解いて、ニッカと笑った。
「あぁ。斡旋所には空を留守番に置いとくんで、何かあったら、あいつに言ってくれや」
魔族の痕跡探索には三人とも出かける。
瞬間移動を使うので、それほど日は経たないと再度念を押され、ようやく原田も安心した。
「あの――神坐さんは持ち帰る土産を何にしました?」
しばし考えた後、神坐は正直に話す。
「土産なぁ、全然考えてなかったんだが、お前は何を持って帰りたいんだ?」
「色々考えたんですけれど、これにしました」と原田が懐から取り出したのは、緑に輝く石だ。
「あちこちの地面に無造作に転がっていた石です。単純に綺麗だってのと、これに触っていると気持ちが落ち着いてくるような気がして」
どれどれと神坐も何気なく手にして驚いた。
自分の中で魔力が、急激に高まってゆくではないか。
何の変哲もない緑の石を掌の上に置いただけで。
「……おかしな話ですが、これを持っているだけで何でも出来そうな自信まで沸いてくるんです」と照れながら話す原田の肩へガッと掴みかかり、神坐は断言した。
「こいつにゃあ魔力を増幅する魔法がかけられてんぜ!こんなもんが、そのへんに転がっていたっていうのか!?」
「は、はい。あ、神坐さんの足元にもありますよ」
指を差されて足元を見やれば、一つ二つじゃ済まない数の石が転がっていた。
それにしても、だ。
原田に見せられるまで、神坐は石の存在など気づきもしなかった。
これがファントムの言う感性の鋭さなんだとしたら、死神を遥かに凌ぐ感知能力ではないか。
魔族の痕跡探しにも連れていきたい。だが、原田には学校や生活がある。
無言で考え込む彼を見て、何かまずいことを言ってしまったのかと原田は内心オロオロしたのだが、ややあって神坐の出した結論に胸を撫で下ろす。
「いいんじゃねぇか?武具に細工すりゃ役に立ちそうだし、帰ったらジャックスかファルにも相談してみろよ」
「はい、そうします」
打てば響く返事をよこす原田の頭を、もう一度撫でてやった。
遠くで小島が呼んでいる。
「他の奴らとも町見物してこいよ」と原田の背を見送った後、神坐は、ふと脳裏をよぎった考えに囚われる。
ローゲルリウナ住民は、マナの残滓に触れすぎたせいで感染したと言っていた。
なら同じくマナの残滓に触れる作業を続けているサークライトの住民は、どうして感染していないのか。
帰ったらやるべきことや聞き出さなきゃいけない事項が多くあるなと考え、ふぅっと大きな溜息をついた。