絶対天使と死神の話

古の賢者編 10.未来の行く末は


「ね、この布、スカートにしてもマフラーにしてもイカしているよね!」と騒ぐ女の子らや、男子は男子で「なぁ、これ見てみろよ!面白い虫見つけたんだけど」と各自の土産物自慢でワイワイ盛り上がりながら歩いていく。
怪物が襲ってこないと判っているから、安全な帰り道だ。
去り際、ファントムとジャンギは街間交易の約束を取り付けたし、原田はランシゼーと再会の約束をさせられた。
原田の出生の判明が今回の探索で一番大きい収穫だろう。
他の見習いも引退騎士の活躍で得るものがあったようだし、まずは成功と言っていい。
「新しい魔術書の入手も大きな収穫ですよ」と喜んでいるのは、ジャンギの傍らを歩くミストだ。
彼女は土産物に魔術書をリクエストして、街の魔術師から写しを貰ったそうだ。
てっきり自然物ないし売り物だけしか駄目だと思っていた子どもたちを驚かすほどの図々しさで、ジョゼも小声で水木に「あんなのがアリだっていうなら、事前に教えてほしかったわよね」と耳打ちしてきた。
「召喚……魔法と書いてあるけど。使いこなせるのかい?」
ジャンギの眉をひそめて半信半疑な問いに「使いこなしてみせます。上手くいったら、あなたにも見せてあげますよ」と本人は意気揚々だ。
召喚魔法は以前、輝ける魂の覚醒修行で聴いた覚えがある。
自分なら使いこなせるんじゃないかと原田は考えたが、あれはミストのお土産だし取り上げるわけにもいくまい。
「ハ、攻撃魔法を選ぶってなぁ、いかにもお前らしいよな」
ジャックスが鼻で笑ってきて、怪訝に見上げるミストへは、こうも付け足した。
「どうせなら、見習いの冒険に役立ちそうな魔法の写しを貰ってこいってんだよ、なぁ大五郎?」
何故そこで大五郎の名前を?
三人の会話を盗み聞きしていた面々の視線が、一斉に大五郎へ集中する。
皆に注目されて、大五郎も心なし赤面しながら懐へ手を入れた。
「ウム、俺も輝ける魂が使えそうな魔法を、と思ってな。一冊写しを貰ってきたんじゃ」
「へー、お前にしちゃ気が利くじゃねぇか!」と喜ぶ神坐を押しのけて、ファルがキラキラした瞳で「えー!すごい、見せて見せて!」と大五郎へ詰め寄ってくる。
「お、おう、これじゃ。怪物を手懐ける効果があるとの話だ」
大五郎が懐から取り出した本を皆で眺めてみる。
「……ピース?へぇ、なるほど、これで怪物と友達になったってぇのか、森の住民は」
やたら感心した様子で神坐が何度も頷いた。
言葉の通じないモンスターへ友好を呼びかけると書いてあり、効果は永遠。
手なづけた後は攻撃用の眷属にするも良し、友達として同居するも良しとあった。
「すごーい!言葉が通じないのに友達になれるんだ」
水木の歓喜を横に、原田も想像が止まらない。
もし空を飛ぶ怪物を手なづけたら、空を飛んでの冒険も可能になる。
この魔法を使いこなせるようになれば馬車要らずだ。
大五郎の土産に、この魔法を選んだ住民は気が利いている。
「待て、強い魔法には反動があると聞くぞ。デメリットはあるのか」と突っ込んできたのはソウルズで、本を隅々まで読んだ神坐が首をかしげる。
「ん〜、特に書いてねぇな。ただ、呪文がクッソ長ェぞ。こんなの覚えられる人間いるのかよ?」
「なるほど、呪文が長い……それこそがデメリットですね」
ミストの結論へ首を傾げる見習いを横目に、ジャックスが理解を示してきた。
「あぁ、こりゃ対象がいねぇと使えない魔法なのか。なら確かに呪文が長いのは致命的だな」
術使いが呪文を唱えている間は、完全無防備になる。
かける対象が怪物ってんじゃ、唱えている間に攻撃してこないとも限らない。
呪文が長ければ長いほど威力も強くなるが、全ては盾となる前衛あっての魔法だ。
「前衛に死ぬ気で守ってもらえばいいだけでしょ。最強だわ!」と喜ぶファルに複雑な表情を向けた前衛は小島だけじゃない。
少なくとも、見習い期間中に使うのは危険だ。死ぬ気どころか本気で死にかねない。
「魔法って必ずデメリットがあるんですか?」
ピコの質問に「まず、精神消耗が一番痛いデメリットですね」とミストが答える。
効果が強ければ強いほど精神消耗も激しくなり、下手すると一発撃っただけで術師が倒れてしまう。
強い魔法は強靭な精神と魔力を誇る術師にしか使えないのだ。
「へぇ……よかった、俺、術使いを選ばなくて」と言う小島に、すかさず水木が突っ込む。
「そうだね、呪文を唱えている間に爆睡しちゃいそうだよね、小島くんは!」
小島を中心に大爆笑が沸き起こり、当の小島まで笑っているのをジト目で眺めながら、リントがぼそっと「それ以前に、あんな脳筋が術使いになれるわけねーだろ」と突っ込み、それにはコーメイも同感だ。
「けどよ」と神坐が口を開き、ひとまず爆笑も収まる。
「輝ける魂は呪文の詠唱を必要としないんだ。なら、この魔法は原田、お前が使えばいいんじゃねぇか」
「そうそう、俺も原田のためにと貰ってきたんだ」と大五郎まで言葉尻に乗ってきて、本を差し出された原田は流れのままに受け取った。
説明を聞く限りじゃ、目に見えて判る魔法ではないように思える。
今の原田が使えるのは見様見真似の魔法だけだ。
目で見て覚えられないんじゃ想像のしようもないじゃないか。
困惑の原田へ風が助言する。
「成形しづらい魔法なら、結果を想像するといい。蘇生や再生と同様だ」
「え、何?どういうこと」と戸惑う皆を置き去りに、原田はコクンと頷いた。
風が言いたいのは、要するに怪物と仲良くなった自分を想像せよということだろう。
まずはプチプチ草で練習だ。慣れてきたら、大きな怪物にもかけてみよう。
「えぇー、ずるい!輝ける魂だけ見習い期間中に有利な手段をもらえるなんて」
文句を言い出したのはフォースやレーチェの他に隼士もだ。
「ずるいずるいでござる!特別な存在だからって依怙贔屓反対でござるぅぅっ」
原田の依怙贔屓に関しては英雄を挟んだ私怨も含むから、一層の嫌悪がありそうだ。
「よし、じゃあ帰ったらクラスの全員に俺からプレゼントを渡そう。遠征でへこたれなかった御褒美だ」と英雄本人に取りなされて、たちまち文句を言っていた面々はニッコニコに。
「え〜〜何だろ?期待していますからね、教官!」
ワクワクする姉に弟が「すごい魔術書とかだったらいいよね」と笑顔を向けており、ひとまずチーム別の落ち込みからも浮上できそうなフォースの様子にワーグも胸を撫で下ろす。
「ちょいと甘やかしすぎなんじゃねぇのぉ、教官」とのガンツの茶化しには、ジャンギが笑顔で「いや、今回はこっちも予期しない展開ばかりだったからね。皆、よくついてこられたよ」と答えた。
本当に今回の遠征は、死神でさえも予期しない展開の連続だった。
本来なら怪物の出ない安全地帯に出現した怪物。
怪物を操る森の住民。
そして、十七年前に森へ侵入した魔族――
自然湖で見た怪物については、ファントムも「知らない」の一点張りだった。
彼らが操っていたんじゃないとすると、やはり、あの時に感じた一瞬の気配が絡んでいるのだと風は考える。
全方向から襲い来る怪物の中に一瞬だけ現れた、謎の気配。
怪物の攻撃に混ざって、強大な火球を放ってきた。
ワーグが反応できたのには風も驚いた。
元々の地盤に加えてソウルズとの猛特訓で、ひと足早く才能が芽吹いたのか。
能力だけで見るなら原田のチームにほしいぐらいの人材だが、ワーグ自身は原田に強いライバル心を抱いているようだし、コンビネーションも期待できまい。
原田を鍛えるには強い怪物をぶつけるしかないというのに、周りが全然追いついていないのが歯がゆい。
魔族の足取りを調べた後は、次の遠征先をサークライトあたりまで伸ばすべきかと考えていると、神坐にちょいちょい肩を突かれた。
「なんだ、相談なら帰ってからにしろ」
無表情な説教を右から左へ聞き流し、神坐が嬉しそうに問いかけてくる。
「なぁ、風は土産に何を持ち帰ってきたんだ?俺は、これをもらってきたんだけどよ。すげぇぞ、握っただけで魔力が増幅されるんだ、この石」
予想していた会話に掠りもしない雑談で、思わず風も覆面の下で口元が綻ぶ。
「結界の術式、鏡の瞬間移動、森の怪物に関する知識を得た」
簡潔に答えたら「そういう土産もアリかぁ。さすがだぜ、風」と神坐には感心されて、少々こそばゆい。
神坐は、すっかり原住民と打ち解けており、そういう部分こそ見習いたい。
ちらと月狼を一瞥し、彼の目つきから神坐への憎悪が抜けているのを確認し、これも収穫の一つだと風は考えた。
あとは帰郷後、フォルテとヤフトクゥスの間に生まれた確執も解消せねばなるまい。


「おかえり、我が愛しの君よ!よくぞ五体無事で戻ってきてくれた」と両手を広げて大喜びなヤフトクゥスをまるっと無視して、アーシスの入口付近に勢揃いした出迎え勢を原田は眺める。
出発前の見送りよりも数が増えている。
それも、あきらかにスクールと無関係な大人だらけだ。他クラスの見習いは一人もいない。
『祝・輝ける魂の凱旋』なんてノボリまで、あちこちに立っていた。
「な……なんだろ?これ。予行遠征はスクールの授業ってだけなのに」
ひそひそと小声で水木に囁かれ、コーメイもサフィアやウィンフィルドの姿を目に留めながら小声で答える。
「スクール側で企画した……のかな?」
それにしてはミストが「盛大な見送りも出迎えも要らないんですけどねぇ」と迷惑そうな顔で呟いたし、ジャンギも「派手な出迎えも要らないって言ったの、忘れられちゃったのかな」と困惑しており、スクール側の開催ではないことだけは確実だ。
気持ち悪いぐらいのテカテカな笑顔を浮かべて町長が近寄ってくる。
「おかえりなさいませ、英雄様その他諸々及び見習いの諸君!ささ、ジャンギ様、お疲れのところ申し訳ありませんが、積もる土産話をお聞かせ下さい。私の屋敷で、じっくりと」
「その前にスクールでの授業〆が先でしょう、兄さん」とグッサリ釘を差したのはミストだ。
「前頭部ハゲピカくん、土産話は嫌ってほど聴かせてやるぜ、俺達が」
ガンツにも妨害されてウェルバーグの顔が険悪に染まるのを背に、ジャンギが手を叩く。
「皆、スクールへ帰るまでが遠征だ。見送りの人々と話すのは授業が終了してからにしてくれ」
話すことなど一つもない見習い達は「はーい!」と笑顔で応え、一同は見送りを素通りしてスクールへ急いだ。

スクールでは簡単な褒め言葉と共に、見習い全員への報酬が約束された。
後日、術使いには魔術書が、前衛には身を守る防具が渡される。
本人の希望を優遇するとも言われたので、明日は欲しい物を教官へ伝えておけばいい。
ジャンギ曰く販売物を特別に回すとのことで、もう店販売できる武具が揃った部分に死神たちは驚かされた。
「なぁ、お前は何をもらっとくんだ?俺は、やっぱー鎧だな!」
帰り道で小島に話を振られ、しばし考えた後に原田は答える。
「そうだな……頭を守れる物がいいかと思っているんだが」
「鎧じゃなくて?」と驚く水木には「鎧を着たら動きにくくなりそうだし」と答え、原田はチラッと後ろを歩く神坐へ視線を送る。
「ん、どれか一つ選べってんなら頭防具の選択は悪くないぜ」
背後からの答えにホッと安堵の溜息をついた。
「けど、いいなー。防具もらえるんだ」
羨ましがる水木に、小島も言い返す。
「えー?呪文書だってイイじゃんか。新しい手数が増えるんだぞ」
「覚えなきゃいけない呪文が一つ増えるんだよ?はぁー、魔法は呪文が最大のネックだよねぇ」
憂鬱な溜息を漏らす水木を原田も慰めた。
「戦法は一つでも多いほうがいい。水木は、どんな魔法を覚えるつもりなんだ?」
「あ、えっとね、防御っぽいやつがいいかなって!結界は無理だけど、魔法を防げるやつが欲しいかも」
自分に答えた時とは打って変わって満面の笑顔で原田に答える水木を見ながら、小島の足が止まる。
我が家についたのだ。
あとは夕飯を食べて寝るだけの時間だが、冒険の興奮は未だ冷めやらない。
「なぁ、これからちょっとだけ訓練してかねぇ?」
小島の提案に食いついたのは神坐だ。
「いいねぇ、俺が見ていてやるよ。なんだったら模擬戦闘したって構わないぜ」
「え!今からやるのぉ!?」と驚く水木と「是非お願いします!」と頭を下げた原田は、小島や神坐と連れ立って空き地へ歩いていった。
25/10/07 UP

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