絶対天使と死神の話

古の賢者編 07.帰ってきた


西:原田チーム

中央へ近づく頃には、神坐も気づいていた。
待ち受ける三体は、魔族ではないのだと。
人間よりも濃い魔力でありながら、魔族特有の禍々しさ、いうなれば闇の気配がしないのだ。
ジャンギは何度か首を傾げ、神坐やミストへ確認を取る。
「なんだろう……中央にいるのは、てっきり怪物に近しいものかと推測していたんだけど、違うみたいだ」
「そう……ですね。最初に感知した時よりも殺気が薄れたように感じます」
ミストも首を傾げる中、神坐が率直な意見を述べる。
「異形の者ってより、人間に近くねぇか?これ」
原田が護衛の中で一人だけ蚊帳の外な月狼を見ると、彼もまた、ジャンギたちが何を感じ取ったのかを知るべく中央の方角を睨みつけていた。
「人間と言うよりは……輝ける魂?に近いんじゃないですか」とはミストの弁で、三人の視線が原田へ集まる。
「けど、聖ってわけでもねぇんだよなぁ」
物憂げな表情で顎をさする神坐に、小島が噛みついた。
「なんだよ、さっきから三人で訳わかんねぇことばっか言って!何を感じたってんだ?」
「中央にいる謎の気配ですよ。最初は怪物かと思ったんですが」
だが言葉途中で月狼を含めた護衛の四人は、ハッとなる。
突如、その中央に巨大な怪物の気配が現れたと思った直後、すぐに消え去った。
「……思ったんですが?」と続きを催促する水木へ「……思ったんですが、違うみたいなんです」と棒読みで締め、ミストは他三人へ尋ねる。
「何でしょう、今の」
「え?今度は何?」と混乱する見習いをほったらかしに、ジャンギも腕を組んで考え込む。
「今のは確かに怪物だった……すぐに消えてしまったけれど」
「いや、大丈夫だ」とは神坐の弁で「何がですか?」と尋ねるミストには力強く頷き「怪物を倒したのは陸と大五郎だ、間違いねぇ。二人の気配を中央に感じる」と断言した。
「えっ!?」
これには見習いのみならず、護衛三人も驚愕だ。
「気配感知って、誰のものかも特定できるんですか!?」と興奮するピコには、即座に月狼の駄目出しが入る。
「否、我らの感ずる気配とは、正確には殺気だ。怪物の殺気を感じ取るものぞ」
「え?あ、そうなんだ?じゃあ」とチェルシーや要、及び全員に見つめられて、ようやく神坐は自分の失言に気づいたものの。
「余計な詮索は後にしよう。二人が中央にいるなら、リントくん達も同じ場所にいるはずだ」
話題を切り替えたのはジャンギで、頷きを受け止めたミストも全員を促した。
「そうですね。辿り着いているとしたら、彼らだけでは危険かもしれません。急ぎましょう」
「けど、さっき殺気は薄れたって」と言いかけるジョゼは水木に背中を押されるようにして早足になる。
「危険じゃなくても一旦合流したほうがいいってことでしょ?」と、これは水木によるジャンギへの質問で、ジャンギも頷き返す。
「そうだ。怪物を大五郎さん達が倒したんだとしても、第二第三の襲撃がないとは限らないからね」
言葉にしなかったが、風の気配も中央へ向かっているのだと神坐は知る。
そして怪物の気配は、今や周辺には一つも感じられない。
全ての怪物が森の奥で集まっている。
恐らくジャンギや月狼も気づいているはずだが、何も言わないのは、これ以上の混乱を避けるためだろう。
森林地帯の怪物は数が減ったのではなく、何者かの意思で操られているのが明確になった。
とにかく、今は中央だ。中央で動かない気配の持ち主に聞けば、これらの謎が解けるかもしれない。


ジャンギを先頭に森を突き進んでいくと、不意に視界が開けた。
人の手による伐採で、広場のようになっている。
そこにいたのはジャックスや大五郎だけではなかった。
真っ先に目に入ったのは、広場に佇む異形の者達であった。
異形、そう呼ぶしかないほど全身が緑色で、髪の毛のかわりに蔓が頭上で奇妙な動きを見せている。
怪物のように服を着ていない。それでいて魔法生物の擬態でもない。
「よぉ、待っていたぜ」と声をかけるジャックスのそばへ駆け寄り、「こちらの方は?」とジャンギが尋ねる。
ジャックスが答えるよりも早く、緑の怪人が答えた。
「俺達はモンスターじゃない、人間だ。この奥にある町に住んでいる」
「人間!?」「喋った!!」と口々に驚く原田たちを見やり、どこか上目線にリントが言い放ってきた。
「お前ら、このぐらいで驚いているようじゃ、奥へ行ったら、もっと驚くことになるぜ?」
どうせ住民からの又聞きだろうに、知ったかぶりでマウントしてくるのへは小島が聞き返す。
「今、奥に町があるっつったよな!リントは、もうその町へ行ったのか!?」
「いや、それはまだ」と答えたのはコーメイで、ちらりと緑色三人組を一瞥後、原田へ視線を定めた。
「原田くん、君が来るのを待っていたんだ。君が一緒じゃないと町へは入れないって言うから」
「え?」と驚く原田を横目に、ジャンギやミストはピンと閃く。
なんだって森林地帯の住民が原田を知っているのか。導かれる答えは一つしかない。
十七年前、森の入口で拾われた赤ん坊――彼らは知っているのだ、その子の正体を。
改めて会釈し、ジャンギは名乗りをあげるついでに尋ねてみた。
「はじめまして、俺はジャンギ=アスカス。草原地帯にある町アーシスの住民だ。差し支えなければ、そちらの町の名前と、原田くんを待っていた理由を教えてもらえないか?」
「原田という名になったのか」と一人が呟き、一歩前に出た背の高い男が名乗りを上げる。
「俺はファントム、こいつはイレント、そっちはズシーだ」
もじゃもじゃ頭の男が皆へ向けて小さくお辞儀し、その隣にいる背の低い男も片手をあげて挨拶する。
どちらがイレントでズシーかも判らないが、水木も小島も余計な口を挟まず、彼の話を聞くことにした。
「まずはモンスターをけしかけた件を詫びよう。俺達は余所者を追い払う役目を担っている。森の奥へ入れるのは元々の住民だけ……そうした決まりがあるのでな」
「モンスターってか怪物な、森林地帯の怪物は昔から、こいつらが操っていたらしいぜ?」とはジャックスの横入りで、そうなると現役自由騎士の探索は意図的に妨害されていたことになる。
「じゃあ今回、数が少ないと感じたのは」と言いかけるジャンギの言葉を拾うが如く、背の低い男が付け足した。
「この数で足りる……そう判断したのさ。だが、あんたらは予想以上に強かった。まさかブロットコルを倒されるとは思わなかったよ」
「ブロットコル?」と首を傾げる面々には大五郎が「俺達を襲ってきたデカイ怪物だ」と注釈を添え、苦み走った表情のズシーも頷く。
「大抵の余所者はブロットコル一匹で撃退できるんだが……まさか一撃で仕留められるとは」
倒したのは死神に違いない。
ジャンギたちが感じた一瞬の気配、それこそがブロットコルだったのだろう。
「奥へ入れないんでしたら、前もって言って下されば無粋な真似をしなくて済みましたのに」と文句を言うミストへは、もじゃもじゃ頭が苦笑する。
「俺達が姿を見せたとして、あんたらは一目で人間だと判断してくれたかい?いや、過去に出会った先人の話じゃ全員がモンスターだと判断されたそうだよ。話し合いも何もなかったのは外の住民のほうだったんだ」
「それは、すまなかった。先人に代わって謝罪しよう」
頭をさげるジャンギを手で遮り、イレントは肩をすくめて見せる。
「いいさ、もう。森の護衛獣を倒されて、俺達は敗北した。特別にシャンティ共々、あんたらを町へ案内しよう」
「シャンティ?」「って誰?」
口々に反応する子供たちを見渡し、ズシーが指をさす。
「お前たちが連れてきた、そこのやつだ」
遅れてやってきた全員が見た。
ポカンと立ち尽くす原田の姿を。
「我らは、ずっとお前の帰還を待っていた……おかえり、シャンティ」
おまけにファントムには両手でぎゅっと抱きしめられて、我に返った原田は慌てて抱擁を振りほどく。
「お、俺がシャンティなのか?いや、シャンティってなんだ!どうして、あんた達は俺を知っているんだ!?」
途端に「にぶいですねぇ」とミストには呆れられ、動揺する原田の頭を撫でてジャンギがフォローに回る。
「原田くん。この人たちこそが、君の出生を知る人々なんだ。十七年前、どうして君が森の入口で捨てられていたのか……その答えを彼らは知っている、そういうことなんだろう」
「そのとおりだ」とファントムは頷き、上から下までじっくり眺めた上で、原田に向かって微笑んだ。
「立派に成長したな。輝かしき魂を感じる。その様子だと愛されて育ったようで、喜ばしきことだ」
「愛されて育ったって、ちょっと見ただけで判るの!?」と驚く水木へも頷くと、「お前たちと同じ格好で薄汚れていなければ、性格が捻くれてもいない。これだけでも愛のある扱いだと知れる」とファントムは笑う。
「それよりも輝かしき魂と言ったわよね?魂の輝きが、あなた達には感じられるの?」
次々放たれる質問にはストップをかけて、イレントが話を一旦締める。
「疑問はあるだろうが、答えは町で話そう」
「あ、町へ行くんでしたら少し待ってもらえますか?」と頼みこむミストへ「あぁ、もう一組いるのは知っている。だいぶ離れているようだし、モンスターに運ばせるとするか」と答えると、イレントは指を鳴らした。
直後、バッサバッサと激しい羽ばたきで彼の背後に現れたのは、巨大な鳥が二匹。
「かっ、怪物だぁ!?」と驚く小島へは目もくれず、イレントが話しかけたのは陸と大五郎の死神二人だ。
「レッグローに彼らを運ばせたい。あんたらが同行して、お仲間に説明してくれるか」
「判りました。ですが、説明役なら俺一人で充分でしょう。先に戻って本体に説明しておきます」
「本体?」と首を傾げる面々の前で、陸の姿がかき消えた。
お得意の瞬間転移とやらで風の元へ行ったんだろうが、死神を認識していないチェルシーや月狼の前で能力を使った点に原田たちは仰天する。
だが「何驚いてんだ?はは〜ん、さてはお前ら知らないんだな?あの二人は神様なんだぞ」などと超偉そうな上目線でリントに言われて、二度驚かされた。
「え……どうして、知って」
驚きすぎて言葉にならないジョゼへはコーメイが苦笑して「教えてもらったんだ、ジャックスさんに。で、僕ら経由でリントも知っているってわけ」と内訳を話す。
「え、どういうことなの?神様が実在する……って本当に?」
事態を理解しきれていない要には神坐が口添えするのを横目に、月狼は狼狽えた目でジャンギへ掴みかかった。
「どういうことでござる!?ジャンギ殿はご存知でいらしたのかッ。何故拙者には何も教えて下さらなかったので」
やんわり彼の手を外させると、ジャンギは視線をそらして言い訳する。
「君は外の人間に排他的なようだったからね……言い出しにくかったんだ」
「排他などッ……きちんと話し合えば拙者とて判り申す」
心なしか声が湿っているように水木には感じられて、ピコが盗み見た限りだと月狼は涙ぐんでいるようでもあり。
護衛の中で自分だけ死神の存在を教えられていなかった疎外感が、よほど心に突き刺さったのであろう。
話しづらい内容だったとはいえ、仲間はずれにされる寂しさは共感できる。
水木やピコ、ジョゼらの同情が一斉に、月狼へと注がれた。
「落ち着け、儂も後で知ったクチだ。お主だけが除外されていたわけではない」
ポンと肩を叩いて月狼を慰めたのは大きな羽音と共に合流した焔で、全員が死神の存在を知ったことになる。
ずずっと鼻水を啜り上げる月狼を横目に、ソウルズが深い溜息と愚痴をジャンギへ吐き出した。
「こうなるのであれば事前に全員へ教えておくべきだったな。混乱を鎮めるのに苦労したぞ」
「そうだね……理解できないと決めつけていたせいで、却って余計な混乱を招いてしまったし」
ぽつんと呟き、ジャンギは月狼に謝罪する。
「ごめん。俺の勝手な判断で君を傷つけてしまったね」
「い、いいえっ……本を辿れば拙者が感じ悪く神坐殿へ接してしまったがための誤解でありましょう!?」
ぶんぶんと頭を振って謝り返す月狼を見ながら、感じ悪い自覚があったんなら治せばよかったのにと心の中で突っ込みつつ、原田はファントムの号令を待つ。
原田から見ると、多々神坐へ敵対心を向けてきた月狼に良い印象はないから同情も沸かない。
それよりも、森の奥にあるという町へ興味は全部持っていかれた。
何故彼らが自分をシャンティと呼んでくるのかも、町へ行けば全て判明するだろう。
「――さて、では町へ案内しようか。皆、遅れずついてきてくれ」
ファントムの号令を受けて、全員が立ち上がった。
25/08/06 UP

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