絶対天使と死神の話

古の賢者編 05.待ち構えていたのは


北:リントチーム

ひっきりなしにボコボコと触手が足元に出現して、逃げるも進むも容易ではない。
おまけに見習いが一人、血溜まりに倒れて、ガンツは焦りに焦りまくる。
まさか森に、しかも最深部でもないのに未確認怪物が出現するとは、誤算だった。
「おいジャックス!こいつを引っ張り出して、さっさと片付けようぜ、うわっ!」
言葉途中で触手が目の前に飛び出し、ガンツは飛び退る。
「引っ張り出すって、どうやって!?触手で、この長さだぞ!本体はヒャクメ並にデケェんじゃねーか!?」と叫び返し、ジャックスも触手の攻撃を避けるので必死だ。
「コーメイさん!」
片っ端から襲い来る触手を大鎌で薙ぎ払い、陸がコーメイを助け起こす。
「う……ぁ……」と呻いた少年の傷口を確かめた。
派手に出血している割には致命傷でもない。
いざとなったら彼を担いで原田の元へ連れて行くことも考えにあったが、これなら自分の呪文で治療できそうだ。
陸から見てもジャックスとガンツが何を狙っているのかが判らず、しかしながら護衛の意見を違えるのは見習いの動揺を誘うと考えて口を挟めずにいた。
だが結局、子どもたちは動揺しているし、怪我人まで出してしまった。
陸は触手の攻撃を巧みに避けつつ、抱きかかえたコーメイに回復の術をかける。
死神は人間と違って呪文など必要としないし、手をかざしたりしなくても全身にかけられるのだ。
あまり人間との差異を見せたくはなかったが、緊急事態だし致し方ない。
何より彼らには、死神であるとバラし済みだ。能力を出し惜しみしている場合じゃない。
地面に手をつけた大五郎が「むぅぅんっ!」と唸る。
魔力で無理矢理、本体を引きずり出すつもりか。
それをやるのは、子どもたちを安全な場所まで退避させるまで待ってほしい。
――そこまで考えて、陸は自嘲する。
安全な場所なんて何処にあるんだ?外ではハーピィの軍団が待ち構えているってのに?
コーメイを背負った格好でリントの腕を引っ張り「おわわっ!?」とよろける彼を小脇に抱きかかえた後は、隼士にも飛びついた。
「なっ、なんでござる、なんでござる!?」
泡食う少年を己の背後へ回し、今度はフォースを片手で引きずり寄せる。
「結界を張ります!他の皆さんも早く、俺のそばに集まって下さいッ」
子供全員を結界で守るには手が足りない。かといって、ポリンティや謙吾を見殺しにも出来ない。
ここにいたのが自分ではなく本体の風ならば、一箇所に四人まとめて出現させられたのに……!
悔やむ暇なく次の触手が迫ってきて、陸は「くっ!」と結界で弾いた。
「ここで戦うのは無理か……なら結界で走り抜けるぞ、陸!」
ポリンティと謙吾を、それぞれの手で引っ張り、ベネセをおんぶした大五郎が、坂道を猛烈な勢いで駆け下りる。
「ちょ、ぎゃ、ああああ、危ない転ぶゥゥゥゥーッ!」
ポリンティの絶叫を耳にしながら、謙吾の目の前に迫るのは無数の触手だ。
その数、アーステイラ戦で見たやつの比ではない。
「……!」
だが、それらは全部、当たるかという寸前で見えない壁に弾かれた。
大五郎に背負われたベネセも、同じく泡を食いつつ叫ぶ。
「大五郎!私は平気だ、一人で走れる!それよりガンツとジャックス、あいつらを助けてやってくれ!!」
「俺らを心配するなんざァ、十年早いぜベネセッ!」
間髪入れずガンツの怒鳴り声が返ってきて、振り返りもせずに大五郎が叫び返した。
「歴戦の英雄ジャンギ、そのお仲間さんの実力を信じさせてもらうからよ、遅れずついてこいやぁ!」
大五郎の背後には陸が続く。
速度を緩めず、しかも結界を張りっぱなしで子供たちを抱えたまま走れる死神には、ジャックスも内心舌を巻く。
こちらは何度か襲われて、ようやく触手の行動パターンが読めてきたってのに、あいつらは、こうも早く打開策まで思いついたのか。
走り出す前、大五郎は大地に手をつけていた。
恐らくは何らかの攻撃魔法を、地面越しに怪物の本体へぶつける気でいたのだ。
現役の魔術使いでも、そこまで咄嗟の判断で思いつけるだろうか?
いや、思いついたとしても、どんな呪文を放てばいいのかまでは判るまい。
地面に潜った怪物を魔術で引っ張り出せるような異種族が全力で戦ったら、何が起きるのか。
戦った後、どんな影響がファーストエンドへ降りかかるのか……
ぶるっと身を震わせたジャックスは、嫌な予想を脳裏から振り払う。
迫る触手を紙一重で避けた後は、触手の上を走りながら死神を追いかける。
味方だと信じて背中を預けた以上、先の未来を案じるのはヤメだ。
それに彼らは、子供たちの安全を最優先に考えて逃走を決断した。
全力で戦わねばならない時がきたとしても、きっと住民への配慮は怠るまい。
「頭上に強い気配を感じます……ですが、これは」
低く囁いた陸へ顎を引き、大五郎も頭上へ目をやる。
「あぁ。魔族とも違う。現地人でもない……ナニモンだ?」
これまで下へ下へと降りていった道が、上へ登る急な勾配になってきた。
出口は気配の真後ろにあるのだろうが、背後を奇襲されるほどには中央に構えた連中も間抜けではあるまい。
触手が追ってこなくなった点からも、こちらが出たと同時に怪物へ襲わせる算段と見ていい。
子供たちの手を放し、ベネセを背から降ろした大五郎は、同じく子供たちを降ろした陸へ頷いた。
「え?何?」
突然降ろされて状況を把握できないリントたちの前で、死神が二人ともパッと消えてしまうもんだから、余計に驚かされた。
「えっ?えっ!?」「どこ行ったの?ねぇっ!」
あちこち見渡しても、黒服の男二人は、どこにも見当たらない。
「触手が……追ってこねぇな」
ポツリと呟いたジャックスが後ろを振り返る。
怪物の撤退には、しゅるしゅると後退していく触手から飛び降りた時に気づいていた。
あれだけしつこく攻撃してきた割に、最後まで追ってこないのは不自然だ。
もしかして、先に出口付近まで移動して待ち伏せしているのか?
「おい、あいつら何処へ消えたんだ!?」
子供たちと一緒に動転するガンツには、短く「瞬間転移ってやつだろ。多分二人だけで地上へ飛んだんだ」と答え、ガンツには怪訝な顔で「あ〜?マリンダちゃんが出来るってやつか?けど、あれは彼女がレナの子だから出来るんじゃねーのかよ」と返されるが、ジャックスはガンツの答えなど聞いてもいなかった。
死神も精霊と同じく異種族だから、瞬間転移できたとしても驚かない。
それより敵は三人いるのに二人で突っ込むなんて、いくら異種族といえど慢心しすぎだ。
「急ぐぞ!」と再び走り出したジャックスを追いかけて、隼士が息絶え絶えに叫んだ。
「どっ、どうなっているんでござるっ……!誰か状況説明をっっ」
「地上に出りゃあ、全てが判るってんだな!よし、皆ついてこい」とガンツの物わかりは良く、遅れ気味なポリンティとフォース、それぞれの手を取って走り出す。
謙吾はコーメイの元へ近寄り、そっと尋ねた。
「コーメイ、腹の傷は平気か?」
「え、うん。もう全然痛くな……」
言われて初めて気づいたかのようにコーメイは自分の体を見下ろして、あっとなる。
「っていうか、見て!?ローブの穴まで塞がっている!」
リントが見た時、コーメイは胸のあたりを押さえていて、土手っ腹から大量出血していたはずだ。
そして本人がこう言うからには、触手は彼の腹を貫通したのだろう。
リントもコーメイのそばへ寄ってきて、さっそくからかってやる。
「痛くないのに今頃気づくって、鈍感だなぁ〜コーメイは!」
本当は、死ぬほど心配した。
コーメイが死んでしまうんじゃないかと思ったら、胸が張り裂けんばかりに痛くなった。
あの場面を思い出すと、つい涙が出そうになる。
だから、リントは一生懸命笑ってごまかした。
そんな様子を、謙吾が優しい目で見守っているのにも気づかずに。
「だ、だって、急展開の連続で!」とコーメイが涙目で言い訳するのは「無事ならいい、追うぞ」と謙吾が遮り、三人一緒に走り出す。
急な坂道を見上げると、ぼんやり頂上が光っている。出口は近いようだ。


瞬間転移で地上へ飛び出した大五郎と陸が見たのは、草っぱらでたむろする異形の生物が三人。
しゃがみ込んでいるのが一人、もう一人は木々によりかかり、最後の一人は笛を吹いていたが、死神二人の出現に全員がハッとなって顔を上げる。
「何……どうやって!」と叫んだ言語は、ファーストエンドで人と呼ばれる種族のものであった。
だが彼らの容姿は、どう頑張って見ても人のそれではない。
全身が緑色に染まり、頭を覆う蔓のようなものが始終クネクネと揺れ動いている。
知的生命体なら必ず着ているであろう衣類はなく、全員が全裸だ。
なのに卑猥さは感じられず、森林に生息しているのが当たり前のように、しっくりくる。
「怪物がおらんな。俺たちよりは足が遅かったか」
ニヤリと笑い大鎌を構える大五郎に、三人のうちの一人が「ま、待て……!我々は、お前らと戦うつもりはない」などと叫ぶ。
「これまで散々怪物を差し向けておいて、どのくちが言うんです」
睨みつける陸にも、緑色の人々は「威嚇で追い返すつもりだったんだ!そちらの連れが一人、大怪我を追ってしまったのは、こちらにも誤算だった……すまない!」と平謝りしてきて、陸と大五郎は顔を見合わせる。
三人とも必死だ。嘘をついているようには見えない。
さりとて、威嚇にしては怪物の数や強さが半端ではなかった。
こちらが未熟者しかいなかったら全滅もあり得たし、重傷者が出た後も何故、攻撃を緩めなかったのか。
陸が追及すると「これまで森へ足を踏み入れたのは強者ばかりだから、未熟者はいないと思っていた」だの「怪我人が出ても引く気配がなかったから、やむなく続けたんだ!」だのと返ってきて、ますます困惑が深まった。
「そもそも、なんで俺達を威嚇する必要があったんですか」
根本を尋ねる陸に三人は顔を見合わせ、内一人が答える。
「……ゼファー神以外を追い返したかった。この奥へ進んでもよいのは、彼だけだから」
陸と大五郎が同時に尋ね返す。
「ゼファー?」「彼とは?」
ゼファーというのは、かつてファーストエンドで信仰されていた神の一人だ。
善神ゼファーと称され、博愛を司る。
この場で突然名前を出す意味を考えたら、答えは一つしか思いつかない。
「……要するに我々の中にゼファー神の生まれ変わりがいて、彼だけは森の奥へ通したいが、他は駄目だから威嚇で追い返そうとした。そういうことですか?」
さらに陸が深く追及した直後、背後の地面がボゴォッ!と勢いよく掘り返されて、巨大な怪物が出現する。
途端に「遅いぞ!」「やれ!」と歓喜する緑色たちの前で大五郎は小さく嘆息すると、大鎌を一閃した。
名も知らぬ怪物は、頭がスパッと二分割されて、どうと横たわる。
「え……?」
何が起きたのか判らず呆然とする緑色たちには、陸が口添えした。
「なるほど。ファーストエンドに死神が訪れた時代は、本当に一度もなかったんですね。この程度で我々を倒せると勘違いなさるようでは」
分断された切り口からは絶え間なく紫の血が流れ続け、脳髄を地面にぶちまけた怪物はピクリとも動かない。
たったの一撃で倒されたのだ――と、ようやく緑色たちにも伝わり、彼らは畏怖の目で死神を見つめた。
「な、なんで、そんな強いのに、さっきは逃げるだけで」
「同行者がいては、思う存分戦えませんでしたのでね」
陸が答える横では、大五郎も「全身が魔力の塊ってんじゃなきゃ、こんなのは障害にもならん」と笑う。
「さて……もう一度、問おう。我らの中にいる、ゼファー神の生まれ変わりとは誰だ?これ以上、無益な血を流したくなかったら正直に答えるんだ」
大五郎が凄みを利かせる横では、陸も問いに加わる。
「一組だけ怪物を差し向けなかったチームがありましたね。その中にいるんですか?」
恐怖に縮こまって震えていた三人は、三人とも観念したようで、全員が同時に頷いた。
「そう……だ。十年以上前、森の最深部まで入り込んだ異形に連れ去られて、消息不明になっていた……」
「異形!?」と叫んだのは死神ではない。
ジャックスを追い越して、真っ先に到着したベネセだ。
「どんな奴だったんだ、それは!」と横入りするのを制して、陸が確認を取る。
「誘拐された者の名は?」
「……シャンティ。我らは、そう名付けた。今は、どう名乗っているのか判らないが」と答える緑色を一瞥し、大五郎が「そいつの特徴は?」と追加質問を飛ばし、それにも「特徴と言われても……赤子のうちに連れ去られたんだ」と答えるのへは陸が言い直す。
「質問を変えましょう。彼をゼファー神の生まれ変わりだとする根拠は?」
死神の持つ大鎌をチラリと見てから、一人が答える。
「魂が違う。生まれながらに聖なる属性を持つ、それこそがゼファー神の生まれ変わりである証なのだ」
25/07/05 UP

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