北:リントチーム
以前の探索と比較して、森林地帯の怪物は数が少なくなった。最初は、そう考えた。
しかし森の奥へ進むに従い、そうではないとジャックスやガンツにも薄々判ってくる。
数が減ったんじゃない。
何者かの意思により、怪物が操られている――そう考えたほうがよい。
いや、そう考えるしかない動きを見せている。
怪物の気配は二方向へ分けられて、原田チームへ向かう集団は一つもない。
そして今も、こちらへ向かって二十匹ほどの気配が向かってきている。
このまま戦い続けるのも、あまり賢いとはいえない選択だ。
だが、敵は常に奥へ進む道を塞ぐ形で集団を置いてくるから、こちらに分が悪い。
体力温存を考えての戦闘回避を考えていたが、そうもいかないようだ。
ここからは、自分から突っ込んで撹乱する。その方向に、ジャックスは舵切りした。
ジャックスは「おい」と横を歩くガンツへ低く囁く。
「覚えているか?あの場所」
「あぁ?」と一旦は首を傾げたものの、すぐにガンツは「あー、あの場所ね。ヘイヘイ、覚えているともよ」と返してきた。
「そこまで突っ走るぞ。誰だか知らねぇが、そいつの思惑通りにジャンギを進ませちゃならねぇ」
「おうともよ」と頷き、ガンツは見習い全員へ呼びかけた。
「こっからは駆け足前進、全員走っていくぞ!」
「へ!?」となったのはリントだけじゃない。全員の目が点になった。
「走って大丈夫なのか?」と聞き返してきたのはベネセだ。
「うん?どうして、そう思うんだ」とのガンツの質問返しにも、「怪物に気取られるから、今まで歩きで探索していたんじゃなかったのか?」とベネセは眉をひそめて言い返す。
「あー、まぁ、そうだったんだが、状況が変わってきた。これ以上は向こうに聞かれるとヤバイんで、とにかく駆け足開始〜!」
「向こうって?わわっ」
聞き返そうとしたフォースは大五郎に背中を押されて転びかけ、本当に走り出したガンツらの背中を追いかけんがため、駆け足を余儀なくされた。
太い木の枝や尖った部分だけ飛び出た石、それから木の根っこに何度も足を取られそうになる。
ヒョイヒョイと身軽に飛び越えていくリントや隼士を恨めしそうに眺め、コーメイは己のローブをたくし上げた。
こんな処、魔術使いや回復使いは圧倒的に走りづらいじゃないか。
早くも息は切れてきたし、どんどん護衛の背中が遠ざかっていくのにも危機感を覚える。
まさか、置いてけぼりにしたりしないよね?迷子になったら帰れる自信ないんだけど!
――と考えていたら突然背後から、すくい上げられるように抱きかかえられて、思わず「ひゃわわわぁぁ!?」と変な悲鳴をあげてしまった。
遅れ気味のコーメイを抱きかかえたのは謙吾で、少しでも顔を上げると間近に彼の顔が迫ってくるもんだから、コーメイは頬を真っ赤に下向き加減、腕の中で硬直するしかない。
「あ、あの、謙吾?僕なら走れるから、その」
小声でぼそぼそ話しかけるも「しっかり掴まっていろ」とだけ返ってきて、コーメイは大人しく謙吾の身体に頬を寄せる。
逞しくて分厚い胸板だ。温もりも感じる。
同い年なはずなのに謙吾は肉体が大人並みに成熟しており、貧弱な体格を内心コンプレックスに感じていたコーメイに憧れというか恋心を煽ってきたわけだが、こんなラッキーチャンスが巡ってくるなんて駆け足前進サイコー!
同じくローブ着衣のフォースも大五郎に抱きかかえられ、しっかり腕に掴まりながら周囲の様子を探るが、驚く速さで景色が流れていくばかりで気配を探るどころではない。
そうこうするうちに前方に川が見えてきて、「川!」と叫んだフォースに大五郎が頷き、大きくジャンプした。
まさか飛び越えるとは思っておらず、フォースの口からは「うぇ!?」と悲鳴が飛び出るが、見事な湾曲を描いて対岸へ着地した大五郎は再び走り出す。
リントや隼士は水の流れに足を取られて、おっかなびっくり渡っている。
彼らを飛び越えて追い抜いた大五郎は、フォースをガンツのいる方向へ放り投げた。
「二人を助ける!」「おうよ!」
投げ渡されて「ちょ、わわあぁっ!?」と叫ぶフォースなんざぁ、もはや大五郎の目に入っていない。
「リント、手を伸ばせ!」と大五郎に命じられ、リントは訳が分からないまま「は、はい?」と手を差し出した途端、前にぐいっと引っ張られてよろける暇なく大五郎の胸へ飛び込まされた。
対岸へ渡ったベネセが「追いつかれたぞ!」と叫び、見習いは反射的に空を見上げる。
さぁっと降りてきた影は、それが何であるかを認識する前に、陸の大鎌で真っ二つになった。
謙吾に抱きかかえられた状態でコーメイが確認してみたところ、死体はハーピィだった。
これを撒くために走れと言ったのか?
リントを対岸で離すと、すぐさま大五郎は踵を返す。
「俺とお前で食い止めるぞ!」との呼びかけに、ベネセも無言で頷くと弓を構えたのだが、最前方を走るジャックスが「いい、構うな!いいから走れ!」と怒鳴ってくるではないか。
追いつかれた以上、誰かが足止めをしたほうが絶対にいい。
だからこそ大五郎だって足止めを買ったんだろうに、ジャックスには別の妙案があるとでも?
ここへきて護衛の足並みが乱れて、謙吾は戸惑いを覚える。
同時に逃げ切れないのではといった不安もよぎったが、今は、どちらかを信じるしかない。
そこへ「でやぁぁぁぁぁ!!!」と、でっかい掛け声、これは誰だ?
ずっと前を走っていたはずのポリンティが何故か謙吾よりも後方から走ってきたかと思えば、槍を川の流れに突っ立てて、びよーんと飛び越えていくのを見た。
対岸で尻から着地したポリンティは「や、やだっ、やった、できたぁ」と震え声且つ涙と鼻水にまみれて喜んでおり、大方、川をどう渡るか悩んでいて遅れたのであろう。
彼女のようにアクロバティックな真似ができない謙吾は、やはり慎重に渡っていくしかない。
川を渡り終えた隼士は、速度を緩めないガンツの背中を追いかけて走っていく。
大五郎は舌打ちをかまし、ベネセを促した。
「仕方ねぇ、追うぞ!」
ベネセも「判った!」と返事をし、ちらと謙吾を見やる。
「その手の荷物、邪魔だろう。大五郎に渡したほうがいいんじゃないか」
「平気だ」と無表情に答える謙吾の腕の中で、荷物扱いされたコーメイもカーッと頭に血が上る。
いや、邪魔って?この子、今、僕のことを邪魔って言った?
確かに駆け足では足引っ張りになっていたかもしれないけど、はっきり邪魔者扱いしなくてもよくない!?
ちょっと川をすいすい渡れるからって何様なの!?こんな子と、これからもチーム組むとか無理!無理すぎ!!
コーメイが内心グラグラ沸騰している間に、謙吾は川を渡り終えて最後尾を走っていく。
「気にするな」と謙吾に慰められて、ようやくコーメイの頭に上りまくった血も下がってきた。
どうして謙吾は大五郎に自分を渡さなかったんだろうと考えられるだけの余裕も戻って来る。
ベネセが促したのは、謙吾が川を渡るのに難儀しているのは人を抱えているせいだと考えたからだ。
何も本気でコーメイを邪魔だと思ったのではなく、日頃口が悪いから、そういう言い方になっただけだ。
「ねぇ、どうして僕を大五郎さんに渡さなかったの?」
ちらりんと上目遣いで尋ねてみれば、謙吾は視線を前方に定めたまま「何をするにしても、護衛の手が塞がるのはまずい」と即答をよこしてきて、もしや僕を気にかけてくれているのかもといったコーメイの一塵の望みを、いとも簡単に打ち砕いてくれる。
「本当はフォースもリントも、俺達の誰かが抱きかかえるべきだったんだ。今更だが」
俺達の誰かと言われたって、謙吾以外、誰も誰かを抱きかかえられそうにない。
おまけに眼の前には背の高い藪が迫ってきて、何か言うより早く謙吾が藪の中へ突っ込んでいき、コーメイは腕の中で縮こまって「ひぃぃぃ!」と悲鳴をあげるしかない。
一体どこまで、何を目的として走っているのかが判らずとも、それでも息を切らして、顔やら腕やら、身体のあちこちに無数の切り傷を作りながら走り続けた謙吾は、皆が立ち止まった場所まで追いついた。
あつらえたように、ぽっかりと開けており、一本だけ大きな樹木が聳えている。
「ここはな、自由騎士が休憩のために切り開いたスポットでよ」
遅れてきた謙吾へ向けたガンツの説明を遮って、「よぅし、全員揃ったな。お次はトンネルを抜けていくぞ、遅れんなよ!」とジャックスが示す先には真っ黒な入口、大樹の洞がある。
この中に入り込んで、更に何処かへ行こうというつもりらしい。休憩する暇もなさそうだ。
手持ちに灯りはあるのかと見渡す謙吾の鼻先に、ガンツが眩く輝く小瓶を突きつけてきて、「お前がくるまでに灯りを確保しといたぜ。これで安心したろ?」と笑った。
トンネルは下へ下へと降りていく坂道になっていて、やはりあちこちに石が転がっていて危なっかしい事この上なかったのだが、今度は走りを禁じられ、ゆっくり歩いていけと命じられる。
足元を照らすのは、ガンツの持つ頼りない灯りのみだ。
辺りは真っ暗、側面に手をつきながらじゃないと、とても歩けたもんじゃない。
走らなくて済んだ分、謙吾の腕からも解放されて、コーメイは、ちょっぴり寂しくなる。
が、ニヤニヤ笑いで自分を眺めるポリンティに気づき、なるべく謙吾を見ないようにしながら歩き出した。
「ここを抜けたら、どこへ出るんですか?」
フォースの問いに先頭を歩くジャックスが答える。
「ちょうど中心地、森のド真ん中だ」
「え!」と、この答えは予期していなかったのか引きつるフォースを一瞥し、ベネセが深く追及する。
「なるほど、中央にいる気配を奇襲するつもりだったのか。だが、この手数でいけるのか?」
「中央にいる気配!?」と驚く見習いには、ベネセも驚いたように「なんだ、皆、気づいてなかったのか?我々が探索を開始した時から、ずっと中央に居着いて動かない気配があったぞ」と、事も無げに言い放った。
「や、気づくも何も?」と慌てるフォースの横で「俺達見習いには、まだ気配察知ができない」と謙吾もフォローに回り、大五郎がベネセの頭を軽く撫でる。
「うむ、ベネセよ。お前は幼き頃から大人と一緒に行動しとったから、これが普通なんじゃろうが……皆が皆、自分と同じ感覚、境遇にあると思わんようにな」
言われて彼女もハッとした表情を浮かべ、罰が悪そうに項垂れる。
「そう……だな。それを学ぶ為にスクールへ入ったというのに、私は多々忘れてしまいがちのようだ」
「それって?」
ポカンとなって尋ねる同級生たちには「仲間意識と連帯感。私に足りないのは、その二つだと考えた。だから自由騎士スクールで学んでみようと思ったんだ」とベネセは、彼女にしては割合素直に答えた。
今のベネセに仲間意識と連帯感があるかと問われたら、この場にいる全員が一切ないと断言するだろう。
短所が判っているのに治せないのは、恐らく生来の頑固な性格や戦士のプライドが邪魔しているのだ。
加えて、口の悪さも誤解を招きやすくある。
ベネセが初めて見せた内面の吐露に、今まで彼女を誤解していたなぁとフォースは考え、少しばかり同情した。
「それで……」
そろりと話題を戻したのは隼士で「森の中心に何者かがいて、そいつに奇襲をかけるのでござるか。ベネセの言うように我々だけでは手数が心許ないのではと存じますが」との問いかけに、ジャックスが頷く。
「と、向こうさんも考えているだろうよ。だから集団で追いかけて、俺等をバラバラに動かそうとしてんだ。だからこその奇襲だ」
不安に陰る見習いを見渡して、「なに、奇襲をかけたら一路脱兎するから、そんなに心配するんじゃねぇ」と笑った直後、ボコボコッと足元の地面を突き破って飛び出てきた触手を、間一髪で「うぉっとぉ!?」と身を捻って避けたのが、ジャックスの精一杯であった。
同時に後方でも「いぎぃ……」と弱々しい呻きが聴こえてきて、慌てて振り向いたリントの目に映ったのは。
「コ……コーメイィィッッ!!」
胸元を押さえて真っ赤な血でローブを染めながら、地面に崩れ落ちた幼馴染の姿であった――!