絶対天使と死神の話

古の賢者編 03.罠かもしれない


西:原田チーム

サクサクと草を踏む足音だけが響く。
周辺に気配は感じられず、まるで森の中にいるのが自分たちだけであるかのような錯覚さえ受ける。
だが原田たちは、どの顔も緊張で強張っていた。
昨夜、テントで聞かされた話が耳で何度も繰り返される――

「本当ですか!?」
驚く五人に、神坐が頷く。
「あぁ」
死神曰く、本日の探索中ずっと森の中央から強大で邪悪な気配を感じていたと言うのだ。
原田が目でジャンギに問うと、ジャンギも「そうだ、俺も感じていた。気配は四つ集まっていたが、そのうちに一つが東へと去っていった」と真面目な表情で頷いた。
チェルシーと要、それからミストと月狼は同じテントにいない。
内密の話をしたいが為に、あえて意図的にジャンギがメンバーを振り分けた。
内密の話とは、この探索の本当の目的だ。
ただの遠征お試しではない。世界の何処かに潜んでいるのであろう"魔族"探索の一環だと告げられた。
「マゾクって確か」と言いかける小島を引き継ぐように、水木が「マリンダちゃんのお母さんが感知したっていうやつだよね?」と尋ねる。
「そうだ。十八年前、マリンダの母ちゃんレナは、ここより遠くの土地に魔族の気配を感知した。けど、本体は見つけられずじまいで終わった……だがサークライトの研究者が言うには、魔力の残滓を撒き散らしている元凶が世界の何処かにいるってんだ。俺は、そいつこそが魔族だと確信している」
そこまで言って、神坐が五人の顔を見渡した。
反応を求められているんだと気づいた原田はポツリと呟く。
「以前、仰っていましたよね。魔族を探すには魔力の残滓の集まりを探すのだと。それが……ここにあったということですか?」
「あぁ」と頷く神坐へ見習い全員が驚愕の目を向ける。
注目を浴びながら彼が言うには、「機材なんざ使わなくても、はっきり感じ取れたぜ。森に足を踏み入れた瞬間によ」とのことで、それならそうと探索一日目に言ってくれればいいものを、何故今になって?との皆の脳裏に浮かんだ疑問へも答えてくれた。
「お前らは初日じゃガチガチに緊張していたしなァ。言うなら緊張が取れてきた今じゃないと、恐怖で進めなくなるんじゃないかと思ってよ」
「平気です!昔の僕なら速攻気絶していましたが、今の僕は這ってでもついていきますよ!」
涙をはらはら零したピコに熱弁されて、神坐が「お、おう」と一歩引くのを横目に、ジャンギも口添えする。
「うん、君たちには俺がついている。神坐さんも一緒だ。正体不明の敵だとしても、俺達を信じてくれ」
「もちろんだよー!」と水木が手を挙げる横で、「けどミストさんやチェルシーにも、しておかなくていいの?この話」とジョゼが水を差した。
「ミストは知っているよ。昼に俺が話しておいたからね」とした上で、「これはマリンダさんの話を知る人にだけ通しておけばいいと判断したんだ」とジャンギは言う。
「月狼さんは外の世界の住民に対して排他的だし、チェルシーさんと要さんはマリンダさんの存在自体に興味がないようだった。とすれば魔族の話をしたところで、どこまで信じてもらえるか……」
「あ、その月狼だけどよ、なんで連れてきたんだ?部外者なんだろ」との小島の弁には、ジャンギも苦笑する。
「彼が現役時代、森林地帯を中心に探索していたのは事実だからね。ブランクのある俺よりは地形に詳しいんじゃないかと思って頼んだんだ、道案内を」
強さについても「飛び道具を主体としているけれど、熟練の暗器使いでもある。ピコくんは彼の戦い方を見ておくといいんじゃないかな」とのことで、ピコは大きく「判りました!」と頷いた。
「ジャックスさんと、どっちが強いの?」
さらに横道へそれた水木の質問には「戦い方が全く違うからね、比較するのは意味がないんじゃないかな」とジャンギは答え、一口に短剣使いと言っても戦法は様々だと説明を加える。
短剣使いとは囮や罠解除、牽制を主として、近距離戦は短剣、遠距離援護を飛び道具で行う。
その、どの行動を主体とするかで戦法も大きく違っていき、ジャックスは短剣での戦いを得意とし、月狼は飛び道具での牽制を得意とした。
「アンキってのは、飛び道具なのか?」
首を傾げる小島へ「違うよ、小島くん。暗器というのは隠して持てる武器の総称なんだ」と答えたのは意外にもピコで、曰く、図書館で武器大全を調べた知識によると、手ぶらと見せかけて攻撃することにウェイトを置いた小さな武器をまとめて暗器と呼ぶらしい。
「己龍教官の手裏剣や僕の吹き矢も暗器に該当するみたいだね」
「なら飛び道具が暗器でも間違ってねーじゃねーか」と、まだ判っていない調子の小島には「己龍教官はクナイという短剣も所持していてね、あれも暗器の一つだ」とジャンギが口を挟んでくる。
「クナイは月狼さんも持っている。彼は己龍教官と同じタイプの短剣使いだね」
かつてジパンと呼ばれた地域には、ニンジャという職業の者たちがいた。
独自の武術を生み出し、それぞれの流派ごとに集落を作って暮らしていたという。
「暗器は彼らの開発した武器なんだ。彼らニンジャは常に黒装束を身にまとい、闇に隠れての奇襲戦法を得意としたそうだよ」
ジャンギの解説に「あーっ、じゃあ、もしかして、隼士くんもソッチ系なの?」と水木が大声をあげ、原田も隼士を脳裏に思い浮かべてみる。
言われてみれば隼士も己龍も月狼も全員、常時黒装束だ。
ジャックスは、そうじゃない。貴金属をぶらさげたりして、割と自由な服装だ。
ピコは将来、どちらになるつもりだろう。今は黒で全身コーディネイトしているけれど。
水木も同じことを考えたのか、本人に「ね、ピコくんはドッチ系になる予定なの?」と尋ねて、ピコが「僕?僕は僕系を突き進むに決まっているじゃないか」とブレない自己流を発してきて、「僕系って何よ?」とジョゼも首を傾げる。
「僕系は僕系だよ。飛び道具で牽制しながら、短剣で華麗に舞い、奇襲や罠解除をも得意とする万能短剣使い……それが僕さ!」
「オールマイティか、それもありだね」とジャンギが微笑み、どの分岐でか魔族の話がどっちらけになったと気づいた神坐も横道にそれてきた。
「まぁ、お前らは気にせず探索で自分の進む方向性を探してみろよ。んじゃあ、そろそろ寝るとしようぜ」
就寝の号令がかかった後も五人の興奮は冷めやらず、「俺は双大剣使いだなー、やっぱ!」だの「じゃあ、私は攻防両面で援護できる回復使いになるね!」だのと盛り上がったのであった。

――なんてことを思い出すうちに、どの顔も緊張が緩んできて、ふふっと水木が思い出し笑いをしたのをきっかけに、チェルシーが話しかけてくる。
「どうしたの?なんだか、楽しそうだね凛ちゃん」
「え?うん。ピコくんは、どこに来てもピコくんなんだなぁって」
「あっ、それ、なんとなく判る〜」
二人してクスクス笑い合い、その様子を密かに眺めていた原田も、ひとまずは安堵する。
心配だったのだ。うっかり昨夜の中核、魔族の件を部外者に話してしまうのではないかと。
小島のおかげで話題そのものが脇道にそれていき、ピコの珍発言が楽しい雑談の想い出に昇華した。
あの分なら水木と小島は、もう魔族の存在など忘れていそうだ。
神坐やジャンギの思惑とは違う結果に辿り着いてしまったが、そのほうがいいと原田は考える。
大方、魔族と遭遇した際に動転して攻撃に走ったり、恐怖で気絶しないようにとの配慮なんだろうが、それが出来るのはワーグやベネセのように肝が据わった一部の見習いだけであろう。
断言してもいいが、魔族と遭遇したらピコは必ず気絶するし、小島やジョゼは攻撃に出ようとするはずだ。
ピコはともかく、一番心配なのは小島とジョゼだ。
無駄死にされるぐらいなら、突然の敵で戸惑っているうちに終わるほうが絶対にいい。
そんなふうに考えていたら、耳元で神坐に囁かれる。
「昨日言いそびれたけど、お前には、もう一つ伝えておきたいことがあるんだ。今のうちに聞いといてくれるか」
「え?」と振り返る原田へ真面目な顔で神坐が続けるには。
「前に風が、お前に言った話を覚えているか?輝ける魂に関する何かが最深部にあるんじゃないか、けど、そこに行くには魔族が妨害しているんじゃないかってやつをよ」
言葉には出さず無言で頷く原田を見つめ、神坐は声を落として「実際、森へ入った途端、異形の気配を俺や一部のベテランは感知した。だから、風の推測は間違ってなかったとも言える……でもよ」と表情を曇らせる。
何故そこで彼が落ち込むのかが判らず、原田は続きを待った。
神坐は少し躊躇っていたようだが、やはり黙ってもいられなかったのか己の推測を話し出す。
「けど……この読み自体が、誰かの誘導による罠だ……ってのも考えられるんだよな、俺にゃ。俺達が世界を探っているのに気づいて、わざと間違った情報を入手させようとしている。だから、あえて気配を察知できるよう姿を現した……?」
これまでの推測を全否定するような内容だ。
「だって十八年間、誰にも気づかれず潜伏していたような奴らなんだぜ?そいつが何故、突然、タイミングよく俺達の前に姿を現すんだ。俺達と接触して、奴らに何のメリットが発生するってんだ」
そう問われても、原田には何とも答えようがない。
こちらにしてみたら、魔族の存在自体が眉唾だ。発端自体、マリンダという外の人間の証言だし。
原田の困惑を感じ取ったのか、神坐は話を終わりにした。
「なんて、お前に聞いても判るわきゃねぇか。悪い、今のは余談程度に聞き流して忘れてくれや」
「いえ……罠の可能性、覚えておきます。どんな展開が起きようと、けして足を引っ張らないよう」
ちらと原田を見、力強く頷くと神坐が、すっと離れてゆく。
神坐との話が終わった途端、今度はボソボソ小声で話す月狼とジャンギの会話が原田の耳に入ってくる。
「やはり、勘違いではございませぬ……怪物の気配は何者かによって動かされている模様」
「あぁ、そのようだね。分散したのは失敗だったかもしれない」
つい「どういうことですか?」と割り込んだ原田に驚いた目を向けたのも一瞬で、すぐにジャンギが答えた。
「怪物の動きが、俺達の知るものとは違ってきているみたいなんだ。一つの巨大な気配に操られるようにして、意図的に攻撃目標を選んでいる……とでも言うのかな」
「えっ!?」
同じく会話を聞き取ったのか小島やジョゼが声を上げる中、ジャンギの目は原田から森の奥へと移動する。
「奴は怪物の群れを俺達以外のチームへ差し向けている。これはもう、間違いないと見ていい。こちらへ向かってくる怪物の気配が一つもないからね。戦闘が少ないのは助かるけど、相手の意図も判らないのに誘導されるのは……」
「えっ、えっ、どういうこった?その"奴"ってのは、どこにいるんだよ?」
よく判っていない小島へ判りやすく伝えたのはミストだ。
「中央です。そこから一歩も動いていない三人のうちの誰かでしょうね」
「あぁ。向こうは、ずっと中央で気配を放っている。俺達をおびき寄せたいんだろう」とジャンギも頷き、見習い全員を見渡した。
「この、あからさまな罠に乗ってやるべきか乗らざるべきか……ここは君たちに判断を委ねてみようかな。君たちは、どうだい?この気配が何者なのか調べてみたいと思うかい」
「え!なんで私達に!?」「そりゃあ、気になるかって言われたから気になりますけど!」
水木とジョゼが同時に答え、互いに互いの顔を見つめ合う。
「えっ?ジョゼちゃんは罠だと判っていて飛び込む気なの?」
水木に尋ねられたジョゼは間髪入れずに頷くと、ジャンギへ向き直った。
「罠だとしても、確認を取らずに無視するほうが危険だと私は判断しました。この判断は、間違っていますか?」
「そうこなくっちゃね。そうだ、危険を回避するのも大事だが、探索の基本は奇妙だと感じたものを調べることにある。ジョゼさんの判断を評価するのであれば、よくできました!――といったところだろう」
満面の笑顔で褒め称えてジョゼを安堵させた後、改めてジャンギは他の見習いにも確認を求める。
「他の皆は、どうだい?ジョゼさんの提案に賛成や反対の意見があったら――」
最後まで聴かず、全員が答えた。
「ボクも気になります!一体誰が何の意図でボク達を呼び寄せようとしているのか。行ってみましょう!中央へ」
両手を握りしめたチェルシーが叫ぶのにつられてか、要も普段より大きな声で話す。
「私も気になりましてよ、教官。もし害をなす者であれば呪うから問題ないわ」
「怪物以外の存在……それが魔族だとしても、大丈夫です。こちらには神坐さんとジャンギさん、それにミストさんに月狼さんもいらっしゃるんですから!えぇ、この冒険は歴戦の自由騎士に守られているんです。僕もジョゼさんの調べようという意見に賛成です」
ピコだけは足がガクガク震えて顔色も真っ青だったが、そこは華麗に無視してミストが話を締めにかかる。
「では、私達は満場一致で中央へ向かう。それでいいですね?皆さん」
「おう!」だの「はい!」だの思い思いの返事が上がる中、そっと原田は神坐へ囁いた。
「森の中央で我々をおびき寄せている存在、神坐さんは何だと予想されますか……?」
「魔族か、魔族に連なる存在じゃねぇかと思うが、断定はできねぇな」
きっぱり答えてから、少し間を置いた後に続ける。
「……けど、お前ら全員の身は俺が守ってやる。お前らは誰か一人でも欠けちゃなんねぇんだ」
誰一人欠けてはならない。そのとおりだ。
お試しで命を落としている場合ではないし、この探索で見習いの誰かが死ぬというのはジャンギたち護衛の腕前が鈍ってしまったと街の住民へ証明するようなものだ。
絶対に誰も死んではならない。ジャンギの名誉を守るためにも。
だが、この時の神坐の発言には違う意味合いも込められている気がして、原田は己の考えに首を傾げる。
なんだ、一体なにが引っかかっているんだ、自分は。
緩く、二度三度首をふって違和感を脳裏から追い出すと、原田は先を行くジャンギの後を追いかけた。
25/06/12 UP

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