北:リントチーム
幾度も遅い来る怪物を打ち倒して道なき道を踏み進み、夜――テントへ潜り込んだコーメイはジャックスへ尋ねた。
ずっと気になっていた点だ。森の探索が始まる前から。
「出発した時、馬車の中で言っていましたよね。水木さんは以前、森に侵入したことがあるって。それは、いつ頃の話なんですか?神坐先生、いえ、斡旋所の方も一緒だったようですが」
ジャックスは内心舌打ちする。
あの事件の真相を知らない見習いが同乗していたのを、迂闊にも見逃した自分自身に。
あまりにも堂々とした正体カミングアウトのせいで忘れがちだが、神坐らが死神だというのも本来は隠さなきゃいけない事項であった。
どうやっても言い訳回避不可能だと脳内で何度かシミュレートした後、ジャックスは正直に認める。
「――あぁ、そうだ。こいつは極秘事項なんで、吹聴するんじゃないぞ?」
そして語られたアーステイラ怪物闇落ち事件の真相には、隼士とポリンティも目を丸くするばかり。
コーメイも同じく驚愕に目を見張り、「そんな事件があったなんて……全然知りませんでした。森へ単体で入り込める神坐さんも何者なんですか?それだけ強いなら噂になっていそうなもんなのに、全くの無名だなんて信じられません」と次なる質問を飛ばす。
「そうだね、引退自由騎士の一覧にも載ってなかったと思うし、神坐さんも、大五郎さんも」
ちらっとポリンティに流し目を送られて、大五郎も観念した。
理解を得るためとは言え、ジャンギは何処まで仲間に話したのか。
全部だとしたら、いずれ隠し事は全て街の住民に伝わるだろう。
どだい、原住民に極秘で動くというほうが無理だったのだ。街の繁栄へ加担する以上。
「そうだ。我らは死神、異世界からファーストエンドへ現れた者なり」
「死神!?」と驚く見習いを見渡して、こうも告げておく。
「このことは他言無用にしてもらおうか。守れなかった場合は、そっ首を大鎌で」
「い、言いません、言いません!絶対に」と慌ててポリンティが誓う横では、それぞれに「他言無用って他のチームメイトにもですか?」「全員に伝えないのは情報の不備でござる!」とコーメイ隼士両名が声をあげた。
「あのな。こんな情報、知ったって今回の探索にゃ役に立たんだろ」とジャックスが呆れて宥めに回る。
「俺は、お前が聞いてきたから答えたまでだ。他の奴は知らないんだし、知ったところで意味がねぇ」
言われてみれば、確かにそうだ。
大五郎たちが人間じゃなかったとしてもジャンギの紹介による有力な護衛なのは間違いないし、水木は当時一緒に森へ飛ばされた仲間と今回も同行している。
「余計な雑念を入れてみろ。探索で気がそぞろになっちまう」
「う、むむ。ジャックス殿の言い分にも一理あるでござる」
説得されつつある友人を横目で睨みつつ、コーメイは尚も「でも、このまま騙し続けるんですか?」と反論を飛ばしたのだが、意外にも反論の反論に出たのはポリンティで。
「別にィ、騙してはいないんじゃない?」
「死神だと伝えていないのが騙してないだって!?」と声の高くなる彼を手で、どうどうと抑えて「聞かれなかったから言わなかっただけでしょ。そんなの私達にだって、たくさんあるんじゃない?」とポリンティは笑う。
「誰にも言えない隠し事なんて、僕は一つも」と言いかけるコーメイを封じるかのように、彼女は言った。
「え〜?例えばキミが謙吾に向ける気持ちとか、ここで言っちゃってもいいのぉ?」
「なっ!なななな、なんで謙吾の名前なんか、こここでダダダダ出してくるんだぁぁぁ?」
滅茶苦茶動揺する級友を、猜疑に彩られた目で隼士が睨んでくる。
「どういうことでござる?コーメイ、お主は謙吾に何の嫌悪を向けているので候」
「嫌悪じゃないよ、その逆」とは、ポリンティ。
やはり笑顔での発言に「逆?」と尋ねる隼士と「やめてぇー!言わないでぇ」と叫ぶコーメイの声が重なる。
「そ、逆。コーメイは謙吾が好きなの。もう、毎日ラブラブしたいほど大っ好きなんだよ」
「キャー!」
外にも聴こえるんじゃないかってぐらいの悲鳴をあげて、コーメイは両手で顔を覆い隠した。
謙吾を好きなのは事実であり、それもただの好きじゃなく、性的に好き、恋愛感情での好きだ。
だが前のクラスでは全くというほど周囲に気づかれていなかったし、謙吾本人にも伝わっていない。
今後も絶対にバレない自信があったのに、なんで新しいクラスで一緒になった程度の少女に一発でバレたんだ!?
「おいおい、ダメだろ。他人の隠した恋心を暴いちゃ」なんてジャックスの慰めさえも心に突き刺さる。
「だって隠し事じゃないみたいですからァ〜。ね、コーメイ。キミは隠し事なんて一つもないんだよね?」
笑顔で答えるポリンティは、まったく悪びれていない。
「ほぅ……」と呟き、コーメイに憐憫の目を向けてから、隼士はポリンティへ尋ねた。
「お主は、どう思ったのでござる?死神非公開やアーステイラ怪物化事件の裏事情を聞いて」
「ん〜。まぁ、隠すのも無理ないかなって思ったよ。こんなのをあんな時に聞かされたら、街が大混乱になっちゃうもん。そうなったら、きっとアーステイラを元に戻すどころじゃなくなったよね」
「では知った今、どうしてリントたちに伝えなくてもいいと思ったのでござるか?」
「大事な探索中に余計な情報を与えないほうがいいっていう、ジャックスさんの意見に同感だよ。リントは特に気が散りやすいみたいだしね……合同会での戦いを見た感じだと」
あのたった一戦二戦でリントの短所を見抜いたとは、驚くべき洞察力だ。
否、彼女はコーメイのひた隠しな恋心も見抜いていたんだった。天性の能力か。
「……では謙吾の件も、お主は当然」
「まぁね」
最後のやり取りに、コーメイが耳をそばだてる。
なんのことだ?謙吾の件って。
もしや謙吾には好きな人がいて、それを隼士とポリンティは知っているのか?
誰なんだ、僕も知りたい。
あの言い方だと僕じゃないようだし、まさかとは思うけどリントだったりしないよね、そうだったら泣いちゃう!
謙吾はリントと同じテントに入った。テントの割り振りはジャックスによる決定だ。
割り振られた直後は何とも思わなかったが、なんらかの意図を含むメンバー構成だったとしたら?
一旦疑惑が膨れ上がってしまうと、どんどん悪い方向へ思考が転がり込む。
コーメイが疑いの視線を向けた先では、ジャックスが隼士とポリンティを「そのへんにしとけって。仲間に妙な疑いをかけるのは、余計な情報を与えるのと同等の妨害だぞ」と窘めていた。
「疑いじゃないんですけどネ。わかりましたぁ、このへんにしときます」
年配の先輩には従順なポリンティに、コーメイはムッとなる。
さっき制止を振り切って人の恋心を公表したのは何なのだ。嫌がらせか。
いや、あれは隠し事なんてないと言ってしまった自分への当てこすりなんだった。
ふと、哀れみを浮かべた隼士に見つめられているのにも気づいてコーメイは毒づく。
「……なんだよ。僕のことは、もうほっといてくれ」
「拙者も謙吾は好きでござる。あれは良い漢だ。だが、コーメイには重たすぎると思うで候」
「重たすぎるってなんだよ!ほっといてって言ってるじゃん!!」
血を吐く叫びが響き渡る中、ずっと黙っていたフォースが不意に口を開く。
「あのさ。恋バナで盛り上がっている時に悪いんだけど、少し気になることがあって」
「盛り上がってないけどォォ!?」と喚く約一名を横目にジャックスは促した。
「どうした?」
「昼間の探索で、ベネセ……さんが言ってたんです。森林が激戦区と謳われる割には、森にいる怪物の気配が少ないって。でも、彼女は誰にも言わなかった……何故なんでしょう?」
「へぇ……」と、どこか感心したようにジャックスは唸り、結論付けた。
「そいつぁきっと、場の混乱を避けたんだろうな。だが、気配が少ないのには俺も気づいていたぜ」
「えっ!そうだったんですか」と驚くフォースへ「恐らく護衛は全員察知しとるはずじゃ」と口添えしたのは大五郎で、そういや彼もベネセの発言を聞いていたのにジャックスには報告していなかった。
気づいたと知っていたから、あえて伝えなかったのか?
いや、でも、あの時は誰が察知していたかなんてのは判らなかったはずだ。
ベネセはリントや謙吾と一緒のテントへ振り分けられた。
向こうはガンツと陸が護衛を務めている。この振り分けも、斡旋所一派が人外と判った今は納得できる。
口では何と言おうと、やはりジャックスも内心では信用していないのだ。だから陸と大五郎を分けた。
不審の目を向けてくるフォースへ大五郎が頭を下げた。
「敵が少ないと判ったら、一部の者は油断をしてしまうかと懸念したのでな。だから、あえて伝えなかった。すまなんだな、疑われるような真似をしてもうて」
謝られるとは思ってもおらず、慌ててフォースは謝り返す。
「い、いえ、そんな!謝られるようなことじゃ……すみません、こちらも疑ってしまって」
「でも、そうなると、どういうこと?怪物の出産が減ってるってこと?」
首を傾げるポリンティに「そうじゃないだろ」と突っ込み、ジャックスが己の推測を展開する。
「現役自由騎士以外の何者かが怪物を倒してまわっているんだ。それも極端な数を、な」
「何かって……なんなんですかぁ」
ジャックスが黙ったせいか、ざざぁ……と、外の風の音が、いやに大きく聴こえる。
先程までの陽気な雰囲気が一気に消し飛んでしまった。
「そこまでは判らん。だからこその探索続行だ」と話を締めて、ジャックスは全員を促した。
「さぁ、明日も一日中探索するんだ。夜ふかし厳禁、雑談も終わりにして寝るとしようや」
翌日、テントを畳んで探索を再開したリントは早くも辟易する。
探索に飽きたのではない。
さっきからコーメイが執拗に昨夜の様子を聞き出そうとしてくるせいだ。
昨日テントで何か起きなかったかと言われても、特に何も起きなかったとしか答えようがない。
せいぜいガンツがシモネタを飛ばして陸に咎められた。その程度だ、面白そうなネタなんて。
あとは、お決まりの注意事項で、こんな話ならコーメイのほうでも聞かされていそうである。
夜テントに入る前まで、こいつはさして緊張していなかったはずだ。
そっちこそ夜に何かあったのかと問いたい。
「今、どのあたりなんですか」なんてことを、ポリンティがガンツに尋ねている。
「なーに、まだ入口も入口、森ってなぁ広いんだ。その証拠に、見てみろ」
ガンツの言葉につられて、リントも頭上を見た。
相変わらず木々が陽の光を遮って、もう朝のはずなのに明け方の如し薄暗さだ。
「まだ明るいと言える薄暗さだろ?だが、もっと奥へ行ったら足元がおぼつかなくなるほど暗くなるんだ」
「そんなに生い茂っているんですか……あれ?でも、森じゃ火は使えませんよね。暗い場所は、何を灯りにして移動すれば」と首を傾げたフォースへジャックスが差し出したのは、小さな瓶だ。
「こいつに小さな炎を閉じ込めて安定させる。メルトンが使えない場所じゃ必須のやり方だぜ、覚えておきな」
「閉じ込めて?空気がなかったら消えちゃいますよ」と、なおも納得しかねる魔術使いへ笑いかけて、ジャックスはチッチと指をふった。
「普通に火をつけたなら、な。閉じ込めるのはメルトンでつけた火じゃない」
「なら何を」と言いかける側で「そりゃっ!」とジャックスが、いきなり前方へ向かってナイフを投げるもんだから、フォースは途中で言葉を引っ込める。
ナイフは草むらに吸い込まれたかと思われたが、ガンツが歩いていき、藪の中から何かを手に戻って来た。
「これだよ、ウィスプ。こいつを瀕死状態のまま詰め込みゃ森で使えるランプの出来上がりだ」
ガンツの手の平の上で、ちらちらと弱々しく瞬いている光の球。
彼らが言うには、これも怪物の一種で、空気のない場所でも生きられる。
剣の風圧程度で消えてしまう弱さだから、球の核を狙い撃ちして瀕死に落とし込むのだそうだ。
「本当は弓矢のほうが効率よく集められるんだがな。ってわけで暗くなってきたら、ベネセにはウィスプ集めを手伝ってもらうぞ。いいな?」
ジャックスに命じられ、ベネセは頷いた。
「判った。しかし草原といい森林といい、砂漠にはいない珍しい怪物が多いな」
「けど、砂漠のほうが強いヤツが多いんだろ?」と混ぜっ返すガンツには、「そうだ。しかし食べられる怪物は、いないに等しかった」と答え、ガンツの手の上で震えるウィスプを、まじまじと眺めた。
「草原の民は怪物の調理に長けているようだし、こいつも食べるのか?」
「腹を火傷したくなかったら、やめておきな」と笑い、ジャックスが歩き出す。
「さて、そろそろ探索を始めるか。そいつは捨てていいぜ、見本で捕まえただけだし」
あっさり言い捨てたジャックスには、見習い一同、驚いて軽く固まる。
だが森探索では多々あることなのか、ガンツも、あっさり「おう」と頷いて、塊を無造作に投げ捨てた。
「え、いいんですか?これから先ウィスプが一匹も出なかったら」
慌てて追いすがるフォースへは片目を瞑り、「ウィスプは森を漂うマナの塊なんだ。現れては消える……奴らが消滅するとしたら、それは森が消滅した時だろうよ」とジャックスが頭上へ目をやる。
つられてリントは、もう一度頭上を見た。
心なしか、日の光が先程よりも移動したように思える。
「こうやってダベっている間にも時間は過ぎていく……今日は少し急ぎ足で奥を目指すぞ」
歩くスピードも心なしかあがり、リントは「は、はいっ」と泡を食って足を早めた。
その彼の後ろへぴったりと寄り添い、謙吾が油断なく周囲の気配を探る。
さらに、彼の動きをコーメイが血走った目で追いかける。
そんな三人の様子を見ながら、ポリンティは、そっと隼士へ囁いた。
「ねぇ……もしかして、私言っちゃいけないこと言っちゃった?」
「まぁ……言わなくていいことは言ったかもしれぬ」と答え、隼士は覆面の裏側で溜息をついた。