斬&ジロ
ゲームの中で斬が作ったギルドは、瞬く間に人数制限MAXまで満員になる人気ギルドとなった。なにしろギルドマスターの斬が高レベルで且つ、強い。
それでいて誰にでも親切で気さく、さらにイケメンとあらば人気の出ないわけもない。
女子を中心にクチコミで噂が広まっていき、あっという間に満了だ。
結果的に『HAND x HAND GLORY's』は六十人いるうちの半数以上が女子という、異色のハーレムギルドになった。
しかしハーレムギルドだというのに、ジロは、あまり嬉しくない。
女子に元々興味がないというのもあるが、ここの女子の目的は、ほとんどが斬との交流に集中している。
そいつら全員が寄生虫プレイを目当てにしてるってんじゃ、ジロが斬と二人でパーティーを組む機会も当然少なくなる。
これではジロのレベルアップ修行どころではない。
ギルドを作ってからというもの、ジロのレベルは、たまに一、二あがればラッキーな頻度になった。
おまけに女子からは役立たずだのと罵られ、斬が間に入ってくれなかったら、ギルドを追い出されていたかもしれない。
そんなわけでジロはギルメンの大半、主に女子と仲が悪く、面白くない日々を過ごしていた。
ドンは持ち前の気安さを発揮して、男女双方、他のギルドメンバーとも馴染んでいるように見える。
きっと奴なら、どこの世界へ行ってもやっていけるのだろう。
だが、ジロは。
ジロは斬と一緒じゃないと、一人で暮らすなんて無理である。
大体、元の世界へ帰るのだって斬が一緒じゃなければ意味がない。
斬はジロにとって、唯一の生命ラインだ。
ジロが老後まで、ぐうたら暮らしていける為の。
ゲーム内カレンダーが十月になり、ジロは斬に話題を振った。
朝の早い時間だと、二人っきりになれる。
邪魔な女子がギルドルームに一人もいない、安らぎの時間帯だ。
「もうすぐハロウィンイベントっすね」
「あぁ、そうだな」
斬も上を見上げ、イベント内容を確認する。
ハロウィンは巨大カボチャと戦って、ドロップアイテムのお菓子を集めるイベントだ。
お菓子は主にレアアイテムと交換する他、友達にあげてもいい。
メッセージつきで渡すことが出来るらしい。
ここ最近、ジロがつまらなさそうにしているのには気づいていた。
お菓子は全部ジロにくれてやろう。
ギルドを結成してからというもの、斬はメンバーに引っ張りだこで一気に忙しくなった。
そのせいだ、ジロがつまらなくなったのは。
二人で出かける時間が、ぐんと減ってしまったから。
レベル修行を手伝うと言っておきながら、ジロを独りぼっちにしてしまったのは斬の落ち度だ。
ハロウィンイベントで、挽回できるといいのだが。
「ジロは、どうする?参加するなら手伝うぞ」
誘ってみると、実に嬉しそうにジロが頷く。
「んじゃあ、参加するっす」
やはり、寂しかったのだ。
他のギルメンとも上手くやれていないようだし、ハロウィンはジロにつきっきりで――
などと考えていた斬であるが、皆が集まる時間帯になって、自分の考えの甘さに気づかされたのであった。
「マスターはハロウィン参加しますか?参加するんだったら、ギルドメンバー全員で参加しませんか?」と女子の一人に振られたが最後、斬が口を挟む暇もなくトントン拍子で話が進んでいき、ギルメン全員でイベント参加することに決まってしまった。
「六十人でカボチャ退治か、こりゃ〜はかどりそうだね!」と、ドンまでもが喜んでいる始末。
これじゃ、とても二人だけで参加しますとは言い出せない。
下がり眉の斬にチラリと見られ、ジロは渋々妥協する。
「しゃーねーっすな、全員でレイドしましょっす」
直後、「あ、ジロは来なくてもいいぞ?足手まといだし」と語尾に草でも生やしかねない勢いで、男メンバーには嘲笑われる。
カッとなったジロが言い返すよりも早く、別の女子メンからも追い打ち攻撃が入った。
「だったらジロを囮にするっての、どう?どうせアンタ戦う気ないんでしょ」
パーティーを組んだ初日に役立たずっぷりを披露したせいで、斬を除くメンバー全員から役立たずの烙印を押されている。
「ジロは俺がカバーする。一緒につれていってやってくれ」と斬がフォローに入り、ギルメンは心から仕方ないなという顔をした。
「ったく、マスターはこいつに甘過ぎでしょ。まぁいいですよ、マスターがそう決めたんなら、ジロも連れていってあげましょう」
偉そうにギルメンの一人――名前は襲来といったか――が頷き、見下し視線でジロに言う。
「オイ、ジロ。マスターの足を引っ張る真似だけは、すんじゃねーぞ?」
「判ってるよ」とジロも愛想悪く答えを返すと、斬には愛想良く微笑んだ。
「ハロウィンイベント、がんばるッス。まぁ、俺なりにッスけど」
全員で参加するといっても常に六十人全員がログインしているとも限らない。
イベント初日の参加者は、ジロと斬を含めた上で三十五人程度であった。
その中に、ジロを見下していた襲来の姿はない。
「やる気ねっすなぁ〜。人のことを散々罵っといて、初日からサボリっすか」
ここぞとばかりに扱き下ろしてやると、ジロは少し気が晴れた。
他の誰かがジロを罵る前に、斬が割り込む。
「そう言うな、ジロ。皆、リアルの生活がある。予定通りに事が運ばない日もあるだろう」
それに、と声を落としてジロの耳元で囁いた。
「人の少ない方が、きっと楽しめるぞ、このイベントは」
「そっすかねぇ?」
ジロは首を傾げた。
メインが巨大モンスター退治なら、人数は多い方が楽だと思うのだが……
「あ〜っ!もう、二人だけで何コソコソしているんですかぁ?」
めざとく甲高い声が騒ぎ立ててきたので、斬は振り返る。
「何でもない。ジロは心配性なのでな、励ましていただけだ」
「だったら私も励まして下さ〜いっ。巨大モンスターと戦うのは怖くってぇ」
普段はジロの何倍もバッサバッサとモンスターを斬り殺している女子メンが、そんなことを言う。
両拳を握りしめて、自分が一番可愛く見えるポーズのおまけつきで、ギルドマスターに甘えたいのがミエミエだ。
白けるジロの目の前では、斬に励まされて至福の笑顔を浮かべる彼女の姿があった。
「――そろそろ、時間だな」
誰かが呟いた。
カボチャモンスターは一定の時間ごとに固定の場所で沸く、レイドボス扱いになっている。
なので『HAND x HAND GLORY's』の面々は、ずっと沸き場所で待ちかまえていたのだ。
もちろん他のギルドのメンバーや、ソロで遊んでいるプレイヤーも同じ場所で待っている。
だが問題ない。
このイベントはレイド戦だから、戦った全員が報酬を貰える――とイベント概要には書いてあった。
戦うというのは、つまりモンスターに一撃を加えろという意味だ。
トリッカーなジロが一撃を加えるには、うまくトラップの元へモンスターを誘導するしかない。
それを他の面々がさせてくれるかどうかは怪しいものがある。
斬の動きに期待だ。
「叔父さん、頼むっす。俺もお菓子欲しいッス」
ぽそっと斬の背中に呟くと、間髪入れずにギルメンの嫌味が飛んでくる。
「また、お得意の無駄トラップかぁ?たまには自分の武器で攻撃してみろよ〜、ジロッ」
すぐさま斬もジロの近くへやってきて、ぼそっと呟き返してくる。
「ジロ、無理はするなよ。誘導は俺に任せろ」
まったく、斬がいなかったら、こんなギルドは一日で辞めている。
経験値は今回、期待できまい。
同じフィールドに三十余名もいたら、一人分は雀の涙だ。
それに報酬だって三十人で山分けするんじゃ、一人頭のお菓子なんて微々たる量だろう。
人数が少ないほうが楽しめる。
その意味が、ようやく判ったジロだった。
皆には聞こえないよう、小さな声で叔父へ囁く。
「次は二人だけで深夜か早朝やるっての、どっすか?」
「それもいいな。イベントボスのソロ狩りは力試しに持ってこいだ」
高レベルの廃プレイヤーは、レイドボスをソロで倒すという。
斬もジロとパーティを組む前まではソロプレイヤーだったから、きっと何処かでボス狩りしていたに違いない。
嫌がりもせず、むしろやる気満々な斬の反応に、ひとまずジロは満足した。
あとは自分が深夜に眠くなったりせず、早朝にも起きられれば言うことナシだ。
「だが、ジロ。今は目の前の敵に……集中しろッ」
言うが早いか斬は飛び出し、ジロが「えっ、えっ!?」と驚いている間に、巨大カボチャが出現する。
カボチャが出現するより一、二秒早く斬は動いていた。
レイドボスの出現するタイミング、彼は判っていたようでもある。
今日が初めてのイベントなのに?
驚愕するジロを置き去りに、他の面々もカボチャに向かって走り出す。
ファーストアタックを決めたのは、当然のように斬だ。
たった一撃でカボチャのライフバーが、ぐぐんと大きく削られる。
「すっ、すげぇ!」
喜ぶジロには、誰かの叱咤が飛んできた。
「見てないでトラップ仕掛けなさいよ!報酬、アンタだけ入らないわよ!?」
それは嫌だ。
ジロは、いそいそと荷物から罠を取り出すと、地面にせっせと仕掛け始める。
ジロは下を向いていた。
だから、カボチャの動きに気づくのが遅れた。
カボチャは斬や近接プレイヤーには目もくれず、まっすぐジロへ突進していく。
「ジロ!危ない、逃げろォ!!」
斬の叫びを受けて、ほえ?と顔をあげたジロは、あっと思う暇もなく巨大な何かのタックルを受けて宙を舞う。
皆の見ている前で地面に叩きつけられ、ジロは「ぅうぅ」と情けなく呻くばかり。
イベントは対人モードオンじゃないと参加できない。
それを聞いた時から嫌な予感はしていたのだが、案の定。
激痛で体がバラバラになりそうだ。
一撃で死ななかったのが却って仇になった。
「これっ、もしかして!」
ギルメンではないプレイヤーが何か叫んで上を見上げた。
「やっぱり!特定職を狙って動くタイプのレイドボスだ!!この中にトリッカーかトラップマスターがいたら、皆で守ってあげないと!」
このフィールドにいるトリッカーはジロ一人だ。
はからずもジロは囮になってしまったようだ。
「ジロ!!」
血相を変えた斬が走り込んでくると、ジロを抱きかかえた。
点滅して消えない処を見るにジロは意外と体力があるようだが、本人は息も絶え絶えで今にも死にそうな様子。
一度も対人モードで戦ったことがなければ、激痛に耐えられなくとも仕方ない。
オフのジロは、ナイフで指を切っただけでも大騒ぎである。
打たれ弱さは地であろう。
「お、叔父さん……俺が死んだら、全財産は俺の葬式で使ってくれっす」
「不吉な事を言うんじゃない。大丈夫だ、俺が側で守る。お前に二度と怪我させたりしない」
ぴくぴく痙攣するジロの手をぎゅっと握り、斬は彼を励ました。
「ジロ、お前が囮になってトラップに誘導するんだ。お前にいく攻撃は全て俺が受け止めてやる、だから」
「無理っすぅ。うぅ……死ぬ前にお菓子が食べたかったッス……ガクリ」
ジロはぐったりして、動けそうにない。
放置するわけにもいかず、斬はジロをお姫様だっこで抱え上げる。
「マスター!そんな荷物持って戦えるんですか!?」
「どこかにうっちゃりしちゃいましょうよ!」
周りからは非情な声があがったが、あえて斬は全てを無視した。
荷物を持ってでも全く構わない。
己の実力を試すには充分じゃないか。
アサシンの武器は短剣や飛び道具だけじゃない。
無手、つまり己の肉体こそが真の武器である。
巨大カボチャを蹴りだけで倒してやる。
両手が使えないのはハンデとなろう。
ハンデを負ってのレイドボス戦は初めてだ。
しかし、ここで負けるようじゃギルドマスターを名乗る資格はない。
ジロと違って斬は、不利になればなるほど燃えるタイプの男だった。
「アサシンの人!トリッカーを持って誘導してくれる!?」
さっき叫んだ奴が指示を飛ばしてくる。
ギルメン外のほうが、よっぽど機転が利いている。
「判った!」と返して、斬は走り出す。
もちろん、ジロの仕掛けたトラップへカボチャを誘い込むように。
ジロ自身は、確かに弱い。
火力のある職業ではないし、本人に戦う意志がない。
だが、ジロの仕掛けたトラップは強力だ。
ちゃんと誘導してやれば、これほど殺傷力の高い武器もなかろう。
次々とトラップが炸裂して、巨大カボチャのライフバーが見るも鮮やかなハイスピードで削られていく。
「す……すげぇ……」
これにはギルメン達も呆然となり、他プレイヤーの手助けもあって、巨大カボチャはついに退治される。
カボチャが消えると同時に勢いよく沢山のお菓子が噴射されて、辺り一面に散らばった。
勝利のファンファーレが鳴る中、くったりしていたジロが唐突に身を起こす。
「うっひょお〜!派手ッスねぇ」
さっきまで死にそうだったくせに、報酬を前に元気が戻ったようだ。
「ジロ、自分で歩けるか?」
「大丈夫ッス!」
地面に降ろされるや否や、お菓子の元へすっ飛んでいく甥の背中を見送りながら、斬はヤレヤレと溜息をついた。
戦う意欲はなくても、報酬欲はあるのか。
レベルアップ修行をやりたいと言い出した時は期待したのだが、結局ジロは自力で何とも戦っていない。
ハロウィンイベントで、トラップの威力は実証された。
あとはジロを何とかして、自発的に戦う方向へ誘導できないだろうか――